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「奇跡の子」だけど脇役です!~周りが主役級ばかりなのでヒロインといわれても困ります~  作者: 沙霧紫苑


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魂の訴え

 気が付くと私は見知らぬ場所に立っていた。

 目の前にある建物は、アダマスでよく見る建物とはどこか違う。けれど、私はそれを『懐かしい』と感じていた。

 何か、この場所の手掛かりがないだろうかと周囲を見渡した時、突如、空から雷が降り注ぎ、建物は崩れて火の手が上がった。

 何が起こっているのか分からないまま、私は茫然と立ち尽くす。


「ルクレツィア! 大丈夫か?」


 焦ったような声が聞こえて、私はハッと顔を上げる。

 今まで、人の気配のしなかった景色の中に、戦う兵たちの姿が現れた。

 それで私は気づいた。あぁ、これは夢だ、と。


 ―――――――――――


 ルクレツィアは目の前の光景に眉を顰める。

 ここを焼いたのは、この地を治める国の軍だ。帝国が侵攻した側ではあるが、侵攻した先の民間人を保護しているのは帝国だった。


「陛下、私は問題ありません。負傷した方たちを後方へ、癒しをかけます」


「あ、あぁ」


 陛下と呼ばれた男――ルキウスは、ルクレツィアの様子を確認した後、小さく息を吐いた。

 大聖女であるルクレツィアの祝福を受けているルキウスは、致命的でない限りの負傷は、他の人間よりも早く回復する。だが、ルクレツィアは、大聖女は自身を癒せない。

 その小さな身体を抱き寄せ、隅々まで怪我がないかを確認したい衝動にかられたルキウスだったが、目の前の大聖女は、真剣なまなざしで負傷者たちを護る結界を展開させていた。

 気を取り直して顔を上げたルキウスは、周囲へ指示を出す。


「負傷した者たちは後方へ下がれ。動けるものは周囲を確認。人が居たらとにかく保護をするんだ。魔導士たちは防護壁を構築。私も支援する」


 それぞれの場所から応える声を聞き、さらに前線へと向かったルキウスだったが、目の前の光景に胸を痛めた。

 無差別に放たれた雷は、帝国軍の兵だけでなく、この国の兵も民も焼いていた。


「武器を持たぬ民は無条件で保護せよ。武器を持つ者は、投降の意思があるならば受け入れよ」


 黒く焼け崩れた建物から、命からがら逃げてくる者たちを自分たちの後方へと誘導する。この時に、自国も敵国もない。ルキウスにとっては、すべてが保護すべき者だ。

 防護壁を構築している魔導士たちの背中が見えた時、視界の片隅でうずくまる子供を見つけた。


「お前ひとりか?」


 怯えた表情はそのままに、微かに頷いた少年をルキウスは抱き上げるとその頭をそっと撫でる。瞳に涙を溜めたまま、必死に泣くまいと唇を噛んだ子供の姿が、何故か、初めて戦場を目の当たりにして震えていたルクレツィアと重なった。


「もう、大丈夫だ。後ろに大聖女がいる。彼女の側に居れば安全だ」


「あり……が、と」


「……あぁ、さぁ行け」


 近くに居た兵士に少年を預け、その背中を見送ったルキウスは魔導士たちの列に加わった。

 この小さな辺境の町は、帝国との国境に位置し、税は変わらず、いや、高くなっていくのに自国からの支援はほとんどなかった。自国から見放されたまま暮らしていくのは、町の民たちを苦しめるだけだと判断した町長は、密かに帝国へ支援を求めた。

 帝国にとって、支援を求めてくる町や村は初めてではない。国境を中心に、自国を見限った民たちが自ら望んで帝国へ属するのは、ルキウスが皇帝となってから珍しいことではなかった。

 だが、もともとその地域を治めていた国にとっては、裏切りであり、帝国による侵略と変わらない。当然、衝突は避けられない。

 近年の帝国による侵略戦争の大半の理由は、そういったものだ。


 場面が変わる。


 ルキウスはルクレツィアを馬に乗せ、自らはその後ろに跨った。


「陛下、今日はどちらへ?」


「ティア、今は公務ではないよ。……わかるね?」


「ルキ……ウス」


「そう、いい子だ」


 ルクレツィアを大事そうに抱き込んだルキウスは、囁くようにそう言って、彼女の耳に口づけた。


「久しぶりにあの場所へ行こう。今からなら夕陽に間に合う」


 互いの体温を感じられる距離で馬を走らせた二人は、しばらくして皇都を見下ろす丘の上に立った。

 傾いた陽の光は、徐々に赤みを帯び、吹く風に冷たさが混じる。

 着ていたマントを外したルキウスは、それをルクレツィアの肩に乗せた。


「私は大丈夫です」


「良いから、着ていて。後、これを……」


 流れるようにルクレツィアの手を取ったルキウスは、その細い腕に精巧なブレスレットを通した。

 深い青の石があしらわれたそれには、ルキウスの魔力が込められているのが分かる。


「これは私の守護石だ。君に持っていて欲しい」


 守護石は、生まれた時に両親からの最初の贈り物として渡され、持ち主と共に成長し、いつか、人生を共にすると決めた伴侶に渡すものだ。

 さらに皇族の持つ守護石には特別な意味があり、皇族の血でしか立ち入ることのできない場所でも入ることが出来るようになる、いわば皇族と同等となるための証でもあった。


「ルキウス、私は……」


 触れれば感じられるルキウスの温かい魔力は、春の陽だまりのようだとルクレツィアは思う。

 そっと瞳を閉じたルクレツィアに、彼女を抱くルキウスの腕は僅かに強まる。

 まるで彼女が逃げてしまわないように閉じ込めているようだ。


「私は、一度、婚約を破棄された身。そんな私を議会は認めるでしょうか」


「認めるさ。ティア……彼らもバカではない。大聖女を皇后に据えるメリットの方が大きいと分かっている。まぁ、認めなくてもいい。私は君以外を私の隣におく気はないからね」


「でも……」


「でも、は要らない。皇帝ルキウスではない、一人の男として望むのは、ルクレツィア、君だけだ。大聖女としてではない、私の愛するルクレツィアという女性、ただ一人……」


 まっすぐにルクレツィアを見つめるルキウスの瞳は、ブレスレットの石と同じ深い青色をしている。

 いつも、ゆるぎない意志を宿すそれが、どこか自信無げに揺れていた。


「私の伴侶として、共に生き、共に歩んでくれる?」


 強い風が吹く。

 木々が揺れ、ルクレツィアの肩にかけられていたマントも飛ばされそうな。

 唇が紡いだ言葉は、二人だけが聞こえた。


 ―――――――――――


 私は頬を伝う雫の冷たさに目を覚ました。

 夢の意味を考え、きっと、ルクレツィアとしての記憶が、何かを訴えているのだろうと結論付けた私は、ただぼんやりと天井を眺めた。

 胸を埋め尽くすのは、狂おしいほどの愛しさと、失ってしまったことへの悲しみ。

 経験したことのない感情が溢れてくることに、私は、どこか恐怖を感じる。

 まるで、私が私でなくなってしまうような、そんな気がするのだ。

 息を吐いて、両手で顔を覆う。


「ルクレツィア、あなたは、彼がそうなのだと思っているのね」


 夢の中で見た深い青の瞳は、彼のそれと面影が重なった。

ご覧いただきありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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