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12話 過去



「ごめんね……私達が生きていくにはこうするしかないの。」


今から五百年前、わたしは口減らしの為に、森の中に捨てられた。


実のところ、お母さんの顔をわたしはよく覚えてない。

だって、もう五百年も前のことだし、何より当時のわたしの年齢は三歳。正直家族との暮らしも殆ど思い出せない。

ただ覚えているのは、お母さんの悲痛な声だけ。

その声に耳を傾けながら、もう家には帰れないのだ、と幼いながらも悟った。わたしは家にいてはいけないのだ、と。

だからこそ、お母さんの姿が見えなくなっても、わたしはその場を離れなかった。


その場に座ったまま、日が昇り、日が沈むのをただ眺めていた。

何回その景色を見た時か、よく覚えていないけれど、わたしの体はどんどん衰弱していった。

座っているのも辛くなり、地面に横たわりながら、日が昇っては沈んでいく、月が昇っては沈んでいく空をひたすら眺め続けていた。

その内に視界が霞み、景色すらも見えなくなって。


そして、わたしはその森の中で息を引き取ったのだった。



えー、おはようございます。

いや、今何時か良く分からないんだけど、とりあえず今目が覚めたので、おはようございます。


「ふわぁ。」


欠伸をひとつこぼして、辺りを見渡す。

そこは第三部隊にお世話になった時に使ってた部屋だった。

正直、牢屋かなとか思ってたから、ちょっと意外。

だって、あんな、腕を斬っても生えてくるとか、血がカラスとか刀になるとか、結構な化け物だと思うんだけど。

ああ、でも、ロディ様とイヴ様が守ろうとしてくれてたっけ。

もしかしたら二人がここに運んでくれたのかもしれない。

まあでも、どちらにせよ。


「……逃げよう。」


わたしが二人の番になることはないし、そもそも二人だって嫌だろうし、これ以上ここにいたらきっと迷惑がかかる。

よいしょ、とベットから飛び降りて、うーん、と伸びをする。

うん。多少まだ体がだるいけど、問題なさそう。

経路は……窓から逃げたらいいか。確か二階だったよね、ここ。そのまま城壁を飛び越して、街に降りよう。

あ、でもその前に、ハナコちゃんの安否の確認だけしておこう。……殺されたりはしてない、よね?

よし、そうと決まれば、窓を開けて……、と窓を開け、窓枠に足をかけたところで、がちゃり、と部屋の扉が開いた。


「え」

「な」

「……あ。」


あ、見つかった。

扉の向こうにいたロディ様とイヴ様の姿に一瞬体が固まったけれど、気を取り直して、足にぐっと力を入れる。

けれど。


「アイ…………!!」

「え」


足に抱き着かれた。

いつもにこにこしているイヴ様がまさか足に縋り付いてくるなんて、まさか、泣いてるなんて、思ってもみなくて、また体が固まる。


「良かった……!気が付いたんだね……!ずっと寝てるから心配してたんだよ……!!本当によかった……!!!」

「えっと……。」

「イヴ……一度落ち着け。」

「これが落ち着けるか!一週間だよ?!一週間も寝たままだったんだ!お前だって心配してただろ!」

「いや、それはそうだが……お前がそこまで取り乱しているのをみると逆に冷静になるというか……。ああ、もう大丈夫なのか?体に怪我はないようだったが、痛いところはないか?今、丁度昼時だが、何か食べられそうか?」

「……えっと……。」

「……ぐす。お前だって十分取り乱してるよ。」

「お前ほどではない。」

「……なんで何も聞かないの?」


あの時、わたしは人間のふりをやめた。

人間では考えられない動きをしたし、血を自由に操作してカラスも刀も作って見せたし、腕も傷も治してみせた。

あの場にいた人たちの反応を見る限り、この世界でも、わたしの存在は常識を逸しているはずだ。

不死身の化け物なのだ。

なのに、二人は何も聞いてこない。

お前は何者だとか、あの力は何だとか、何も聞いてこない。

むしろ化け物だと罵り、追い出しても良い状況なのに、まるで何もなかったかのように、前と変わらずわたしと接しようとする。

なんで?なんで何も聞かないの?

そんなわたしに二人はふわりと笑った。


「アイが言いたくないことを無理に聞き出したりはしたくない。」

「言いたくないなら言わなくていいんだよ。」

「……え……」


二人の笑顔に何も言えなくなる。

化け物なのに。

わたしは、不死身の化け物なのに。

何で。

なんで。


「……なんで……。」


わたしは今どんな表情をしてるんだろう。

分からない。

何も分からない。

こんな気持ち初めてで、どうしていいか、分からない。

思わず床に座り込んだわたしの手を、二人はぎゅっと握りしめる。


「種族も人種も関係ない。」

「つらい思いはしてほしくない。」

「「大切だから、笑っていてほしい」」


“笑っていて”

その時思い出したのは唯一自分を受け入れてくれた女性の笑顔だった。

愛を与えてくれた女性。

我が子のように接してくれた女性。


「…………。」


ああ、ここにも、いたのか。

私を受け入れ、愛してくれる人が、まだいたのか。

過去のことを思い出しながら、少し懐かしく思いながら、締め付けられるような胸の痛みから気をそらすように、二人のぬくもりから逃げるように、わたしは再び、ゆっくりと、目を閉じた。



あのまま死んでいれば良かったのだと思う。

そうすれば、こんな化け物にならずにすんだのに。

けれど三歳で衰弱死したわたしは、吸血鬼となって、化け物となって、この世に戻ってきてしまった。


吸血鬼になった直後は何が起こったのかよく分からなかった。

よく分からなかったけど、でも、これなら、食べる必要のないこの体なら、家に帰れるんじゃないかと、当時のわたしは思った。

我ながら単純だと思う。

そもそも、捨てられてから、どう見ても季節が変わっていたのに、当時のわたしは一切気づかなかった。

ただ、家族のもとでまた暮らせるかもしれない、という希望だけで頭の中がいっぱいだった。


もちろん、そんな大団円なんてあるはずもなく。

わたしを迎えたのは、衰弱死した家族の遺体だった。

結局、わたしを口減らししてもなお、彼らは生き抜くことができなかったのだ。


わたしは泣いた。

化け物とはいえ、中身はただの子ども。

泣いて泣いて泣きじゃくって、そこを同じ村の人に拾われた。

可哀想にと、迎え入れられた。

優しい人たちだった。わたしを家族同然に迎え入れ、暖かく接してくれた。


しかし、そんな暮らしも長くは続かない。

だって、わたしは化け物だから。

間違えて包丁で切った傷が瞬時に治っていくところを見られて、わたしは村を追い出された。

あの瞬間は今でも覚えている。

いつも優しかったおばさんの目が恐怖に染められていき、おじさんの目が敵を見る目に変わっていく瞬間。


その後、化け物だと怯えられ、罵られ、殴られ、蹴られ、わたしは泣きながら、その村を出た。

悲しくて、つらくて、寂しくて、わたしは当てもなく歩きながら、泣き続けた。


「あら、ひとり?お母さんは?」


彼女に会ったのは、当てもなく森の中をさ迷っていたときのことだった。

あの時の記憶は未だに曖昧で細かい年数は覚えていないけれど、多分吸血鬼になって数十年は、下手したら百年は経過していたと思う。

わたしの見た目は三歳から五歳ぐらいの成長を遂げていたけれど、子どもなわたしに彼女は、はぐれちゃった?と優しく話しかけてくれた。

わたしはただ、お母さんはいない、家族はいない、家もない、とだけ答えた。


「ならうちにおいで。」


そう彼女に言われたとき、わたしはぼんやりと、また追い出されるんだろうなと思っていた。

成長しない体を見てか、瞬時に治る傷を見てか、どちらにせよ、いつかは化け物だと怯えられて、怒鳴られて、またいつもの日々に戻るのだろうな、と。

けれど、意外なことに、彼女、チヨはそれから約六十年わたしと暮らし続けた。

わたしが化け物だと知ってもなお、家族として接してくれた。

その頃になってようやくわたしは自分が吸血鬼なのだと自覚した。


不思議なことに、誰に教えられたわけでもないのに、わたしの中には吸血鬼という種族の知識が入っている。

例えば、わたしは吸血鬼の中でも真祖、と呼ばれる上位種であること。

主に人間の血が糧であること(わたしは飲んだことないけど)。

いくつかの条件に当てはまる人間の死体に血を分け与えることによって眷属を生み出すことができるということ。

そして、真祖は死なない、ということ。


否、死ぬ、というか、消滅する方法はある。

後継を見つければ良い。

わたしがそうされたように、条件に見合う後継を見つけて、その人間が死んだところでわたしの中の血を全てその人間の死体に与えれば良い。

そうすればわたしは消滅し、あらたな真祖が生まれることになる。


チヨが死んだとき、わたしは後継を作ろうかと迷った。

だって、もう、疲れてしまったから。

こうやって生き続けていくことに疲れてしまったから。

でも、できなかった。


だってさ、チヨが言ってたんだ。

自分がやられて嫌なことは、他人にやっちゃいけませんって。

わたしはこんな化け物になりたくなかった。

死なない体なんて欲しくなかった。

毎日が、悲しくて、苦しくて、辛い。

こんな気持ち、わたし以外の誰かにさせたくないと思った。

これ以上、こんな思いをする人を増やしてはいけないと思った。


だからわたしは意味もなく生き続けた。

ただ、ぼんやりと、のんびりと生き続けた。

たまに退魔師に追われることもあったけど、比較的平和な毎日だった。


けれど、五百年経ってもなお、悲しくて、苦しくて、辛い気持ちだけは、どうしても消えることはなかった。






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