今につながる陰謀―レイチェル視点―
「粛清の後、研究所の送られた者たちの初期調査からアイリスが導き出したのは、精神干渉の跡。それが、遺跡から発掘された魔導書の術式の派生だと彼女は推測した。一人一人にかけられた効果は薄い、けれど、長年、術式にさらされていたために解除は難しい、と」
「だから、お母様に疑いが?」
「正確には、私の知っている研究者に……ね。私に疑いがかかったと表面に出すことによって、それを待っていた、もしくは、それに恐怖を覚える者たちをあぶり出せないか。それが恐らくアイバン、宰相閣下の狙いだわ」
先代の所長に封印を提案した場には、私たち四人がいた。だが、実際に私が担当していた研究の結果を見たのは、所長と関連する術式を解読していたディアドラで、アイリスとエイダは、その場で資料を見ただけだ。
当然、当時の記録をアイバンは見ただろう。ディアドラに疑いの目を向けていたとしても可笑しくはない。
あの後、あの魔導書は禁書扱いとなり、王宮の書庫に収められたはずだ。
「そう、あの魔導書は、今どこに?」
その問いに、表情を曇らせたランドルフ殿下の様子に、私は嫌な予感が的中したことを悟る。
「禁書庫には、なかったのね」
答えたのは、彼の従者のトレイシーだった。
「はい、前王妃で結果が得られなかったので、前王に尋問を行いました。情婦の一人が国外へ出される際に強請れたからくれてやった。相手の名前については、いちいち情婦の名は覚えていない、と」
「……クズが」
隣で呟かれた嫌悪を隠さない言葉に、心の中で同意をしつつ、ダリルの手を握る。
私たちの話をじっと聞いていたシルフィーヌが、はっとしたように顔を上げた。
「イアン、イアンの調べているのは、備品購入の誤差ではありませんか?」
イアン?
私はその名前に聞き覚えはなかったが、視線の先でランドルフ殿下とトレイシーが顔を見合わせている。
首を傾げた私に、ダリルがシルフィーヌの商会を手伝う一人で、今はエリオットが行っている調査を手伝うために王宮に上がっていることを教えてくれた。
「イアンはある年からその誤差は始まったと……。もしかして、お母様の知る研究者が除名され、国外に出された時期と同じだったら?」
「すぐに連絡を入れる。シルフィーヌ、ほかにイアンは何か言っていたか?」
ランドルフ殿下の問いに首を横に振り、力なくうなだれた彼女の肩を彼はそっと抱き寄せた。
「大丈夫だ、糸口は見えてきた。彼にはオパールの影がつけられていると聞いているから危険はない。だから、大丈夫だ」
そう話しているうちに、すでにセドリックが通信の準備を始めている。誰に繋ぐかという彼の問いかけに、ダリルは少し考えてから答えた。
「セシルは、王宮にいるな? ジェラルドのもとへ行かせて、一緒にアイリスと合流させろ。理由は、急ぎ婚礼の件で、と。アイバンは僕から繋ぐ。奴には、表向きそのまま通常の仕事をさせておけばいい。……母上」
「えぇ、カイルは、私から繋ぐわ。彼はおそらく陛下のそばにいるだろうし。運が良ければ騎士団長もいるかしら……」
「では、そのように。まぁ、ラッセルに謀は向かないから、居ないならい居ないでいい。その時はアイバンから共有させる」
こういうのを阿吽の呼吸というのだろうか。
何も言わずとも、セドリックも義母様もダリルの要求を正確に把握して動いていく。こんな時は、少し、私自身の不甲斐なさを思い知らされる。
魔道具に関しては誰にも負けないといえるのに、私は、ダリルの妻という以外に彼の役に立つことは出来ているのだろうか、と。
「レイ、君ならこれから起こることが予想できるのだろう?」
沈んでいきそうだった思考を、ダリルの穏やかな声と見惚れるほどの真剣な顔が引き戻した。
そうだ、こんなことで落ち込んでいる場合ではない。
私は、資料、研究、そして今までの話から得られた情報を整理していく。
程なくして、すべての準備が整い、口火を切ったのはダリルだった。
「無駄な挨拶は省く。報告はレイから、いいかい?」
「問題ないわ」
見えない圧がかかるような感じがずっとしている。
私が間違えれば、国の運命が、私の子供たちが巻き込まれる。そう思うと、息が詰まるような気がするのだ。
だからこそ、私はまっすぐに顔を上げる。私が指し示す先には、私の守りたいものが欠けることのない未来があると信じて。
「今回、アイリスから届いた研究資料と、ヴィヴィアンに提供された過去の事例。それらを照合していくと、恐らく、ディアドラ=ウバイトが姿を消した頃、少なくとも20年近く前から計画は動き始めています。本格的に仕掛けられたのは、ランドルフ殿下の暗殺のためにコランダムへ暗殺者たちが送り込まれた件から。それ以後、ランドルフ殿下の獲得が目的になった可能性があります」
「なぜ、ランドルフを?」
王弟が狙われていると聞いてなお、陛下の声は落ち着いている。流石に、アイバンが国を任せられると判断する器だ。
「聖女の痕跡を探すため。その可能性が一番高いかと」
私は、散らばっていた事実を線上に並べていく。
魔族の魔導書が見つかったのは、きっかけに過ぎない。その根底には、報われなかった一人の少女――ディアドラの存在。
魔力を載せたインクで自分の立場を固めようとしたのかもしれない、が、のちにクザイの息のかかった者を配置するために目的は変わった。
王宮に入れられた備品と帳簿の誤差は、ウバイト家からの職人への口止め料、もしくはクザイへ渡ったディアドラの援助かも知れない。
クザイの民は魔力が高くない。まして、自在に扱えるのは極一部。ディアドラの存在は、敵国の情報を入れるのも、魔術師を迎えるとしても、表向き歓迎はされただろう。しかし、最初から側妃ではなかったはずだ。側妃として送られたならば、ウバイト家だけの判断では行えないから、どうやっても国交上の記録がつくはずだ。
だが、問題は肩書ではなく、彼女がクザイの魔術面を取り仕切っていることだ。
失われたはずの魔族が使っていた精神干渉の術が、クザイから送られてきた暗殺者たちに施されていたことから、指揮を執っている、もしくは、それに近い立場にディアドラがいるのは確かだ。
9年前のあの日、コナが生き残り、精神干渉が完全に解除されていることは調べられているだろう。どうして解除されてしまったのか。私たちは知っている。だが、それを表に出すことは決してない。
ならば、その場にいた者を手に入れて調べるしかない。
「コランダムに属する者には、制約があります。敵国にとらわれた際に、その命と引き換えに沈黙を守る。すでにコランダムに属したコナでは、目的は果たせない。だから、ランドルフ殿下だったのでしょう。しかし、そうまでして聖女の痕跡を探す目的は……」
その先の言葉を言えず、私は首を横に振った。だが、それと同時に、つながれた手をぎゅっと握り締められる。
「それは、僕が引き継ごう。クザイの内情を探らせる」
ダリルがクザイにシェードたちを送っているのは知っていた。しかし、これまで彼が握っていない情報を得るには、さらなる危険があるのだろうことは、容易に想像がつく。
クザイが隠したいことと、今までの動きはどこかで必ず繋がりがあるはずだ。
「分かった。では、辺境伯にその件は任せよう。重要なのは、今後、我が国がとるべき防御策だ。夫人、何か、策はあるだろうか」
「申し訳ございません、陛下。確信がない今、お伝えできる策はございません。その為にも封鎖されたディアドラ=ウバイトの研究室の開放をお願いします」
「クォーツ所長、魔術研究所の方は頼めるか?」
「御意」
後は、誰にも知られず王都に戻り、研究所に入らなければならない。できればヴィヴィアンも連れていきたいが、今の私は、研究所にとって部外者だ。
どうすればいいのだろうかと、視線を巡らせる。
ランドルフ殿下はシルフィーヌに会いに来たのだろう。このまま帰すのは気の毒だが、選んではいられない。
彼の侍女といて……と口を開きかけた時、義母様と目が合う。すると、彼女は私に向かい笑顔で頷いた。
「私がレイチェルとヴィヴィアンを連れて帰るわ。そうね、こういうのはどうかしら。久しぶりにコランダムで奥様気分を味わったから、侍女を大勢連れてきた。それなら、ちょっとくらい連れていく人数が増えても問題ないでしょう?」
「義母様……」
「そう、それがいい! ブリジット、早く帰っておいで」
それまで黙っていた義父様の弾んだ声がして、張り詰めていた空気がいくらか和らいだ。
結局、義母様の案が採用となり、私はかつて夢を追い求めた場所へ、再び足を踏み入れることとなった。
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