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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第41話 光瑠③

 ――その魔法は、あきらにとって禁忌に等しい魔法だった。

 幼いあきらが、ある代償をもとに手に入れた魔法。何もわからず捧げてしまった代償は、当時のあきらにとって全てに等しいもので、同時に、あきらの決して消せない罪の象徴のようなものだった。


 だからこそ、あきらはこの魔法を生涯自分の意思で使うつもりはなかった。


 大嫌いな魔法だった。


 使うくらいなら、死んだ方がまし。そう思うほどに。

 それでも、あきらがこの魔法を使ったのは、自分の命以上に大事なものが脅かされたから。


 あきらにとって、陽作の命は自分の命より重い。

 陽作を守るためならば、あきらはいくらでも禁を破ろう。

 そして同時に、光瑠の叫びに心動かされたからでもあった。


 幼いあきらが、純粋な想いでもって祈り、与えられた拒絶の魔法を、あきらは再び世界に具現化した。


 *


 墓石ほどの大きさの結晶が、倉庫に突き立っていた。

 シンとした静けさが、場を支配した。先ほどまでの熱狂がまるで嘘のようだった。

 タン、と壁に張り付いていたあきらが、地表に降りる。


「あきら……」

 あきらの顔は苦痛にゆがんでいた。毒に侵されているからではない、今見せた魔法を使うことに対して、強い苦しみを覚えているようであった。


「〈結晶魔法〉」

 唱え、あきらは手にしていたナイフと短杖を乱暴に投げ捨てる。星の代わりに、拳ほどの結晶が、あきらの周りに具現化する。


 キィィ、と空気のきしむような音が鳴る。

 眼前に現れた結晶を、光瑠はお化けを見るような顔で見ていた。

 出せと叫んで、ついに引っ張り出したあきらの切り札。それは、あまりに異質な魔法だった。


 見た目はただの巨大な結晶。しかし、見る者全てにただの結晶ではないと感じさせる異様さがあった。

 結晶はわずかな光を反射し、七色に輝く。どこか毒々しく、この世のものではない、いや、世界から切り離されていると感じさせる何かがあった。


「この魔法を使うあんたを倒して、あたしは!」

 震えを押し殺して、光瑠は叫んだ。苦痛に顔をゆがめたまま、あきらは光瑠を指さした。


「〈穿て〉」

 甲高い音を立て、結晶のつぶてが光瑠に迫る。直線軌道を描いていた星の光とは違い、ゆるい弧を描きながら飛ぶ。

 速度は星の光よりも遅い。ゆったり、という言葉が似合う。回避か迎撃か、光瑠は悩んだようだったが、不気味な気配をもつ結晶に触れることを恐れ、回避を選択したようだった。緩やかな動きの結晶はたやすく避けられる。


「――えっ」

 光瑠のあっけにとられたような声とともに、口から赤いものがこぼれる。

 光瑠は視線を下に向けると、小さな結晶が腹にめり込んでいた。光瑠が展開していた黒い靄の守りを結晶はたやすく無視していた。


「あっ……が」

 激痛に光瑠の顔がゆがんだ。

 それを見ながら、陽作は絶え間なく襲う頭痛に襲われていた。


 痛い。頭が、とてつもなく痛い。

 あきらの結晶魔法を見たときから、頭が割られるように痛い。痛みの隙間に、ザリリと、ノイズにまみれた見覚えのない光景が広がる。


 夕焼けの公園に、陽作はいた。一人になりたいときによく来る、家からほど近い公園だ。

 ふと陽作は一人の少女を見つける。顔は黒塗りで見えない。

 ただ、ぼさぼさの長い黒髪が目についた。

「――」

 だから、陽作は少女に何かを言った。少女は陽作に何かを答えた。

 記憶は飛ぶ。

 真夏の太陽の下、陽作は黒塗りの少女と歩いていた。太陽は痛いくらいに照っていて、セミは存在を訴えるように絶え間なく鳴いている。

 陽作と少女の手は握られていた。小さくて、柔らかい手の感触。ほんのりと汗に濡れ、胸が張り裂けそうなほどの熱を感じた。

 黒塗りの少女は、とても、とても幸福そうに笑っていた。

 記憶は飛ぶ。

「――」

 夜、ドーム状の遊具の内側で陽作と少女は約束をした。少女から与えられたものを、陽作は飲み込む。

 この瞬間、陽作は幸福を感じていた。

「ずっと――一緒に」

 悲痛な、  声がして、      記憶が飛ぶ。

 誰かが    泣いて                 いる

 最後、陽作の目がとらえたのは、泣きさけびながら「ごめんなさい」と繰り返す黒塗りの少女と、

 赤いものに濡れた、七色に輝く結晶の存在だった。

 きおくが、とぶ。


 ――陽作が見覚えのない記憶に苦しむ中、光瑠とあきらの戦いは続いていた。

 否、二人の戦いはもはや戦いの体になっていなかった。

 無様に逃げる光瑠を、あきらが追いつめる狩りの様相を呈していた。


 あきらの奥の手〈結晶魔法〉は異様としか言えなかった。痛みをこらえ、死なないために逃げまどいながら、光瑠は魔法の性質を考える。

 あきらは、その場から一歩も動いていない。結晶のつぶてを淡々と生み出し続け、光瑠に向かって打ち続けている。


 もはやあきらの顔は苦痛に歪んでいなかった。冷たい無表情。苦痛を感じる心を押し殺し、機械的に魔法を行使する。

「〈穿て〉」

「くっそ……」


 つぶてが迫る。数は五。速度は遅い。光瑠は警戒を怠ることなく、つぶてを回避する。避けられたつぶては床に落下し、動きを止める。結晶は残されたまま。

 甲高い音を、光瑠の耳がとらえる。とっさにしゃがみこむ。信じられない速さのつぶてが、頭上のわずか上を通り抜けていった。しゃがんだ拍子に、腹部が激しい痛みを訴える。


「〈穿て〉」

「なんなんだその魔法は!」

 あきらの周囲に結晶が生まれ、放たれる。全ては回避しきれず、剣で受ける。遅いくらいの結晶は、剣の刃をあっけなく砕き、その代償にわずかに軌道をそらす。

 肩に結晶がめり込む。意識を失うほどの痛みが光瑠を襲う。


 痛い。痛い。おかしい。痛い。おかしい。痛い。この魔法はおかしい。

「〈穿て〉」

「はぁ、はぁ」

 ふらふらと走って逃げる。速い結晶が、光瑠の足を撃つ。鈍い感覚が、全身に響き、光瑠は倒れこむ。


「なんで、こんなに」

 この魔法は痛いのだ。


「違う」

「〈穿て〉」

 立ち上がりながら光瑠は気づく。甲高い音とともに、結晶が光瑠をかすめる。痛すぎる。


 違う。違う。

 これが正しい痛みなんだ。

 魔法使いは魔法で体を強化している。その中には、一定以上の痛覚を抑える効果も含まれる。


 魔法使いに怪我はつきもの。痛みで動けなくなれば、その隙に殺されてしまう。

 あきらの結晶魔法は、その強化魔法を無視しているのだ。

 光瑠は呪術の結晶を砕き、傷の治療を図る。やっぱりだ。黒い靄は傷の治療しようとするが、治療できない。苦痛は苦痛のまま、光瑠を苛み続ける。


「〈穿て〉」

「あぐっ」

 異様な速さの結晶が、光瑠の背中を撃つ。

 思えば、最初の墓石サイズの結晶もそうだ。あれはいつ現れた。あの質量の結晶を、一瞬で現れたと錯覚するほどの速さで撃ち出すなんてことができる理由。


 あきらの結晶は、物理法則や魔法を無視できる。


 空気抵抗を無視できるから、わけのわからない速さで飛ぶ。

 魔法の強化を無視できるから、痛みを消すことができない。

 そんな〈拒絶〉の性質を、あの結晶は帯びている。


 痛い。光瑠は痛みに耐え兼ね、ついに膝を折る。動きを止めた光瑠を見て、あきらは魔法を撃ち出すことをやめた。

 真っ青な顔に、虚無の表情を浮かべたあきらは、静かに光瑠を見下ろしている。

 理不尽だ。光瑠は思った。ポーチからありったけの呪術の結晶を砕く。まだ戦意ありと見て、あきらは再び結晶を生み出す。


 理不尽だ。この魔法の性質も、強さも、何より。

「なんで代償を支払わずに、それだけの魔法が使えるんだ!」

 光瑠は呪術を使って、代償を踏み倒した強化を行っている。命を奪って作り出された呪術の結晶だ。並大抵の強化ではない。それこそ、強化一つで、あきらと光瑠が拮抗できるほどだ。


 あきらは結晶魔法を扱うにあたって、何ひとつ代償を支払っていない。

 その意味するところは一つ。


「あんた、その魔法を手に入れるために、何を代償に捧げたの」

 あきらは結晶魔法を手に入れるために、先払いでとんでもない代償を支払った。

 表情の消え失せていたあきらの顔が、わずかに歪む。続く詠唱は、これまでのものと違った。


「〈砕けろ〉」

 あきらがこれまで放ち、床に転がっていた大量の結晶。それが粉々に砕けて天井に向かっていく。

 きらきらと光を反射しながら空に昇る結晶は、美しさよりもまがまがしさを感じさせた。


 虎の尾を踏んだ。光瑠は虚空から予備の剣を取り出す。

 結晶は一か所に集まり、収束する。一軒家ほどの巨大な結晶が、倉庫の天井をぶちぬき、光瑠の頭上に出現した。

 あきらの魔法は物理法則を都合よく無視する。


「〈落ちろ〉」

 判断は刹那。結晶の範囲から光瑠が逃げ出すのと、結晶が倉庫の床を突き破るのは同時だった。

 あきらが結晶を飛び越えてくる。手には結晶でできた剣が握られていた。

 単純な上段からの振り下ろし。反射的に光瑠は剣で受け止めようとした。


「あっ」

 気づく。受け止めてはだめだ。あきらの魔法は魔法も物理法則も拒絶する。

 事実、魔法で強化された剣を、あきらの結晶は砕いたではないか。

 回避行動をとろうとして、体を大きく左に傾ける。

 空気を引き裂く音が耳元で響く。


 あきらの剣は、光瑠の右腕を切り飛ばしていた。


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