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このパーティには呪われた者が一人いる  作者: おおま えいき
第一章 凪無千馬は呪われている
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その2 記憶の反芻

 ――季節は春、憂鬱な業務をこなすための通勤には勿体ないほどの小春日和だったが、一人暮らしをしているアパートの家賃や食費を稼ぐためには、どんな理由があろうとも出社しないわけにはいかなかった。


 千馬は朝食をとるため、冷蔵庫から卵とハムを取り出し、よく手入れされた鉄の鍋に火をかける。


 一人暮らしを始めたばかりの頃は、外食やコンビニ弁当ばかりだったが、近頃は食費の節約をするため、自炊するようになっていた。


 目玉焼きとハムの匂いに混じり、油の匂いが部屋に充満しだし、慌てて換気扇を回す。


 フライ返しで目玉焼きを持ち上げ、裏側に薄く焦げ目が付いているのを確認し、ガスを止め、皿に移した。使用した鍋の手入れを済ませ、炊いてあったご飯を皿によそっていると、テーブルの上から振動音がした。


 スマートフォンの着信画面に映し出されている母という文字に顔をしかめ、面倒くさそうに通話のボタンを押す。二、三日置きにかかってくる母からの電話は、千馬の怪我の治り具合を聞くためだった。千馬は手のかさぶたをかきながら、心配する母に元気なことを告げる。


 先月、残業を終えて会社からの帰宅途中、横断歩道を渡っている時に、信号無視をして突っ込んできた車にぶつかり、足を打撲し、転倒した拍子で手を擦りむくという出来事があった。事故を起こした車はそのまま逃げ去ってしまい、当て逃げの被害届は出したものの未だ犯人は見つからず、警察からの連絡を待っている状態だった。


 千馬が幼少の頃、同じような出来事があり父親を亡くしていた。そのため母親の心配する気持ちは痛いほどよく分かっていたが、数日おきに朝と夜にかかってくる電話にはうんざりしていたため、大丈夫だからという言葉を連呼し、早めに会話を切り上げた。


 千馬は朝食を食べ終えるとベッドの上に横たわり、スマートフォンを眺めながら休息をとる。


 しばらくして、二度寝の欲求に駆られるが、起きてこられなくなることを危惧し、気だるそうに立ち上がる。大きな欠伸をしながら洗面所へと向かい、歯を磨き、顔を洗い、服を着る。


 出勤するための準備が終わると、次第に重くなる足にムチをいれ、名残惜しい家を後にした。


 ――人の熱気や色々な物の匂いが入り混じった満員電車の不快感に耐えながら、乗り換えの駅はまだかとげんなりする。


 降車駅でドアが開き、押し出されるように電車を降り、上りのエスカレーターに乗る。そこから長い通路を進んでゆくと改札を抜ける人の列が渋滞を作っていた。


 駅の外の空気を吸い込み、青空の眩しさに顔をしかめながら足早に歩くスーツ姿の会社員たちと歩調を合わせる。前の人の靴のかかとを踏んでしまわないように、時折視線だけを少し落とす。


 毎度のことながら、会社までの道を歩いていると、この先四十年以上も自宅と会社を往復する日々に耐えなくてはいけないのかと思い、大きな溜息を吐く。


 会社まで残り百メートルといったところで、高いビル同士に挟まれた通路から突風が吹き抜け、埃が舞った。つむった目を開くと目線の先にあった革靴のかかとは視界から消え、乾いたコンクリートにぽつぽつと水玉が吸い込まれてゆく。


「――あっマズイ」と思うが矢先、視界を遮る大粒の雨が降り注ぎ、逃げ入る場所もなくずぶ濡れになってしまう。


 今朝見た快晴という予報を信じ、傘を持ってこなかったことを悔やんだが、よくよく考えたら、店の軒先の看板があちこちに飛ばされているような強風の前では、傘を一本壊さずに済んだのかと苦笑する。


 そして体が浮きそうになるくらい猛烈な嵐のなか、這いつくばるようにして会社に向かった――。


 ――思い出せたのはここまで……。その後のことは、どんなに思い出そうとしても記憶には残っていなかった……。

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