罠の中の罠
すべての事件が解決した頃、夜はすっかり更けていた。
薄暗い展示ホールに、暖炉の炎だけが盛んに揺らめいており、2人の男……ソファーにもたれ頬杖をつくD.Mと、その傍らに立つ執事を照らしだしている。
あれだけ人で騒がしかったメロディー荘園も、今や再び、この2人がいるだけだ。
D.Mは薄ら笑みを浮かべながら、じっと壁の一点を見つめていた。視線の先にあるのは、豪華な額縁のミューズの絵画だ。
一方、執事の手には、額縁こそないものの、壁のミューズとそっくりな絵があった──それはまさに盗み出され、リーズニングが追い回していた贋作だ。
D.Mの細長い指には、小柄な1匹の白蛇が巻き付いていた。やがて壁のミューズに向かってゆっくりと這い、のぼっていく。
D.Mは絵画を這う白蛇を満足気な顔で眺めながら、冷たい笑みを浮かべた。
「目に見えるものこそ、最大のトリックだ。そうだろう?」
彼が言い終えた途端、執事は何のためらいもなく“ミューズの贋作”を暖炉に投げ込んだ。
贋作は、またたく間に炎の中で燃え上がる。
徐々に形を失い、時間をかけて灰と化していった。
一方、リーズニングは自らの部屋で、組んだ両足を机にどっかりと投げ出していた。
これで、全て解決したはずなのだ……。
リーズニングの部屋は、まるで凍りついているかのように冷えきっていた。
彼はかなり苛立った様子で、眉間にしわを寄せながら、目の前の壁をじっと見据えている。手に持ったダーツの矢を、何度も無造作に上に放っては掴んでいる。
リーズニングが見つめる壁には、巨大な人物相関図が貼り出されていた。
図には、9つの円が均等に配置されている。円のひとつには、今回の事件にあったミューズの絵の写真がはめ込まれていた。
さらに絵の写真を取り囲むように、オークショニア、劇作家、小説家の写真が配置されている。3人の写真は赤い丸で囲まれ、矢印でミューズの絵と結ばれている。
ミューズの絵そのものからも大きな矢印が伸びていた。行き先は中央の円──そこにあるのは、D.M伯爵の巨大な写真だ。
トゥルースは部屋の絨毯に寝そべって頬杖をつき、足をパタパタさせながら、絨毯に置いた手紙を読みあげる。
「……つまりミューズの絵を持つ者は、その絵を簡単に人に見せることはない。さらに、あいつの悪辣な性格を考えると……はぁ、とにかく、兄さんはあいつの策略に引っかからないよう気をつけてくださいね……ですって!」
トゥルースは手紙を読み終えると、無邪気とも、人をからかっているともとれる笑顔でリーズニングを見た。
「以上が、坊ちゃんの手紙に書いてあることなの~」
言い終えると同時に、鋭い風切り音が部屋を突き抜けた。
トゥルースが音の行き先を見ると、ダーツの矢が壁の人物相関図に突き刺さっている。
まるで投げた者の恨みに導かれたかのような正確さで、D.M伯爵の写真を串刺しにしていた。
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【事件終了】
オルフェウス探偵事務所事件記録
──メロディー荘園事件【夜霧に消えたミューズ】
訴因:1.絵画窃盗 2.過失傷害
調査日時:XX-XX-XXXX
調査場所:メロディー荘園
当事者の情況:\
調査により、以下を認定:
1.盗まれた絵画:ミューズの絵 連続事件の疑いあり
2.窃盗犯:内部犯 重要性なし
3.投毒犯:内部犯 重要性なし
4.紛失者:D.M 本事件を主導した証拠はないが、
その疑いは極めて大きく、注意が必要
記録者:トゥルース




