15話 悪寒
ごめんね。
息を引き取る直前、チヨは泣きそうな表情でわたしに謝った。
ずっと一緒にいてあげられなくてごめんね。
ひとりにしてごめんね。
そんな彼女に、わたしは笑った。
大丈夫だよ。
チヨのことは忘れない。
楽しかった。
ありがとう。
そんなわたしの言葉に、チヨは顔を歪めながらも笑顔を浮かべてくれて。
そして彼女は静かに天へと旅立った。
わたしは泣いた。
彼女の墓を作り、その前で泣き続けた。
一日、三日、七日、三十日。
そうして六十日が過ぎた頃。
何日間も泣き続けたわたしの涙腺は壊れてしまったようで、目から涙が出なくなった。
それでも、チヨから離れたくなくて、わたしはそこに居続けた。
チヨの墓の上に寺が建っても。
その寺に誰が来ても。
わたしはそこに居続けた。
*
夢を見た。
吸血鬼になった頃の懐かしい夢。
村を追い出されてチヨに拾われて一緒に暮らしていたあの頃の夢。
最近昔の夢をよく見るなぁ、なんてぼんやり思いながら、ベッドから体を起こす。
まだ夜みたいで窓の外は暗い。
ちょっと眠る気にはなれなくて、窓の近くに腰かけて星空をぼんやり眺める。
「チヨ……わたし、どうしたら良いのかなぁ。」
断ろうと思ってた。
きちんと訳を話して断ろうと思ってたんだよ。
吸血鬼という化け物であることも、不死の存在であることも全部明かして、断ろうと思ってたんだ。
でもさ。
二人はわたしが化け物だと知っても、不死の存在だと知っても、何も変わらなかった。
変わらず、わたしを、番だと、言ってくれた。
だからわたしも、考えると答えた。
二人とどうなりたいのか、きちんと答えを出すと約束した。
それから数日。
わたしは、ずっと考えてた。
わたしはどうしたいのかなって。
わたしは彼らと生きていけるのかなって。
二人と生きたらきっと楽しいだろうなって思うよ。
色々なものを見てまわって、ずっと一緒にいられたら嬉しいなって思うよ。
でもさ、それはさ、無理なんだ、どうしても。
だって、わたしは二人と歩むことはできない。
結局はわたしが置いてかれることになる。
……また、わたしはひとりに戻ってしまう。
「……置いてかれるのは嫌だ……。」
彼らには死がある。
わたしがどんなに切望しても掴めなかった“死”を持っている。
「……もう、ひとりにはなりたくない。」
チヨはいなくなってしまった。
ごめんなさい、と涙を流して、死んでしまった。
あの時の胸の苦しみを、痛みをわたしは忘れない。
あのまま死にたかった。
チヨの家族として死にたかった。
でも、どんなに首を斬っても、海に潜っても、火の中に飛び込んでも、わたしに死は訪れなかった。
あんな思いは二度としたくない。
でも、今のわたしに、彼らに面と向かって断る勇気はない。
だってこの数日、あまりに毎日が楽しかったから。
二人との時間が嬉しかったから。
それを手放したくないって思ってしまっている。
答えを引き伸ばしてまで、一緒にいたいと思ってしまっている。
「…………最低だ。」
二人の気持ちを弄んで、のらりくらりと答えを出すことから逃げて。
その最低な行為を自分がやっているかと思うと、落ち込む。
思わず、はあ、と深いため息がこぼれる。
「?」
その瞬間。
ぞわりと、背筋に冷たいものが走った。
慌てて窓の外に目をやれば、遠くの方から煙が立ち上っているのが見える。
吸血鬼のわたしが悪寒を覚えるなんて、相当な事態だ。
窓を開けて目を凝らすけれど、城壁が邪魔をして、何が起こっているのかよく見えない。
けれど煙が出ている方向を見ると、何だろう、ぞわぞわする。
何か嫌な予感がする。
「どうしよう。」
ロディやイヴからは部屋は出るなと言われているけれど、行かなければ後悔する、と本能が告げている。
どうしよう。
一瞬迷った末、わたしは窓から外へ飛び出した。
ごめんね。
何もなければすぐに帰るから。
二人に心の中でそう謝って、城壁の上に立つ。
どうやら、街外れにある建物か何かが燃えているようだった。
ただ、何故こんなにも胸騒ぎがするのかは分からない。
とりあえず行ってみよう、とわたしは、夜の街を屋根から屋根へ飛び移っていった。
そういえば城を出るのってこれが初めてだね。
月明かりぐらいしかなくて、よく見えないけど、日本みたいな大きな建物はあんまりないみたい。
とそんなことを考えているうちに、煙の出所が近づいてくる。
何だろう、家にしては少し大きめの建物。
煙はその裏手から出ているようで、建物から人が外へ避難しているのが見えた。
「火事だ!」
誰かの叫び声が聞こえる。近所の人も集まっているようで、建物のまわりには少しずつ人だかりができ始めていた。
火元である建物の裏手にまわってみると、建物の庭と思われる場所、そこから火が上がっているのが目に入る。
同時に庭にいる三人の人影に気づいた。
ひとりは知らない男の人だ。丈の長い服を身につけたその人は、じっと他の二人を見ている。
残り二人はわたしの知っているひとだった。
遠目でも分かる赤い髪に騎士服。
この世界に召喚されたときに会って、つい一週間と少し前に再会したばかりの、第一部隊の隊長さんだ。
そんな隊長さんは、怒っているような、呆れているような表情で前にいる相手を睨んでいた。
それは。
「ハナコちゃん……?」
白いワンピース(多分寝間着だよね、わたしも似たようなものをイヴに貰ったから)に身を包んだハナコちゃんだった。
驚いて思わず声を掛けそうになったけれど、三人のただならぬ雰囲気に、話しかけない方が良いのかな、と口をつぐみ、成り行きを見守る。
何だろう、何があったのかな。
すると突然、ハナコちゃんが叫んだ。
「ふざけないで!!!」
それは怒りに満ちた声だった。
「何なのよ!何なのよ!!勝手に聖女だと言われたかと思えば、何で私がこんな目にあわなきゃいけないのよ?!私は巻き込まれただけなのよ?!帰してよ!!必要なくなったならあの世界に、帰してよ!!!」
以前テュールが、サトウハナコ自身も帰して欲しいと願っている、と話していたことをふと思い出す。
帰る方法ない、と話していたことも。
その話を聞いた時、ハナコちゃんは納得したのかな、と思ったけれど、やっぱり納得してなかったみたい。
そんなハナコちゃんに、第一部隊の隊長さんは淡々と言葉を返す。
「だからといって、こんなことは許されない。大体、教会に火をつけたところで何も解決しないだろう。」
「うるさい!」
「……ハナコさん、」
「うるさい!うるさい!!」
三人の中で唯一わたしが知らない男の人が、ハナコちゃんに優しく話しかけようとしたけれど、ぎっと睨まれて言葉を止める。
「……すまないが神父殿、こいつは連れていきます。」
「しかし……。」
第一部隊の隊長さんの言葉にその人は戸惑った様子を見せる。
なるほとこの人が教会の神父さんなのかな。何だか温かい雰囲気の人だな。
それにしても三人の会話を聞く限りでは、どうやらこの火事を引き起こしたのはハナコちゃん自身らしい。
何でだろう。
多分ここがハナコちゃんが働いている(とテュールが教えてくれた)教会なのだと思うのだけれど、火事をわざと起こすほどに嫌な場所だったのかな。
でも勝手に建物を燃やしたら怒られちゃうんじゃないかな。
「お前がいた世界では知らないが、少なくともこの国で放火は罪に問われる。こちらで身柄を拘束し、しかるべき処分を受けてもらう。」
「何で私が捕まらなきゃいけないのよ!私は聖女よ?!こんな扱い、許されるはずが……」
「お前は聖女じゃない。そもそも聖女なんてこの世に存在しない。お前は前王に騙されただけの一般人だ。魔力が多いわけでも、特別な力を持っているわけでもない。ただ魔王召喚に使われる駒のひとつに過ぎなかった。……それはお前も知っているだろう。」
「う、うるさいわよ!」
「……お前も彼女みたいに真面目に働けば、少しは良い暮らしが、」
「あんな化け物と一緒にしないでよ!!!」
それは悲痛な叫び声だった。
心からの拒絶、嫌悪、憎悪、すべてを込めたかのような声だった。
あまりの迫力に隊長さんも神父さんも一瞬言葉を失う。
わたしはといえば、これが普通の反応だよね、と少し懐かしい気持ちになっていた。
この世界にきて、わたしの存在に嫌悪し、恐怖し、軽蔑する人があまりにいないから、感覚が麻痺しかけていたけれど、これが普通の反応なのだ。
「大体、何で私がこんな小汚ない教会で、あの化け物は城にいるのよ!普通国から追い出すなり、殺すなりするんじゃないの?!」
「……彼女は悪魔から城を守った功労者だ。お前だって彼女に命を助けられているだろう。」
「助けてなんて頼んでない!!!」
再び悲痛な声で叫ぶハナコちゃん。
その顔は遠目でも分かるくらい真っ青で、相当怖がらせちゃったんだなぁ、悪いことしたなぁ、とのんびり思う。怖がらせるつもりはなかったんだよ、本当に。
「なんで、なんで私だけこんな、こんな目に……。」
ぶつぶつと何やら呟き続けるハナコちゃん。
その瞬間、ぞくりと、今までにないくらいの悪寒が体を襲った。
何が、とその原因を探る間もなく、ハナコちゃんが服の中から、何やら見覚えのある石を取り出す。
青にも赤にも見える、黄色にも、黒にも見える、不思議な色の石。
あれって確か、召喚石、だっけ。
「いなくなれ、みんな消えればいいんだ、そうだ、みんなみんな消えちゃえばいいんだ……。」
何故だろう。あの時、元王様が悪魔を召喚した時は何とも思わなかったのに、今は石から禍々しい何かを感じる。
止めなきゃいけない。
ハナコちゃんを止めなきゃいけない。
けれど、わたしが飛び出す前に、ハナコちゃんは叫んでしまった。
「魔王召喚!!」




