点と線
タウンハウスに戻ると、すでにセシルお兄様の姿があって私は少し驚いた。
しかし、考えてみれば週末の今日は、王宮勤めをする方はお休みだった。ベリル男爵もそれを利用して、今日の同行だったのだろうし。まぁ、宰相室にお休みがあるのか? という疑問は別として……だ。
タウンハウスの使用人たちを後ろに従え、私を迎えるその姿は、次期当主としての風格を確かに備えていた。
それにしても、ただ、私を迎えるには大仰な……。
馬車が止まり、扉があけられるとすっとお兄様の手が差し出された。
剣を握っているのに武骨とは程遠い繊細な貴族の手だ。ランドルフ様とも、レイモンドのものとも違う大きな男の人の手。今まで気にしたことは無かったけれど、やはり、人それぞれにその感触は違っていた。
思わず、より確かめようと少し力をいれた私の上に、ふっと小さな笑い声が聞こえた。
我に返って見上げれば、いつものように優しいお兄様の瞳がある。
「フィー、お帰り。夕食の前に俺の書斎へ来れる?」
「はい、お兄様。着替えたらすぐに参りますわ」
帰宅後にお兄様に呼ばれることも予想していたので、その言葉に驚きはなかった。むしろ訪ねる口実を探していたくらいなので、渡りに船とはこのことだ。
着替えた私は、すぐにお兄様の書斎へ向かう。
促されるままに、向かいの席に座ると温かい紅茶が差し出された。
「お茶会は楽しかったかい?」
私が落ち着いた頃を見計らって、柔らかな声が届いた。
「えぇ、お兄様。王妃様にセレン夫人をご紹介いただきましたの。お兄様は……セレン夫人、ヴィヴィアン様をご存じでしたよね?」
問うような言葉だが、それは私の中で確認でしかなかった。
明言はされていないが、おそらく、国王陛下が王太子時代にプラセオにいるランドルフ様との橋渡しをさせていた人物がお兄様だ。だからこそ、アビゲイル嬢に想いを寄せられることになったのだろうから。
それはさておき、そうだとするならば、お兄様はカルセドニーの持ち主が誰かを、知っていてもおかしくはなかった。
少しだけ、もやもやとする。あぁ、けれど、これは八つ当たりだ。
お兄様は知っていたけれど、私には言わなかった。私も、お兄様に聞かなかった。
「あぁ、彼女は王妃殿下の親友でね、学園にいらっしゃるときは、よくお二人で過ごされていた。そして、彼女をオーガスト殿のところに送り届けたのは、俺だよ」
私の不機嫌を感じ取ったのだろう。
お兄様は小さな菓子が乗った皿を私の前に差し出し、優しい声で続けた。
「アダマスに留学していたオーガスト殿とベリル嬢は好き合っていた。王太子妃候補のベリル嬢に、表立って彼が好意を現したわけではなかったが、近しい者たちが気づくくらいには、二人の想いは明らかだったよ」
そう語るお兄様の表情が少しだけ曇った。
当時を思い出しているのか、膝の上で組まれた手に、力がこもっている。
王家に目をつけられた令嬢と想い合うことがどういうことか、お兄様は痛いほど分かったはずだ。
「だが、当時のベリル伯爵は彼女を王太子妃にすることしか頭になかった。少しでもベリル伯爵を知る者なら、王太子妃になれなかった彼女がどうなるかなんて、容易に想像がつく」
「だから、手助けを?」
「あぁ、王妃殿下の提案でね」
そこまで話したお兄様は、ふぅっと深く息を吐いた。
「けど、フィーが聞きたいのは、『セレン夫人』のことじゃないんだろう?」
いつもの様子に戻ったお兄様は、まるで天気の話をするかのように気軽にそう私に尋ねた。
そうだ、セレン夫人がヴィヴィアン=ベリル嬢であるという事実と、国王夫妻との関係が見えてきたことで、今まで、私の中でどこか靄がかかったようになっていた事実が明らかになっていた。
そして、そこにお兄様という存在があったことで、散らばった点が線となってきた。
「カルセドニーをランドルフ様に作らせ、そこにセレン公爵家を入れたのも、お兄様の手ですわね」
「正確には、当時の王太子殿下と将来の妃殿下のご命令に沿って、だね」
王妃様のご実家がルビーであったとしても、表立って外交の力でランドルフ様を守ることは難しかった。だから、その国の権力者を使って庇護しようとしたのだろうか。
「王妃殿下が婚約者として発表されてすぐ、ベリル嬢に選ばせたそうだよ。このまま国にとどまって、ベリル伯爵の言いなりとなって過ごすか。それとも、伯爵の悪事の証拠を持って国外で身を隠して機を伺うか、と」
一見厳しい選択のようだが、身を隠す先が愛する人の元だったならば、王妃様はセレン夫人のことを本当に大切に思っていたのだろう。
ただ、姉妹は離れ離れにならなければならなかった。
数年後、機が熟し、ランドルフ様の手によってベリル伯爵の悪事の証拠が国内へ戻ってきた。そうして先の大粛清を経て、ようやく、今日の対面だったわけだ。
「お二人は、こうなることが分かっていたかのようですわね」
どれだけの知識と機転があれば、ここまで起こり得る状況を正確に把握し、対策を講じることが出来るのだろう。
思わず口をついて出た言葉に、お兄様がふふっと笑う。
「だってほら、国王陛下はクリスティーナ様の御子だから」
それが、ただ国王陛下が君主たる器だと褒めたものなのか、それとも、廃王子を揶揄した言葉なのか、私には判断はつかなかった。
けれど、何故かそれがとてもしっくり来てしまった。
「さぁて、フィー。今度は君の番だよ。今日、王宮であいつに会ったのだろう? ちゃんと詳しくお兄様に話してくれるよね?」
「なっ、どうしてそれを……」
「だって、フィーの大好きなお兄様は、割と優秀なんだ」
そうですけど! それをご自分で言うのは、どうかと思いますわ!
と、思ったことを口に出しそうになって、寸でのところで飲み込む。
顔に熱が集まる気配を感じつつ、深呼吸で落ち着けた後にお兄様を見ると、思いのほか優しいお顔をされていて、ドキリと心臓が跳ねた。
もしかして、お返事したことをもうご存じなのでは、と思うには十分で……。
「で、でも、お兄様だけにお話しするのは、不公平ですわ。だって、後でお父様が拗ねたらどうなさいますの?」
「ふむ、それは確かにそうだね。では、夕食の後に本家とおじい様たちも呼ぶとしよう。きっとその頃にはシリルも戻っているだろうしね」
さらりと告げられた言葉に、私はあんぐりと口を開ける。
どうやら、墓穴を掘ったようだ。
まぁ、遅かれ早かれ一族には伝わることだ。誰かの口伝で伝わるよりも、自分の言葉で伝えたい。
「えぇ、お兄様。次期当主の言葉に従います」
せめてもの意趣返しにそんな風に言ってみても、お兄様は満面の笑みとなるだけだった。
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