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24話 神話(神父視点)



「ご無沙汰しております。」


ぺこりと頭を下げる青年に、ああ大きくなったな、と少し感慨深く思いながらも、ゆっくりと膝をつき、頭を下げる。


「たかが街外れの小さな教会の神父に、敬語を使うべきではないと思います。……ようこそおいでくださいました陛下。こんな小さな教会に足を運んでいただき光栄でございます。」


たとえ私たち以外誰もいない教会の応接間であっても守られるべき立場の違いが私たちにはあるのだ。


「そんな意地悪言わないでくださいよ。」


すると困ったような声が返ってきて思わず苦笑してしまう。

彼は昔から変わらない。


「で、サトウハナコはどうですか?」


どさりとソファに腰掛けたテュール現国王陛下に、私もまた彼に向かい合うようにソファに腰掛ける。


「かなり落ち込んでいるようです。」

「……神父がわざわざそこまでしなくても良いのでは?」


彼女が教会に放火し、魔王を召喚した日から、一ヶ月が経とうとしていた。

私は今、彼女と王都を離れ、とある小さな港町の町外れにある教会で暮らしている。

始めは彼女のみを港町の教会に送る予定だったのだが、私が同行させてほしいと頼んだのだ。


「彼女をあそこまで追い込んでしまった原因の一つは私ですから。」

「……あれは元々の性格の問題かと。」

「テュール。」


静かに名前を呼べば、まるで叱られた子どものように肩を振るわせる。

ああ、本当に変わらない。


「人間生まれた時は真っ白なのです。性格というのは育った環境やまわりを囲む人間の言動によって作られるもの。元々の性格、なんてものは存在しませんよ。」

「あの性格もどうにかなると?」

「どうにか、という言い方は好きではありませんが……彼女はまだ若い。いくらでも変わることはできます。」

「若い、ねぇ。確かもう十八ですよね?」

「十分若いですよ。」


確かにこの世界では十八歳から大人とされているが、彼女の世界では分からない。

彼女の様子を見る限り、恐らく彼女の世界では、十八歳はまだ子どもなのではないかと思う。


「何より彼女はきっと変われると私は信じています。」


実際、未だに部屋に引きこもりがちではあるが、皆と食事をしたり、最近では子どもたちと交流してる姿も見られる。

何かに迷っているようだが、それでも、彼女は変わりつつある。


「彼女からの手紙がきっとハナコさんに良い影響を与えたのでしょう。」

「……何が書いてあったか俺は知りませんけど、そんなことで変わるもんですかねぇ。」

「変わりますよ。些細なきっかけで人は如何様にでも変われるのです。……そういえば、私たちを救ってくれた彼女はその後お元気ですか?」

「……気になりますか。」


そこで初めて彼の表情が硬くなったことに、おや、と思う。

彼女の異常なまでの力、それこそ獣人族ですら優に超える身体能力は目の当たりにしたものの、実は彼女について私は何も聞かされていない。

否、あえて何も聞かなかった。

一介の神父は聞かない方が良いだろう、とあえて耳を閉ざした。

どうやら彼の反応を見る限りその判断は正しかったらしい。


「特に他意はありませんよ。ただ、彼女には助けてもらった恩がありますから。」

「……元気、ですよ。彼女に元気でない時があるかどうかと聞かれるとよく分からないですけど。」


そこで彼はすっと佇まいを正した。


「……実は今日伺ったのは、神話について教えていただきたいことがあったからなのです。」

「それは帝国建国以前の神話、ということでしょうか。」

「……察しが良くて助かります。」


実は、神話はあくまで口伝で伝えられてきたものであり、文章では一切残っていない。

しかし、私の師匠にあたる、とある神父から、神話は途中で意図的に変えられている、という話を聞いたことがある。

それがいつ、何の為に変えられたものかは分かっていないそうだが、ニェーボ帝国が建国される前と後で神話が変化した、と思われる個人の手記のようなものが見つかったらしい。

神話を研究している学者の中にはニェーボ帝国が手を加えたと訴える人もいるようだが、真偽は分からない。


「それで、何をお聞きになりたいのでしょうか。」

「不死という単語で思いつくものはありますか?」

「そうですね……私が師匠から聞いた神話の中に、こんなフレーズがあります。」


“禁忌から生まれしモノは神によって四つに分かたれた”

“神は仰った”

“許されたければ死を受け入れろと”

“不死を手に入れたければ更なる禁忌を犯せと”


「師匠は、不死というのは魔王や魔族のことではないかと考えていましたが根拠はないようでした。」

「……多分以前の俺なら同じように考えたでしょうね。」

「今は違うと?」

「最近調べて分かったのですが、そもそも魔族だの魔王だの騒がれ始めたのはニェーボ帝国が建国された頃からのようなのです。」

「……まるでニェーボ帝国が全ての発端とでも言いたげですね。」

「まだ何も分かってはいません。しかし、竜人族や獣人族が虐げられてきたのも、この頃からです。影響がない、とは言えないでしょう。」

「……ひとつ聞いても?」

「?はい。」

「それを調べてあなたはどうするのでしょう。」


彼は今やこの国の頂点に立っている。

その背中には私が想像もつかないような重いものがのしかかっていることだろう。

そんな彼が何故ここまで神話に興味を持つのか、正直分からなかった。

何故そんなにも焦った表情をしているのか分からなかった。


そんな私の問いかけに、彼は少し気まずそうに俯くと、ぽつぽつと話し始める。


「始めはただ頼まれたからついでに調べようと思っただけでした。」


「けれど調べれば調べるほど、これはやばいって、頭の中で警鐘が鳴るんです。」


「俺はこの国を守らなければいけない。こんな近くにいる脅威を無視することはできない。」


彼は昔から勘の良い子だった。

否、常に周囲を冷静に観察し、本人も無自覚に色々と察してしまう子だった。


「……今日はこれまでにしましょう。」


そう彼に声を掛けてすくりと立ち上がれば、驚いたように彼もまた慌てて立ち上がり口を開いたので、手でそれを制する。


「テュール。焦りすぎると何も見えなくなる、と昔、話しましたね?」


人は何かに囚われるとまわりが見えなくなってしまう。


「一度落ち着いて時間をおきましょう。」


彼にはもう一度きちんと、頭の中を整理する時間が必要だ。


「大丈夫です。近いうちにそちらに足を運びます。そのときにまた続きを話しましょう。」


私の言葉にテュールは少し落ちこんだ表情を浮かべながらも素直にこくりと頷いた。


それは国民を想う王の顔であり。


私の大事な家族の顔であった。






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