これは選択肢の一つ
お兄様たちが唖然としたのは束の間で、すぐに気を取り直してほっと息を吐いていた。
「よかった。婚約をすっ飛ばして、結婚します! とか言われたらお兄様は立ち直れなかったよ」
「へ?」
「僕も一瞬そう思って、ティティ―リアになんて説明しようかと考えてしまいましたよ」
「ん?」
よかったよかったと胸を撫でおろす様子の二人に、私は首をかしげる。
結婚?
ティティへ説明?
「あの、二人とも私に婚約が申し込まれたのを知っていたんですの?」
「いや、むしろ知らないでいる方が難しいよ」
「そうですよ、姉上。兄上は今や殿下付きですし、僕だってここ数日の殿下の動きを見てたら気づきます。ただ、空気を読んでみんな言わなかっただけですよ」
えっと、私の無駄な緊張を返してもらってもいいですか?
しかし
「もしかして、気づいていなかったのは私だけというの?」
「大体、学園での殿下の溺愛具合を見たら、どうやっても囲い込みでしかありませんし。姉上も、ちょっと思っていらしたでしょう? 異性でこの距離はおかしいって」
「それは……そうだけど。溺愛って……」
「あれを溺愛と言わずして、なんと言うんですか。今はまだ、マナーの授業も男女別になっていないのをいいことに、どこに行くにも一緒ですし。さらに、姉上に近づく男共へ威嚇していたでしょう。」
「威嚇……」
「とにかく、殿下は姉上を手放す気なんて、さらさらないんでしょうよ。大体、わざわざ学年を落してまで姉上の同級生になるなんて力技、殿下にしかできませんよ」
ボンッと音を立てるように私の顔は赤く染まった。
私だって、そこまではっきり言われて気づかないほど鈍感ではない。
ただ、それを家族に指摘されるという恥ずかしさと、もしかしたら本当に想われているのではないかという嬉しさとで体温が上がっていく。
「で、でも、ランドルフ様が私に婚約を申し込んだのは、私が辺境伯家の娘だからでしょう? いわゆる政略的な……」
もしかしたらの先で、昨日見たシーンが頭を過ぎり、期待し過ぎてはいけないと私はぎゅっと手を握りしめてうつむいた。
小さなため息の音がして、フィー、っと、セシルお兄様が柔らかな声音で私を呼んだ。
「君がそう思うのは仕方ないことだと思う。今、国は不安定で、事実、コランダムを欠くのは国が亡くなることと同義だ。だが、よく考えてみて? 国が安定する選択肢としては、もう一つある」
お兄様の問いかけに、私は握りしめていた手を開き、ゆっくりと顔を上げた。
国防を欠くなら、別の力で守ればいい。
例えば、友好国であるプラセオの力を借りる。
では、どうすればプラセオの力が借りられるか。
確実なのは、王族との婚姻、もしくは、それと同等の立場の……。
そこまで考えて浮かんだのは、フェリシア嬢の存在だった。セレン公爵家は、プラセオでは筆頭の公爵家。大家族の中の王位継承権の低い王女よりも、政略的な力は強くなる。
ランドルフ様はきっぱりと断ったというが、それは、留学中の話だ。前王の時なら愛のために身分を捨てられたとしても、王弟としての立場が固められた今ではおそらく難しいだろう。
さらに、前王の時とは言え、アダマスは一度プラセオにランドルフ様とフェリシア嬢との婚約を申し入れている。その時はセレン公爵家側から断りが入ったとしても、改めてあちら側から提案があれば、国として断る理由はどこにもない。
「いや……です。そんなの、私は嫌です」
行きついた答えに、私は子供のように首を振った。
その行為になんの効力も、意味もないことは分かっている。けれど、何故か抑えられなかった。
「うん、だからランドルフも考えたんだろう。俺は、フィーが納得できる形で、フィーの望むように選べばいいと思っている。あいつは、待たせてやればいいってね。だけどさ、時間をかけた先で、取り戻せなくなってしまったら……きっと悲しいよ」
「経験談……ですの?」
「おっと、フィーが痛いところをついてきた。そう、経験談でもあるね」
ははっと乾いた笑いを漏らしたお兄様は、私の隣に座り直すと、柔らかに頭を撫でてくれた。
「ソフィを失うなんて認められなかったし、どうしても取り戻すって決めていた。けれどさ、時間はかかった。失った時間は戻ってこないし、その間、俺もソフィも、ずいぶん苦しんだし、傷ついた。俺は、可愛い妹にそんな思いはして欲しくない。それだけだよ」
「お兄様……私」
「しぃ……」
今度は、お兄様の長くきれいな人差し指が、私の唇を塞いだ。
「その先は、俺たちは聞けないよ。気になることがあるなら本人に言えばいい。解決も当人同士でするべきだ。今は顔を会わせ辛いっていうなら、週明けの『仮病』は認めてあげる」
こくこくと頷いた私に満足そうに笑顔を浮かべたお兄様は、もう一度、私の頭を優しく撫でた。
「姉上、ティティ―リアには……」
「うん、まだ。だけど、もう、あの子は知っているような気がするわ。最近はお父様のお仕事をしているみたいだし。だから、シリルがいるのでしょう?」
「えっと……」
「大丈夫よ、シリル。だって、お仕事でしばらく離れるって、ちゃんと聞いていたもの。知っていたとしても、自分でも伝えないとね」
何とも言えない表情をしたシリルが、何を考えているかまでは私には分からない。けれど、色々な意味で私を心配してくれていることだけは分かっている。
「はぁ~安心しましたわ。婚約のことを話さなくてはいけなかったけれど、二人とも知っていたのなら、私がこんなに緊張することなんてなかったじゃない……。知ってるなら、知ってるっておっしゃってくださればよかったのに。もう、二人とも意地悪ですわね!」
努めて明るく、そうして、口を尖らせて拗ねてみせる。
私の意図を汲んでくれたらしい二人は、ふっと小さく笑う。
「この世の終わりみたいな叫びを上げていた人の言葉とは思えませんね」
「まぁ、課題はなかったみたいだから、いいじゃないか」
「ほんとに意地悪ですわ」
そのまま、自然と解散の雰囲気になり、私は部屋に戻った。
扉を閉め、一人きりになった部屋の中に、自分のため息が響いた。
結局、私は昨日見たことをお兄様たちに打ち明けられなかった。もしかしたら、それを伝えたら、お兄様たちから何かしらの答えが得られたかもしれないと、今は思うけれど。
「……何も知らないのは、私だけなのね、きっと」
お兄様が話してくれたコランダムの状況や、ティティの代わりに私を護っているシリル。
問えば、ある程度の答えは与えられる。けれど、それがすべてではないことは私もなんとなく察している。
ランドルフ様のこともそうなんだろう。
自身の不甲斐なさに落ち込む。
泣くほどではないけれど。
とぼとぼと部屋の奥へと進み、綺麗に整えられたベッドに身を預ければ、好きな香りが私を包んだ。
コナは何も言わなかったけれど、こうしていつも私が安心できる場所を作ってくれている。
どこか緊張していた心と身体が解けていくような感覚がして、自分でも気づかないうちに眠りに落ちていた。
「おじょ……あら、着替えもされないまま眠ってしまわれるなんて」
手早く、起こさないようにドレスを脱がせたコナは、私が眠っていることを確認しながら布団をかける。
灯りを落して、音を立てないように慎重に……。
「おやすみなさいませ、お嬢様。良い夢を」
パタンと小さな音を立てて扉が閉められると、部屋の中は静寂に包まれた。
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