恥じらう乙女は……
運命共同体、これ以上に当てはまる言葉が見つからず、私は心の中でも何度も頷いた。
が、目の前のランドルフ様はぽかんと口を開けたまま固まっている。
そんな姿でもかっこよさを失わないのは、どういう仕組みなのだろうとちょっと思うくらいだ。
それにしても反応がなさ過ぎて、私は、はて? と首を傾ける。
すると、途端にランドルフ様のお顔が真っ赤に染まる。
我に返ったらしい彼は、両手で顔を隠してしまいそのままうつむいた。
まるで、乙女のようだ。
その体勢で何やら呟いているのを聞けば……。
「運命共同体。俺とシルフィーヌが……運命共同体。共同体……」
「そうです。運命共同体! 公私ともに、切っても切れない関係になりますわね」
私の言葉を聞いて、指の間から私をちらりと見たランドルフ様は、あぁと悲鳴のような声を上げた。
一体、どうしたというのだろうか。
私自身は、おかしなことを言っていないし、ランドルフ様にしてもそうだ。
「シルフィーヌ、君って本当に……」
そこに続く言葉を私は聞くことが出来なかった。
講堂の入口に居たコナが近づいてきて、レイモンドが探していると告げる。
「今、行くわ」
そう答えてランドルフ様の方へ向き直れば、そのほんのわずかな間に彼は持ち直していた。
先ほどまでの乙女な様子はどこにもなく、王子様らしくほほ笑む姿がそこに在った。
「行こう、送っていくよ」
「でも……」
実は、今日のこの時間も、彼が本当は無理に時間を作ってくれたことくらいは、私でも分かっている。
ここはきちんと断るべきだということも。
「やっと君に会えたんだ。もう少し、一緒に居たいのはだめ?」
!?
なに? どうしたの? なぜ、急にこんな甘えたような……。
また乙女になってしまったかのようなランドルフ様は、哀れな様子で私を見つめる。
所謂、恋愛小説で描かれる、大型犬の耳が垂れて許しを乞うような、というあれだ。
あまたの恋愛小説を読んでいた時は、そんな馬鹿な、と恋愛経験のない私は笑っていた。
今、その時の私を叱咤したい気分だ。
ある、本当にこういうことがあるのだ。
しかも、見目麗しい人がやると、その破壊力たるや。
「シルフィーヌ?」
そんなことを思いながら黙っていると、不思議そうに見つめるランドルフ様がいて、私は笑顔になった。
そう、私は、私自身の心に従うべきだ。
「はい、行きましょう。ランドルフ様」
差し出された腕にそっと手を乗せる。エスコートの自然な流れに、先ほどのような戸惑いはもうなくなっていた。
神殿を出たところで、何かに呼ばれたような気がしてそっと建物を振り返る。けれど、そこには少し傾いた陽を受ける美しい建物があるだけで、何もななかった。
「シルフィーヌ、どうかした?」
「いえ、何も。ただ、美しい建物だなと、そう思ったのです」
「あぁ、この建物は古の文献の中にあった亡国の神殿を模しているんだ」
「なぜ、模したのでしょう」
「俺も詳しくは知らないけれど、この国に聖女が現れた時に、彼女の言葉によってそうしたらしい。彼女によれば、この世界が最も神に愛された時代のものだからだそうだよ。もちろん、聖女の言葉に異を唱える者などいない。だから、彼女の言葉通りに古い文献をもとに建てられたんだ」
「そうなんですのね」
その聖女は、コランダムの、いつかのルクレツィアだったのだろうか。
「気になる? 当時の記録がどこかに在るはずだから、見たいなら探しておくよ。よもや禁書にはなっていないだろうから、持ち出しできれば、学園で渡せる」
興味はある。その聖女がルクレツィアだったのかとか、最も神に愛された時代がいつだったのか、とか。
その時、ふと、ソフィ姉さまの話を思い出す。
「でも、私、病で屋敷から出られませんわ」
セシルお兄様が、どのように学園に説明したかは分からないけれど、今の私は病に侵されて屋敷から出られないほどなのだ。
「じゃぁ、屋敷に届けるよ。お見舞いってことなら、問題ないだろうし」
それがその通りでないことは、ランドルフ様もご存じだが、大病? を患っているのに一週間ほどで復帰するのは適切ではないかもしれない。
私はランドルフ様の言葉に頷くけれど、そこはどうやらお兄様とお話しする必要があるだろう。
「ちなみに、ランドルフ様はどのように伺っておりましたの?」
「多分、クォーツ嬢が言っていた通りだよ。ただ、彼の言葉をそのままというより、今は屋敷に来ないでくれという意味だと受け取ったから、病というのはただの口実と思ってた」
「口実を信じた方は……」
「いるとは思うけれど、それは、親しくない間柄の者たちではないかな」
おおむねソフィ姉さまの見解とランドルフ様の話は同じだったことに、少し安堵する。
それならば、いっそ、イアンの方が片付くまで、私はお休みをしてもいいのではないかと思い始める。
ただ、シリルは学園に戻さないと。彼が目指すところを詳しく聞いたわけではないが、私に着き合わせて足踏みをする必要はない。
大体の方向性が見えてきたところで、気づけばもうすぐ王太子宮だった。
建物の前にはすでにレイモンドが立っており、その隣にはベリル男爵の姿もある。その表情がなんとなく晴れやかに見えるから、きっと、良い時間を過ごせたのだろう。
ベリル男爵と言えば、セレン夫人のことだ。
色々なことで勇気を得た私は、思い切って心の中のもやもやを打ち明けることにした。
「ランドルフ様、私、先日、ランドルフ様がセレン夫人をエスコートされているところを見てしまいましたの。その後、フェリシア嬢にも……」
「あぁ、だから、あの後、君のことでセレン嬢が騒いでいたわけか。大丈夫、そちらはオーガストが対応する。セレン夫人に関しては、あの日は本当にオーガストの代わりにエスコートしていただけだよ。礼儀としてね」
「そう、なんですのね」
思った通りの答えを得られた私は、ほっと胸を撫でおろす。
自分でもちょっと嫌な性格かも知れないと思うけれど、やっぱり、慕っている男性が他の女性をエスコートしている姿は見ていて気持ちのいいものではない。
ランドルフ様の立場を思えば、そういうことは今後もあるだろうけれど……。
「もしかして、嫉妬してくれたの? 大丈夫、俺は、君だけだ。今は……そうだな、信じられないかもしれないけれど、この一生をかけて君に証明していくよ」
あまりにもさらりと告げられた言葉に、私は唖然とした後、一瞬で顔に熱が集まるのを感じる。
「嫉妬なんてしてませんわ!」
「うん」
「だから……!」
「王弟殿下、あまりお嬢様をからかわないであげてください。まだ、免疫がありませんからね」
訳の分からないうちに、私の手はランドルフ様から離され、二人の間にレイモンドが立っていた。
なんとなくまだ温もりの残る手のひらを見つめた後、レイモンドの後ろ姿を見上げる。
そっと、レイモンドの背中から首を傾げてランドルフ様の様子を伺うと、嬉しそうな、だけど、困ったような表情がそこにあった。
レイモンドとランドルフ様は兄弟で、私にとってもレイモンドはどこか兄の様でもあって……、なんか複雑だ。
「さぁ、お嬢様。日が暮れる前に帰りますよ」
くるりと向き直ったレイモンドは、ランドルフ様の言葉を待たずに私を近くに停めていた馬車の方へと促した。
「シルフィーヌ、今度、屋敷に行くよ。ちゃんと探しておくから」
気にした様子もなく、そう言って背中にかけられた言葉に、私は振り返って頷いた。
せわしなく、まるで引き離されるように乗せられた馬車はすぐに出発する。王族への態度として、不敬罪に問われないかとちょっと頭を過ぎったが、まぁ、そこはセシルお兄様が何とかしてくれるだろう。
馬車の窓からは、少し赤みを帯びた陽の光が王太子宮と神殿を照らしているのが見える。やはり、美しい建物だなと思う。
帰ったら、特別な本を開いてみよう。もしかしたら、この神殿のことがどこかに書かれているかもしれない。
帰ったら……ランドルフ様との婚約を受けると、家族に告げよう。
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