第43話 ひかるのはなし⑤
――そっか。そうなんだ。
斬られた腕が、勝手に動いて、血が白くなったのを見たとき、光瑠は自分がすでに死んでいて、人形になっていたことに気付いた。
同時に最近おかしいなと感じていた、いろいろにも納得がいった。
不確かだった記憶も、鮮明によみがえる。
髪が伸びなくなった。当然だ。人形に髪を伸ばす機能は必要ない。そもそも、あの人は光瑠を長く使い続けるつもりもなかったのだろう。
陽作への恋心が燃え盛って、おさまってくれなかった。当然だ。人形は、人形になった時点で心の変化が止まる。光瑠が殺され、人形になったとき――光瑠が陽作に振られた日だ。あの日が一番、光瑠の陽作への想いが強まっていた。
嫌っていたはずの呪術を当たり前のように使っていたことも、光瑠が人形になって操られていたことを思えば当然だ。
思い出す。あの日、陽作に振られ、由乃に慰められ、家に帰ったとき、あの人は聖女のような笑顔をたたえていた。
ぐちゃぐちゃの精神で、泣きはらした光瑠に、あの人は――重日時季子は言ったのだ。
『あなたには、人形になってもらいます』
そして、胸を何か貫かれる感触がして、意識は一度途切れる。
目覚めたときにはもう、光瑠は時季子の忠実な人形になっていた。
人を呪術の贄にするという、残酷な行為を、何の疑問ももたずに実行していた。
でも、もうそれも終わりだ。
――人形は、人形であることを自覚すれば自分を保てない。
だから、光瑠の全身はひび割れ、ここで朽ち果てる。
それでいいの?
床にへたり込み、光瑠は考える。
あたしの人生は、これで終わっていいの?
いい、わけがない。
どうしても勝ちたいと思っていたあきらには負け続けて。
誰よりも愛した陽作には振られたまんまで。
信頼していた人に裏切られ、道具として酷使されて。
それで、終わる?
いやだ。
ここで終われば、あたしはあたしを許せない。
ここで死ぬのだとしても、このままじゃ、嫌だ!
そう思ったとき、光瑠の死んだ体に力が灯った。冷えた死体に宿る、執念とも呼べる熱。
その熱に従って、剣を手に光瑠は立ち上がったのだ。
――面白いものを見たと思った。
人形の核を貫かれ、光瑠とあきらは抱き合うような形になる。あきらの耳元で、光瑠はささやいた。
「あなたと陽作くんは、よく似てる」
首元狙いの突きに対して、陽作もあきらも下からの剣の打ち上げを狙った。確実に相手を仕留めようとする、合理的な戦い方。
「陽作くんを、よろしくね」
「えぇ、当然です」
光瑠はもう消えてなくなるから。あきらは小さく笑って答えてくれた。剣を引き抜かれると、体が崩壊を始める。
ぐす、とあきらが鼻をすする音が聞こえた。
体が倒れる。痛みすら、もう感じなかった。体の機能が、だんだんと停止していく。音も遠く、視界も暗くなっていく。
もう時間はない。光瑠は死ぬ。
これまでの人生を思い出す。大変なことも、楽しいこともあった。
由乃。
平和な日常で、光瑠を支えてくれた大切な親友。
結局由乃には、迷惑をかけっぱなしだったな。
「光瑠……」
「あ――」
目の前に陽作がいた。狭まる視界で、光瑠の目には陽作だけが映っていた。
「ひ、陽作、くん。あたし、あたしは」
気づけば、陽作に手を伸ばしていた。
陽作はその手をとらなかった。
それが正解だ。光瑠は思う。
陽作はあきらを選んだのだから、光瑠の手はとっちゃいけないんだ。
最後に見るのが陽作なんだ。
それでもう、満足。
「光瑠、俺は」
「陽作、くん」
伸ばした指先が崩れる。塵になって消える。これじゃ、もう手をつなぐこともできないね。言葉は口から出てこない。
そのとき、奇跡が起こった。
消えゆく感覚の中、熱いものを感じた。
陽作が、光瑠の前で泣いていた。
顔をくしゃくしゃにして、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら。
嘘つき。
『俺、泣いたことってないんだよ』
初めてのデートのとき、そう言ってたのに。
感動屋な光瑠と同じように、ぼろぼろ泣いてるじゃないか。
「俺は、光瑠と付き合えて、幸せだった」
あぁ。
「そっか」
満たされていた。
上沼光瑠はずっと一番を追い求めていた。
けれど、その一番はいつも遠くて。
だからこそ、光瑠は一番というものに焦がれていた。
泣いたことがないと語った陽作を泣かせたのであれば、
――それは、一番ってことでいいんじゃないかな。
消えゆく世界の中、光瑠は目も、耳もすでに機能を失っていた。
だから、この言葉が陽作に届いたのかはわからない。
最期に、光瑠は言った。
「あたしも、幸せだったよ。陽作くん。ありがとう。あたしのために泣いてくれて」
あたしの、一番になってくれて。
誰よりも、何よりも愛してる。
どうかあなたの未来が、あふれんばかりの幸せにあふれていることを。
そうして、光瑠の意識は塵となって消えていった。




