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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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王宮内で隠されたもの

 イアンは午後のお茶の時間が終わった頃にやってきた。

 手には商会の関連書類がいくつか握られている。どうやらそれは、私に渡されるもののようで……。


「イアン、これは?」


「はい、商会長のサインが必要なものばかりです。私の権限を増やしていただいたので随分減らすことは出来ましたが、ここのものはどうしても、ご確認いただきたいものなのです。申し訳ございません」


 この先に起こることを予感していたわけではなかったが、商会に私が居なくても回るように考えていた。そのために、ここ数か月でイアンの副商会長という権限をほぼ商会長と同じにしていたのが、結果的にはよかった。

 とはいえ


「謝ることなどないわ。むしろ、私の方があなたに負担のかけているのではなくて? 問題はないかしら」


 しっかりと中身を確認してからサインを終えた書類を差し出せば、丁寧に受け取った彼はその書類を大事そうに腕に抱えた。


「問題などあろうはずもございません。今の私には、感謝しかないのです」


 そう言って言葉を切ったイアンの顔が、笑顔から真剣なものへと変わった。

 彼が、今日ここへ来たのはこの先に続くことを伝えるためだ。

 だって、先ほどの書類は直近だけでなく、随分と先までのものだった。それが意味するところは、彼の中で、答えが出たということだ。


「宮廷内で不正を疑われて追い出された者を雇ってくれるところなど、どこにもありませんでした。実家では当然のように家族にも見放され、世の中の歪みを呪い彷徨っていた私を拾ってくださっただけでも過分な温情でした。それなのに、共に経営側へと迎え入れていただいた。もう……とっくにエメリー商会は私の家なのです。ですから、私は一生、お嬢様にお仕えするつもりでおりますよ」


 今の言葉に、エリオット様の誘いを断った理由が込められているように思う。

 イアンの人柄を考えれば、不正を働くようには思えないから、おそらく冤罪だったのだろう。廃王子たちの資金の不正利用を認めていたようなところなら、きっと、イアンのようなまじめな者は、むしろ肩身の狭い思いをしていただろうことは容易に想像がつく。

 大規模な粛清がされ、彼が辛酸を舐める元となった者はいなくなっただろう。しかし、それを育てたのも、確かに王宮という場なのだ。

 あぁ、だから彼は王宮には戻りたくないのね……って、ちょっとまって。


「イアン、王宮で何があったっていったの?」


 突然の私の質問と勢いに、唖然としたイアンは固まっていた。

 しまった、と思ったのもつかの間、すぐに私は息を整えて、もう一度、質問を繰り返す。


「イアンが王宮勤めをやめた理由、もっと詳しく教えてもらっていいかしら」


 今度こそ、私の質問を受け取ったイアンは、少しだけ自嘲気味に笑みを浮かべた後、ゆっくりと話し始めた。


「事の発端は、数ギル程度の帳簿の誤差でした」


 数ギル、膨大な資金とその流れがある国の運営のなかで、たかがと言えてしまうものだっただろう。事実、それらが見過ごされてきたからこそ、先の粛清が行われたのだから。

 しかし、多くのそんな流れの中でもイアンは声を上げた。


「私は通常の仕事の合間を見て、その誤差について調査を始めました。私の権限が行けるところまで帳簿を遡り、誤差の発端を探そうとしましたが、当時の私はまだ王宮に入ったばかりで、そもそも権限など大して解放されていなかったのです」


 その小さな誤差は、ある年から出始めたというところまで分かった。しかし、当時の国内は安定していて、その数年は良くも悪くも動きのない時代だった。

 一度の小さなミスが、気づかれることなく改善されぬままに繰り返されたと言えなくもない。だが、何かがイアンの中でひっかかり、そこで諦めきれなかった彼は、信用できると思っていた上司に相談した。

 ただの記載ミスかも知れないと伝え、上司の権限で出来る範囲で調査が行われることになった。しかし、しばらくは順調だった調査が突然暗礁に乗り上げた。挙句、その先にあったのは、公金横領の疑いを掛けられての解雇だった。

 相談され調査を命じた上司は、イアンの解雇後に自ら命を絶った。


「私は触れてはいけない場所に触れてしまったのでしょう。そのために、とても誠実な方を死に追いやってしまった」


「でも、それはイアンの所為では……」


「そう、思おうとしました。友人たちもそうだと言ってくれる。けれど、上への説明は私に任せて君は思うようにと、そう言った上司の顔が、昨日のことのように思い出されるのです。今は、彼が私に寄せてくれた信頼を返したいと思っています。ただ、そうする場所は、もう、王宮の中ではない。私が信じられる人たちのいる場所で、と」


 そこで、言葉を切ったイアンは、ふぅっと詰めていた息を吐いた。まるで、心の奥底にある重い気持ちを吐き出すように、ゆっくりと。


「私は、王宮には戻りません。ただ……彼の死の真相は知りたいと思っています」


「エリオット様の依頼を受けると、そういうことね。でも、本当に大丈夫なの? エリオット様が……その、あなたのお兄様も王宮にいると仰っていたわ」


 私の言葉に、イアンに身体に力が入ったのが分かる。


「私を……告発したのは、おそらく、兄なのです。だからこそ、それを分かっているエリオットが……あの彼が、ただ忙しいなんて理由で私を呼び戻すとは思えないのです」


 通常、告発者への報復などを防ぐためにその存在は徹底的に隠される。おそらくと彼は言ったが、それでも、その口調からある程度の確信をしているのだろう。

 私自身もエリオット様の依頼の件があって、改めてイアンの資料をちゃんと見返したから覚えている。彼の兄は、王宮の政務部門に居る。特別なことがない限り、出仕と共に決められる配属は変わることは無い。

 政務の人間が、どうして財務の彼を告発できるのか……。

 もしかして、イアンの兄もクザイの……。

 だが、今も勤めているというのなら、粛清対象ではなかったということだ。

 エリオット様の『彼の能力を妬み、野心を疑った家族が彼を手放した』という言葉を考えれば、本当に純粋に弟に対する妬みだけで、彼を冤罪に陥れたというのだろうか。


「当時、私の騒動は、財務部の中で内々に処理されました。何せ、罪状が公金横領でしたから」


 要するにすべてをイアンに被せて、蓋をしたと。

 それができる程度に力のある人間が裏に居た……?


「もしかして、あなた、命を……」


「今となっては、あれがただの事故だったのか、故意だったのかは分かりません」


「事故に……あったのね」


 私がイアンと出会ったときには、怪我などは見えなかったから、分からなかった。最初にレイモンドから渡されたイアンの経歴も、軽く王宮を辞したとだけ記載されていただけだ。

 ほんの数言の裏にこんなにも多くの出来事があったなんて、誰が想像できただろうか。


「レイモンドが私を保護したのは、運び込まれた病院内です。後から聞いたことですが、エリオットがレイモンドに連絡をしたそうです。同級だった彼も私と同じく王宮に入ったばかりだった。宰相の息子だということで私と同等のスタートラインではないにしろ、今ほど自由には動けなかったでしょう」


 淡々と、仕方のないことだったと語る言葉と裏腹に、イアンの瞳は強い意志を持ったままだ。


「イアン、あなたの気持ちは分かったわ。正直、行かせたくない。だって、今度こそ命に係わるかもしれないのよ。そんな……」


 私が行くなと命じれば、きっと彼は行かない。

 しかし、そうしてしまえば、彼はずっと過去と決着がつけられない。


「お嬢様、ご心配ありがとうございます。王宮内では私の警護にオパール家の影が配置されるそうです。宰相家の影なんて、私のような者に行きすぎだと思うのですが、それが、エリオットの誠意ならば受け取ろうと思っています」


 いつもと同じ笑顔で、いつもと同じ口調でイアンはそう言った。

 私は彼を信頼すると誓った。ならば、それ以上、私に何が言えただろうか。


「イアンが居なくなると、エメリー商会はきっとつぶれてしまうわ。だから、必ず……必ず無事で帰って来ると、約束して」


 その言葉にイアンは少しだけその笑顔を崩し、またほほ笑んだ。

 立ち上がったイアンは、私の横に進み出ると、胸に手を当てて片膝を付いた。そんな彼を、私は正面から見据える。


「私は騎士ではありません。だからお嬢様に対する剣とも、盾とはなれない。それでもどうか、誓わせてください。必ず……必ず、お嬢様の元へ戻ります」


「あなたの誓いは、このシルフィーヌ=コランダムが受け取ったわ。だから……その誓いが、決して違わないことを望みます」


「はい、お嬢様」


 そうして、次の日からイアンは王宮へと入った。

 期限はない。問題が解決するまで。

 商会の仕事は、また多くが私に戻り、レイモンドやロドニーも経営に携わるようになった。

 ただ、彼の無事な帰還を願って。


ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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