ある人を連れていく
『屋敷から出られない』私は、イアンの穴を埋めるべく商会の仕事に精を出していた。
レイモンドは屋敷と商会を行き来しながら、時々、商会の様子とイアンのことを教えてくれるようになっている。
「そろそろ、商会の成長速度を緩めていい時期ね」
「はい、いったん、一般向けの開発は抑えても良いかと。基盤を固めるために他商会や店舗向けに絞るのも手かもしれません」
「そうね、そうしましょう。開発を進めるのはイアンが戻ってからでいいわ」
「承知しました」
商会の立ち上げから今まで、エメリー商会は新製品を出し続け、魔道具と言えばエメリーと多くの人に言われるまでになった。もちろん、私だけの能力などではなく、オードリー様の手助けがあったからこその急成長だ。
そうして、商会の仕事が一息ついた時、レイモンドがシンプルな封筒を差し出した。疑問を顔に浮かべたまま彼を見上げれば、ちょっとだけ胡散臭い笑顔がそこにあった。
「お嬢様、これはイアンからです」
イアンからなのは間違いないだろうが、どうやらその中身はあまりらしくないものが入っていそうで、私は警戒しながらそれを開いだ。
中には2枚の筆跡の違う手紙が、丁寧に重ねられて入れられていた。
要するにこの順番で読めということかしら。
『週末のお茶会に人を一人連れて行って欲しい。
レイモンドには話を通してあるので、手配は済んでいるよ。
あぁ、後、手土産は必要ないってセリーナから言付け。
人を連れてきていくれれば、それでいいってさ
あ、セシルが睨んでいるからこの辺で
よろしくね。
エリオット=オパール』
『お嬢様、申し訳ございません。
エリオットからの言付けを、おそらくこれが誰にも悟られずお伝えする方法だと……
こちらは今しばらく時間がかかりそうです。
なるべく早く片付けます。
イアン=アオライト』
二通とも、短い手紙に用件だけが書かれていた。
読んでみて、その順番も納得した。
「イアンは元気にしていたかしら?」
「はい、多少の疲弊は見られますが、その大部分は宰相補佐からのものだと思われます。あの方の表面に騙されがちですが、人を使うことに関しては宰相閣下と似ていらっしゃいますから」
「やはり、親子ということね」
レイモンドの言葉に苦笑いで返した私は、エリオット様からの手紙に書かれた連れていく人に興味を持った。
「レイモンドは、私が連れていく方を知っていて?」
「はい。お嬢様自身はお話したことは無いかも知れませんが、ご存じの方ですよ」
私が話したことは無いけれど、知っている方。
多すぎてわからないが、エリオット様からのご紹介でレイモンドが認めているならば、少なくとも私には害をなさないだろう。
「承知したわ。と言っても、断る選択肢はなかったのでしょうけれど」
その言葉にレイモンドは苦笑いを浮かべる。
この数日で少しだけレイモンドたちの学園生活を垣間見たような気がするが、改めて彼らの情と信頼の深さに関心をする。立場も違い、卒業してから何年も経っている友人たちをここまで信頼できるのは、きっと、貴族社会の中では珍しいことだろう。
例えば、私やソフィ姉さま、ランドルフ様やトレイシー、シリルとティティ。今、ラウンジに集う皆にそんな未来があったら、とても良い人生が送れるような、レイモンドたちのことを思うとそんな気がした。
時は巡り、すぐにお茶会の日がやってきた。
その日の朝早く、私がコナに揺り起こされている頃に、コランダムのタウンハウスには訪問者があった。
「お待ちしておりました、ベリル嬢。いや、今はベリル男爵とお呼びするべきですね」
「ご無沙汰しております、レイモンド様。呼び方はどちらでも……。まだ、駆け出しですから。今日はイアン様に言われて参りました。お嬢様付きの侍女として王宮に上がるようにと……」
「はい、お嬢様の準備が済み次第、共に馬車で王宮へと。お嬢様はまだお休みされておりますので、少々お待ちいただくことになりますが」
「構いません。むしろ、ご迷惑でなければ、お仕度からお手伝いさせてください」
「しかし……」
「侯爵家から男爵家になり、今では私自身で支度をするのです。御心配には及びませんわ」
彼女の言葉に逡巡したレイモンドは頷いた。
「分かりました。後でコナに紹介します。以後は彼女の指示に従ってください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
タウンハウスの裏口でそんな駆け引きめいた会話がされていることなど露知らず、私はコナの声で目を覚ました。
「お嬢様、おはようございます。今日は忙しいですよ。王妃様のお茶会です」
「ん~、お茶会……王妃様……ん、分かってる」
漸くベッドの上で身体を起こした私に、すかさずコナの淹れた紅茶が差し出された。
さわやかな香りが徐々に私の意識を覚醒させていく。
「私的なお茶会ですので、王宮に上がれる程度には格式高く、夜会ほどは華やかではないドレスを何着かご用意しました。ご自分で選ばれますか?」
「ううん、コナに任せるわ。全部、コナに任せる」
「承知しました。ふふっ、腕がなりますね。今日は、イアン様からご紹介された方がお手伝いもしていただけるとのことです。準備の際にご紹介させていただきますね」
「分かった。ありがとう、色々手間をかけさせるわね。よろしくね」
「いいえ、お嬢様に任せていただけることは、コナの幸いですから。なんでも仰ってください」
「うん、コナ、大好きよ」
促されるままに食堂へ行くとお兄様とシリルがすでに待っていた。心配そうな視線の中で朝食を終え、衣裳部屋に入った私は、意外な顔を見ることになった。
「ベアトリクス様?」
「はい、コランダム嬢。イアン様に言われて参りました。今日は王妃様のお茶会へ付き添うようにと」
なるほど、確かに話したことは無いが知っている相手だった。
しかし、イアンに言われたからという言葉に、どこか違和感を覚える。
私はエリオット様に言われたが、彼女はイアンにという。イアンもエリオット様のことを彼女には伝えていないのだろうか。
二人から届いた短い手紙には、どうして彼女を王妃様のお茶会に連れていくのかなどを含めて全くと言っていいほど、情報は書かれていなかった。
それは、書けなかったのか、書かなかったのか……。それとも、これもエリオット様の策略の一つなのか、私には判断できなかった。
それでも、手伝いに来たというのは大げさでなく、ベアトリクス様の手際はとてもよく、コナを大いに助けてくれて出かける準備は滞りなく終わった。
「ベアトリクス様の準備は……?」
「大丈夫です。私はあくまで付き添い、侍女の一人としてお連れください」
「そう……ですか。分かりましたわ。では、参りましょうか」
そうしてコナに連れられて屋敷の外に停められた馬車に向かうと、御者台にはレイモンドの姿があり、すぐにコナと同じ侍女服に着替えたベアトリクス様も追いついた。
王妃様の私的なお茶会。なんとなく何事もなく終わりそうにはないという予感がした。
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