おばあ様の帰省
次の日、前日と同じように訓練場で新入団員たちと基礎訓練を終えた私は、転送室から多くの荷物が運び出されるのを見た。
おばあ様が戻られると聞いていたからその様子に驚きはしなかったが、使用人たちが持つ物に少し違和感を覚える。
おばあ様はもともと騎士だったから男性が好む調度品を使うのも何となく理解できるが、それにしてもそういうものばかりだとそれらの持ち主を疑いたくもなった。
もしかして、結局、おじい様も一緒に戻れたのだろうか。
そうは思っていても、忙しく動き回る使用人たちを呼び止めてまで、それらを聞き出そうとは思えず、足早に自室へと戻った。
部屋ではコナがすでにお風呂の準備をしてくれていた。
コナの助けを受けてゆっくりと温かいお湯に浸かれば、身体と共に心も解けていくようだった。
「屋敷の中はてんやわんやね」
「はい、戻られるのは先代夫人だけではないそうですから、準備も多くなっているようです」
そう聞いた私の頭には、離れたくないと言っていたおじい様の姿が思い出されて、思わず口元に笑みを浮かべた。
「そう、楽しみね」
「はい、コナも待ち遠しいです」
コナが待ち遠しいものが自分と同じと信じて疑わなかった私は、コナと先代との関わりが薄かったことも忘れていた。
午後、私の帰省を受けて急遽あつらえた書斎で、商会の仕事を片付けていると、レイモンドが扉を叩いた。
「お嬢様、ブリジット様がそろそろお着きになります。お出迎えに行かれますか?」
「そう、もうそんな時間なのね。もちろん行くわ。早くおばあ様に会いたいもの」
「承知いたしました。では、参りましょう」
私が転送室に着いたときには、すでに多くの人が集まっていた。転送装置を管理する技師たち、迎える使用人たち、そして、お父様はもちろん、お母様とセレン夫人もいた。
「フィー、来たね」
「えぇ、お父様、おばあ様たちがいらっしゃるのですもの、私が迎えないでどうします。お母様、セレン夫人、研究室はよろしいのですか?」
「うん、義母様がコランダムを出られてから、直接お会いできるのはなかなかなかったからすぐに会いたくて。それに、共にいらっしゃる方も待ってるの」
「ふんっ」
お母様の言葉に、なぜかお父様は不機嫌そうに鼻を鳴らし、お母様はそれを苦笑で見上げながらお父様の手を取った。
そんな両親の様子に、小さな違和感は大きくなっていった。
「おばあ様と一緒にいらっしゃるのは、おじい様ではないのですか?」
「すぐに分かるわよ」
すぐに転送装置が稼働し、徐々に人々の姿が見えるようになる。
最初に見えたのは、おばあ様だった。だが、次に見えたのは、トレイシーだ。私が状況を飲み込めない間にも人や物が次々に到着し、最後に現れたそこにはランドルフ様の姿があった。
王都を出て、しばらく、考えてみれば学園は正式に夏季休暇に入っている。だから、ランドルフ様がここにいても、おかしくはない。おかしくはないが……
私の瞳はまっすぐにランドルフ様を捉え、ランドルフ様もまた、まっすぐに私を見つめていた。
なんで、と口を開きかけた時、私の前に大きな影が落ちる。
「さぁ、フィー、もう十分見ただろう。とりあえず場所を移そう。レイモンド」
「はい。お嬢様、さぁ、こちらへ」
お父様とレイモンドの見事な連携で、私はそのまま部屋から連れ出されてしまった。部屋を出るときに、少しだけ振り返って様子を伺うと、苦笑いのランドルフ様の姿が見えた。
使用人たちはそのまま各持ち場に戻り、私たちは研究所へやってきた。
ここは本邸よりもさらに機密性が高く、重要な話をするにはぴったりだ。そこに皆が集まるということは、そういうことだろう。
最初に口を開いたのはトレイシーだった。
「夫人、ご依頼いただいたものについて、いくつかお持ちしました。魔力の影響を受けさせないために転送装置は通さず、影たちに運ばせましたので、問題ないかと」
そう言って彼が机の上に並べたのは、王宮で使われていた何種類もの紙とインクだった。並べていくついでに彼がそれらの説明をしていく。すでに廃版となっているものまであり、ちょっとした展示会のようだ。
それらの珍しい品々に、私は興味深く机の上を眺めていく。すると、その内の一つのインク瓶が、私の知る商会のもので視線はくぎ付けになった。
「フィーちゃん、何か気になることでも?」
「はい、お母様。こちらのインクは知り合いの商会のものです。何か、問題があるのでしょうか」
少し特徴的な瓶とラベルは、年季が入っているように見えるが、やはりしっかり見ても私の知るものだ。これは、以前、商業ギルドの集会でオードリー様から紹介いただいたカーラ様の商会が扱う、彼女の夫――ビルの工房のものだった。
あれから定期的に鉱石を用いた染料で、色付きインクの開発を共にしている。とはいえ、私は主に出資だけで、実際に開発をしているのは、ビルだ。
「商会? 工房ではなくて……かい?」
ランドルフ様の質問の意図は分からなかったが、私はカーラ様の話を思い起こしながら答えた。
「はい、このインクを扱う商会はオニキス商会。商会長は、彼女の夫の工房のものを扱うために開いたと聞いています」
あれは、集会の後、カーラ様の商会を訪れた時のことだ。
―――――――――――
「主人とはね、オードリー様の下で働いているときに出会ったの。ご両親が突然姿を消して、彼は途方に暮れていた」
その頃、ビルは父親からその技術を受け継いでおり、工房の仕事は彼がほぼ一人で行っていた。彼は人付き合いが上手ではなく、両親がいた頃は、工房と外とのやり取りはすべて両親が行っていたのだという。
「新たな商材を探す私と、作れるけれど販売方法を知らない彼。ちょっと、運命を感じちゃったのよ」
そこから彼の技術を高く買った彼女は、彼のもとへ通いアドバイスをするようになった。
「彼は最初、私のすべてを拒んでいたわ。後から知ったことだけれど、昔は彼の両親が王宮にものを入れていたと聞いたの。そして、彼は、両親が失踪したのはそのせいだと思ってる。きっと、何か知ってはいけないことを知ってしまったんだって。自分と一緒になれば、同じことが起きるかもしれないと……」
それでもカーラ様は、彼のそばを離れず、支え続けた。そうして過ごすうちに、不器用ながらも心を通わせた二人は共に歩む決意をする。
カーラ様はフェルスパー商会をやめ、夫婦の新たな船として紹介を立ち上げた。
商会の名はオニキス。夫婦の幸福を願ってそう名付けられた。
「今、工房はビルが一人で?」
「えぇ、商会をそんなに大きくするつもりはないの。彼は、大きくすれば貴族たちの目に留まりやすくなるからよくないと、だから、二人が暮らせればそれでいいって」
「ご両親のようには、ならないように?」
そんな私の言葉に、カーラ様は力なく首を横に振った。
「きっと、私を巻き込みたくはないのね。でも、もしかしたら、彼自身も分からないのかもしれない。外とのやり取りはすべてご両親がしていたらしいから」
―――――――――――
そうか、あの時の彼女の言葉を考えれば、今、ここにあるのはビルの両親がいた頃のものだろう。
思考に沈んでいた私は、私の名を呼ぶランドルフ様の声で引き戻される。
「その工房か、職人はモリモンというのではないか?」
普段、名前か商会の名で呼び合うため、彼女の家名が何だったかと記憶を探る。
確か、契約書を取り交わすときにされた署名は……
「商会長はカーラ=モリモン。夫は、ビル=モリモンです」
息を飲む音は、お母様の方から聞こえた。
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