まさかホームレスに学園編なんて来るわけ
あれから一週間、シーンとこれといったイベントは発生しなかった。確かに二日に一度の間隔で公園に来てくれるようになり、話すときの距離も前よりは近くなった。だがそれだけ。よく考えてみれば彼女は、不審者ビジュアルだった俺に対しても手厚く接してくれていたのだ。シーンならば誰も彼も同じ態度で親切にしているのだろう。特別俺にだけ優しくしてくれていたわけではないはずなのだ。
恥ずかしいばかりで申し訳なくなる。羞恥は俺の中に下心があったのが原因の一つであろう。どこか創作物のような甘い展開が勝手に起こるのを待ってたんだ。自分から動かず、シーンにばかり期待してしまっていた。
だが、今日の俺は一味違う。自分がから回っているということを実感した。なら、から回らないようにすればいいだけなのである。ろくに恋愛とかしてこなかったからどうなるかわかったものではない。しかし挑戦なき者に成功があるわけがない。その代わり失敗という余事象が出てきてしまうが、俺が失うものなんて教会の方々との人間関係くらいだ。あとは服かな。
あれ、これって失敗したら全部失う状況なのか? ……まあそれもそれでいいのかもしれない。人間は何度だってやり直せるらしいし。
まず先決すべきは自発的に抱擁をすることだな。あれ以来一度もしていないし。俺は鈍感系でも突発性難聴でもないのだ。攻めるぞ……今日から俺は攻めの主人公だ。
◇
「あっ……シーンさんおはようございます」
「おはようございます。今日も来てくださったんですね」
庭で子供の相手をするシーンに声をかける。そう、ここは孤児院である。来る頻度が高くなってきた。子どもたちもよくここを訪れる俺のことを、おにーさんやおじさんではな馴れ馴れしくラウスと呼ぶようになった。何気にそれが嬉しかったりする。
「暇なので。今日の夕食はいただく前に帰ります」
「そう気を遣われなくても……」
「いや、二日前に来たばかりなのでまた来たときにいただきます」
「わかりました。それでは今日もよろしくお願いします」
「はい」
建物に入り広間に向かう。そこでは何人かの子どもが集まって勉強を教え合っていた。その子たちは歳で言えば中等学舎に通うころだ。ただこの孤児院にいる子たちのほとんどが学校には通っていない。孤児院は教会のお金で全ての運用をしているため予算に限界があり、全員を学校に入れることはできないのだ。そのため、学校に通っている子が学校に通っていない子に勉強を教えたりしている。学校に行っている子たちは気が重いだろう思ったりする。
「あっ、ラウス!」
「ラウスだ!」
「ここ教えて!」
「私もここ教えて!」
「ひとりずつな」
勉強をしていた子どもたちが俺の存在に気づいた。俺はすこし前から修道女たちに変わって彼らに勉強を教えることが多くなった。なんでかというと、俺はそこそこに勉強ができるためだ。今ではこんなんだがこれでも最学に入れたのだから、高学卒業ていどの勉強を教えることはできる。たまに記憶がすっぽ抜けてわからない問題なんかもあるが彼らと一緒に頭をひねって解いている。
親が子に勉強を教えるとき、わからないところを子ども一緒に考えるのは教育的にはいいことらしい。ラウスパパはそのことを思い出す前に本能的にやっていたから、おそらく天性の教育の才能があるのだろう。どうせならなにか天文学的確率で数多くの美少女美女に遭遇し、無条件で好意を寄せられる才能の方がほしい。
「ラウスさんこんにちは」
「よう」
子どもたちにあれやこれやと教えていると、ひとりの少年が声をかけてきた。彼の名はドゥーキアという。この孤児院の最年長者で、現在は高学二年生だ。もう数ヶ月で三年生にあがる。面倒見がよく、教会の修道服たちからも信頼を寄せられている。いつもシワのない白いワイシャツの長袖を着ていて清潔感があり、俺ほどの身長もあって女子ウケが良さそうな印象だ。
彼はもう受験を控える身。俺が勉強を教えられると知ってからは俺が来るたびに自分からこうやって声をかけ、わからないことを聞いてくるようになった。こういう自発的なところが信頼される一端なのだろうと感心させられる。
ドゥーキアを主に勉強を教える。みんな黙々とはせず、適度に明るい空気を保ちながら励んでいる。数十分も経つと質問の応酬もまばらになり、いまはほとんどなくなった。
手持ち無沙汰になったな。しばらくここに座って、彼らの勉強がひと段落したらシーンのところに行こうか。でもここでは抱きつけないよな……。
そういえば中学のときの友人からこんな話を聞いた。幼稚園のころに、お昼寝の時間というものがあったらしい。俺もあった。その時間、目が覚め用をたしにトイレに向かうと、とある部屋から変な声な聞こえてきた。部屋の中を伺うと、先生同士が致していた……、らしい。教育現場でナニしてるんだか……。
まあ、そんなことはしないが、俺とシーンが抱きついているところを子どもが見たときどう思うだろう。それを見た相手が小さい子どもなら、どうにでもはぐらかせる。だが、残念ながらここには中学、高学くらいの年齢の子たちが十名ほどは居る。彼らの歳になるといろいろなことが理解できてしまう。そんな彼らに抱き合っている俺とシーンの姿を見られてしまうと問題が面倒ごとに発展するのは明らかだ。なので抱きつく以外のアクションを取らなくては……。
どう動こうか考えながら子供達の様子を眺めていた。誰よりもまじめにノートにペンを走らせているドゥーキア。彼が時折、顔を引きつらせる瞬間があった。俺の体臭かと思ったが、俺がいま着ている服は前にリピからもらったもので汚れも臭いもほとんどない。では原因はなんだ。勘づかれないように観察をする。しばらくして、またドゥーキアは顔を引きつらせる。その時に腰を斜め後方に引くような動作をした。この表情と動きから察するに、彼は腹部に痛みを感じている。
「ドゥーキア、トイレは我慢するなよ」
「え?」
「トイレに行きたいのかなって」
「さっき済ましたばかりですから大丈夫ですよ」
「……そうか。中断させて悪い」
「いえ」
ドゥーキアはすぐに机に向かう。俺は席を立ち修道女を探した。偶然そばでシーンが部屋の掃き掃除をしていたので、歩み寄り声を潜めて話しかけた。
「シーンさん。ドゥーキアって、ここ数日の間になにか怪我とかしましたか?」
シーンは俺が小声なのを不思議に思っている様子だったが、俺に合わせた声量で答えた。
「ここ数日ではないのですが……。ラウスさんがいらっしゃられるようになる前に、学舎の階段を足を滑らせて転げ落ちたと言っていましたね。そのとき身体中にあざを作っていました。わたくしが治しておきましたよ」
「ドゥーキアって確か〈魔功〉が使えましたよね? 俺が階段から落ちたとき〈魔功〉で怪我を防げたんですが彼はそうしなかったんですか?」
「ドゥーキアくんはラウスさんほど魔術をうまく使えませんよ。本人も〈魔功〉を使う暇がなかったと言っておりました」
「なるほど……。ありがとうございます。気になっただけですから特に気にしなくても大丈夫です」
「…………」
シーンはほんのすこし眉を寄せ、顎を引いて俺を見上げた。シーンの上目遣い最高にかわいい……なんだこの表情。ずっとやっててほしい。いや待て。なんでシーンはこんな顔をしているんだ。
「どうしました?」
「ラウスさんがなぜそんなことをお聞きになったのかがわかりかねまして、もやもやしております」
「あー……」
話すべきだろうか。階段から落ちたときの怪我はシーンが直した。ならばドゥーキアが抱える腹の痛みの原因は、階段からの転落ではなく別にある。そしてその別の原因を彼は誰にも話していない。怪我ならば回復魔法の使えるシーンに話せばいいが、シーンはなにも聞いていないと言う。彼は、なにかを隠している。
……孤児院育ちというドゥーキアの身の上をかんがみれば、自ずと正解にたどり着いてしまうのが残念でたまらない。人は少数派の存在を陥れて、相対的に自分の立場を上げようとするからな。つまり。
「ほんとうに可能性の話でしかないですが、彼はいじめを受けています」
俺はドゥーキアから距離をとるために隣の部屋にシーンと移り、そう切り出した。それを聞いたシーンは視線を落としおし黙る。
「……ラウスさんを疑るわけではないのですが、なぜそのようにお考えになったのでしょうか」
「子どもたちは怪我をするたび、例外なくシーンさんに報告しますか?」
「……ええ」
質問に答えず質問で返した俺に文句を言わず答えてくれた。ごめんなさい。
「シーンさんがここの担当でない日はどうなんでしょうか」
「わたくしがいないときには別の方に報告するようにとなっています。子どもからの自己申告がなくとも、修道女が気づけばわたくしに伝えてくれます」
「ドゥーキアはおそらく腹部に怪我をしています。そのことについて聞いていますか?」
「いえ……なにも……」
シーンは静かに言う。俺の言っていることが事実である可能性が出てきたために、混乱をしているようだ。
「思い過ごしならそれでいいんですが、学舎でなにか起きていなか一度見たほうがいいかと思います。たぶん聞いても教えてくれないでしょうから」
「そうですね……。ラウスさん、ひとつお話があります」
◇
首元が締め付けられるようで落ち着かない。喉のあたりの襟に指を突っ込み、グリグリと左右に引いてネクタイを緩める。
「とても似合っておりますね。これなら大丈夫そうです」
「そうですかね……」
時期に夕暮れが訪れる。教会から徒歩四十分ていど離れた場所にある高等学舎の前。校門が視界に収まる建物の陰に、俺とシーンは並び立っていた。
そして俺はドゥーキアのブレザーを着てずっと襟をいじっていた。
シーンは一般的な若い町娘のような印象を受ける薄緑のワンピースを着ている。首にかかるように細い糸があって、それで肩がむき出しになった服が落ちないように支えられている。袖が一切ないので、修道服では見られないしなやかな腕が全て見えていた。胸元には白いリボンがあるのだが、シーンの胸が前に出ているため強調されている。端にレースがあしらわれたスカートの裾は膝丈より上にあって長くて白い脚があらわになっていた。
そして……この服装で最も重要なのが……言わずもがな、胸元である。肩がむき出しということなのだが、この服は肩甲骨と鎖骨のあたりもしたがって開いているのだ。そして……修道服では決して見れない、貧乳でも見れないアレがそこにはあった。谷間である。生で見るのは初めてだった。ほんともう指突っ込んですりすりしたい。柔らかいすべすべの感触のあとに、絶対指にいい匂いがつくと思うんだ。
そんな思考を乗せた視線に気づいたのか、シーンが怒ったような半眼でこちらを軽く睨める。
「……」
「いやっ、そ、あの……」
何か、何か言ってごまかさないと。
「か、かわいいですね! マジでみんなシーンさんのこと振り返って見てますよ!」
「かわいい……ですか? このお洋服……」
シーンが自分の体を見下ろす。背中の方を見たり、スカートを抑えたりしている。前の方は胸が遮って見えないと思うんだが。シーンはひと通り見終え、耳の前に垂れた長い毛束を、揃えた指ですくって耳にかけた。その仕草に胸が貫かれ「うっ」と思わず呻いてしまう。
「ラウスさんは……このようなお洋服がお好きなんですか?」
「んー……特にそういうわけではないですね。シーンさんが着るからかわいいんですよ」
「そっ、そうですか。ありかどうございます……」
シーンは顔をほのかに朱に染めて、視線を斜め下に向けて礼を述べた。シーンって照れるんだ……。てかこれって俺のポイント上がったのかな。褒められて喜ばない人間なんてあんまりいないし、もっと褒めてみようかな……。
「シーンさんって腕も脚も細く白くいのでとても綺麗ですよね。こういう露出が高いものを着ると修道服と違って手足が見えるのでとても良いです」
「あ、ありがとうございます……」
照れてる……。が、これ以上はよそうか。必ず口が滑って胸のことを言ってしまうだろうからな。俺は大人だ。自分のことをちゃんとわかってる。わかってるぞ……。
「……マジでみんなシーンさんのこと見まくりますね。ちょっとこれだと、目立たないために修道服じゃない服を準備してもらったのに逆効果って気がしますよね……」
「すみません……」
「謝ることじゃないですよ」
かわいいは罪なのだ。もちろんかっこいいも罪だ。かっこいいの方はかわいいと違って極刑だがな。
「それじゃいってきます。ナンパされてもついて行っちゃだめですよ?」
「もちろんですよ。こちらでラウスさんの帰りを待っております。それでは、いってらっしゃいませ」
俺に毎日いってらっしゃいと言って欲しいとは言わずに、悠然と道へ出た。それから開放されたままの校門をくぐる。
潜入開始だ。
今回、ドゥーキアがいじめられているかどうかを確認する手段として、学舎に潜入するという案が出た。シーンの発案だ。普通に正装を用意して学舎内に入るつもりだったが、それではやたらと目を引いてしまう。なのでこの学舎指定の制服を着ようとなった。初めはシーンがこの学舎指定のブレザーを着て潜入するつもりだったのだが、いくつか問題があるのだ。
まず、現在孤児院の子どものなかでこの高等学舎に通っている者がドゥーキアしかいないので、女生徒用のブレザーの調達が難しい。
シーンは神に仕えるという職業柄、こういう犯罪かどうか不明瞭なことをさせるわけにはいかなかった。
彼女は女子校の出なので、俺と違い男女混合の普通校に慣れていない。
そして最重要なのは、彼女がめちゃくちゃひとの目を引いてしまうところだ。まず、その整った容姿。化粧をせずにこのレベルだと、厚化粧の化け物が闊歩する高学生に混じると非常に目立つ。あとは高学ではなかなか見られないであろう胸囲とかもある。あとはというか特に胸囲だ。おっぱいオブギルティ。
それらの理由から、シーンの潜入は控えようとなったのだ。それで俺だ。案外ブレザーを着てみると違和感がなかったので、ドゥーキアの制服を俺が着て潜入をしているのだ。シーンには、修道服では目立ってしまうので庶民的な服を、とイラにこしらえてもらった。
シーンは若々しすぎるほどだし、高学生の格好は俺より数段と似合うだろう。ほんとに着て欲しい。うわマジで着て欲しい。イラは裁縫がものすごく得意だというので、作ってもらおうかな……。シーンがそれを着てくれるかはわからないし、やましさだらけの俺の願いをイラが聞いてくれるかどうか。
この件で関わっているのは、俺とシーンとイラだけだ。リピをハブるのは可哀想だとシーンは言った。しかしイラ曰く、隠し事ができる性格ではないらしい。そんな感じする。なのでリピには事がひと段落してから話すことにした。
俺はちょうど一週間ドゥーキアの動向を学舎の敷地外から見ていた。ドゥーキアは決まって同じ門から帰宅するということがわかった。今日が例外でなくいつも通りだと、ドゥーキアは俺がいま入ってきた門から帰宅する。もし俺が学舎の敷地にいるうちにドゥーキアが出てきたならば、その跡を追えるようにとシーンにはあのあたりで待機してもらった。
そういえば関係ないかもしれないが、ここ数日学舎の近隣で不審者が出没しているらしい。怖いね。なにが怖いって、その不審者が高確率で俺だからだ。
学舎の門に沿うように歩いて敷地に入った。まばらな数の生徒が門に向かって歩いてくる。もう今日の授業は終了したのだ。ドゥーキアからさりげなく聞き出した通りの時間である。もしかしたらバレるのではないか、という不安と緊張に冷や汗を流す。脳内に女子生徒用のブレザを着たシーンを思い浮かべ心を落ち着ける。外から存在を確認していた学舎の案内板へ近づく。その間、向かってくる生徒をかわす。通り過ぎた生徒の全員が俺を不審に思って振り返っているのではないかという妄想にかられた。
とうとう誰にも声はかけられず、案内板の前に立つことができた。地図にざっと見て立ち寄る場所を決める。選ぶ条件は、とにかく〈ひと目につかないであろう場所〉だ。舎内の見取り図からもいくつか寄る場所を定めた。
まず先に向かうのは、定番のあの場所である。体育館裏だ。
教師らしき人物も何人か見たがやり過ごしたようだ。長いような短いような時間をかけて体育館に訪れた。裏手にまわると地面の湿った感触が足裏から伝わってくる。体育館からすぐそばは敷地を仕切る金網があり、そこには木が植えられている。木が広く伸ばした枝が、体育館裏の地面を干す陽を遮っているのだろう。他の場所に比べ薄暗い。
寒いとすら感じる道とは呼べない空間を進んでいると、なにやら男の声が聞こえてきた。まさかこんなすぐに見つけちまったのか。急いで声が聞こえた場所へ走る。体育館の外壁の角を曲がったところだ。
湿った土を後ろに飛ばしながら角を超え視界が開ける。首をめぐらせその光景を捉えた。壁に追いやられるように、ひとりの男子生徒がふたりの生徒に囲まれていた。俺は壁に追いやられている男子生徒に見覚えがあった。




