現在
幼少期から過ごした岐阜から大阪に移り住み、気付けば5年もの月日が流れていた。
5年前、楽しみと不安が渦巻きながら見た景色も見馴れた景色となっている。
生活が落ち着いてきたのと同時に新鮮さを失う。住み慣れてきたが、新たな発見はほとんどない。そんな毎日に少しばかり寂しさを感じる。
大阪駅の陸橋からフットサルコートを見下ろしながらそんな思いに耽っていた。
このフットサルコートも初めて見たときは都会の象徴の様に感じた事は今も鮮明に覚えている。
子どもの頃、35歳の自分が大阪に居を構えるなど想像もしていなかった。
「未来の事は分からない…」
幼い頃聞いたあの言葉。本当にそうだな。と今になってやっと分かった気がする。
「すいません。」
警備員の格好をした男が怪訝そうに声をかけてきた。
ひろゆきは指に挟んだ煙草をちょこんと上に上げ、軽く頭を下げ携帯灰皿へと滑り込ませた。
「ここは禁煙エリアだからね。次見つけたら罰金だよ。」
「すいません。すいません。」
まったく、喫煙者には生きづらい世の中になってしまったものだ。
子どもの頃は、先生が職員室で喫煙していたり、サッカーのコーチだって試合中に喫煙していたのに。
時代の流れだな。と考えると自分も歳を取ったのだと再認識させられる。
腕時計に視線を向ける。時刻は間もなく12時半というところだ。
「ふう。」
軽く息を吐くとポケットの煙草を取り出し一本咥える。火を着けようと顔の前にライターを持ってきたところで先程の警備員と目があった。
幸いまだ火は着けていない。最高の作り笑顔て会釈をし、そのままポケットにしまう。
「あー。」
暫くの間、フットサルを眺めていた。
「ごめん。」
そう聞こえたと同時に背中へ衝撃が。あかりだ。
「全然いいんだけど、人前で抱きつくのやめなって。」
「えー。いいじゃん。別に。」
待ち合わせに遅れてくるのも、抱きついてくるのも毎回のお約束だ。
「でも、ひろ変わったね。」
「ん?」
「昔だったら待っててくれなかったでしょ。」
「まあ、俺も丸くなったってこと。」
自信ありげにそう言ったひろゆきに
「体型もね。」
と、返すあかり。こんな何でもないやり取りがとても楽しく、幸せに感じる。
あかりとは高校時代に半年程付き合っていた。
別れてからは疎遠になっていたが、たまたまこの地で十数年ぶりの再開を果たした。
ひろゆきは30歳を迎えたのを機に起業をした。起業とは言っても、当初は何をするかも決めておらずとりあえず拠点を大阪に置いた。
兎に角何かしなくては…。と悩んだ揚げ句、昔見た映画の様な便利屋を始める事にした。
とりあえずこれで食い繋ぎ、やりたい事を見つけようと考えていたが、いつしか本業となっていた。
そんなひろゆきの事務所にあかりがやってきたのだ。
お互いに容姿も変わり直ぐには気付かなかった。ひろゆきは高校時代細身だったのだが、現在は若干お腹が出て絵に描いたような中年。一方あかりはというと、化粧のせいか随分と垢抜けていた。
最初に気づいたのはあかりだった。
高校の時に折れた前歯とひろゆきという名前が決め手だったようだ。
それ以来時々二人で食事をし、そのまま付き合うことになった。2年前のことだ。
「仕事どう?」
「まあ、可もなく不可もなくって感じかな。」
「そっか、良いことだね。」
平日の昼間のカフェ。店内にはひろゆき達以外にはサラリーマン風の男が一人だけ。静かな店内にはオシャレな雰囲気を演出するジャズと、サラリーマンがキーボードを叩く音がするだけ。自然と二人の声も抑え目になる。
「あー、来月で私も35歳だ。」
ため息を吐きながらカフェラテをストローでかき混ぜるあかり。カランカランと乾いた音がなる。
ひろゆきは分かっている。これは歳を取ることを嘆いているのではなく、結婚の催促だと。
「せっかくだからどっか行く?」
自然に話しを反らしたつもりだったが、あかりの表情が曇ったのが分かった。
確かに結婚を意識する年齢だが、自らの生い立ちから家族を持つということにどうしても抵抗があった。それはあかりも理解してくれている。
「まだ許せてないんだね。」
帰り道あかりがポツリと呟いた。
言葉が出なかった。自分への苛立ちと、あかりへの申し訳なさで泣きそうになった。
「じゃあ、またね。」
いつの間にかあかりの家の前まで来ていた。
「うん。おやすみ。」
出来るだけいつも通りに見送った。
一人ネオンの中を歩きながらあの日の事を思い出していた。




