その3 紛失した日常
一向に目が慣れない暗闇の恐怖と、何者かに襲われるかもしれないという不安が付き纏い、心身ともに疲弊してゆく。
千馬はこの状況をどうにかして打開しようと考え、周辺を探ることを決意する。ゆっくりと立ち上がり、ズボンの尻に付着している土や葉っぱを両手で払う。数回ズボンを叩いたところで時間が止まったかのように硬直し、大量の冷や汗が頬を伝って流れた。
――いつもズボンのポケットに入れて持ち歩いてるはずの、スマートフォンと財布がなくなっていた。
千馬は立ち上がる時に落としたのかもしれないと考え、足元を手探りで探したが、手に伝わるのは落ち葉と土の感触のみ、現状を打開できるであろうスマートフォンの存在を思い出すと同時に紛失していることが分かり、大きなため息をついたあと、「――呪われている」と、疲れ切った表情で口癖を漏らした。
現代の社会人にとってネットに繋ぐことのできる通信機器と、現金やクレジットカードを失うことは死んだも同然であり、なによりも、知人や仕事関係の電話番号やメールアドレスの消失、カードの停止や再発行、警察に行って遺失届を出す手間を考えただけで頭が痛い。
しかし、金品が盗まれていたことで、この恐ろしく不可解な事件の全貌がなんとなくだが見えたような気がする。
一時は混乱のあまり、身長182cm、体重79kgの体が突風でどこかの山まで飛ばされたのかと考えもしていたが、予想としては、今朝の嵐で飛ばされてきた看板あたりが頭に直撃し、気絶して倒れているところを窃盗犯が金目の物を盗み、そしてそのまま倒れていたところをマフィアのような連中が臓器を売るため誘拐したものの、急遽不要になり森にでも捨てたのだろう……。
不幸自慢をすれば誰にも負けない自信があるくらいには運が悪く呪われた人生ではあるが、あまりにも馬鹿馬鹿しい予想であったため、自己嫌悪し溜息をつく……。
千馬はそのどれもが正解ではないだろうと思いつつも、今は精神を安定させることを優先させるため、無理矢理にでも原因を解明した気になり、自分を納得させた。
後は朝日が昇り次第山道に出て、通りかかった車に事情を説明して近くの駅まで乗せてもらうか、それが無理だとしても、警察くらいは呼んでもらえるだろうと考え、希望に満ちた顔で力強く頷いた。




