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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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共に歩みを

 私の手を握ったままのランドルフ様は、そのまま建物には入らずに中庭を通り抜けていく。

 私たちの後ろから少しだけ心配そうな顔をしたコナが付いてきているのを確認して、繋がれた手からゆっくりとランドルフ様の顔を見上げた。


「あの、ランドルフ様、どちらへ?」


「この時期は祭事は無いから、神殿には誰もいないよ。だから。ゆっくり見学できる」


 急いでいるようで、しかし、私を気遣う歩幅に、心がほんのりと温まっていくのを感じる。


「中庭をいく方が近道なんだ」


 私はもう何も問わなかった。

 馬車で来たときは距離があるように思えたのに、実際にはいくらも行かないうちに、神殿の目の前に立っていた。

 不思議に思った私は神殿と今来た道を何度も見返す。


「馬車の通り道は限られているんだよ。警備の関係があるから仕方ないけれど、隣同士の建物でも、大回りをしているんだ」


 そんなランドルフ様の説明になるほどと思い、今度はしっかりと神殿を見上げる。

 王都内やコランダム領にあるものと比べ、一回りも二回りも大きな建物だ。しかし、実際に司祭たちが住んでいるのは王都の神殿で、祭事の時だけ大司祭と共に彼らは通うのだそうだ。だから、ここには今は誰もいない。

 ランドルフ様が扉を押すと、ゆっくりと開かれていく。

 誰もいないのに鍵がされていないことに少し驚くが、以前、幼いランドルフ様の避難場所だったと聞いていたことを思い出した。


「神殿は常に開かれているべきだ。と、何代か前の国王が言ったことで、王宮内の神殿には鍵がされていないんだ。王都や各地の神殿は、様々な理由から閉ざしているけれど、その代わり、司祭を訪ねるための扉はいつも開かれている」


 私の手を引いたまま、少し傾いた日差しが入る神殿の中を進んでいくランドルフ様の足取りは確かだ。


「神はどこかにはいるんだろうけれど、別に誰か一人だけを救うなんてことはしないんだろうね」


 私は、神がいることを知っている。

 神も万能ではないことを知っている。

 だけど、救われたかった人にとって、それが何だというのだろう。

 存在していても、万能ではないにしても、救われたいと願った人が救われなかったのなら、居ないのと同じだ。


「それでも、やっぱり、幸せになりたいと願うし、生きていることに感謝する。なんだか、不思議だよね」


 独り言のように紡がれる言葉は、応えを必要としていないようだった。

 まっすぐに前を見たまま講堂の一番前の席まできた私たちは、ランドルフ様に促されて長椅子の端に隣り合って座る。


「こんなに広くて、寒い場所でも、祭事の時にはやっぱり暖かくなって、厳かな雰囲気で満ちるんだ」


 ランドルフ様の視線を追って前を向く。

 そこに在るのは装飾のないただの祭壇だ。当然、今は何も置かれていない……はずなのに、何故だろう、そこに何かがあると私は思う。


「話があると……言っていたね」


 無意識のうちにソレを探っていた私の思考は、すぐにランドルフ様に遮られた。

 声に釣られてランドルフ様の方を見れば、彼は、少し緊張したようにまっすぐ前を見ていた。


「良い話ならうれしいけれど、そうでなくてもちゃんと聞くよ」


 そう言った後、ふぅっと息を吐いた彼は、ようやく私を見た。

 この国に戻ってきてから見かけるランドルフ様は、いつも自信に満ちているように感じていた。

 でも、今は、初めておじい様の別邸で出会ったときのようにどこか所在無げに見える。

 そんな人が、少しだけ可哀想で、ちょっと可愛く思えて、愛おしく感じた。


「なぜ、私だったのでしょう」


 それはずっと聞いてみたかったこと。

 政略的なことを思えば、私が聖女だったこと、辺境伯家の娘だったからということ。

 都合がよかったことは間違いない。当然、そうであっても、今の私はランドルフ様の隣を他の誰かに譲りたいとは思わない。

 けれど、私自身はそうでないことを願っている。

 政略的なものでもいい。ただ、少しでも気持ちがあれば……と、自分自身の来た道を振り返って思うのだ。少しでも気持ちがあれば……互いを敬うこともせず、別離だけが望みとなる関係を築くことは無いだろうと。

 貴族社会において、それを望むことがどれほど贅沢な事かも分かっているが、身近な人たちを見ていると決して無理だとは思えないのだ。


「君が、シルフィーヌだったからだよ」


 まっすぐに私を見つめる藍色の瞳は、夜空のように深く澄んでいた。

 そこには不安げにランドルフ様を見つめる私の姿だけが映っている。


「俺は、シルフィーヌが居なかったら、生き延びようとは思わなかった。もう一度、シルフィーヌに会いたいと願い、君の隣にふさわしい男になろうと思って生きてきた。まだまだひよっこだと老公たちには笑われるけれど、やっと君に隣に立つ許しを得られるまでにはなったと思うんだ。だから……この先は、君と共に歩ませてくれないか?」


 そっと、大切なもののように取られた私の手は、柔らかな温もりに包まれた。

 とくん、と、心臓が波打つのが分かる。

 言いたいことはあったはずなのに、今の私の頭の中は、どうしてだか真っ白だ。

 了承する言葉も、なにも浮かんでこない。

 だから、ただ、頷いた。


「シルフィーヌ、それは、受けてくれたと思っていいんだよね?」


 もう一度、ランドルフ様を見上げて頷いた。

 そうして、次に来たのは私の身体全体を包む温もりだった。


「ありがとう、ありがとうシルフィーヌ。必ず大切にするよ」


 初めて家族以外の男性に抱きしめられ、私は確かに驚いたが、決して不快ではなかった。

 けれど、やはり男の人の腕だ。


「ら、ランドルフ様……苦しい……」


「ごめん! 嬉しくてつい、大丈夫?」


 パッと腕を緩めて私を心配そうにのぞき込むランドルフ様が、やはり可愛らしく思えて、私はふふっと笑いを漏らす。

 おかげで少しだけ冷静になれたようだ。


「ランドルフ様、確かに婚約のお申し出をお受けいたします。屋敷に戻りましたら、両親にそう伝えますわ」


 しっかりとした言葉でお伝えすれば、ランドルフ様の先ほどの慌てた様子はすぐになくなった。

 代わりに真剣なまなざしが私を捉えている。


「改めて、よろしく、シルフィーヌ」


「ですが、少し気になることがあるのです。今、コランダムは微妙な立場にあると伺っております。なので公表は……」


 コランダムに問題があるとは思っていないし、私は両親を信じている。

 だが、今の立場を思えば、公表をして王家の批判につながることは避けたいのだ。


「君の心配はもっともだ。だからこそ、敢えて発表したいと思っているのだけれど、やはり嫌?」


「敢えて、ですか?」


「あぁ、辺境伯家という立場は、建国から今まで不動だった。ここへ来て付け入る隙が出来たとなれば、身の程知らずたちは騒ぎ立てるだろう。先の大粛清で逃れた自信があるからね。そういう者たちが標的にするのは、おそらく君やシリルだ。だけど、王弟の婚約者となれば、王家としても、俺自身も君たちを正式に守れる」


 私自身は守られるほど弱くないつもりだ。シリルにしても目指す立場を思えば、私と同じだろう。

 それでも、守りたいと言われて嬉しくないなんて、あるだろうか。

 少し唐突に思えた婚約の申し入れの裏に、ランドルフ様のそうした想いがあったことで、私はそれを受け入れることにした。


「分かりました。それはお任せいたします」


「やった! これで君の隣に居ても誰にも文句は言わせない」


 まるで子供のように喜ぶランドルフ様を見て、シリルが言っていた溺愛、威嚇といった言葉が浮かんできて、ちょっとだけ心配になったのは黙っておこう。

 だって、今のランドルフ様はとても可愛らしいから。

 いつもの学園や他の場所での様子を思うと、そんな姿を見られるのが私だけかもしれないと、少しの優越感を覚える。

 お母様やソフィ姉さまがお父様とお兄様を『仕方ない人』という裏には、もしかしたらこんな感情が隠されているのかしら、と思う。

 これはあれだわ。物語でいつも強い人が弱い部分や柔らかい部分を、自分だけに見せる時がとても愛おしいとヒロインが語るのと同じね。


「実は、あと、国内の経済効果も狙ってる」


「経済効果……?」


 確かに王族の慶事となれば、国内の経済が大きく動く。

 国内の経済が落ち込んでいるとは聞いていないが、そう言えばセシルお兄様は財務には関わっていないらしいから、詳しい話が聞こえてこないのは当然かもしれない。


「えっと、フェルスパーの商会撤退は聞いているよ。その穴埋めとまでいかないまでも、もし、エメリーとカルセドニーが正式に提携をすれば、国内では大手に躍り出るし、外貨も稼ぎやすい」


 それはずっと考えていた。

 これまで多くの技術提携をしてきたが、正式に業務提携をしているわけではない。なんとなくその打診を何度か送ってみたが、カルセドニーの商会長は未だ不明で、そちらの交渉のテーブルに着いてはいない。

 その時ふと、先ほどのセレン夫人と王妃様の言葉が思い出される。


「もしかして、カルセドニーの商会長……て」


 呟くように出た言葉に、ランドルフ様の表情は苦笑に変わる。


「それ、俺なんだ。君から隠れていたわけじゃないんだけれど、プラセオで起こした関係で、いろいろ制約があって明かせなかった」


 今思えば、確かにそこにつながる話は沢山あった。

 ランドルフ様がプラセオで商会を起こしたこと、セレン公爵家が後ろ盾になったこと、アダマスのカルセドニーを管理しているのはセレン卿だということ、王族やそれに準ずる方が商会長の場合は隠されること。

 何故、気づかなかったのだろうと思うほどに。


「騙されましたわ」


「……ごめん」


「ランドルフ様が悪いんじゃありませんわ。私がちょっと、すこし、だいぶ考えが足りなかっただけで」


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ自分のバカさ加減に呆れたけれど、目の前にあるいい話を逃すのはいけない。


「そうなれば、ますます私たちは運命共同体ですわね!」



ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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