23話 番
王城で暮らし始めて三週間が経つ頃。
朝食後の紅茶を飲みながら、わたしはずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「あのさ……番って具体的に何をするの?」
そう聞いた瞬間の二人の顔をわたしは一生(死んでるけど)忘れないと思う。
ショックを受けたような、驚いたような、何だか不思議な表情だった。
そもそも何故こんなことを聞いたのかといえば、話は1ヶ月前の魔王召喚事件(命名イヴ)に遡る。
詳細は省くけど、その事件がきっかけでわたしは二人と番になることを決めた。
わたしはてっきり番になるってことは夫婦になるってことだと思ってたんだ。
でも二人は特に変わらなかった。
仕事で忙しい中、わたしに会いにきて、少し話して帰っていく、そんな日々が当たり前のように続いた。1ヶ月も。
あれ、夫婦ってこんな感じなの?
いや、具体的に何をって言われると知らないんだけどさ。身近に夫婦もいなかったし。
でも、テュールやショウにその話をしたら、気まずそうな顔をされたんだよね。
つまり、何かあるってことだよね?
というわけで、わたしは二人に直接聞くことにした。わたしのせいで二人が何か遠慮してるなら嫌だもんね。
「あ、アイ……?何で突然そんなこと……?」
「もしかしてテュールに何か言われた?」
「いや、そうじゃなくて。」
確かにテュールやショウの表情を見て聞こうと思ったけど、直接的な理由はそこじゃない。
「二人が何か我慢してる気がしたから。」
「!」
「……わたし長いことひとりだったから、何も分かんないんだよ。だから教えてほしい。わたしはどうしたら良い……?」
二人の顔を見て、首を傾げて尋ねてみると、何故かぼんっと音を立てて、丸テーブルの隣に座っていたロディが倒れた。
……え?
「ろ、ロディ?」
「大丈夫、色々と妄想して頭がパンクしただけだから。」
「もう?え?」
どういうことかよく分からなくて首を傾げていると、ロディとは反対側、右側に座っていたイヴに苦笑される。
「別に我慢してた訳じゃないんだ。不安にさせてごめんね。」
「違うの?」
「違うよ。ただ俺もロディもめんどくさい種族でね。いや、これは種族というより個々の問題か。」
「え?」
「とにかく……何て言ったらいいかな、俺もロディも勇気がなくてね。」
「ゆうき?」
「アイに嫌われるのが怖いんだよ。」
「嫌いになんて、」
「嫌いにならなくても、嫌な思いとか怖い思いとかしてほしくないんだ。」
「二人にそんなこと思わないよ。」
「うん、知ってる。……でもね、知っててもね、体がうまく動かないんだ。」
うーん、難しいな。
つまりどういうことなんだろう。
「だからゆっくりいこうよ。正直、俺もさ、色々と怖いから。」
「……。」
そう話すイヴの手が少し震えていて、思わず握ってしまう。
「あ、アイ?」
「……これも、怖い?」
イヴが何を怖いと思っているのか分からないから尋ねてみる。
すると何やら複雑な表情をされた。
「あー、いや、えっと、うーん……。」
「?」
「あのさ、」
もっと触ってくれる?
そう耳元で言われて、一瞬心臓がどきんと音を立てる。
うん、と頷くと、イヴは椅子から立ち上がり、ソファに座ったところで膝をぽんぽんと叩いた。
座ってほしいってことらしい。
言われたとおり、膝に横向きに座ってイヴを見ると、何だか嬉しそうに笑っている。
「ふは、すごいね、夢みたい。」
「夢じゃないけど。」
「うん、知ってる。……知ってるよ。ありがとね、アイ。」
その笑顔に、また、どきりと、心臓が言う。
と、そこで、ロディがかっと目を開いた。そして、わたしとイヴを見て、勢いよく立ち上がる。
「何をしている?!」
「あ、むっつり野郎が起きた。」
「むっつ……、そんなことより、何故アイを膝に乗せている?!」
「流れで。言っとくけど、ちゃんと許可はもらったからね。ま、お前には無理だろうけど。」
「な……」
「?ロディもする?」
「っ?!し、したいのは山々だが……。」
イヴの膝から降りて、何故か床にしゃがみこんでいるロディの顔をのぞきこむ。
そのままじっと見てると、ふい、と目をそらされた。
嫌だったかな。
「……アイ。」
「あ、うん。」
ぎゅ、と強く手を握られる。
「これ以上はアイを壊しそうだからやめておく……。」
「そんな弱くないよ?」
「わ、分かってはいるのだが、やっぱり不安でな……。」
よく分からないけど、二人とも色々あるみたい。
ショウから聞いたところによると、獣人族の番に対する態度は本人の意思関係なく、それぞれ獣の血に大きく左右されるんだって。
二人もきっとそうなんだろうな。
こればかりは互いに話し合いを重ねていくしかないってショウも言ってたし。
ただ。
「……わたしはもっと二人といたいな。」
「「!!」」
「あ、迷惑だったら……」
「迷惑なんてとんでもない!!俺もアイと一緒にいたいよ!!」
「……。」
正直に本音を話せば、イヴが何故か頬を真っ赤に染めて叫ぶ。
一方でロディはわたしの手を離すと、何故か正座のまま難しい顔で黙りこんでしまった。
……迷惑だったかな。
「ロディ?」
「ああ、俺もアイやイヴと同じ気持ちだ。……その、だから…………実は今回の宿舎、特別に三人部屋を作ってもらっている。」
「は?!はあああ?!」
「三人部屋?」
「ああ。」
イヴの声が部屋中に響きわたる中、ロディを促して一緒にソファに座る。
わたしの右にイヴ、左にロディがいつもの定位置だ。
わたしたちが座ったところで、イヴはずい、とロディに向かって上半身を近づけた。
「寝室は?!」
「一緒だ。」
「こ、この、むっつりすけべ……!」
「ち、違う!きちんと三人でも離れて眠れるようにかなり大きいベッドを頼んだ!!……最悪、隊員の小部屋に空きがいくつかあるから、慣れないうちはそこで俺たちが寝ればいい。」
この裏切り者!と手で顔をおおったイヴに、ロディが慌てたように弁解する。
寝る部屋が一緒だとダメなのかな?チヨと暮らしてた時は(家が狭かったっていうのもあるけど)布団を並べて寝てたんだけどな。
「だからって普通アイに何も断りもなくやる?!」
「以前、一緒の部屋に住んだらいい、と言っていたのはアイ自身だ。嫌がる理由がない。」
「そ、それはそうだけど」
「反対するのはお前だろう、イヴ。」
「う……」
ロディの言葉に珍しくイヴが押し黙る。
いつもはイヴがロディをからかったり、怒ったりしてるから、言い負かされるイヴはとても珍しい。
それにしても三人部屋かあ。
確かにこの部屋でしばらく暮らすってことになった時、一緒に住んだらいいのにって言った記憶はある。
ただ、あれはこんな広い豪華な部屋にわたしひとりじゃもったいないと思って言っただけで、一緒にいたいからとか、あんまり考えてなかった。
けど、あらためて考えてみると、一緒にいられるなら同じ部屋もいいかもしれない。
だって、一緒にいる時間が増えるってことだもんね。
三人部屋が楽しみだって言ったらイヴが困るかなあ、なんて少し思いながら、二人のやり取りを見守る。
「番を第一に考えるのは良いが、嫌われるかもしれない、と怯えていては何もならないだろう。」
「て、手しか握れないお前に言われたくねえよ……。」
「ぐ……。そ、そこは、あと一週間で努力するつもりだ。」
「どういう努力だよ……。」
「一週間?」
「あと一週間で宿舎が完成するんだ。」
「そっか。……二人は分からないけど、わたしは嬉しいよ、二人と同じ部屋。」
「ぐ……っ。」
「う……っ。」
正直に気持ちを伝えれば、二人が胸を押さえてうずくまる。
この反応にも三週間で慣れてきた。
始めは病気なのかなと思って、ショウやテュールにも相談したのだけれど、ショウには、気にしなくて大丈夫、って呆れた顔で言われて、テュールには、それは嬉しいって表現のひとつだよ、と大笑いされながら言われたから、とりあえず悪い反応じゃないんだなって思うことにしている。
本当のところはどうか分からないけど。
そう考えながら二人を見ていると、イヴはがばりと上半身を起こした。
「こうなったら、新しい部屋の家具買い漁ってやる……!」
「……いくつかすでに備えつけのものを頼んでいるが……。」
「それは全部却下だ!」
「な、何故だ?」
「お前にセンスがないことはよく分かっている!俺が選ぶ!」
ふん、と鼻息荒く宣言するイヴ。
えっと、イヴも同じ部屋を認めてくれたってことだよね?
あと一週間ってことは、あと七日。
うん、それなら間に合うかな。
この三週間ずっと考えていたことを、二人に話すにはちょうどいい機会だと思う。
「アイ?」
「ううん、何でもない。どんな部屋なのか楽しみだなと思って。」
「そうだね。アイが喜んでくれるように俺、頑張るね!」
「え?」
「とりあえず、今から内装について話し合いに行かなくちゃ、その後、家具を色々見て……、あ、アイは好きな色はある?」
「え?いや、特にないけど……。」
「そっか、じゃあ、俺がアイに似合いそうなのを選んでもいい?」
「う、うん。」
「やった!ふふふ、楽しみだなぁ。あ、ロディ、俺しばらく仕事休むね!」
「……分かった。」
「よっし!俄然やる気が沸いてきた!ちょっと行ってくる!」
まるで子どもみたいに目をきらきらと輝かせながら、わたしとロディに手を振って、部屋を出ていったイヴ。
廊下を勢いよく走る足音が徐々に遠ざかっていく。
大丈夫かな……王城の廊下を走って怒られないかな……。
「最近服も買い尽くして、寂しそうにしていたからな。少し大目に見てやってくれ。」
「うん……。……欲しいものってなかなか見つからないから、どうしようって思ってたんだ。元気になって良かった。」
「俺もイヴも種族の本能にはなかなか逆らえなくてな……。色々迷惑をかけてすまない。」
「ううん、気にしてないよ。」
にこりと笑ってみせれば、ロディも安心したように、ほんの少しだけど口角を上げてくれた。




