その6 神風の救命
大きな音が谷底に響き、積み重なっていた骨が砕け散る。その骨の山の隙間から小さな手が上がった。
百年以上に渡り積み上げられた擬獣の骨と、怨獣の烙印でもある硬質な背中の鱗にティサリーは生き残るための望みを託していた。しかし生き残ることは出来たが、骨の破片が体中に突き刺さり、落下の衝撃で足も折れ、かろうじて呼吸をしているだけだった。
痙攣する体にかぶせるように、地震のように大きな振動が体に伝う。ティサリーはそれを確認するため、目だけを動かす。
霞んで見えるその先には、さっきの巨大な擬獣が追ってきただけでなく、どこからか集まってきた、数十体もの擬獣に取り囲まれていた。
それを見て、今から自分が確実に死ぬことを悟る……。
(……何故、私は生まれてきたのだろう……。何故、擬獣は私を襲ってくるの……? 私は……呪われて……いたのだろうか……)
朦朧とする頭で、自分の人生を思い出し、涙が頬を伝う。
「やだ……よ、こんな……擬獣に食べられて……死ぬなんて……」
自分の言葉すら、もう聞こえず、襲い来る擬獣の群れを見つめることしか出来ない……。ティサリーは恐怖に耐えられず目をつむり、父と母の顔を思い浮かべ、必死に助けを願う……。
「……死にたく……ないよ……」
「……助け……て……」
――その時、暖かく、優しい風がティサリーを包み込んだ。
風は真っ黒な竜巻になり、辺り一面を吹き飛ばすと渦巻く業火へと姿を変える。燃え狂う炎の柱は意志を持つ獣のように飛び散り擬獣に襲い掛かった。
気が付くと、ティサリーは黒い頭巾を被った男に抱きかかえられていた。
「間に合ってよかった、もう大丈夫だよ」
男が何を言ったのかは、激しい耳鳴りで聞き取ることは出来なかったが、父のような優しく力強い声と、母のようなひんやりとした腕の心地よさに、目を閉じ、安らぎを感じていた。
「ダモ! この子を安全な場所に!」
「ん。任せとけ! 行くぞ、泥牙!」
ティサリーを乗せ、泥牙は瞬時にして擬獣の隙間を掻い潜り、離れた岩場の天辺に駆け上がった。
「雲大樹の樹液で作った薬だ、飲め!」
ダモが木で作られた筒状の水筒の栓を抜き、ティサリーの口に流し込むと、土気色だった顔に赤みが戻り、体中の傷が瞬く間に消えていった。
「……ぎじゅう……は?」
ティサリーは薄っすらと目を開けるが、意識は完全に回復しておらず、この状況を理解できずにいた。
「安心しろ。擬獣なら千馬が倒す」
「せ……んま? あなた……が?」
「や。違うな。千馬はっ――」
言いかけた瞬間、一面が真っ白に光り、轟音が鳴り響き、ダモの言葉をかき消す。
ティサリーは起き上がり、音がした方を向き、目を大きく見開く。世界の終わりとも思えた擬獣の群れが、全て炭となり果てていた。
火も消え止まぬ、黒焦げの死骸の山の中心に、ティサリーは黒い頭巾をかぶった千馬の姿を見つける。
「あの人が……千馬……」




