目指す未来に寄り添うように
夕食の後、セシルお兄様の手配通りに王宮に居るおじい様とおばあ様、コランダムの本家からお父様とお母様、そして王都のタウンハウスにはお兄様とシリル、そして私が一つの通信の中に居た。
通信が繋がれてしばらくは誰も声を発せず、誰が口火を切るのかと探り合いのような時間が流れた。
「フィーちゃん、決めたのね」
最初にそう言ったのは、おばあ様だった。
普段は物静かに、そっとおじい様に寄り添うようにそこに居るおばあ様は、ずっと専属侍女兼護衛として、幼い頃からおじい様の側にいらっしゃった。文字通り幼い頃から苦楽を共にしたおばあ様に、おじい様は頭が上がらないらしい。
その話は、ずっと昔、お二人がランドルフ様を連れて国を離れる前におじい様自身から聞いたことがある。
弱くはない、強くもない、ただ穏やかな声と瞳をまっすぐに捉えた私は、黙って頷いた。
「はい、おばあ様。私、シルフィーヌ=コランダムは、ランドルフ=アダマス王弟殿下からの、王家からの婚約のお申し出をお受けいたします」
フィー、と酷く弱々しい声が聞こえる。
お父様のそんな声を聞くのは、コランダムにランドルフ様を狙う暗殺者たちが大量に送り込まれたあの日、目覚めた私を呼んだとき以来だった。
「本当に、それでいいのかい?」
「えぇ、私はランドルフ様の元へ参りますわ」
「……わかった。王家を潰そう」
私のしっかりとした言葉に、お父様は息を飲み、長い沈黙に後に呟くようにそう言ったが、すぐにお母様に名を呼ばれて、ふいっと横を向いてしまった。
そんないつもの様子に、それまで緊張していた私は、ふっと力が抜けたように笑いが漏れた。
「フィーちゃんが決めたのなら、それでいいわ。私たちは、ずっとあなたの味方よ。それだけは覚えておいてね」
「はい、お母様。必ず、覚えておきます」
「あぁ、すぐにあなたを抱きしめたいのに、コランダムを出られないなんて……」
はぁっと大きなため息を吐いたお母様に、お父様がハッとしたように私を見た。
「それならば、フィーがこちらに来ればいい。どちらにしても、そろそろ夏季休暇だろう? 少し早めに来ても、問題ない」
「そうね、それがいいわ。セシル、フィーちゃんの休暇届を手配しておいて。シリルはどうする? 一緒に帰ってきてもいいわよ」
「いいえ、母上、私は規定通り通いますよ。ちょうど、王都で騎士ランクの試験があるので、受けようと思っているんです」
シリルの答えを聞いて、私はなるほどと思う。
最近、彼がずっと訓練場に居たのはそういうことだったのだ。
と納得したのだが、私ははて? と首をかしげる。
コランダムとして、国境を護る辺境伯傘下では、王都の騎士ランク試験を受ける必要はない。辺境で求められるのは、実際の腕と、裏切らない忠誠心だけだからだ。
そんな、私の疑問を読み取ったかのように、シリルが私を見ていた。
「王宮に入るだけなら中級でも構いませんが、準王族の警護に当たるのは、王都の騎士ランク試験で特級、もしくは上級である必要があるのですよ、姉上。だから、そこまでいかなければ、姉上をお護りすることが出来ないんです」
「あれは、学園と違って飛び級出来ないからな。少なくとも下級から順に受ける必要があるし」
シリルが騎士ランクを受けると聞いても驚いた様子のなかったお兄様は、何かを考えるように指を折る。
「あいつが結婚を急ぐとしても、学園を卒業してからだろう。そうすると、後1年半。その間のランク試験は3回。騎士団長の推薦があれば、上級でも王族警護には入れるかもしれないな」
お兄様が言うには、今の王族警護に当たっているのは、すべて特級の精鋭たちなのだそうだ。
前王の時は、王族の数も多かったから上級騎士もいたらしいが、前王妃の息がかかった……と聞けば、その腕がいかほどのものかは想像がつく。粛清後、それを重く受け止めた騎士団長は、ランク試験に自らが試験官としてより厳格に騎士たちの実力を確かめているのだという。
「ラッセルに一言でも言っとく?」
「いいえ、父上。自分の力で上がります。その代わり、ティティーリアにも試験を受けるように仰ってください」
「分かった。フィーの護衛騎士を務めるなら、どちらにしても必要になるからな」
「では、ワシも坊主を鍛え直しておくか。休暇に入るなら、その時間もたっぷりあるじゃろうて」
わははと豪快に笑うおじい様に、隣のおばあ様も頷いてた。
まるで、私がランドルフ様の申し出を受けると決まっていたかのように、家族たちそれぞれが、その先のために動き始めていた。
私の心は、どこまでも温かくなっていく。
少しだけ不安だった。認めてもらえないかもと、心のどこかにあったそれは、皆のそんな言葉と態度で消えて行ってしまった。
「ありがとうございます」
気が付けば、私は涙を流し、家族皆の顔を見ながら口に出していた。
「当然のことよ。フィーちゃんは私たちの大事なお姫様なんだから、みんなで護るのよ。だから、あなたは、あなたの思うままにすればいいの」
「お母様……」
「だから、早くこちらに来てね。今でもすぐに飛んで行って抱きしめたいのを我慢してるんだから」
「じゃぁ、私も久しぶりにコランダムへ帰るわ。王宮はカイルが居れば問題ないしね」
「いや、ブリジット。ダメだ、ワシは君がいないと……」
「はぁ……なんで通信でも親のイチャイチャを見なきゃいけないんだ」
ため息と共に吐かれたお父様の言葉に、タウンハウスの子らがどの口がそれを言うのかと思ったのは言うまでもない。
「それはさておき。フィーちゃん、こちらに来るときは転送を使ってきてね。馬車なんか使っちゃだめよ。疲れてしまうからね」
「はい、お母様。仰る通りにします」
そうは言ったものの、ランドルフ様が神殿にまつわる資料を届けてくれると言っていたことを思い出す。それを待ってからでもいいだろうか。
――――――――――――
一度はお開きとなった家族会議は、そのすぐ後に当主夫婦と次期当主との間で再会された。
「セシル、フィーをしばらく学園には行かせないようにしてくれ」
「クザイの皇子ですか?」
「あぁ、ティティーリアが調べた結果、やはり学園の中にいる。今の名はレオン=ウバイト。ウバイト男爵の養子として国には登録されている」
「ウバイト……ですか?」
「母親はおそらく、ディアドラ。ウバイト家の出よ。彼女は、学生時代、私とアイリスと共に魔道具の研究をしていたわ」
「では、今回の魔道具は……」
「確証はないけれど、ディアドラが作ったものだと思っていいと考えているの」
「陛下と宰相閣下には、報告はされたのですか?」
「いいえ、疑うだけの状態では言えないわ」
「それに、今の王宮は誰が味方で、敵か。判断が付きにくい。藪をつついて蛇が出てきてはかえって危険だ」
「確かに……分かりました。フィーにはなるべく早く準備をさせましょう。王妃殿下からの人と共に行かせられるようにします」
「ヴィヴィアンのことは聞いているわ。二人でこちらへ来させる時の言い訳は、セシルに任せるわね」
「っ……承知しました」
通信が切れた後、セシルはソファーに深く身を預けて天を仰いだ。
「偶然は必然……ということか」
その呟きを聞く者はおらず、ただ、灯りの落した部屋に吸い込まれるように消えていった。
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