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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
44/44

第44話 雨の始まり、俺は光瑠を失った。

 ポツ、ポツと音がする。倉庫の外では雨が降り始めていた。まばらだった雨は次第にその強さを増していき、どしゃぶりの雨になる。

 塵となった光瑠を、透明な雫がぬらす。光瑠のそばで、陽作は唇をかみしめながら、静かに泣いていた。その涙を、雨の雫が覆い隠していく。


 湿った風が倉庫に吹き抜け、光瑠だったものが空へと還っていく。陽作は曇った暗い空を見上げた。塵はあっという間に見えなくなり、光瑠だったものは、消えてしまう。

 カランと音がした。あとに残されたものは、光瑠が身に着けていた服と剣、そして解毒剤の入った瓶だった。


「もらいます」

「あぁ」

 それを目元を真っ赤にしたあきらが拾い上げ、ためらうことなく中身を飲み下した。

 ふぅと息を吐くあきらを、陽作はじっと見つめていた。


「光瑠さんが、あの人がこういう時に嘘をつくとは思いませんよ」

 空になった瓶を見つめ、あきらはつぶやく。声は低く、沈んでいた。

「思えば、私と真正面から張り合ってくれたのは、光瑠さんだけだったかもしれません」

「そう、か」

 陽作の声はまだ嗚咽混じりだった。


 あきらは首筋にできた一筋の傷に手を当てる。

「私は、忘れません。光瑠さんのことは、絶対に」

「俺も――」

 光瑠のことを忘れない。


 陽作は自分の胸を強く握りしめる。

 光瑠から感じた熱は、いまだ胸に強く残っていた。

 楽しかったのだ。幸せだったのだ。

 泣けなかった陽作は、光瑠の想いを前にして涙を流すことができた。


 光瑠のことが好きだった。

 友達としてではなく、一人の女の子として。

 胸に宿るこの熱が、陽作に証明してくれた。

 陽作は確かに、光瑠を愛していたのだ。

 鈍い自分が、気づけなかっただけで。

 そしてもう一つ、分かったことがある。


 陽作はあきらの方を見つめた。

 あきらのことが好きだ。

 陽作があきらのことを考えるとき、いつもこの熱を感じていた。

 その事実を、陽作は自然に受け止めていた。


「あきら」

「はい?」

「帰ろう」

「……そうですね」

 想いは口には出さない。そばにいて、守る。


 今はそれで充分だと思った。


 *


「雨がひどいですから、しばらく雨宿りしましょう」

 空いた天井から降り注いだ雨で、二人はびしょぬれになっていた。とはいえそこは魔法使いと従者。風邪をひくことはなさそうだ。


 倉庫の外、ひさしの下の段差に並んで腰かける。

 陽作もあきらもしばらく無言だった。土砂降りの雨音に耳を傾ける。


「毒は、大丈夫なのか」

 雨に目を向けたまま、陽作は口を開いた。


「はい。体はかなり楽になってきました。数日は後遺症が残りそうですが、そのあとはいつも通り動けそうです」

「よかった」

「そういえば――」

 世間話をするように、あきらは言った。


「向井くんの友達と遊ぶ日って、いつでしたっけ? その日までには治さないと」

「――は?」

 ザー、ザーと雨音がする。


 陽作ははじめ聞き間違いかと、思った。あるいは、質の悪い冗談かと。

「向井くん?」

 硬直する陽作に、あきらは怪訝な顔をする。嘘をついている様子はない。

 忘れている。陽作が、決して忘れたくないと思ったあの一日のことを。


 そして思い至る。

 夜の廃屋で光瑠に襲われたとき、あきらは言っていたではないか。


『――〈代償〉』

 小さく、ささやくような、あきらの声。

 苦痛をこらえるような、今にも泣き叫びだしそうな声だった。

『……〈モールで遊んだ、楽しかった記憶〉』


 あの一日を、あきらは代償として捧げてしまっていた。

 陽作が表情をとりつくろうより先に、あきらの顔が曇った。素早くスマホを取り出し、スケジュール帳、そして、アルバムアプリを開く。


「あきら」

 止める隙もなかった。

 せわしなく指先は動く。あきらの指は、あの日四人で撮った写真の前で止まった。

 陽作はよく覚えている、笑顔の4人の写真。それをあきらは初めて見るもののように眺める。


「……すみません。私が軽率でした。多分、光瑠さんに最初襲われたときですよね」

「なんで、あきらが謝るんだよ」

 失敗したと、あきらの顔が語っていた。その事実が、陽作はつらい。


「忘れられる辛さは、誰よりも理解しているつもりですから」

 あきらは傷ついた表情で、無理に笑う。


「忘れられる、辛さか」

「はい」

「できれば教えてもらっていいですか? この日、私がどこに行って、どんなことを話していたのか」

「……なぁ、あきら」

 ずっと前から気になっていることがあった。


 忘れられる辛さ。その言い方が陽作は引っかかった。

「俺さ、時々覚えのない記憶を思い出すことがあってさ」

 あきらは口を閉じ、無理した笑顔を浮かべたままだ。

 まるでずっと前からこうしていようと決めていたような表情だった。

 雨はいまだ、降りやまない。


「夕焼けの公園でさ、ガキの俺は小さい女の子と出会うんだ。長い黒髪の女の子。ちょうど、あきらみたいな」

 あきらの変化をかけらも見逃すまいと、陽作はじっと目をこらす。

 あきらの表情は石像のように、動かない。


「ずっと不思議だったんだけど、さっきの、あの結晶の魔法を見た時に、なんでか強く思い出した。――なぁ、あきら」

 小さく、息を吸い込んだ。

「俺たち、昔出会ったことがあるのか?」




 第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。   終


3章完結で、一旦完結とさせてください。

現在、この話の過去に当たる物語を執筆中です。4月ごろには投稿できると思います。

もしよろしければ、評価や感想等いただけると幸いです。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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