26話 新しい宿舎
どこもかしこも綺麗な部屋で、ロディとイヴと向かい合いながら、お茶を飲む。
今日のお茶はイヴが買ってきてくれた、緑茶に近い味のものだ。といっても、わたしの味覚は人と違うから確証はないんだけど、ただ香りはわたしの知る緑茶そのもの、だと、思う。
「む……なかなか渋い味だな。」
「商人曰く、ニェーボ帝国から更に遠い国から買いつけたものなんだってさ。たまにはこういう独特なのも良いじゃん。それより、アイはどう?美味しい?」
「……うん、美味しいかどうかは、ちょっと分からないけど、懐かしい味がするよ。わたしは好きだよ、このお茶。」
「そっかあ、それは良かった!」
「懐かしい……ということはアイのいた世界に似たようなお茶があったのか?」
「うん、そうだね。わたしが生まれた国でよく飲まれてたお茶の匂いに似てるかな。」
「なるほど……そう考えるとこの渋味も味わいを感じるな。」
「お前、意外と単純よね。」
そこで、イヴはお茶をひとくち飲んで、それで、とわたしの方に顔をずいと寄せてきた。
「新しいこの部屋はどう?気に入ってくれた?」
新しい宿舎は綺麗な色の石(レンガって言うんだってイヴが教えてくれた)が積み重ねられていて、また、前は三階建てだったけれどそこから二階分増えて、縦にも横にも立派な建物になっていた。
そんな建物の最上階にわたしとロディ、イヴの部屋はあった。
わたしたちが今お茶をしている居間。
そこから、寝室、わたしの個室に繋がる。
あと窓の外にはゆったりできそうなテラスも広がっていた。
「うん、始めは広くてビックリしたけど、居心地良さそうだなって思った。」
「それは良かった。壁の色も床の色もゆったり過ごせるような色合いにしてみたんだ。」
「そこまで変更していたのか。」
「そりゃ当然でしょ。」
ちなみに、二人には言わないけど(部屋に入っただけで何だか気まずそうにしてたから)ベッドが三つあったのは少し驚いた。
てっきり(部屋の大きさから考えて)ひとつの大きなベッドだと思っていたから、まさか大きなベッドが三つあるなんて思いもしなかった。
それと、もうひとつ驚いたことがあった。
「でも、わたしだけ部屋があるのは何で?」
「ん?だって寝室とダイニングだけじゃアイの私物を置く場所がないでしょ?好きなものを部屋に置いていいからね。あ、もちろん、ダイニングや寝室も好きに使って。」
「ロディとイヴは?」
「俺たちの私物はほとんどないから寝室のクローゼットがひとつあれば大丈夫。」
「そうなの?」
「そうだな、俺もイヴも最低限の物があればいいからな。」
「そう、なんだ。」
それは少し寂しいような。悲しいような。
なんだろう。
でも、物を増やしてって言うのも違う気がして、結局、もやもやしたままわたしはもうひとつの疑問を口にする。
「そういえば、宿舎にこんな広い部屋作って大丈夫なの?」
「いいのいいの。どうせ俺たち第三部隊は家族でも作らない限り、原則この宿舎で暮らすように言われてるからさ。」
「どういうこと?」
「それは前王の意向だろう。テュールは恐らく気にしないと思うぞ。」
「まあ、そうだけどさ。」
「?」
「この国はニェーボ帝国に比べたら他種族への差別はないけどね。中には人間と結婚して家族を作ってる他種族もいるし。それでも人間よりはるかに強いのは確かだからさ。国としてはできるかぎり管理しておきたいんだよ。特に俺たちみたいな荒くれ者はいつ反逆者になるか分からないから特にね。」
「ロディやイヴはそんなことしないよ?」
「ああ、恐らくテュールも同じことを考えているはずだ。イヴの言葉はあくまで前王の考え方でな。」
「そうなんだ。」
「そもそも騎士隊は非常事態に備えて、常に隊員の半数は宿舎に寝泊まりするようになっている。それは第一も第二も変わりない。」
「まあね。でもさ第三部隊で街に住まいを持ってるやつほとんどいないよ、前王の圧力がかかったせいで。」
「でも前王はもういないよ?」
ショウに聞いた話だと、独房に入れられているらしい。
この国では十二貴族の許可を得ないと処刑もできないからな、とショウは教えてくれた。
「うん。だから今回をきっかけに、街に住まいを買ったり借りたりしてるやつもいるみたいだね。」
「イヴは街で暮らしたかった?」
「ああ、違うよ。これはただの前王への恨み言みたいなもんだよ。……あいつのせいで、色々苦労したからさ。」
「街に住もうとしていた部下の家族や恋人が辛い目に合っているのをいつもフォローしていたからな。イヴは部下想いなんだ。」
「何でそんな結論になるんだよ。俺は別に、っていうかその生暖かい目やめろ。」
「そっか、イヴは優しいもんね。」
「う……。あー……。それはともかくさ、これからどうする?まだ時間もあるし……。ちょっと外を散歩してみる?」
「街に行くのは……。」
「城のまわりを歩くだけだよ、それならいいでしょ。」
「……。」
「……あの、さ。」
言うなら今だと思って、二人に話しかける。
そんなわたしの言葉に、目線をわたしに合わせてくれる二人。
「ん?」
「何かあったか?」
「……二人にお願いがあるんだ。」
「なになに?俺にできることなら何でも言って。」
「ああ。俺もできる限り力になろう。」
何の迷いもなくそう言ってくれる二人にふわりと胸が暖かくなる。
そんな二人を真っ直ぐ見て、わたしの気持ちを、この一ヶ月わたしが目標としてきたことを、二人に伝える。
「わたしを第三部隊に入れてほしい。」
「……は?」
「そっか。」
ロディはぽかんと口を開けて固まった一方で、イヴは何故か嬉しそうに笑った。
「勿論、大歓迎だよ。あ、でも、試験は受けることになるかな。」
「試験?」
「うん、入隊試験。アイなら大丈夫、何の問題もないから。」
「ちょ、ちょっと、待て!!な、何故、第三部隊になんて……」
今の今まで固まっていたロディが、ぐいとわたしの方に身を乗り上げる。
その顔は、わたしでも分かるくらい、心配だと、不安だと告げていた。
もちろん、ロディがそういう反応をするだろうなってことは分かっていたから、わたしも理由をきちんと説明する。
「二人と一緒にいたいんだ。第三部隊になったら一緒に仕事、できるよね?」
「そうだね。」
「し、しかし……。」
「最近また忙しくなってるよね?ショウに聞いたよ、海がきな臭くなってるって。前みたいに一週間も二人を待つだけなんて嫌なんだ。……わたしも二人を守りたい。二人に無事でいてほしい。」
魔王のときは間に合ったけど、海で二人がもし何かに襲われても、わたしは二人を守れない。
わたしの知らないところで二人が怪我したら、二人がわたしを置いていったら、と思うと恐い。
吸血鬼なんていう常識の範疇を超えた種族なのに、置いてかれることを考えるだけで、恐くて恐くて仕方ないんだ。
「大丈夫、本気は出さないし、吸血鬼だって分からないようにするから。」
「だが……。」
じっとロディを見つめるけど、やっぱりロディの表情は浮かない。
そうだよね。ロディは心配性だから、わたしが怪我したり、傷ついたりすることを考えて、不安になってるんだよね。
分かってる。
分かってるけど、どうしても、これだけは譲れない。
「……二人に置いてかれるのはいやだよ。」
「う……。」
「アイ、そんな顔しないで。こいつが何と言おうと俺が手をまわして試験を受けられるようにするから。ね?」
「イヴ、お前、」
悲しそうに表情を歪ませてわたしをのぞきこんでいたイヴは、不満そうなロディの声に、ぎっと彼を睨んだ。
「お前はさ、ずっとこのままアイをここに閉じ込めておく気なの?そのつもりなら俺はアイを連れてさっさと逃げるからね。」
「そ、そんな、いつまでも閉じ込めておく気は……。」
「あのねぇ、アイの言うとおり、最近色々と物騒になりつつあるし、今後一週間どころか一ヶ月の遠征になる可能性だって充分にあり得るんだよ?お前はその間ずっとアイを閉じ込めておくの?」
「い、いや、それは……。」
「大体、前回だって俺たちが遠征したせいで、アイは第一部隊の奴らに連れていかれて、あんな酷い目に合ったんだよ?今後は騎士隊だけじゃなく貴族たちだって介入してくるかもしれない。彼女に貴族の相手をさせるつもり?」
「それはダメだ。彼らは言葉で攻撃することに関してはプロだ。アイが傷つく。」
「でしょう?それなら、形だけでも第三部隊に席を置いておく方が彼女のためになるんだよ。そうすればあいつらがアイに接触しようとしても、隊長、副隊長である俺たちが守れるだろ。」
「別に肩書きがなくとも、アイは俺たちの番なのだから、守れるだろう。」
「“あら、隊長と副隊長の婚約者であらせられるのにマナーのひとつも守れないの?”“ずっと部屋に閉じ籠っているとお聞きしたけれど、一体何をされてるの?”なんて言われたらどうするんだよ。」
「そ、それは……。」
「……ごめん、わたし……」
「いや、いいんだよ。アイがそういうのやりたくないってことは分かってるから。だからこそ、第三部隊に入ればいいんだよ。そうすれば、“彼女は騎士としてとても優秀なので、女の世界へ入る必要はないんですよ”とかなんとか言いくるめられるだろ。」
「な、なるほど……。た、確かにそうだが……。しかし、部隊に所属する以上危険が……。」
そこでイヴは、あのねぇ、と大きなため息をついた。
「アイより弱い俺たちが何か言う権利あると思ってんの?」
「ぐ……っ。」
「ロディが言うなら二人の命がかからない限り戦わないし、二人の仕事の邪魔もしないから。」
お願い、とじっと目を見て頼んでみる。
二人の足を引っ張らないように最低限の読み書きと計算力は身につけた。
それにある程度の常識も学んだ。
二人の邪魔だけはしないから、どうか二人を守る権利が、二人の傍にいる理由がほしい。
「おねがい……。」
ロディは、ぐ、としばらく黙りこみ、そして、分かった、と頷いてくれた。




