↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/96

時を越えて再び

 次の日には、あわただしくお母様たちがおばあ様と王都に戻った。

 コランダムに残った私は、ここに来てからの日課となった訓練場での訓練を行っていた。

 だけど、今一つ集中できないでいる。あまりにも多くの情報を与えられて、消化できないでいるのだ。片づけを終え、ぼんやりとしたまま振り返った先で、頭上からの声に私は動きを止めた。


「シルフィーヌ、良ければ俺と出かけないか?」


「ランドルフ様?」


「うん、レイモンドにはもう伝えてあるから、大丈夫。厨房で弁当を作ってもらったから、このまま出かけよう」


 そう言って笑顔で手にしたバスケットを持ち上げたランドルフ様に、私は反射的に頷いていた。

 手を引かれるままついていき、我に返ったのは、馬上で風を受けてからだった。

 訓練を行ってそのまま出てきたのだ。汗も洗い流していない。

 そのことに気が付いた私は、バスケットを抱えたまま、何とかランドルフ様と距離を取ろうと身じろいだ。


「動かないで、危ないよ」


 くすりと笑う音と共に私の腰に回されたランドルフ様の腕に力が入り、ますます二人の距離は縮まってしまった。

 馬上で暴れることがいかに危険かは私自身も分かっていて、こうなっては素直に従うしかなかった。

 コランダムを離れていたのは2年弱とそんなに長くはなかったのに、今進む見慣れているはずの道が、どこか懐かしく思える。

 陽が高くなり、夏の暑さを思い出させる。時折吹く風が、その暑さを和らげるが、腰に回されたランドルフ様の腕の場所は、ずっと熱を帯びていた。


「何を考えているの?」


 耳元で聞こえる声は、柔らかく、でも、どこか拗ねたような音を含んでいた。

 ふっと、私の口から笑みがこぼれる。


「そんなに離れていたわけではなかったのに、なんだか懐かしく思えて」


 心の内を吐露すれば、僅かに息を飲む音と共に、彼の腕が少しこわばる気配がした。

 しばらく、言葉を探しているような沈黙の後、彼は再び口を開いた。


「子供の頃の記憶は……まだ」


 失ったままなの? と、躊躇いながらも小さく問われた。

 すべてを思い出したかと言われれば、それには自信がない。幼かったというのもあるし、時が経ち過ぎていて覚えていない部分も多いのだ。

 でも、ちゃんと覚えていて、思い出したこともある。


「この道を、二人で手をつないで駆けていたことは思い出しました」


 この道を抜けた先は、コランダムの屋敷の裏に位置し、屋敷からその向こうにある街並みを見渡せる場所に出る。

 あの頃、ランドルフ様は何と言ったか……。


「叔祖父の居城から見える景色と似ているから好きなんだと……ランドルフ様が教えてくださったことも」


 ぴたりと馬の脚が止まり、手綱を持っていた手も、私の体に回された。


「ありがとう、覚えていてくれて。コランダムに来たら、絶対、君とここへ来るのだと決めていたんだ。さぁ、顔を上げて。ここは、今も君の記憶の中の景色と同じかい?」


 そういわれて顔を上げる。

 幼いころは高台の先に行かないと見渡せなかった景色は、馬の上からは奥まった場所からも見渡せた。

 その時、不思議と頭の中にあった霧が晴れていくような感覚がした。

 回されていた腕が緩み、ランドルフ様はひらりと馬から降りた。熱を帯びていた場所が、風にさらされ、なぜか寂しいと思った。

 そんな気持ちを頭を振って追い出すと、差し出された手に抱えていたバスケットを押し付ける。腕の中のものがなくなり、私は自由になって馬を降りた。

 ランドルフ様は少しだけ恨めしそうな目を向けたが、次には口元に笑みを浮かべて馬をつなぎに行った。

 その姿を横目に見ながら、私は高台の先に向かう。

 あの頃よりも随分と背は伸びたはずなのに、見える景色は記憶の中のそれと変わらなかった。

 コランダムの本邸は、王家であった頃の王城を模したものだと聞いたことがある。領地の街並みも、亡国となってしまったコランダムの王都の作りのままだと。

 コランダムに『ダリル=コランダム』がいたからこそのそれだろうと、今は知っている。


「シルフィーヌ、先に食事にしないか」


 その声に呼ばれて振り返れば、シートが敷かれ、バスケットの中身がきれいに並べられている。それは決して王家の子のやることではないだろうにと、そう思ったら思わず声を出して笑ってしまった。

 近寄って眺めてみれば、笑いは収まるどころか、深まるばかりだ。


「何を笑っているの? 並べ方がおかしい?」


 どうやら屋敷の使用人たちの目には、ランドルフ様があの頃の小さな子供のままに見えているらしい。バスケットに詰められていたものは、彼がここで暮らしていたころに、美味しいと呟いたものばかりだった。

 真剣にシートの上を見つめるランドルフ様。使用人たちに自然と受け入れられている彼の存在に、私の心は温まっていく。

 ルクレツィア、あなたはきっと正しい。


「……ルキウス」


 そう呟くように呼び掛けて、ランドルフ様を見上げる。

 そこには唖然として固まる彼の姿があった。


「シルフィーヌ、今、なんて?」


「ルキウス、あなたの隠された名前。私だけに聞こえる、特別な名前」


「……っ」


 息をつめたランドルフ様は、突然、胸のあたりを抑える。

 その時、私でも感じられるほどの、大きな魔力の流れが彼の胸元から溢れ出した。

 その流れはとても激しく、周囲の草木を揺らすほどだ。


「一体、何が……」


 慌ててランドルフ様の胸にあてた手を握る。

 途端に魔力の流れは止まったが、ランドルフ様はその場に膝をついた。


「ルクレツィア……?」


 確かめるようにゆっくりと紡がれた言葉は、とても甘く響いた。

 けれど、何かが違った。ランドルフ様の口を使って出ている言葉なのに、彼のものではないような奇妙な感覚が私を襲う。

 握られた手に痛いほどの力が込められ、私はわずかに眉を寄せた。視線を合わせようと私も彼の前に膝をつく。

 その途端、手は離され、身体をきつく抱きしめられた。


「やっと、君を……」


 それ以上言葉が紡がれることはなく、身体に回された腕は垂れ下がり、彼の重さが私にかかった。

 意識を失ったようだ。

 ランドルフ様の体を受け止めた私は、そのままゆっくりとシートの上に彼を横たわらせた。

 意識をなくしているが、呼吸は安定していることに私はほっと息を吐く。

 突然、あれだけの魔力が流れたのだから、気を失うのはおかしくはない。でも、それだけが原因ではないように思う。

 私の魔力感知の能力はそれほど高くはない。それでも、先ほど突然あふれた魔力がランドルフ様のものではないことは分かった。

 奇妙な感覚はここから来ているものだろう。

 では、いったい誰の魔力だったのか……。

 改めてランドルフ様の表情を伺う。苦痛のようなものは見られない。

 そのまま視線を動かし、彼が握った何かがある場所を見る。わずかに開いた襟元から、細い鎖と彼の瞳と同じ色をした石が見えた。

 見覚えがあるようでどこか懐かしく思う。

 気が付けば、その石に向かって指を伸ばしていた。


「……んっ」


 ランドルフ様の目覚める気配がして、私はさっと指を引き、腕ごと背中に隠した。


「シルフィーヌ、俺は一体……」


 慌てて起き上がろうとするその身体を、そっと押し返してもう一度横たわらせる。


「突然、気を失われたので驚きましたわ。転送装置の反動が、今更来たのかもしれません。もう少しお休みくださいな」


 まだ少しぼんやりとしたランドルフ様の様子が、ちょっと可愛らしく見えて、私は口元に笑みを浮かべながら、水を含ませたタオルを慎重に目の上に置いた。


「冷たい」


「私が?」


「ちがっ」


「分かっていますわ。からかっただけです」


 ふふっと笑えば、大人しくタオルを当てたランドルフ様の口元にも笑みが浮かんだ。


「君は……いつもそうやって俺をからかっていた。セシルも、シリルも、全然、俺の味方をしてくれなかったし」


「もちろん、兄弟は私の味方ですもの」


「いいよ、大丈夫。俺は、全部、君の言うことを聞くから」


「いい心がけですわね」


「その代わり」


「その代わり?」


「俺がみんなにいじめられたら、シルフィーヌは俺の味方をして。そうしないと不公平だろう?」


 ずっと拗ねたような口調なのに、口元の笑みが隠しきれていなくて、私もつられたように笑顔になる。


「いじめられる前提ですの?」


「うん、だって、俺はみんなから大事な宝物を奪う大悪党だから」


 自分のことを大悪党というランドルフ様がおかしくて、私は彼がタオルで見えていないことに勇気を出して口元へ指先を近づける。

 しかし、その手は寸でのところでランドルフ様の手に阻まれた。


「見えてますの?」


「ううん、見えていないよ」


 つかまれた手が、彼の指先でするりと撫でられた。

 触れられた手のひらから、指先から熱が伝わるような気がして、私はぎゅっと目を閉じた。

 と、その時


 ――ぐぅぅ


 私のお腹が空腹の限界を伝えてきた。

 なんてタイミング!

 それまでの甘ったるい空気は、どこかに散っていった。

 くすり、とランドフル様の笑う声がして、私は慌ててつかまれていた手を引き抜き顔を覆った。出来れば穴を掘って埋まりたいくらいだ。


「先に食事にしよう。義姉上の口癖なんだ。腹が減っては戦は出来ぬ! って」


 今のは王妃様の口調を真似たのだろうか……。

 思わず唖然とした私は、タオルをどかしたランドルフ様と目が合う。


「ぷっ、あははは。似ているのか似ていないのか、判断できないわ」


「それもそうか。でも、これからいくらでも確かめる機会はあるよ」


 これから、と何気ない言葉でこの先も続く関係を示されて、私の心が温かくなっていく。

 そう、これから私たちにはたくさんの時間があるはずだ。

 だけど、今は、少しだけ立ち止まって二人のこの時間を大切にしたいと、そう、思っていた。

ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

感想や評価を頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。