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15話 悪寒



ごめんね。

息を引き取る直前、チヨは泣きそうな表情でわたしに謝った。

ずっと一緒にいてあげられなくてごめんね。

ひとりにしてごめんね。

そんな彼女に、わたしは笑った。

大丈夫だよ。

チヨのことは忘れない。

楽しかった。

ありがとう。

そんなわたしの言葉に、チヨは顔を歪めながらも笑顔を浮かべてくれて。

そして彼女は静かに天へと旅立った。


わたしは泣いた。

彼女の墓を作り、その前で泣き続けた。

一日、三日、七日、三十日。

そうして六十日が過ぎた頃。

何日間も泣き続けたわたしの涙腺は壊れてしまったようで、目から涙が出なくなった。


それでも、チヨから離れたくなくて、わたしはそこに居続けた。

チヨの墓の上に寺が建っても。

その寺に誰が来ても。

わたしはそこに居続けた。



夢を見た。

吸血鬼になった頃の懐かしい夢。

村を追い出されてチヨに拾われて一緒に暮らしていたあの頃の夢。

最近昔の夢をよく見るなぁ、なんてぼんやり思いながら、ベッドから体を起こす。


まだ夜みたいで窓の外は暗い。

ちょっと眠る気にはなれなくて、窓の近くに腰かけて星空をぼんやり眺める。


「チヨ……わたし、どうしたら良いのかなぁ。」


断ろうと思ってた。

きちんと訳を話して断ろうと思ってたんだよ。

吸血鬼という化け物であることも、不死の存在であることも全部明かして、断ろうと思ってたんだ。

でもさ。

二人はわたしが化け物だと知っても、不死の存在だと知っても、何も変わらなかった。

変わらず、わたしを、番だと、言ってくれた。

だからわたしも、考えると答えた。

二人とどうなりたいのか、きちんと答えを出すと約束した。


それから数日。

わたしは、ずっと考えてた。

わたしはどうしたいのかなって。

わたしは彼らと生きていけるのかなって。


二人と生きたらきっと楽しいだろうなって思うよ。

色々なものを見てまわって、ずっと一緒にいられたら嬉しいなって思うよ。


でもさ、それはさ、無理なんだ、どうしても。

だって、わたしは二人と歩むことはできない。

結局はわたしが置いてかれることになる。

……また、わたしはひとりに戻ってしまう。


「……置いてかれるのは嫌だ……。」


彼らには死がある。

わたしがどんなに切望しても掴めなかった“死”を持っている。


「……もう、ひとりにはなりたくない。」


チヨはいなくなってしまった。

ごめんなさい、と涙を流して、死んでしまった。

あの時の胸の苦しみを、痛みをわたしは忘れない。

あのまま死にたかった。

チヨの家族として死にたかった。

でも、どんなに首を斬っても、海に潜っても、火の中に飛び込んでも、わたしに死は訪れなかった。


あんな思いは二度としたくない。


でも、今のわたしに、彼らに面と向かって断る勇気はない。

だってこの数日、あまりに毎日が楽しかったから。

二人との時間が嬉しかったから。

それを手放したくないって思ってしまっている。

答えを引き伸ばしてまで、一緒にいたいと思ってしまっている。


「…………最低だ。」


二人の気持ちを弄んで、のらりくらりと答えを出すことから逃げて。

その最低な行為を自分がやっているかと思うと、落ち込む。

思わず、はあ、と深いため息がこぼれる。


「?」


その瞬間。

ぞわりと、背筋に冷たいものが走った。

慌てて窓の外に目をやれば、遠くの方から煙が立ち上っているのが見える。

吸血鬼のわたしが悪寒を覚えるなんて、相当な事態だ。


窓を開けて目を凝らすけれど、城壁が邪魔をして、何が起こっているのかよく見えない。

けれど煙が出ている方向を見ると、何だろう、ぞわぞわする。

何か嫌な予感がする。


「どうしよう。」


ロディやイヴからは部屋は出るなと言われているけれど、行かなければ後悔する、と本能が告げている。

どうしよう。


一瞬迷った末、わたしは窓から外へ飛び出した。


ごめんね。

何もなければすぐに帰るから。


二人に心の中でそう謝って、城壁の上に立つ。

どうやら、街外れにある建物か何かが燃えているようだった。

ただ、何故こんなにも胸騒ぎがするのかは分からない。

とりあえず行ってみよう、とわたしは、夜の街を屋根から屋根へ飛び移っていった。


そういえば城を出るのってこれが初めてだね。

月明かりぐらいしかなくて、よく見えないけど、日本みたいな大きな建物はあんまりないみたい。


とそんなことを考えているうちに、煙の出所が近づいてくる。

何だろう、家にしては少し大きめの建物。

煙はその裏手から出ているようで、建物から人が外へ避難しているのが見えた。


「火事だ!」


誰かの叫び声が聞こえる。近所の人も集まっているようで、建物のまわりには少しずつ人だかりができ始めていた。

火元である建物の裏手にまわってみると、建物の庭と思われる場所、そこから火が上がっているのが目に入る。

同時に庭にいる三人の人影に気づいた。

ひとりは知らない男の人だ。丈の長い服を身につけたその人は、じっと他の二人を見ている。

残り二人はわたしの知っているひとだった。

遠目でも分かる赤い髪に騎士服。

この世界に召喚されたときに会って、つい一週間と少し前に再会したばかりの、第一部隊の隊長さんだ。

そんな隊長さんは、怒っているような、呆れているような表情で前にいる相手を睨んでいた。

それは。


「ハナコちゃん……?」


白いワンピース(多分寝間着だよね、わたしも似たようなものをイヴに貰ったから)に身を包んだハナコちゃんだった。

驚いて思わず声を掛けそうになったけれど、三人のただならぬ雰囲気に、話しかけない方が良いのかな、と口をつぐみ、成り行きを見守る。

何だろう、何があったのかな。

すると突然、ハナコちゃんが叫んだ。


「ふざけないで!!!」


それは怒りに満ちた声だった。


「何なのよ!何なのよ!!勝手に聖女だと言われたかと思えば、何で私がこんな目にあわなきゃいけないのよ?!私は巻き込まれただけなのよ?!帰してよ!!必要なくなったならあの世界に、帰してよ!!!」


以前テュールが、サトウハナコ自身も帰して欲しいと願っている、と話していたことをふと思い出す。

帰る方法ない、と話していたことも。

その話を聞いた時、ハナコちゃんは納得したのかな、と思ったけれど、やっぱり納得してなかったみたい。

そんなハナコちゃんに、第一部隊の隊長さんは淡々と言葉を返す。


「だからといって、こんなことは許されない。大体、教会に火をつけたところで何も解決しないだろう。」

「うるさい!」

「……ハナコさん、」

「うるさい!うるさい!!」


三人の中で唯一わたしが知らない男の人が、ハナコちゃんに優しく話しかけようとしたけれど、ぎっと睨まれて言葉を止める。


「……すまないが神父殿、こいつは連れていきます。」

「しかし……。」


第一部隊の隊長さんの言葉にその人は戸惑った様子を見せる。

なるほとこの人が教会の神父さんなのかな。何だか温かい雰囲気の人だな。


それにしても三人の会話を聞く限りでは、どうやらこの火事を引き起こしたのはハナコちゃん自身らしい。

何でだろう。

多分ここがハナコちゃんが働いている(とテュールが教えてくれた)教会なのだと思うのだけれど、火事をわざと起こすほどに嫌な場所だったのかな。

でも勝手に建物を燃やしたら怒られちゃうんじゃないかな。


「お前がいた世界では知らないが、少なくともこの国で放火は罪に問われる。こちらで身柄を拘束し、しかるべき処分を受けてもらう。」

「何で私が捕まらなきゃいけないのよ!私は聖女よ?!こんな扱い、許されるはずが……」

「お前は聖女じゃない。そもそも聖女なんてこの世に存在しない。お前は前王に騙されただけの一般人だ。魔力が多いわけでも、特別な力を持っているわけでもない。ただ魔王召喚に使われる駒のひとつに過ぎなかった。……それはお前も知っているだろう。」

「う、うるさいわよ!」

「……お前も彼女みたいに真面目に働けば、少しは良い暮らしが、」

「あんな化け物と一緒にしないでよ!!!」


それは悲痛な叫び声だった。

心からの拒絶、嫌悪、憎悪、すべてを込めたかのような声だった。

あまりの迫力に隊長さんも神父さんも一瞬言葉を失う。

わたしはといえば、これが普通の反応だよね、と少し懐かしい気持ちになっていた。

この世界にきて、わたしの存在に嫌悪し、恐怖し、軽蔑する人があまりにいないから、感覚が麻痺しかけていたけれど、これが普通の反応なのだ。


「大体、何で私がこんな小汚ない教会で、あの化け物は城にいるのよ!普通国から追い出すなり、殺すなりするんじゃないの?!」

「……彼女は悪魔から城を守った功労者だ。お前だって彼女に命を助けられているだろう。」

「助けてなんて頼んでない!!!」


再び悲痛な声で叫ぶハナコちゃん。

その顔は遠目でも分かるくらい真っ青で、相当怖がらせちゃったんだなぁ、悪いことしたなぁ、とのんびり思う。怖がらせるつもりはなかったんだよ、本当に。


「なんで、なんで私だけこんな、こんな目に……。」


ぶつぶつと何やら呟き続けるハナコちゃん。

その瞬間、ぞくりと、今までにないくらいの悪寒が体を襲った。

何が、とその原因を探る間もなく、ハナコちゃんが服の中から、何やら見覚えのある石を取り出す。

青にも赤にも見える、黄色にも、黒にも見える、不思議な色の石。

あれって確か、召喚石、だっけ。


「いなくなれ、みんな消えればいいんだ、そうだ、みんなみんな消えちゃえばいいんだ……。」


何故だろう。あの時、元王様が悪魔を召喚した時は何とも思わなかったのに、今は石から禍々しい何かを感じる。

止めなきゃいけない。

ハナコちゃんを止めなきゃいけない。

けれど、わたしが飛び出す前に、ハナコちゃんは叫んでしまった。


「魔王召喚!!」






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