過去の陰影 ーレイチェル視点―
「そう、モリモン工房は、今もちゃんとあるのね……。よかった」
細く、長く息を吐いた。
記憶の深いところに押し込んでいた事実が、徐々に明らかになっていく予感がする。
だから、もう、知らないふりをして目を閉じることが許されないのだ。
―――――――――――
私が学園に通っていたころ、私とアイリスは魔道具の研究を通じて知り合った。
伯爵家の令嬢であったアイリスと男爵家の娘の私、周囲は伯爵家の後ろ盾を狙った取り入りだと噂した。だが、私たちは純粋に研究のために議論を交わしていただけだ。だから、それを知るのは自分たちだけでいいと思っていたし、周囲の雑音は私たちには関係なかった。
その内、研究の仲間にエイダとディアドラが加わった。
エイダはガーネット侯爵家の娘で、ベリル令息との婚約が決まっていた。当初、私たちと共に魔道具の研究をすることに家族は良い顔をしなかったが、アイリスの存在を知ると途端に手のひらを返して彼女を応援し始めた。
ディアドラも同じようなものだった。ウバイトは宮廷爵を持つ男爵家で、ベリルやガーネットの王宮内の権力を当てに出来ると考えていたのだろう。
それでも私は純粋に研究の仲間が増えたことに喜びを感じていた。
そんな四人の関係に影が差し始めたのは、王太子のオズワルドが私たちに目を付けた頃だ。
私たちの研究成果に目を付けたのか、私たち自身に目を付けたのか、もうそれは今となってはどうでもいいことだ。だが、オズワルドは私たちを取り込もうと権力と金をつぎ込んだ。
当時のオズワルドの評判は酷いものだったが、王の子が一人であったために誰も彼に逆らおうとはしなかった。
それでも、私に想いを寄せてくれていたダリルが私を身を挺して守り、アイリスと婚約のあったジェラルドも家の力を使ってでもオズワルドを遠ざけようとした。
だが、ベリル令息はエイダを使って王家に取り入ろうとした。そして、ウバイト家はもっとひどく、ディアドラをオズワルドへ差し出した。
その後、卒業を控えた時期のガーデンパーティーでオズワルドの醜聞が広められると、彼の婚約者としてクリスティーナ様が立ち、王太子としての仕事以外の行動は制限されることとなった。
オズワルドの陰に脅えることのなくなった私たちは無事に学園を卒業し、四人ともが国立魔術研究所の所員となった。それぞれに研究に没頭し、忙しく過ごす中で、少しずつ私たちの関係が変わっていったが、表面上は穏やかに過ぎていった。
しかし、平穏だと思っていた日々は長くは続かなかった。
あれは、古い遺跡から魔族の魔導書が見つかった後だった。
「なぜよ! 同じ男爵家の娘なのに、あなたはコランダムの庇護を受けて、私は何もない! どうして!」
泣きながら私を指さしたディアドラの顔を私は今でもはっきりと思出せる。
「でも、だからと言って、私の研究成果を盗むなんて、許されることではないわ」
「あなたは全部持っているじゃない! 一つくらい、私に譲ってもいいでしょ?」
先代の国立魔術研究所の所長から魔導書の分析を任せられた私は、アイリス、エイダ、そしてディアドラと共に取り掛かった。
魔族の魔導書には珍しい術式がいくつも載っており、私が研究していたのは精神干渉に関するものだった。しかし、研究を続けるうち、そのあまりの危険性に、私は所長へ封印を提案したのだ。
ディアドラが持ち出したのは、その資料だった。
「他の研究ならあげられる。でも、それだけは渡せない」
「あげるですって? 私よりも自分が上だと示したいの?」
「違う、そういう意味じゃない。本当に、それだけはダメよ、ディアドラ」
彼女の持っている私の分析結果を取り戻そうと近づいたその時、彼女は私へ攻撃魔法を放った。
研究所内での攻撃魔法の使用は禁止されている。当然、私の研究室にも感知装置はあり、警報が鳴り響き、彼女は慌てて部屋の外に出た。しかし、すでに駆け付けた警備隊に取り押さえられた。
「離して! 離せ!! レイチェル! 許さないわ! 私は絶対あなたを許さない!」
引きずられるように連れていかれたディアドラを、それ以後、研究所、いや、国内で見ることはなかった。
後に聞いたのは、研究所を除名され戻った彼女を実家は許さず、まるで身売りのように嫁がされたという。
―――――――――――
モリモン工房は、ディアドラが研究時に提携をしていた先だ。
彼女の研究、それは術式をスクロール化する際にインクの種類で効果を変えられるか。ひいては、インクに術式を載せられるか。
そして、ウバイト家は、王宮で使用する備品を管理する職に就いていた。
「殿下、国立研究所には封鎖された研究室があります。そこにある資料の閲覧許可をください。後は、ウバイト家の調査をお願いします。あの家には、私と同じ年の娘がいました。彼女が今どうしているか。あと……ウバイト家とクザイの関係。特に金銭のやり取り、最近、養子になった者がいないか」
所員が何らかの罪を犯して除名された際、共同研究されていたものは他の研究員に引き継がれるが、単独で行っていた研究は、盗作の危険を回避するためにも研究室ごと封鎖される。研究所の封鎖された研究室はいくつかあるが、その一つはディアドラの使っていたものだ。
ならば、まだ、そこに彼女の研究したものが残っているはずだ。
ランドルフが力強く頷いた時、私の横から、私の愛する心地よい声が響く。
「養子の調査は必要ない。あの家には、すでにクザイの者がいる」
「ダリル……今、なんと」
「レオン=ファイ=クザイ、クザイの第五皇子だ。今はレオン=ウバイトとして学園に通っている。昨年まではプラセオで暮らしていた」
バラバラだった証拠とも言えない事実が、線の上に並べられていく感覚がする。
まるで魔道具の開発をするときに、すべての条件がそろって術式が組みあがるような……。
だが、そこに達成感はなく、ただ、疲労感が浮かんだ。
「レイ、黙っていたわけじゃない。まだ、その時でなかっただけだ」
そっと、肩に置かれた手から温もりが伝わり、私の思考は落ち着いていく。
「分かっているわ、ダリ。もともと、それを調べていたのはフィーちゃんのためでしょう? 彼は……ディアドラの?」
「クザイの第三側妃が魔道具の研究に長けているということまでは調べがついていた。確信はなかったが、君の話を聞けば、恐らく第三側妃はディアドラで、レオンは彼女の子供だろう」
私が立てた仮定は、事実となっていく。
「お母様、いったい、どういうことなのですか?」
私とダリル、そしてランドルフをめぐり、もう一度、私をまっすぐに見つめたシルフィーヌが、困惑をその顔に浮かべて問いかけた。
彼女はすでに当事者になってしまった。知るべきだし、対策をするべきだ。
「シルフィーヌ、クザイはあなたを狙っている。そのために、何年も前から計画は練られていたんだわ」
差し出されたダリルの手を握り、ふぅっと息を吐く。
そうして、私はアイリス、ヴィヴィアンと共に追っていた真実を話し始めた。
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