18話 怒り
火事が起こったとはいえ、その場から離れてしまえば、街は依然として静寂に包まれていた。
ふと見上げれば、月と星が空に浮かんでいる。
数百年前までわたしがいた街も、夜になると皆寝静まって、月や星が空で輝いていた。
けれど、最近はぴかぴかと眩しい光が昼も夜も関係なく街を照らしていて、ここまで輝く月や星を見るのは久しぶりだった。
一応きょろきょろと辺りを見渡しながら城へと向かっているのだけれど、特に魔王の気配はない。
そもそも、魔王から禍々しい気配が出ていたのは一瞬で、後はほとんど気配を感じることができなかった。
だから、この街のどこかに潜んでいてもわたしには分からない。
難しいなぁ。こんなことなら気配を探る練習でもしておけばよかった。
まわりを警戒しつつ、そんなことを考えていれば城壁が見えてくる。
その瞬間、わたしの悪寒がまた働いた。
目を凝らせばかすかにだけど煙が上がっているのが見えて、わたしは速度を上げる。
早く行かなくちゃいけない。
何かがわたしを急き立てる。
城に着くと即座に城壁をのぼり、中へ入る。
その頃には煙はかなり大きなものとなっていて、城の中は大騒ぎになっていた。
わたしが城壁から飛び降りて来ようが、宿舎に向かって走り出そうが誰も気に止めない。
わたしもまわりなんて気にする余裕はなかった。
だって、煙が上がっている方向が。
「ロディ、イヴ…………!」
宿舎の方向だったから。
宿舎に近づくと熱い空気が体を襲う。
燃えていた。
見慣れた壁も。
見慣れた窓も。
全てが炎に包まれ燃えていた。
その建物の前に、恐らく第三部隊の隊員に命令を出しているショウがいた。
「ショウ!」
思わず叫べばすぐにこちらに気づいて、ショウも叫び返してくる。
その顔は今まで見たことがないくらい焦っていて、ああ最悪の状況かもしれない、と思う。
「二人が中庭で足止めをしてる!!」
誰が、誰をとは言わなかった。
けれど、すぐに誰のことか分かった。
同時にショウが何を言いたいのかも。
「わかった!」
それだけ叫び返して、足に力を入れ、燃え盛る建物、宿舎の屋根にのぼり、すぐに中庭へ降りる。
他の騎士の人がざわつくのが聞こえたけど、そんなの気にもならなかった。
ただ、ロディとイヴの身が心配だった。
最初に目に飛び込んできたのは、地面に広がる真っ赤な血だった。
燃え盛る炎の中で地面に伏した二人と、その目の前で今まさにとどめを刺そうとしている魔王。
「……っ。」
その瞬間、わたしは動いていた。
地面に付した彼らの前に着地し、同時にくるりと体の向きを変え、彼に向かって刀を突き刺す。
けれど、その攻撃はひらりと避けられ、彼は、魔王は、数歩後ずさった。
そしてわたしの姿を見て眉をひそめる。
「何だ、また私の邪魔を、」
以前、第一部隊の副隊長さんを、何か言いかけていたにも関わらず、ロディが殴ったことがあった。
せめて言わせてあげても、なんてその時は思ったけど、今ならロディの気持ちが分かる。
その時間すら与えたくない。
足に力を溜め、最速で魔王へと踏み出し、同時に刀を振るう。
心臓を狙うなんてちまちましたこと、やっている暇はないから、上半身から真っ二つに切り裂く。
「な、に……?」
驚きの表情でそのまま消えていく魔王を、わたしは冷たく見下ろしていた。
手が震えているのが嫌でも分かる。
ああ、わたしは今、怒ってるんだ。
「アイ……?」
背後から聞こえたか細い声に、慌てて二人に駆け寄る。
ロディとイヴはあちこちに傷を作って、地面に倒れていて、けれど、どちらも少なくともまだ息はあるようで、戸惑った表情でわたしを見ていた。
よかった、まだ、生きてた……。
「ロディ、イヴ、怪我は……。」
「大丈夫だよ。よいしょっと……あいたた……」
にこりと微笑んでみせたイヴはゆったりとした動作で起き上がったけど、傷が痛むようで顔をしかめている。
その隣ではロディもまた、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「でも、血が……」
「見た目ほど深い傷ではないし、命に別状もない。それよりアイこそ、怪我はない?突然いなくなるからビックリしたんだよ、とにかく無事で良か、」
「魔王に向かうなんて何を考えているんだ!!!」
「え」
その時、突然ロディが叫んだ。
驚いてロディの方を見れば、拳を握りしめて、苦しそうな表情を浮かべて、怒っていた。
初めてロディがわたしに怒ったことに驚いて、何も言えなくなる。
「ロディ、おまえね、」
イヴが呆れた様子でロディに話しかけたけど、それを遮ってロディ様がまた叫ぶ。
「危ないだろう!!怪我をしたらどうする?!相手は魔王だぞ!!魔法だって使うんだ!!」
「いや、でも、わたし、死なないから……」
「それでも怪我をしたかもしれないだろ!!」
「怪我は勝手に治るから……」
「そんなの分からないだろ!」
「えっと……」
「いい加減にしろ!!」
呆然としていたら、ロディの頭をイヴが叩いた。
「何をする?!」
「それはこっちのセリフだ!!アイを困らせるな!というか、お前、本当にいい加減にしろよ?!助けてもらっておいて文句言うなよ!!!」
「ならお前はアイが怪我しても良いのか?!」
「そんなことは言ってない!!」
「わたしは!!」
思わず叫ぶ。
叫んだのなんて、何年ぶりだろう。
止まっているはずの心臓がばくばくとうるさい音を立てている。
わたしの叫び声に、ロディとイヴは言い争いをぴたりとやめてこちらを見た。
「わたしは!わたしも!二人が傷つくのが嫌だった!!」
二人が血を流しているのを見た途端、頭が真っ白になった。
様子を見ようとかそんな気は失せたし、滅多に出さない本気まで出して戦ってしまった。
だってさ。
二人の血を見て、二人の傷を見て、二人が倒れている姿を見て、痩せ細って死んだ家族の姿とか、布団で静かに横になる青白いチヨの姿が頭をよぎったんだよ。
置いていかれたときの苦しさを思い出したんだよ。
「置いていかれるのは悲しくて苦しくて痛いんだよ!」
「アイ……。」
ひとりは苦しくて、寂しくて、悲しくて、痛い。
どんな傷よりも、どんな拷問よりも、ずっとずっと痛い。
「……わたしを、置いて、死なないでよ……!」
目から涙が出る。
チヨがいなくなってしまってから一切出なかった涙が、あとから溢れて止まらなくなる。
そうだ。
ずっと考えてた。二人に番になってほしいって言われたあの日からわたしはずっと考えてた。
わたしはどうしたいんだろうって。
わたしはどうなりたいんだろうって。
わたしは。
「ひとりにしないで……。」
もうひとりになりたくない。
蔑まれても、殴られても、蹴られても、人と過ごしたこの半年間、本当に楽しかった。
化け物なのに何も聞かずに受け入れてくれた二人の優しさが嬉しかった。
二人と過ごしたこの数日間は温かくて、楽しくて、幸せだった。
そうだよ、わたしは。
「ロディと、イヴと、ずっと一緒にいたい……!」
化け物だけど。
不死の存在だけど。
どうしても二人と一緒にいたいと思ってしまった。
二人と共に歩みたいと思ってしまった。
二人と、最後を迎えたいと、思ってしまった。
ぼろぼろとそのまま泣き続けていると、体がふわりと温かい何かに包まれた。
「ずっと一緒にいる、約束する。」
「ひとりになんかしないよ、絶対。」
誰かに抱き締められるなんて、何年ぶりだろう。
その温かさが、悲しくて、嬉しくて、苦しくて、それでも幸せで。
わたしはそのまましばらく泣き続けた……かったけど、さすがに我慢して、涙を乱暴に脱ぐって、二人から離れる。
「アイ?」
「どうした、どこか痛むか?」
二人が心配そうに顔をのぞきこんでくる。
いや、そうじゃなくて。
「そろそろ逃げなきゃ。二人が火傷しちゃう。」
状況を見ずに叫んで泣き出したわたしも悪いけどさ、さすがにそろそろ逃げないと、炎がすぐ近くまで来てる。
わたしは火傷ぐらいすぐ治るけど、二人はそうもいかない。
それに火傷は治りにくいってチヨが言ってた。
こんなことのために傷が残ったら困る。
「だから、ここから離れよう。」
「確かに、アイの体に火傷ができたら大変だ!逃げるぞ、ロディ!」
「え、いや、わたしは別に……」
「ああ!」
イヴの言葉に勢いよく頷いたかと思えば、何故かわたしを抱え上げるロディ。
待って待って待って、何んで??
「わ、わたし、別に怪我してな、」
「大丈夫だ。しっかり捕まっててくれ。」
「いや、それよりロディの方が怪我して、」
「大丈夫。ロディはそう簡単に死なないから。それより、服が大分汚れちゃったね、これ羽織ってて。」
「でも、イヴも怪我して……」
「「大丈夫。」」
もう、何が大丈夫なのか意味が分からない。
ただ、こんな炎に囲まれた状況なのに、二人ともすごく嬉しそうにしていて、目をきらきらさせているから、何も言えなくなる。
それに、わたしも多分今顔がにやけてるだろうから人のことは言えない。
ただの口約束。
ずっと一緒にいる。
ひとりにしない。
たったそれだけの言葉なのに、こんなにも心がふわふわする。
ねえ、チヨ。
わたしはあなたが死んでしまってから、死にたいってずっと思ってきた。
でも、いくら試しても、何をしても死ねなくて、半分ぐらい諦めかけてた。
このまま、ずっと、ひとりなんだと思ってた。
ねえ、チヨ。
わたし、もう一回探すよ。
死ぬ方法を探すなんて、すごく後ろ向きな話だけどさ。
でも、探すよ。
だって、もう、置いてきぼりはいやだから。
二人と生きて、二人と死ぬよ。
そしたらさ、きっと、チヨにも会えるよね?




