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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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お兄様の苦手なこと

 部屋の中では、尚もエリオット様の懇願が続いていた。


「イアンを一週間、いや数日でいいから貸してくれ」


「商会の人事は、お嬢様の管轄です」


「いや、俺は知っている。コランダム嬢に続く権力を持っているのはお前だってことをな! なぁ……レイモンド~」


 これは開けてもらっていいのかしらと扉を見つめていると、内側から扉が開き、そこには笑顔のレイモンドが立っていた。

 その笑顔に促されるまま、部屋に入るとエリオット様と形式通りの挨拶を交わして席に着いた。

 さて、エリオット様の隣にお兄様はいらっしゃるが、どうやら主に相手をしていたのはレイモンドのようだ。

 どういうことだ? と、視線をレイモンドへ向ければ、それを察したエリオット様が説明をしてくれる。


「学園の同級生だったんですよ。レイモンドと、クライブ、ロドニーやイアンも。今、政務の安定のためにイアンの力を借りたいと思っていて、それでお願いしていたところです。セリーナの手紙を持ってきたのは、いわば、口実ですね」


「そ、そうなんですのね」


 私の頭の中はパニックを起こしていた。

 エリオット様の人柄と王妃様を呼び捨てにしたことに。

 人はだれしも表と裏の顔を使い分けるとして、特に王宮の中心に入る人はそうだとは分かっている。しかし、宰相閣下の厳格なお人柄を知っていると、どうしても目の前の方がご子息だと、少し疑う気持ちが出てきてしまった。

 逆に、宰相閣下が友人であるお父様たちとこのように気楽にお話をする姿を思い浮かべ……ようとしたが、ダメだった。

 そこまで考えて、きっとエリオット様は夫人似なのだろうと私の中で納得できそうなところを探した。


「イアンの商才は政の経済を回すのにも通じている。むしろ、彼の得意分野はそこだと考えているのだけれど、コランダム嬢はどう思う?」


 少しだけ意地悪な顔をしたエリオット様を見て、すぐに私は先ほどの考えを打ち消す。

 この明るいキャラは彼の隠れ蓑で、そこかしこに網を仕掛けていく手腕は、確かに宰相閣下の、オパールの血筋なのだろう。

 うかつに応えて、イアンを国に差し出すことになるのは、ごめんだ。

 何より、イアンの気持ちを裏切ることになるのは、一番したくない事だった。


「確かに、私はイアンの才能を高く買っておりますわ。今では商会に彼がいないことなど考えられませんし」


 そうだよねぇと軽い口調だが、その瞳はまっすぐに私を捉えていた。

 真意を探るように。

 これは正直に答えてもいいのかと少しだけ迷う。

 イアンを渡したくないと言えばそうなのだが、国に逆らうと捉えられないかと、それが心配だった。

 深読みかも知れない、けれど、こういう方を前にしたときはそれくらいがちょうどいいはずだ。


「そうですわね……イアン本人が了承しましたら、期間などを調整し、契約書を交わしましょう」


 私を見つめていたエリオット様の瞳が少しだけ眇められた。


「彼は、自分の価値を知っていたし、それをきちんと家のために使おうと思っていた。けれど、彼の能力を妬み、野心を疑った家族が彼を手放した。拾ったのはレイモンド。そして、囲ったのは君……」


 声色は硬く、どこか問い詰める様な口調だった。

 それに似つかわしくない笑顔が張り付いた表情は、流石、宰相閣下のご子息、若くして補佐を務められる方だと思わざるを得ない。

 が、次の瞬間にそれが急に弾けた。


「分かった。俺の負けだよ。もう、イアンを王宮になんて言わない。ただ、商会に俺と俺の使いが訪ねてアドバイスをもらうことは許してくれないか?」


 時間にしては一分にも満たない時間だったが、急に威圧感が消え、私はほっと息を吐く。


「え、えぇ、それは問題ございませんわ」


 それに加えて、大幅な譲歩に今一つ現実味を感じないまま、私は首を縦に振った。

 結局のところ、イアンが連れていかれないなら、それでいい。


「よかった。実は、イアンには一回断られてるんだよね。そりゃ、王宮はあいつの兄貴もいるしさ、行きたくないのは分かっていたんだけど、国の大事だし……ダメ元で話してみたら、それはもう、完膚なきまでに……。おやじには冷たい目で見られるし、とはいえ、財務の人間たちは役に立たないし。もう、俺どうすりゃいいのって思って、君たちを訪ねたんだけどさ」


 困った困ったと、こちらが口を挟む隙も無いくらいにエリオット様は、王宮内での話をまくし立てた。

 しかし、内容は想像できるものの、ちゃんと機密を漏らすようなことはしていないのが、エリオット様らしいのかと思ってしまう。

 数回しかお会いしていないのに、不思議だと感じる。この方は、むしろ外交に向いているように思うのは、素人の浅はかな考えだろうか。


「そうそう、完璧超人だと思っていたセシルは、金勘定だけはからっきしダメなの知ってた?」


「おい、エリオット、黙れ」


 急に水を向けられたセシルお兄様は、強い口調でエリオット様を遮った。しかし、勢いづいているエリオット様は止まらない。


「いいや、黙らない。元々、俺はお前の上司だったんだ。これくらいの発言は許される! だから、コランダム嬢、聞いてくれよ」


 お兄様がとても優れていることは知っているし、裏ではとんでもなく残念なのも知っている。けれど、職場でのお兄様の様子はあまり知らない。

 これは、次にソフィ姉さまとのお茶会の話題になると、私は興味をもって頷いた。


「フィー、その考えは捨てなさい。ソフィはもう知っている」


「なら、なおさら、お伺いしなければなりませんわ! 未来の義姉の愚痴をちゃんと受け止められる良い義妹になると、私は決めておりますので」


「いやぁ、セシルよりも、堅物シリルよりも、コランダムの中でコランダム嬢が一番話の分かる方とは! 俺は、もっと早く君を訪ねるべきだったよ」


「それで、お兄様の完璧じゃない一面とは?」


「そうそう、それはね……」


 そうして始まったエリオット様のお話に、エリオット様の隣に座るセシルお兄様は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、私の後ろに立つレイモンドは笑いをかみ殺していた。

 要約すると、魔法も剣術も政務においてもお兄様は誰よりも秀でておいでなのに、財務の仕事だけは全く出来ないというのだ。

 何故、それだけが出来ないのかと、エリオット様はしばらく頭を悩ませたくらいだそうで、経済の面から国を潰すくらいならばとお兄様にはお金にかかわる仕事を回さないように手配をしているという。


「まぁ、お兄様にそんな一面があるなんて思いませんでしたわ」


「良いんだ。俺の資産は全部ソフィのものだから、俺が管理する必要はない」


 なんというか、いいことを言っているはずなのに、エリオット様のお話を聞いた後では、言い訳にしか聞こえないと思ったのは、黙っておいた方がいいだろう。

 しかし、そんなお兄様が、とても可愛らしく思えてしまったのは、私が妹だからだろうか。きっと、ソフィ姉さまも同じような理由で、こんな一面を持つお兄様が大好きなのだろう。

 あぁ、ソフィ姉さまとお話をしたい。

 お兄様のこともそうだけど、今は、知ったばかりの恋心と急な進展について。


「思い立ったが吉日ですわ! レイモンド、ソフィ姉さまとお茶会のお約束が取りたいわ。ご都合を伺って、最短でね」


「ちょ、ちょっとまてフィー。ソフィは忙しい……はず」


「往生際が悪いですわよ、お兄様。お姉様はご存じなのでしょう? ならば、可愛い妹が未来の義姉と交流を深められることをお喜びなさいませ」


「レイモンド……」


 すがるように向けられたお兄様の視線は、にっこりと満面の笑みを浮かべたレイモンドに受け止められた。


「承知しました、お嬢様。早急にクォーツ家へ使いを出します」


 くるりと踵を返したレイモンドを止められなかったお兄様は、がっくりとうなだれた。


「さぁて、セリーナの使いも果たせたし、うっぷんも晴らせたし、俺はそろそろお暇させてもらうよ。彼女がコランダム嬢の返事を首を長くして待っているといけないからね」


 楽しくお話をさせていただいていたことですっかり忘れていたが、私は王宮でのお茶会に呼ばれているのだった。


「気負わなくていいよ、コランダム嬢。これは本当に私的なものだ。注意事項としては一つだけ。このお茶会のことは、秘密にしておいてくれればいい。当日は迎えを寄越すよ」


「承知いたしました」


 席を立ったエリオット様をお見送りしようと私も席を立とうとしたが、止められた。


「あぁ、コランダム嬢、見送りは良いよ。セシルと少しだけ話があるんだ」


「では、こちらで失礼をいたします」


「うん、またね」


 言われた通り、私は二人の背中をその場で見送った。


 ――――――――――――――――――――――


 一方、部屋を出た二人の顔からは笑顔が消えた。


「コランダムの監視のことは聞いている。何か手伝えることがあれば言ってくれ」


「こちらは大丈夫だ。だが、フィーに関するうわさが広がるのだけは避けたい。良いことも、悪いこともだ」


「分かった。それは陛下も気にかけておられた。対処しよう」


「あと……王妃殿下が紹介したいのは、彼女のことか?」


「あぁ、きっと、コランダム嬢の力になるだろうと、セリーナが」


「分かった。ありがとう、エリオット」


 セシルの言葉が落ちると、エリオットが足を止めた。

 不思議に思い振り返ったセシルの目に映ったのは、エリオットの心からの笑顔だった。


「お前の口から礼が効けたなら僥倖だ」



ご覧いただきありがとうございます。

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