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20話 勉強



というわけで翌日からショウに色々と教わることになった。

のだけれど。


「……わたしって何も分からないんだなぁ……。」


わたしの部屋(といっても一時的に借りてる城の部屋だけど)に置かれた見るからに高級そうな丸机に思わず突っ伏しながら、はぁとため息をつく。

読み書きもできなければ、計算もできない。

数は数えられるけど、ただそれだけ。

ショウが持ってきた六歳向けの問題ですら一切分からなかったことに落ち込む。

考えてみればチヨとの生活はそれらの知識を必要としない生活だった。

というかチヨが全てやっていたから、わたしはなにもしていなかった。

あえていうなら、チヨに教わった歌を歌っていたぐらい。


「これから覚えていけば良いだろう。」


そんな落ちこむわたしに声を掛けてくれるショウ。

その言葉に励まされて、わたしは顔を上げると、ぺこりとショウに頭を下げた。


「よろしくお願いします。」

「ああ。……では、早速、簡単な読み書きから始めようか。」

「うん。」


そしてショウによるわたしの勉強会が始まった。



勉強、というのは意外と大変だった。

文字はこれだけの種類がある、と一覧を見せられ、よく使う言葉や言いまわしを教えてもらったけれど、これを全部覚えようと思ったら何ヶ月かかるんだろう。

こういうのは反復することで覚えるものだから、とショウは言っていたけど、正直先が見えなくて、気が遠くなる。

勉強ってすごい大変なことなんだなぁ。ハナコちゃんはこんなこと毎日してたんだなぁ。偉いなぁ。


「……大丈夫か?」

「頭が沸騰しそう……。」


まだ(多分)二時間も経っていないのに、すでに頭が熱い。

何だっけ、こういうの、知恵熱って言うんだっけ。

それにしてもたったこれだけで、こんなに疲れちゃうなんて、向いてないのかなぁ、勉強。

ああ、でも、元々頭使うのは苦手だから、当たり前といえば当たり前か。


「一度休憩するか。」

「うん……。」


ショウが淹れてくれた紅茶をひとくち飲む。

相変わらず味覚はよく分からないけど、何となく匂いでいつもとは違う紅茶なのが分かった。

ちらりとショウを見れば、副隊長が新しく仕入れた茶葉だ、と何も聞かなくても教えてくれる。

ショウみたいなのを頭が良いって言うんだろうな。


「あ、気分転換にひとつ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「始まりの種族ってなに?」

「……何故その言葉を?」

「前にロディが言ってたんだ。獣人族は始まりの種族だって。それと魔王も同じようなこと言ってたから気になって。」

「そうか……。」


あれはロディやイヴと初めて会った日、二人に獣人族や番について説明を受けたときのことだった。

物凄く前のことのように思えるけど、実は一ヶ月も経っていない(そのうち一週間は寝てたんだけど)。

色々盛沢山だったなぁ、と思いふけっていると、少し考え込んでいたショウが言葉を選ぶようにゆっくり話し始めた。


「始まりの種族、というのは文字通り、始めにこの世界で誕生したと言われる知識と理性を持った四つの種族のことだ。人族、獣人族、竜人族、そして魔族とされている。」

「人族はテュールで、獣人族はロディやイヴやショウ?」

「ああ、そうだ。竜人族は色々あって今はほとんどいない希少種族だ。少なくとも僕は見たことない。」

「魔族は?」

「魔族については詳しく分かっていないことが多い。悪魔の類いが魔族でその頂点が魔王とされている。魔族は基本、別の次元にいると言われ、召喚魔法はそんな魔族をこの世界に呼び出す魔法らしい。」

「らしい?」

「獣人族は魔法を使えないからな。僕も詳しくは知らない。」

「……そうなの?」

「魔法を使えるのは人族と魔族だけだ。竜人族と獣人族は魔法が使えない分、筋力が彼らより優れているとされてる。」

「そういえば、ロディもイヴも剣で戦ってたね。」

「そうだな。僕ら第三部隊は基本的に剣で戦うことが多い。あと少しだが弓を扱う者がいる。」

「へえ。」

「ショウはトップクラスの弓遣いなんだよ。」


ふいに背後から話しかけられて、後ろを振り向くと、扉が開いていて、そこにはにやにやと笑うテュールがいた。

前から思っていたけど、テュールって気配を消すことができるのかな。近づかれても全然気づかなかった。

じっとテュールを見ていたら、にやりと笑われて、手をひらひらと振られる。


「よっ、昨日ぶり。」

「うん、昨日ぶり。」

「……何をしてらっしゃるんですか、陛下。」

「お前までそんな名前で呼ぶなよ。息抜きだよ、息抜き。」

「まったく……」


冷たい視線をテュールに向けながら、はぁ、と大きくため息をつくショウ。

テュールはすたすたと部屋に入ってくると、わたしとショウの間にわざわざ椅子を持ってきて座った。

何だか、にこにこと楽しそうだ。


「で、勉強はどうだ?」

「……先は長そうだよ。」

「そりゃ、大変だ。まあ、正直、俺たちみたいな人を従える立場でないのなら最低限の読み書きさえできればいいと思うけどな。」

「でも、色々と知るには難しい本を読めなくちゃいけないし……。」

「武器は武器屋、そういうことは得意なやつに任せとけばいい

んだよ。」

「得意なやつ?」


首を傾げると、とんとんとテュールは自分を指差した。


「協力するって言っただろ?」

「それは、そうだけど……。」

「……おい、待て、何の話だ。」

「昨日、アイから吸血鬼の話を聞いたついでに、死ぬ方法を探してることも聞いてな。隊長や副隊長はその話題をするの嫌がってるらしいから、代わりに俺が手伝うことにした。」

「お前……二人に殺されるぞ。」

「その時はお前も道連れだ!」

「おい。」


言い争いのようにも見えるけど、どこか楽しそうな二人に、ふとロディとイヴのことを思い出す。

二人もよく言い合いをしているけれど、何だかんだ仲が良いと思う。

きっとショウとテュールもそんな感じなのかな。

そんな風に思いながら二人を見ていれば、それで、とテュールがわたしの方を見て首を傾げた。


「二人は何の話をしてたんだ?」

「始まりの種族についてだよ。」

「ああ、なるほどな。そういや、運命の番がいるのは獣人族だけだって知ってるか?」

「……そうなの?」

「まあ、より正しく言うと、運命の番を本能で察知することができるのが、獣人族のみって話だけどな。」

「えっと、他の種族は運命の番がいても気づかないってこと?」

「そういうこと。」

「そういえば、ショウにもいるの?」

「……いや、僕は雑種だから運命の番を見つけられるほどの能力はない。」

「?」

「獣人族の中でも始まりの獣人族の血を濃く受け継いでいる種族を純血種、そこから派生した種族を雑種と言うんだ。雑種より純血種の方が優秀だと言われてる。」

「そうなんだ……。でも、ショウは優秀だって、イヴが言ってたよ?それに教え方が上手だって。」


よく分からないけど、純血種とか雑種とかわたしにはどうでもいい話だ。だって、ショウはショウだと、思うから。

それにロディもイヴもそんなこと気にしている様子は全くなかった。


「……そうか。」

「?」


そう正直に伝えると、ショウはうつむき、目線を反らしてしまった。

何だかショウの顔が少し赤くなった気がするけど、何か変なこと言ったかな?

それにしても、獣人族にも色々とあることに今更ながら驚く。きっと他の種族も色々と複雑なんだろうな。

そんなことを考えていると、ショウが顔を上げてテュールの方を見た。


「それで、テュール。本題は何だ。」

「……さすが、ショウ。鼻が利くね。」

「茶化すな。」

「悪い悪い。……アイ、お前の種族について、少しいいか?」

「……あ、うん。」


突然話を振られて、驚きつつも頷く。

種族ってことは吸血鬼についてってことだよね?何か分かったのかな。

けれど、そんなわたしの期待を察したのか、テュールは少し残念そうに首を振った。


「昨日、少しだが調べてみたが、残念ながら、吸血鬼、と呼ばれる種族はなかった。」

「……そっか。」

「ただ、魔族に関する書物に気になる項目を見つけた。」

「魔族?」

「ああ。魔族は人間の血を一定量飲むと不死になれる、というものだ。」

「……人間の血……。」

「何か根拠があるのか。」

「いや、何の根拠もない、ただの言い伝えだ。だが、血と不死、というキーワードは気になるだろ?ついでに言うと、俺たちは、不死と思われる魔族を知ってる。」

「……魔王、か。」


そういえば今回も魔王は別次元(魔界って呼んでたね)に還っただけだもんね。

あれだけ真っ二つにして生きてるっていうのは確かに吸血鬼に近いものを感じる。

でも。

でも、それが真実でないことは、わたしがよく知っている。


「でも、魔王は、」

「ああ。分かってる。魔王は吸血鬼じゃない。それにこの話を吸血鬼に当て嵌めるには最大の矛盾点がある。……アイは人間の血を飲んだことはないんだよな?」

「ないよ。」

「そうなのか。」

「人間の血を飲むと吐いちゃうんだよ。」


さすがに鈍感なわたしでも、同族、しかも同じ上位種、真祖であるなら、すぐに分かる。

だから魔王は違うと断言できる。魔王は吸血鬼じゃない。

ついでに言うと、他の吸血鬼は知らないけど、少なくともわたしは人間の血がなくてもこうして生きている。


「ただ、気になることは事実だからな。魔族についてもう少し調べてみようと思ってる。」

「魔族……えっと確か、普段は魔界に住んでるんだっけ。」

「そもそも魔界という世界が本当に存在しているかどうかさえ分からないけどな。」

「……そうなんだ。」

「魔族を調べようというのは分かるが……魔族は詳しく分かっていないことが多い。どうやって調べるつもりだ?」

「ニェーボ帝国に探りを入れようと思ってる。」


そこでテュールはにやりと笑った。

ニェーボ帝国……えっと、確か、ロディやイヴが昔ひどい目にあった国で、わたしが今いるこの国も元々はニェーボ帝国だったんだっけ。

テュールの言葉に、ショウは眉をひそめる。


「何が目的だ。」

「そりゃ、まあ、色々とな。じゃ、俺は仕事に戻るぜ。」

「おい、テュール、」


ショウが慌てた様子でテュールを呼び掛けたけど、テュールは、じゃあな、と手を振って部屋から出ていった。

ふと、ショウを見れば、何故か複雑そうな表情を浮かべている。


「ショウ?」

「ああ、いや……。あいつの情報収集力はかなりのものだ。信用して大丈夫だ。」

「……うん。」


よく分からないけど、ショウの真っ直ぐな目に、わたしは頷くことしかできなかった。






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