21話 目標
「それで勉強はどうだった?」
夕飯後、紅茶を飲みながらにこにことイヴが尋ねてきたので、大変だった、と正直に話す。
あの後、今日教えてもらったことをもう一回ひとりで復習してみたけど、やっぱり覚えることが多くて大変だった。明日ショウに相談してみようかなと思っている。
「そっか。何か目標とか作ったらいいかもしれないね。」
「目標?」
「そう、目標。小さいものでもいいからさ、例えば、一冊の本を読み切るとか、手紙を書けるようになる、とか。」
「目標……。」
本当は、吸血鬼に関する本を読めるように、と始めた勉強だったけど、テュールがああ言ってくれたから、あまり必要はなくなってしまった。
だから、読みたい本、も特にない。
手紙、は……。
相手がいないしなぁ。
「うーん……。」
「まあ、のんびり考えていけばいいんじゃないかな。それで、今日は何を勉強したの?」
「文字の読み書きと、始まりの種族について。」
「ああ、例の神話ね。」
「神話?」
「あれ、そこまでは聞かなかった?そもそも始まりの種族は神様から血を与えられた種族とされてるんだよ。」
「神様……。」
「実際にいるかどうかは分からないけど、ひとりで寂しかった神様が家族を作るために始まりの種族を作ったんだって。」
「そうなんだ。ショウもテュールもそこまで言ってなかったよ。」
「この国はニェーボ帝国と違って信仰心に厚くないからね。かくいう俺も半信半疑だし。」
そういえばテュールも宗教色がどうのって話をしてたな。確か、あれは、ハナコちゃんが働いている教会の話をした時だっけ。
そういえば、ハナコちゃんどうしてるかな、とのんびり思う。ロディやイヴから、監視付きで教会にいるって聞いたけど、元気かな。ハナコちゃんの話をするとみんな嫌そうな顔をするから話題にはしないようにしてるんだけど。
そんなことをのんびり考えながら、紅茶を飲んでいると、そこで、イヴがちらりとロディを見た。
「……で、ロディはいつまでそんな怖い顔してんの?」
「…………いや、」
「まったく、狼族の習性は怖いねぇ。」
「ごめんなさい、他の人の話、しない方がよかった……?」
「そんなことはない。こちらこそ、すまない……。どうも、まだ、なかなか、難しくてな……。」
ついこの間、わたしとイヴで街に行きたい、とロディに相談したのだけれど、ロディは最後まで首を縦に振らなかった。
ただ、行かせたくない、というよりは、どうしても我慢ならない、と言った感じで、ロディ本人も物凄く苦悩しているように見えたのを覚えてる。
狼族は独占欲が強くて、自分以外が番に近づくのを極端に嫌がるらしいんだけど、ロディも色々と辛いのかな。
「わたしは誰かに何かされるほど弱くないし、二人のことが一番大切なんだけど……その言葉だけじゃ駄目なんだよね……。」
「ぐ……っ。」
「ろ、ロディ?」
突然苦しみ始めたロディに慌てて駆け寄ろうとするも、イヴに、大丈夫だから、と止められる。
「ただの罪悪感だよ。」
「罪悪感?」
「ま、ロディのことは気にしないで、アイは好きなことを好きなようにやったら良いんだよ。で、アイは何か欲しいものない?」
にこにこと笑顔を浮かべて、きらきら目を輝かせながらイヴが尋ねてくる。
相変わらずイヴはわたしに色々なものを買ってくれる。宿舎と一緒に燃えちゃったから、と前に持っていた以上に高そうな服を何十着も買って、美味しそうだったから、と甘いものを買ってくる。
イヴがすごく嬉しそうだから、いらないとも言えなくて、結局わたしはそれらを受け取り続けている。
「欲しいもの……。」
あらためて聞かれて、うーん、と悩む。
欲しいもの……欲しいもの……。
欲しいものって何だろう。前にロディに相談したときは、好きなものを言ったら良い、と話していたけれど、好きなものって何だろう。
好きなもの……。
「二人との時間が一番好きだから、他に欲しいものはないなぁ。」
「ぐ……っ。」
「い、イヴ?」
次はイヴが胸をおさえはじめて慌てる。
え、なに、どういうこと??
「ふたりとも大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ……。」
「うん、大丈夫、大丈夫……。」
「?」
よろよろと体を起こす二人。
特に苦しげな様子はないし、大丈夫かな。
「えっと、もしかして、仕事忙しい?疲れてる?」
「いや……仕事は特に忙しくない。」
「そうそう、別に疲れてないから大丈夫だよ。今は第一、第二がかなり働いてくれてるからね。」
「そうなんだ。」
そういえば第一の隊長さん元気かな。何回か会ってるけど、名前も知らないんだよね。またどこかで会えるかな。
「なので最近の仕事は鍛練が主だ。」
「鍛練……。」
「第三部隊全体でね。第一、第二と比べて少人数な部隊だからひとりひとりの戦闘力はあげとかないとね。」
「第三の人はみんな獣人族なの?」
「……ああ。」
「ロディ、顔。」
「いや、分かってる、分かってはいるのだが……。」
「いつか紹介してくれる?」
「……ああ。」
苦しそうな表情を浮かべながらも頷いてくれたロディに少し嬉しくなる。
毎日部屋に閉じ込められて嫌じゃない?って前にイヴに聞かれたことがあったけど、そこまで苦に思ったことはない。
今まで五百年も生きてたからね、これぐらい何ともないし、ロディがいいよって言うまでのんびり待ってるよ、と答えたら、そっか、とイヴは少し寂しそうに笑ってたっけ。
「とりあえず、明日から勉強頑張るね。」
「無理はしないでね。」
「何かあったら言ってくれ。」
にこにこと微笑むイヴと心配そうなロディにわたしは、にこりと笑う。
そういえば、こうやって笑うことも普通にできるようになってきたなぁ。
「うん。」
そんなわたしに、何故か二人はまた苦しそうに胸を抑えた。
なんで???
*
そんなことがあった翌日。
勉強会の時間、部屋に来たのは約束していたショウではなく、テュールだった。
王様が二日連続でこんなところに来ていいの、と聞いたら、王様って意外と暇なんだよ、と笑ってた。
よく分からないけど、王様ってそうなの??
「ショウは?」
「ショウ……というか第三部隊はな、ちょっと任務に行ってもらってる。」
「任務……ロディとイヴも?」
「ああ。海の方がちょっときな臭くてな。多分何もないとはおもうが、一応見てきてくれって頼んだんだ。」
「……そっか。」
仕事なら仕方ない。
そういえば、二人の仕事についてあまり詳しく知らないな、とふと気づく。
馬番をやっていた半年間でも、第三部隊の話は聞いたことがはなかった。だからこそ、二人が第三部隊の隊長、副隊長だって知ったときは驚いた。隊長、副隊長相手に失礼なことを、なんて心配もしたっけ。
懐かしいなぁ。
「……あのさ、テュール。」
「なんだ?」
「第三部隊にはどうして馬がいないの?」
馬番として面倒を見ていたのは第一部隊の第二部隊の馬だけで、第三部隊の馬どころか馬小屋も見たことはない。だから騎士隊は第一と第二しかないんだと思っていた。
今まで二人の仕事に興味を持ったことはなかったけど、やっぱり騎士だから危ない仕事なのかな。
そんなことをのんびり思っていると、テュールが教えてくれる。
「第三部隊は基本、海での警備が殆どだからな。」
「……海?」
海ってあの海だよね。話には聞いたことあるけど、直接見に行ったことはないな。わたしがいた街には川しかなかったし。
そこでテュールは一枚の地図を取り出した。
地図の中央には大きな島が描かれていて、その近くに大きな大陸がある。
テュールは指先で、とん、と大きな島を指差した。
「これがこの国だ。スティルム国。六つの都市と十二の領地でできている。」
「うん。」
次にテュールは島の近くにある大きな大陸を指で示す。
「で、ここがニェーボ帝国。スティルム国はもともとニェーボ帝国の領地だった。それが百年前独立したんだ。」
「仲悪いの?」
「いや、ここ百年、まともに交流したことないからな。仲良しも何もねぇな。」
「嫌われてる?」
「というより、基本的に他国と関わらないっていうのがニェーボ帝国のスタンスだ。噂じゃ、国を囲うように大きな塀があるらしい。」
「ふうん。」
「この国の怖いところは魔法、特に魔族召喚魔法がかなり発達している点だな。」
「よく知ってるね。」
「他国からの情報でちょっと、な。」
そういえば昨日、魔族についてニェーボ帝国に探りを入れるってテュールが言ってたことを思い出す。
魔族召喚魔法が得意だから、そのニェーボ帝国から魔族の情報を集めようとしているのかな。
「で、第三部隊の仕事は、この島国のまわりの海を警備し、敵からこの国を守ることにある。」
「敵……そのニェーボ帝国って国の人?」
「それもあるし、海には海賊っていう野蛮な人間もいる。そういう奴らがこの国に入ってこないように警備してるんだ。」
「……危険なの?」
「まあ、騎士隊だからな。戦うことが仕事である以上、危険は伴う。」
「……そっか。」
そりゃ、そうだよね。
前に一週間ぐらい任務でいなかった時は、特に怪我もなく帰ってきてたけど、怪我をしたり、もしかしたら最悪の可能性だってあるんだよね。わたしは第三部隊じゃないからついて行くことはできないし。
……あ、そっか。
「ねえ、テュール。」
「ん?」
「やっぱり仕事をして生きていくには、最低限の読み書きと計算は必要だよね?」
「そうだな。何の仕事をするかにもよるだろうが、身に付けておいた方がよいことは確かだな。」
「……うん。」
目標とか作ったらいいかもしれないね、って昨日イヴが言ってたことを思い出す。
その時は目標なんて思いつかなかったけど、今、思いついた。
……もしかしたら、ロディは反対するかもしれないけど、そこは頑張って説得するしかない。イヴも一緒に説得してもらおう。
よし。頑張ろう。
「テュール、今日はテュールが勉強を手伝ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。」
とにかく今は勉強を頑張ろう。
よし、とあらためて気合を入れて、テュールに、よろしくお願いします、と頭を下げた。




