未定
耳を赤くした高橋の手が止まる。
「ちょっとだけ…」
ぼそぼそという高橋。大事なその先が聞こえなかった。
「凄いですね。こんなちょっとしたことに気づくなんて。」
控え目ではあるが、今までで一番言葉も表情も弾んでいるように感じた。しかし、大事なところを聞き取れずひろゆきはもやもやしたままだった。
バイトを終え、いつも通り帰り支度をしていると高橋が話しかけてきた。
「竹田さん。」
「どうした?」
珍しいこともあるなと思っていると、
「ありがとうございます。」
「何の事?」
状況が理解出来ず呆気にとられているひろゆきに高橋は続けた。
「学校では誰も気づいてくれなかったんですけど、嬉しかったです。」
忘れかけていた違和感が帰って来た。
「ああ。それね、良く聞こえ…」
「お疲れ様でした。」
ひろゆきの言葉を最後まで聞かず軽い足取りで高橋は出ていった。
「変なやつ。」
数日後。高橋の出勤日。
「おはようございます。」
「おはよう。」
いつも通りの定型文の様なやり取り。ただ、心なしかいつもより高橋が明い様な気がした。ひろゆきは黙々とマンガを読んでいる。
「山田さん来ませんね。」
珍しく高橋の方から話しかけてきた。
「そうだね。」
相変わらず山田はバイトを休んでいる。山田の居ない此処にも随分と慣れてしまった。
「辞めちゃうんですかね。」
「どうかな。」
気のない返事をしながらマンガを捲る。高橋の言うようにひろゆきも何となくそんな事を考えていた。
「連絡とか来ないんですか?」
何だか今日の高橋は別人の様だ。声は明るく、良く喋る。いつもなら直ぐに厨房へ行くのになかなか出ていかない。
「俺、携帯持ってないから。」
「えっ」と声を上げる高橋。確かに今時携帯を持っていない高校生なんて絶滅危惧種だろう。
「何で持ってないんですか?どうやって友達と連絡取るんですか?」
無愛想なやつと思っていたが人見知りだったようだ。先日の一件でどうやら心を開いてもらえたようだが、いざこうなると鬱陶しさを感じる。
「施設にいるから。」
本当はあまり言いたくなかったが、面倒臭さが勝ってしまった。
「そうなんですね。欲しいとか思わないんですか?」
「えっ…」
普通の人なら聞いてはいけない事を聞いてしまったと言う反応をするところなのだが高橋は違った。あの山田でさえ最初は戸惑っていたのに。それが何だか新鮮で可笑しかった。
「高橋さんっ変わってるよね。」
「そうですか?」
心外と言った表情を浮かべたが、それがまた可笑しい。
「そろそろ時間か。」
時計に目をやると定時の三分前。バイト前の時間がこんなにも早く過ぎるのは久々だなと懐かしく感じた。ひろゆきと高橋はこの日始めて一緒にタイムカードを押した。




