再会
既に報せが行っていたのか、王宮の敷地に入った馬車は、どこで止められることなく王族が住まう場所へと入っていった。
馬車の窓から外を見れば、ほんの数か月前に建国記念の夜会で訪れた時とはずいぶん雰囲気が違っていた。
そう、一番大きな建物、歴代の国王陛下が住んでいた本宮が無くなっていたのだ。
取り壊されるとランドルフ様から伺っていたが、こんなに早くとは思わなかった。
「本宮は新たに国王陛下たちのご指導の下に建てられるそうです。それまで、王族の方々は王太子宮に。ですが、王弟殿下は、近々、王都にお屋敷を建てられるそうですわ」
私の驚いた表情に必要と思ったのか、ベアトリクス様……いや、ベリル男爵が説明をしてくれた。
あの粛清の後、彼女は隠れることなくすべてを受け入れた。
本来なら主犯格という立場の父親を持つ彼女は、平民に落とされても仕方なかったが、逆に最大の功労者だという陛下と宰相閣下の説明の元に、男爵として降格された家を継ぐことを決めた。
ただ、学園は早期卒業という形でやめることになった。
縮小されたとはいえ、彼女の家には養わなくてはいけない使用人たちがいる。その責任をすべて背負って、彼女は王宮勤めを始めたのだ。
「外にお屋敷を?」
「はい、最終的にはグラフェン公がお住いのお城を引き継がれるそうですが、まだお若いですからね」
そこで言葉を切ったベリル男爵の顔に笑顔が浮かぶが、私の頭の中では、王都を見下ろす場所に建つ重厚な城を思い出していた。
グラフェン公が住まわれる城は、今の王宮が建てられる前からあり、以前はそこに国王陛下がいらっしゃったという由緒正しいお城だ。
何百年も経っていても変わらずこの王都を見下ろす場所に在り続けていることを思えば、王の住まいとしてはこれ以上のものはないと思うのだが……。
どうやら、今の王宮へ移ったのは、その昔、とても大切な王家の宝の盗難騒ぎがあったかららしい。王家の醜聞とも取れるそれは、当然発表されたものではなく、噂程度の話ではあるのだが。
今の王宮の魔術式を用いた警備はその時に構築されたのだというのも、魔術師団に伝わるウワサ。
「どうやら、王弟殿下は意中の方を射止めるために、お屋敷をその方の好みに合わせて作りたいのだとか……。国王陛下と宰相閣下に予算がどれくらいとれるかとか、私財を入れても良いのかとか、とても熱心に尋ねておいででしたわ」
「そ、そうなんですね」
どこか含みがあるように思うのは、ランドルフ様の意中の方という言葉がなんとなく私に向けられていたような気がするからだ。
自意識過剰だと思われても仕方ないが、向かいに座るベリル男爵の視線がまっすぐに私を捉えていたから、きっと、彼女は知っているに違いないと思った。
それに、彼女は粛清前から国王陛下と関わりがあったのだから、どこかで聞いていてもおかしくはない。
顔に熱が集まる感覚がしたとき、馬車が止まり、程なくして扉がノックされた。
「お嬢様、到着いたしました。開けてもよろしいでしょうか」
「えぇ、大丈夫よ」
深呼吸をしてからそう答えると、すぐに扉は開かれた。
差し出された手に自分の手を乗せ、顔を上げると、私はそのまま固まってしまった。
「おはよう、シルフィーヌ。久しぶりだね」
「お、お久しぶりです、ランドルフ様」
いきなりの登場に私はなす術もなく、今更乗せた手を引っ込めるわけにはいかない。
きゅっと乗せた手を握られ我に返った私は、ぎこちない動作で馬車を降りた。
握られた手以外は、適度な距離。それはまるで最初の頃と変わりない。
それを寂しい、と、思った私は、この一週間ほどランドルフ様から逃げていたことなど忘れていた。
カチリと、私の中の欠けていたモノがはまる感覚がした。
『自分の心は大切にするべきよ』
あの日、ソフィ姉さまに言われた言葉が思い出される。
「シルフィーヌ? どうしたの? 具合でも悪いのかい?」
心配そうにのぞき込むランドルフ様の顔を、私はまっすぐに見返した。
そして、握られた手をそっと握り返す。
「あ、あの、ランドルフ様。どこかでお時間をいただけますか? 少し、お話をしたいのですが」
気付けはそんなことを口にしていて、自分でも驚いた。しかし、目の前の心配な顔は、私の心よりも酷く驚いたように目が見開かれていた。
そして、言葉が返されるよりも先に握った手に、もう片方の手が重ねられた。
「もちろん、いつでも時間はあるよ。お茶会が終わったら、迎えに行ってもいいかい? 神殿を案内するって約束、覚えてる?」
「は、はい。あの……よろしくお願いします」
「うん、待ってる」
そうして、ようやく建物の中へと歩み始めた。
エスコートというには、少し近く、恋人というには、少し離れた距離を保ちながら。
いつしか自然とゆっくりと歩いていた。
最初は何かを話さなくてはと思って歩き出したが、やはり緊張していたのかよい話題は思いつかない。隣を歩くランドルフ様も、表情は笑顔だが、無言のままだ。
けれど、不思議とその無言が心地よかった。
初めて立ち入る王太子宮の中庭は、色とりどりの花が咲き誇っていた。
視界の先、東屋にはすでに王妃様ともう一人の女性の姿がある。どこかで見たその姿に、私は思わず隣を歩くランドルフ様を見上げた。
あれは、あの日、カルセドニーで見た女性ではないか。
私が見えているのなら、ランドルフ様が見えないはずはないが、彼の表情には少しも動きはなく、ただ、ずっと穏やかな笑顔があった。
ひゅっと、息を大きく吸う音が後ろから聞こえて振り返ると、真っ青な顔をしたベリル男爵の姿があった。
「……お姉様」
その言葉に、私はもう一度、東屋の方へと視線を戻す。
お姉様、ということは、王子妃に選ばれなかったために父親に追われたというあの……。
「ベリル男爵、今は堪えて、東屋に入ったら結界を張るから」
私たちにだけ聞こえる声で、前を向いたままのランドルフ様がそう告げる。
予感があったのか、ベリル男爵はすぐに表情を引き締めて先ほどと同じようにコナの隣に立った。
東屋に近づくにつれ、王妃様とその女性の軽やかな笑い声が聞こえる。
「義姉上、セレン夫人、コランダム嬢をお連れしました」
セレン夫人?
陛下の手配で他国へ嫁いだとは聞いていたが、その先がセレン公爵家だとは思わなかった。
では、あの日、カルセドニーで見たのは……。
あの後で家族の集まりだと言っていたフェリシア嬢の言葉と共に、その理由が明らかになったような気がする。
ランドルフ様がエスコートしていたのは、オーガスト様の代わり?
何故、ランドルフ様が、というのだけが謎だが。
「では、コランダム嬢、後程、お迎えに上がります」
私の頭の中は、この数分に与えられた情報量の多さにフル回転だったが、ランドルフ様のエスコートで席に着くまでは、何とか繕えていた。
ランドルフ様の合図のような言葉に、こくりと頷くと、笑顔を一つ残して彼はこの場を去っていく。
その後ろ姿を見つめていると、無言のまま王宮の使用人たちがお茶とお菓子を並べていく。カチャカチャと少しだけ茶器の音がするほかは、鳥のさえずりでさえ聞こえない。
支度を終えた使用人たちが下がり、東屋にはテーブルに着く私たちと、ベリル男爵の4人だけになった。
コナが少し離れた場所にいることを確認したところで、魔力が流れる気配がして王妃様がこの場所に結界を張ったのだと分かった。
「防音結界よ。外から姿は見えるから、ベアには悪いけど……」
ベアとベリル男爵のことを親し気に呼んだ王妃様は、隣で肩を震わせる女性に視線を移した。
「ベア、元気そうでよかった。……あなた一人に背負わせてしまった姉を恨んではいないかしら。逃げた私を憎んではいないかしら」
「いいえ、いいえ、こうしてお姉様にお会いできるだけで私は。王妃殿下、ありがとうございます。コランダム嬢、ありがとうございます。このご恩は、忘れません」
深く頭を下げたベリル男爵に事情を呑み込めないまま、大丈夫と首を振るしか私には出来なかった。
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