17話 魔王
「魔王召喚!!」
ハナコちゃんがそう叫んだ瞬間、わたしは飛び出していた。
そして、ハナコちゃんと彼の間に入り、刀を瞬時に作り、攻撃を受け止める。
相手の異様に長い爪がわたしの刀と擦れ、嫌な音を立てた。
「お前……?!」
「え……?!」
わたしの姿に第一部隊の隊長さんや神父さんが驚いた声をあげるけど、そこに反応する余裕はなかった。
ただ、攻撃を受け止めながら目の前の人ならざる存在をじっと見る。
「ほお、私の攻撃を受け止めるとは何者だ、お主?」
彼はにやにやと笑いながらわたしを見下ろしていた。
闇のような黒髪に黒い目。黒いローブのようなものを羽織った男。
人じゃない。本能がそう告げる。
人じゃない。けれど、同族では、ない。
するとわたしの背後でハナコちゃんが呆然と呟いた言葉が耳に届いた。
「な、何なのよ……。何で、魔王が私を襲うのよ……、」
「ふむ?まずは召喚主を殺し自由を得るのは当たり前だろう?」
また再度ハナコちゃんを襲おうとしている気配を察知し、刀で爪の攻撃を受け止めたまま、男のお腹に蹴りを入れる。
けれどわたしの足は男のお腹に沈みことなく、手で受けとめられてしまった。
強い。
この人、(ハナコちゃんは魔王だって言ってたけど)強い。
「離れろ!!」
すると、第一部隊の隊長が剣を構えながら突っ込んできた。
ちらりとそちらを一瞥する魔王。
その瞬間、刀で受け止めていた爪を勢いよく右へ流し、空いていたもう片方の足で、今度は手加減せず頭を狙った。
普通の人間なら頭が吹き飛ぶ強さだけど、多分、彼はこの程度じゃ死なないだろう。
けれど、わたしの動きに気付いたのか、頭にわたしの足が直撃する直前、魔王はわたしの手を離した。
ふわりと落下する体に、わたしの足は宙を蹴る。
「おま、いや、君は何故ここに……?!」
すとんと着地をすると、隊長さんが駆け寄ってくるけど、ごめんなさい、今はそれどころじゃないんだ。
だって、魔王がまたハナコちゃんを襲おうとしてるからさ。
着地と同時に魔王とハナコちゃんの間に入り、足を振り下ろす。
けれど、また寸でのところで避けられる。
「しつこいな。そんなにその女が大切か。」
「恩人だからね。」
ちらりと確認すればハナコちゃんは怯えた表情で座り込んでしまっている。
うーん、あの様子だと逃げてもらうのは無理かな。
魔王に目線を戻せば、少し苛ついているようで、わたしをじっと睨んでいた。
邪魔をするなと言わんばかりに、魔王から出されたぴりぴりとした殺気が肌にまとわりつく。
「貴様……人間でも獣人でもないな。」
「……。」
「…………いや、そうか…………貴様………。」
ふと納得したような表情を浮かべる魔王。
何だろう。吸血鬼のこと、何か知ってるのかな。
「我は魔王だ。始まりの種族にして、その頂点に君臨する存在だ。」
「……そう。」
かと思えば突然自己紹介をされて戸惑う。
え、なに、どういうこと?
わたしも自己紹介した方が良いの?
でも第一部隊の隊長さんも神父さんもいる中で吸血鬼だって話すのはちょっと気が引けるなぁ。
「ハナコちゃんを襲うのは何故?」
結局悩んだ末に質問をぶつけてみることにする。
すると魔王は楽しそうに笑った。
……この人、人じゃないけど、よく分かんないなぁ。
「彼女を殺せば自由を得られる。」
「自由になってどうするの?」
「この街を滅ぼす。」
「……それは困るな。」
足に力をいれ距離を縮め、魔王に斬りかなる。
けれど、ぶわりと魔王とわたしの間に風が生まれ、その風にバランスを崩され、太刀筋が逸れた。
むう、戦うの久しぶりだから、なかなかうまくいかないな……。
と思ってたら、炎が飛んできて、慌てて避ける。
「魔王と、互角……」
神父さんが呆然とつぶやく声が耳に届いたけれど気にする余裕はない。
というか風とか炎とかすごいね。魔法ってやつなのかな。
あらためて刀を握りしめたところで、どこからか、ぱりん、と何かが壊れる音がした。
「おい!召喚された魔王は召喚石を破壊した上で心臓を突けば、魔界に戻る!!」
「……わかりました。」
ちらりと声のした方を見れば、隊長さんの足元には、壊れた石の欠片が散らばっている。
そういえば悪魔が召喚されたときは石を壊したら消えるってイヴが教えてくれて、実際壊したらすぐ消えてたっけ。
さすがに魔王となると召喚石を壊すだけじゃ駄目みたいだけど、魔王を戻す方法を教えてくれたのは助かった。
よし、と刀を構え直したところで、ふむ、と魔王が何かを考える仕草をする。
「まだ還されるのは困るな。」
するとふっと魔王の体が消えた。え、なんで??
慌ててまわりを見るけど、魔王の姿はどこにもない。
気配も感じない。
「どこに……?」
「くそ、魔法で転移したか……っ」
「転移?」
「違う場所に瞬時に移動する魔法だ。恐らく街は出ていないと思うが……。」
なるほど、だから突然魔王が消えたのか。
転移ってことはどこか別のところに行ったってことなのかな。
魔法ってすごいな、なんて思いながらハナコちゃんの方を見る。
怪我はないと思うけど……大丈夫かな。
あまり近づきすぎるとまた怖がらせてしまう気がして遠目に視線を向けると、ぎろりと睨まれた。
よかった、元気そう。
「なんで私を助けたのよ?!」
と思えば突然叫ばれてびっくりする。
なんでって言われても。
「恩人だから。」
「私はあんたなんか知らないわよ!」
「そりゃ、十年以上前のことだから。」
「は?!」
「お寺でぼんやりしていた私にチョコをくれたんだよ。」
「はあ?!」
「それが嬉しかったから。だから恩返し。」
「はああ?!」
わたしの言葉に口をぱくぱくと動かすハナコちゃん。
何か変なこと言ったかな、と思ったけれどよく分からないので、ま、いっかと気を取り戻して、これからどうしようかなと悩む。
第三部隊の宿舎に戻るべきなんだろうけど、ハナコちゃんも心配だし、魔王をこのままにしとくのも何か嫌だし。
なんて考えている間に第一部隊の隊長さんとシンプさんは深刻そうな表情で話し合っていた。
「まさか本当に召喚されるとは……。しかし、彼女は……。」
「彼女は色々事情があって、第三部隊が保護している少女です。……このことは内密にお願いしたい。」
「わかりました。」
「私は街の住人の避難を誘導します。神父殿はこの女と一緒に南の教会に逃げてください。」
「わかりました。」
「で、君は第三部隊に戻ってくれ。」
「……え。」
うーん、と悩んでいたところで隊長さんに話しかけられて少し驚く。
あれ、隊長さんって悪魔が召喚された時いたよね。わたしが瞬時に腕を生やしたの見たよね。何とも思わないのかな。
驚いて隊長さんをじっと見ていると、少し困った表情をされた。
「ここにいること、第三部隊の彼らには伝えてないだろう。……このままでは俺が怒られる。」
「わたしが部屋を飛び出したことと隊長さんは関係ないですよ?」
「関係なくても、怒られるんだ。とにかく頼むから戻ってくれ。」
「……魔王はどうするの?」
「……どうにかする。」
どうにかする、とはどういうことだろう。
何か策があるのかな。
見たところロディやイヴより強いように感じたけど。
「それとハナコちゃんは、」
「彼女のことなら大丈夫だ。こちらで必ず守る。」
ハナコちゃんのことを頼もうと思ったら、かぶせ気味に言われて、目をぱちくりする。
もしかして信用してないと思ったのかな。そこは別に構わないんだけど。
多分、魔王はもうハナコちゃんを襲ったりはしないだろうからさ。勘だけど。
ただ。
「……ハナコちゃんは罰を受けるのですか?」
「……今後の被害によっては極刑だろうな。」
「それは……困る。」
「魔王を召喚した上、今後被害が拡大するようであれば、死刑は免れない。」
「魔王が誰かを襲う前に消せば……。」
「君はとにかく一度戻ってくれ。もし魔王討伐に手を貸してくれるとしても、それはローデリヒ隊長とイヴァーノ副隊長に許可を得てからにしてくれ。」
「……はい……。」
ものすごい勢い、それこそ命がかかってるんじゃないかってぐらいの勢いで言われて思わず頷いてしまう。
何だろう。二人に怒られるの、そんなに怖いのかな……?
わたしが頷くと、よし、と隊長さんも頷いて、シンプさんにハナコちゃんを預けていた。
ハナコちゃんはさっきまで元気に叫んでいたのに何故か呆然としていて、少しふらふらしているようだった。
大丈夫かな、と二人が庭から出ていくのを見届ける。
すると、わたしの隣で同じように二人を見ていた隊長さんがぼそりと言葉をこぼした。
「……彼女のことだが、一度極刑を下されたら覆すのは難しい。……ただ、君には悪魔召喚の件への礼もある。陛下に打診すれば極刑は免れるかもしれん。」
「そっか。」
「先程の魔王の件も礼を言う。……魔王は強いが、こちらには魔王の動きを止める魔法を得意とする魔術師もいる。大丈夫だ。」
「そう。」
やっぱり何か策があったんだ、と納得していると、ざー、とどこからか水が流れる音が聞こえてくる。
「魔術師隊が来たのだろう。この火事もじきに消火される。」
「へえ。」
本当に魔法って何でもありなんだなぁ。
「俺も魔王の探索に向かう。頼むから、くれぐれも、まっすぐ、宿舎に戻ってくれよ。」
「わかってるよ。」
あまりに必死な様子に思わず笑ってしまう。
あ、敬語崩しちゃった、怒られるかな。
ちらりと隊長さんの表情を伺うと、怒ってはいなさそうだけど、よく分からない複雑な表情を浮かべている。
うーん??
「…………どちらにせよあいつらに殺されるかもしれん。」
「だれに??」
あいつらって魔王はひとりだけど……。
言葉の意味が分からなくて首を傾げたけど、隊長さんは何も言うことなく、じゃあな、とだけ言って庭から出ていった。
何だったんだろう。
まあ、とにかく、宿舎に戻るとするかな。




