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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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王妃様のお茶会

 ベリル男爵の言葉に、さらに肩を震わせたセレン夫人は、零れ落ちそうな涙を真っ白なハンカチで拭った。

 淑女のたしなみの一つとされている刺繍が、私の目を引いた。咲き乱れるような花たちは見事な出来栄えで、とても素人のたしなみ程度のものとは思えない。

 ちなみに、私自身は刺繍はやらない。いや、やれないと言った方が正しい。刺繍が出来るようになることよりも、幼かった私は大切な人たちを護るために剣を取った。その選択は、剣を持たなくなった今でも後悔はしていない。

 そう言えば、お母様も刺繍の腕は壊滅的だと笑っていたのを覚えている。その代わり、彼女は誰にも負けない魔道具の知識と腕がある。だから、それでいいとお父様は同じように笑っていた。

 私の視線に気づいたのか、セレン夫人のまだ少しうるんだ瞳が私を捉えた。

 綺麗な人だなと、そう思う。


「あぁ、ごめんなさい。シルフィーヌ、あなたに友人を紹介したいと言っていたでしょう? この方がその友人ヴィヴィアン=セレンよ。嫁ぐ前はベリルだったわ。ヴィヴィアン、こちらはシルフィーヌ=コランダム、あなたにはエメリー商会の商会長と言った方が馴染みがあるかしら」


 王妃様の言葉を受けて、セレン夫人がさっと手を出した。私も習ってその手をそっと握る。


「ヴィヴィアンと申します。コランダム嬢、いつも主人がお世話になっていると伺っておりますわ。ここへきて、初めてご挨拶をすることになって、申し訳ありません」


 王妃様の紹介の際にその表情に驚きは見られなかったから、きっと私のことはすでに知っていたのだろう。

 それはそうだ、セレン卿とは商会の取引で何度もお会いしているし、時折、奥様の話もされていたから、逆もあったのは想像できる。


「シルフィーヌ=コランダムと申します。セレン夫人、どうかシルフィーヌとお呼びください。私の方こそ、セレン卿が奥様を連れてアダマスへいらっしゃっていたとは知らず、ご挨拶が遅れて申し訳ございません」


「いいえ、私が秘密にして欲しいと頼んだのです。コランダム嬢……いえ、シルフィーヌ様が謝るようなことなどございませんわ」


 一通りの堅苦しそうな挨拶と謝罪が続いた後、キリがなくなりそうだと私とセレン夫人は顔を合わせてふふっと笑いが漏れた。

 その様子を見ていた王妃様の緊張していたお顔も少しだけ緩む。


「シルフィーヌ、ベア……ベアトリクスを連れてきてくれてありがとう。あと、エリオットが無理を言ったと聞いているわ。それについても謝っておいてくれって言付かっているの」


「いいえ、滅相もございません。今日の私はむしろベリル男爵に助けられておりますから」


「そういってくれてうれしいわ。あなたとお話したかったのは、本当なのよ。だけど、少しだけ事情を話させてくれるかしら」


 そう前置いて、王妃様は今日のお茶会に至るまでの話をかいつまんで教えてくださった。

 お茶会をすると決めたのは、王妃様の招待状にもあったセレン夫人を紹介したいということからではあった。それを聞きつけたエリオット様が便乗し、イアンの件を聞いたそうだ。

 セレン夫人の件は、どうやらお母様の調査に関わっているとのこと。詳細は教えてもらえなかったが、いきなりセレン夫人を両親に紹介するのは、ベリル家のご出身だったことや今は隣国の公爵家の方という立場では、情報源として信用されないのではないかという王妃様の心配とお心遣いだった。私の商会にもかかわっていることや、セレン卿のお墨付きであることを通じて少しでも信頼度を上げようとしたのだそうだ。

 ベリル男爵を同行させる計画はエリオット様から。

 ヴィヴィアン様を国外に逃してから、会うことも出来なかった姉妹へ、イアンの件に危険を顧みず協力してくれていることへの特別報酬の一つだとか。


「では、結界はそのため?」


「えぇ、驚かせてごめんなさい。陛下が国内の大掃除をしたばかりなのに、不安になるわよね。先のことにはやはり時間が足りなくて、すべてを取り払うことはできなかったの。今回のコランダムこともそう。だから、ちょっとだけ時間をもらえるかしら」


「はい、王妃様。コランダムことは、両親を信じておりますし、イアンのことは……正直不安ですが、彼が決意を元に王宮へ入っているのですから、私は、信じて待つしかありません」


 まっすぐに王妃様の瞳を見て答えた私に、セレン夫人が困ったように笑った。


「義妹が……フェリシアが敵わないのは無理もないわね。蝶よ花よと公爵家の奥で育てられた彼女が、シルフィーヌ様のような芯のある方に太刀打ちなど出来るはずもなかったのね」


「公爵令嬢は、どうしていらっしゃるの?」


 そう言えば、と、王妃様がセレン夫人に問うと、彼女の表情は曇るばかりだ。


「今は、私たちと同じ屋敷に住んでおりますが、主人のお小言を避けてあまり顔を合わせることはありませんわ。そんな様子ですし、王弟殿下の隣に立つことなど、到底……」


 仕方がないと首を横に振ったセレン夫人がその後の言葉を発することは無かったが、発せられたとしても肯定的なものではなかっただろう。


「そうなのね。では、先の建国記念の夜会と学園での素行を理由として、プラセオからの申し出には正式にお断りをするわ」


 あぁ、やはりお兄様の推測は正しかったのだ。もしかしたら、お兄様の立場ならそのお話を知っていたのかもしれないけれど。

 王妃様の断るという言葉に、私は内心でほっと息を吐いた。


「それがよろしいかと」


 セレン夫人の言葉に頷きを返した王妃様は、真剣な表情を一転、満面の笑みで私を捉えた。


「それはそうと。ねぇ、シルフィーヌ。ランドルフの件、考えてくれたかしら」


 その時、お茶を口に含んでいなかったことを私は感謝する。

 聞かれるだろうとは思っていたが、こんなに真正面から尋ねられるとは思っていなかったのだ。


「えっと、あの……はい。しかし、お返事は殿下に直接お伝えしたいと思っております」


 よろしいですか? と王妃様の表情を伺えば、さらに深くなった笑顔と頷きに、私は了承の意と受け取った。

 そこで勇気が出た私は、ランドルフ様がセレン夫人をエスコートしていた理由を尋ねることにした。


「あの、セレン夫人。お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、もちろん、私でお答えできることは何なりと」


「その……ラン……王弟殿下とは、どのような……」


 ご関係でしょうか……と続いた言葉は、自分でも驚くほど小さく、お二人には聞き取れたかどうか分からない。

 それでも、一瞬だけ驚くようなそぶりを見せたセレン夫人の表情もまた、先ほどの王妃様と同じようなものとなっていく。


「ご安心くださいな。彼は主人の雇い主ですのよ」


「雇い……主?」


「まぁ、ランドルフったら、シルフィーヌにまだ話してなかったのかしら。結界もあるし、ちょうどいいわ。あのね、カルセドニーの商会長は……」


「義姉上、その先は私が、きちんと彼女にお話をしますから、奪わないでいただいても?」


 突然、横から聞こえた声に、私は思わず身体を硬直させる。

 ここ、防音結界の中ではなかっただろうか。どうやって……なんて考える暇もなく、座っていた私の手をランドルフ様の手が握っていた。


「まぁ、淑女のお茶会に突然現れるなんて、無粋ですわよ。義弟殿?」


 そう言いながらも王妃様の瞳はからかうような色が浮かんでいる。隣のセレン夫人も然り。

 しかし、見上げた先のランドルフ様は、そんな視線もどこ吹く風で涼しい顔をしていた。


「周囲に認識疎外をかけておきました。コランダム嬢は私がお相手しますから、どうぞ、皆さんは、ごゆっくり、旧知の仲を深めておいてください。レイモンドが王太子宮で控えていますから、終わりましたらそこでお待ちいただければ、ベリル男爵は安全に送り届けます」


 ふんっと鼻を鳴らした王妃様だったが、その顔は優しい笑顔のままだ。


「用意周到ですこと。可愛い義弟のために、折れて差し上げますわ」


「ありがとうございます。義姉上」


 私の手を引いて立ち上がらせると、代わりにベリル男爵を手招いてそこに座らせる。


「今日、君はコランダムの使用人だからね、お嬢様の代わりにしっかりとお二人のお相手を頼むよ」


 それが姉妹たちの時間を作る口実なのは明らかで、はいと頷いたベリル男爵の瞳は赤く濡れていた。



ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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