病は気から?
昼間に出したクォーツ家への使いは、夕方には朗報を携えて戻ってきた。
そうして、二日後にソフィ姉さまとの二人だけのお茶会が決まった。
すぐにその日はやってきた。
朝から天気も良く、私は午後になって東屋に準備をするようにコナに伝える。
ソフィ姉さまがいらっしゃるのは、学園が終わってからなので、十分に準備の時間はあったが、飾る花、お茶の種類、お菓子と考えているうちに、到着の連絡を受けることになる。
「まぁ、シルフィー。数日会わなかっただけなのに、ずいぶん離れてしまった気がするわ。大丈夫? ちゃんとご飯は食べているの?」
顔を合わせるなり私の様子を隅々まで確かめるソフィ姉さまに、私の笑みは深まった。
この数日は、色々なことがありすぎて、それこそずいぶんな時が流れていたように思えていた。
「ソフィ姉さま」
「あらあら、そんな顔しないで。仕方ない子ね」
思わず涙腺が緩んでしまった私の頬を包んだソフィ姉さまは、ふふっと笑って額を合わせる。そっと身体を包み込む腕の温かさに、私は大人しく気持ちが落ち着くのを待った。
しばらくして、ふぅっと息を吐いた私の手を引いたソフィ姉さまは、東屋に置かれたお茶会の場へと導いてくれた。
これでは、どちらがホストか分からないなと思いながらも、大人しく後をついていく。
促されるままに椅子に座ると、ソフィ姉さまはドレスの裾を気にすることなく私の前にしゃがみこんだ。そっと手を伸ばして私の頬を優しく撫でる。
「あなたが落ち着いてからでいいわ。ゆっくり話して」
その言葉に今度こそポロリと雫が落ちたが、それ以上流れ出ることはなかった。
しばらくソフィ姉さまの手の温もりを感じていた私は、ようやく少しだけ笑えた自分をまぁ頑張ったと思う。
それを見ていたソフィ姉さまも少し安堵の息を漏らして、向かいの席に着いた。
ほどなくしてコナが二人分のお茶を淹れてくれて、また下がっていった。
「ソフィ姉さま、私……どうしたらいいか分からないの」
暖かいお茶を一口含み、いくらか落ち着かせた私は、ここ数日に起きたことを話し始めた。
カルセドニーでランドルフ様が大人の女性をエスコートしていたこと、彼に……恋心を抱いていたと気付いたこと、婚約を申し込まれたこと。
私が聖女だったことやコランダムに向けられた疑いの目のことは、言わなかった。ソフィ姉さまはいつか知るだろうけれど、それは、今じゃないし、まして私の口から知るべきではないことくらいは私も分かっていた。
そして、訳あって次の週末が終わるまでは学園を休み考える時間を得たことも。
それを伝えた時、それまでゆっくりと柔らかな表情を浮かべていたソフィ姉さまのお顔が苦笑いに変わった。
「なるほど、首謀者はセシルね」
「えっと……どういう?」
「シルフィー、あなた、病に侵されて屋敷から出られないってことになってるわよ」
私は訳が分からず目を瞬かせるだけだった。
ソフィ姉さまによると昨日の朝にセシルお兄様が学園にやってきたのだという。
そして、妹のシルフィーヌが病に倒れ、屋敷から出ることが出来なくなったと……。シリルはそんな姉の側を離れられず、コランダムの両親は彼女を治すと心に決め、治療法を研究するために私設研究所に詰めている。自分は両親の代わりとして伝えに来たが、心配しないでくれ。必ずシルフィーヌは学園に戻る。
そう、学園長に伝えたと。
まぁ、何故、学園長室でお兄様が語った内容が学園中に知れ渡っているかは、意図的なものだろう。
とはいえ、その話を聞いて私は唖然としてしまった。
「まさか、皆さん、それを信じたとか……ないですよね?」
「まぁ、誇張されているとは思っているだろうけど、ほとんどの人は信じているように見えるわ。だって、辺境伯家の嫡男がわざわざ嘘を広める訳ないって……ね」
「そうはいっても」
「だから、ほとんどの人は、っていうことね。少なからずセシルを直接知る人は信じてはいないのではないかしら、王弟殿下とか」
「なぜって聞いても?」
「ほら、考えても見て。あのセシルよ? あなたを溺愛してるっていうのに、『病で』屋敷から出られないあなたの側を離れて、わざわざ自分で伝えに来るかしら」
ははっと乾いた笑いしか出なかった。
だが、お兄様を直接知る人は、今の学園にどれだけいるだろう。そう考えればお兄様の思惑はうまくいったのだろうか。
「まぁ、確かに『不治の病』みたいだから、一安心ね」
ソフィ姉さまに言われた意味がすぐには分からず、私は首をかしげる。
そんな私を優しい姉さまの瞳が見ていた。
「ほら、恋は医者でも治せないのでしょう?」
「……っ」
「ついでに、殿下に今は屋敷に来るなって、言いたかったのでしょうね。結果的にそれらはうまく言ったわ。セシルの意図を汲んだ殿下は、私に様子を見てくるように『お願い』してきたくらいだもの」
徐々に顔に熱が集まってきたのが分かる。
なんと言ったらいいだろう。この、身内に心のうちまで知られている恥ずかしさは。
「ランドルフ様はなんと?」
「あなたが元気ならいいって。それだけ確かめて欲しいと仰っていたわ」
「それ、だけ?」
「あら、熱烈な愛のメッセージでも聞いてきたらよかったかしら?」
「ソフィ姉さま……」
「ふふっ、冗談よ。少なくとも、あの方はあなたを急かすようなことはおっしゃらなかったわ。ただ、そうね。これは私から見た印象だから……あなたを、とても大切に思っているとは思うわ」
「大切、に」
「本来なら駆けつけて側に居たいってところでしょうけど、あの方は当然として、あなたも高位貴族の娘としての立場があるもの。なりふり構わずってわけにはいかないでしょう?」
時に立場というのは優位になることもあれば、感情の中では足かせになることの方が多いのかもしれない。
立場がなければ釣り合いなんかは関係なく、政略的なことも考えることは無いだろう。
書庫で見つけた恋物語のように、ただの村娘と兵士だった二人は、共に居られれば良かったのに、二人の立場が変わった途端に色々なしがらみが二人の関係を邪魔しだした。
物語の二人は、紆余曲折があったものの、最後は結ばれた。
私は……どうなるのだろう。
「でもね、シルフィー。どんな立場であれ、自分の心は大切にするべきよ」
誰よりも自分の心を大切にしたソフィ姉さまの言葉は、私の中の奥深くまで入り込んでいく。
「私の心……」
「えぇ、そう。あなただけが知ることの出来る本当の気持ち」
私はそっと手を胸に当てる。
人の心の在処が、人が生きるための鼓動を刻む心臓ならば、きっとここにあるのだろう。
少しだけ早くなったそれに、何か答えがあるような気がして、ふっと息を吐く。
「出口が、見えた気がします」
呟くように答えた私に、ソフィ姉さまは柔らかく微笑んだ。
その後、二人で楽しくおしゃべりをしていたところへ、何故だか早くおかえりになったセシルお兄様がやってきて、ソフィ姉さまを連れ去ってしまった。
入れ替わるようにやってきたレイモンドは、二人の背中を苦笑いで見送っている。
「レイモンド、何かあったのかしら?」
通常、お茶会をしている場所にレイモンドが来ることはあまりないので、何か伝えたいことがあるのだろう。
「はい、お嬢様。イアンから、明日、お時間が取れるかどうかお伺いしてほしいと頼まれまして」
「問題なくてよ。一応、私は病で屋敷を出られないみたいだから、ここに来てもらえるかしら」
先ほど聞いたことをレイモンドに伝えながら、私の顔に浮かぶのは笑顔だった。
どこかその笑顔に安心したような彼の様子に、心配をかけていたのだと気づく。
「当然です。では、そのように手配させていただきます」
本当に、私はずいぶん大切にしてもらっている。
そう、改めて思わずにはいられなかった。
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