その1 漆黒の闇に一人
目を開けているはずなのに、つむっているかのような錯覚に陥る闇の中、凪無千馬は一人座り込んでいた。
周囲を何度も見回すも、目に写るのは真っ暗な空間のみで他は何も見えない。
目隠しをされているのかと慌てて顔をさすったが何もなく、目玉もしっかりと付いていることが確認できる。
状況を理解できずにいると、突然空を切り裂くような風の音が上空から響いた。それが人の叫び声や獣の鳴き声のように聞こえ、ガタガタと体が震えだす。
体を縮こませ、何かを考えようとするが、何を考えれば良いのかも分からず、焦りと苛立ちが思考を奪い、この瞬間にも闇の向こうから何かが襲ってくるのではないかという恐怖だけで、頭の中がいっぱいになる。
――今分かることは、手のひらに伝わる湿った土と落ち葉の感触からここが外であること。木々が風に揺られ葉をこすり合わせる大きな音から森のような場所であること。そして体の存在を忘れさせるほどの漆黒の闇から今が夜であることだけだった……。
「……呪われている」と、千馬は不運を嘆くときの口癖をもらす。
幼少の頃から、揉め事や事件、事故に巻き込まれるなどの不運に見舞われることがよくあった。そのせいで自分は呪われているのではないかと考えるようになってしまい、いつからか溜息に声を乗せるように、呪われているという言葉がついつい口に出てしまうようになっていた。
身に降りかかる不運も様々あり、飛び出してきた自転車にぶつかるなんてことは日常茶飯事で、家への帰り道、人気の少ない場所を通れば突然殴られるなんてこともあった。
それだけならまだ良いほうで、ナイフを持った男数人に囲まれて、財布を持っていかれたことが過去に二回もある。外出すれば月に一度は目の前で車が事故を起こし、勢い余ってこちらに突進してきたり、マンションやビルの工事現場からは、目の前に物が落ちてきたことが数えきれないほどあった。
その他にも細かい不運を挙げればキリがないが、不幸中の幸いにも命に係わる大怪我はすることなく健康体ではあると言えた。
――だが、それらの不運を顧みても、今のこの状況は明らかにいつもと違っていると分かる……。運が悪いと言う次元ではなく、何が起こっているのかすらも分からず、漠然とした死の恐怖が付き纏っていた。
千馬は頭を両手で抱え、じっと闇の奥を見つめ続けた。ここには闇しかなく、上を向いても月や星は見えない。三十分……一時間……いずれ目が慣れるはずだと、願うように闇を睨み続けるも、闇は僅かにも薄まることはなかった。
何も見えない闇の中では動き回ることもできず、体を小さく縮こめじっとしていると、いつの間にか上空で吹き荒れていた空を切り裂くような風の音が弱まり、スノーノイズのような音へと変わっていることに気づく。
じっとりと濡れていたワイシャツの汗も渇き、少しずつ冷静さを取り戻してゆく。思考する余裕が生まれると、千馬はこんな状況に置かれている原因を探るため、今日起こった出来事を一つ一つ順を追って思い出していった――。




