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自分語り()

 子供達を風呂に入れるときに俺も一緒に入らせてもらった。着ていた服も洗濯してもらい、いまは代わりの服を着せてもらっている。

 夜には帰ろうとしたが、今日初めて会った修道女に泊まっていけと言われそうすることにした。俺は子供達と雑魚寝。修道女たちは別の部屋だ。しょぼん。


「また来てくださいね」


「五日後に私とシーンがこっちいるからな」


「はい。ありがとうございました」


 シーンとリピ、それとこの日来ていた修道女たちに見送られて孤児院を後にした。庭の方から子どもたちが手を振ってきたので手を振り返してやる。今朝は朝飯をもらえたので空腹はない。

 なぜだろう。どこからか満足感がわいてくる。




 ◇




 冷たい風が駆ける明け方の街。俺は落ちているごみを手に持った袋に放り込んでいく。道行くひとにあいさつをしながら街中をまわる。


 親に捨てられてからもう半年は経っただろうか。

 シーンやリピを通じて、教会の方たちにはずいぶんと良くしてもらっている。イラはいまだに会うたびに笑顔でそしってくるが、それも慣れてきた。はじめこそ敵意むき出しの言葉ばかりだったが、いまは性格のほどがうかがえるだけの言葉ばかりでかわいさすら感じる。


 修道女たちに、暇をしているなら街の掃除をしてはどうかと助言を受け、二ヶ月ぐらい前から朝に掃除というかごみ拾いをしている。続けているうち街の人たちにも受け入れられてきたらしく、あちらからあいさつをしてくることが増えた。それと、食べ物をもらう機会も比例して増えだした。

 先日、この街で名の知れたパン屋のおばさんが俺にパンをくれた。俺がここに来たころに店を訪ねたことがあるひとだ。俺のことを覚えていたらしく、再会した次の日にはわざわざ俺が居座っている公園にパンを届けに来てくれた。


 なんかもう、ある意味リア充なんじゃないか。

 男女の関係でなにかあったわけではない。しかしいままでの人生でこれほど多くの人に手助けしてもらいながら生きた経験はなかった。こんな日々がいつまでも続けばいいなんてフラグ建ての考えはしないぞ。

 俺はただ一方的に慈悲を受けているだけでなにひとつ報い切れていない。それがひどくもどかしかった。

 体力と腕力にはそこそこの自信があるので力仕事を無償で手伝ったりするが、それだけでは全然足りていないと思う。なにか恩を返せる方法はないだろうか。


 今日もいつものように過ごした。孤児院に行って以来、ここに来る子どもが増え夜には毎度疲れている。ぐったりと長椅子に横になっていると公園に誰かやってきた。長椅子のそばに立つ街灯の光によって姿があらわになる。


「……シーンさんじゃないですか。こんな夜遅くにどうしました」


「いえ、とくにこれといった理由は」


 シーンは微笑みを浮かべながらそう言い、体を起こした俺の隣に腰掛けた。ふわりと彼女の匂いがただよってきて、体温が上がるのが自分でもわかった。


 それからたわいもない話をした。話のひとつに、二週間後に別の教会からこっちの教会に牧師がくるという話があった。なんでもその牧師は、火の魔法の使い手らしい。火の魔法が得意なやつってヤバいのが多いんだよな……。ほら、爆裂娘とかさ。


 シーンは俺が何を言っても笑ってくれて、いつも表情豊かだ。話していて飽きることがない。けっこう話し込み、気づけば夜の闇はずいぶんと深まっていた。


 話がひと段落つき、しばらく夜の涼しい風に吹かれていた。風が吹くたび木々の葉がこすれる音が広がる。シーンが穏やかに俺に笑いかけながら聞いた。


「……ラウスさんは神を信じますか?」


 おっぱいの下で青い紐結わえたり労働の喜びに目覚めたり全身モザイク野郎だったりするあれ? 居たらおもしろいが実際には存在しないのだ。神は居ない。


「勧誘ですか? シーンさんに誘われても入信しませんよ」


「勧誘ではありませんよ。純粋に気になっただけです。お答えいただけないのでしたらそれでかまいません」


 敬虔な信者に向かって「俺は神を信じてない」って言っていいのかよ。いいのかな。本人が気になってるならいいか……。


「そうですね。もし神がいるなら貧困や不慮の事故なんてないと思いますよ」


「それらはいちおう神からの試練という解釈なんですけどね。たしかに人間を試すなんて理由で数えきれない命を奪うことが神のすることではありませんよね」


「神を信じてないみたいな言い方ですね」


「そうですね……」


 すこし間が空く。街の方に目をやると、窓から漏れる光がいくつか確認できた。街全体が眠るにはもうすこし時間がある。


「わたくしは神を信じておりませんよ」


「えっ?」


 驚いてばっと振り返りシーンの顔をまじまじと見つめた。冗談だとしても神に仕える者が口にしていいタイプのものではないぞ。それをなぜ。

 シーンは笑みを弱くし、俺から視線を外した。


「本当ですよ。ヴァチルフェ教の信者でその修道女という身ですが、神は信じておりません」


「え……」


 ちょっとよくわからないな。修道女なのに神を信じてない? なぜ聖職者になったというのだ。どうにも納得いかないという俺の視線を感じたのか、シーンはもう一度俺に顔を向ける。


「だからどうという話ではないのです。ただ、ラウスさんに話してみたいなと思ったので話してみただけなんです。困らせてしまったのなら謝ります」


「いや……まあ困りはしましたけど謝らなくていいです。……どうして聖職者に?」


 俺の質問を受けて、シーンはその口を開いた。


「……懸命になにかを信じて、善をおこなう彼らの姿を誰よりも近くで見たかったからですね」


 なにそれ……。


「それだけの話題です。変な空気になってしまって……」


「いや大丈夫ですよ。なんで俺にそのことを話したんですか? あまり口外しないほうがいいように思いますけど」


 ばれたらなんか殺されそう……。怖。すこし周囲が気になり周囲に視線が飛んでしまう。


「ラウスさんの口が軽いようには見えませんでしたので」


「まあ軽くはないですね……」


 誰かの秘密を一切口外しないかと問われれば微妙で、この場ではっきりと答えられないのがむずがゆい。誰かの秘密はそいつが良いと言うまで口外しないような人間になろう。心の中でひそかに決意した。


「ラウスさんのことを、何かひとつお教えいただけませんか?」


「俺のことですか」


「はい。いまわたくしがひとつお話いたしましたので、等価交換でラウスさんもひとつお話を」


 シーンは手振りで何かを入れ替えるような動作をする。しかし等価交換か……理解・分解・再構築するあれではないよなぁ……。

 というか聖職者が神を信じてないっていうなかなか重大な暴露と同程度の話って難しくないか。好きな子の席の周りに落ちている髪の毛を喰ったとかでっち上げようか。だめか。


「そうですね、俺の昔話でもしますか」


「ラウスさんのですか。気になりますね」


「じゃあそれで。すこし長くなります」




 俺は昔、冒険者になることを夢見ていた。

 冒険者とは、無尽蔵に溢れ出てくる魔物から人類を守るための世界連盟に属する、対魔物の騎士団の通称だ。

 俺の親父が冒険者で、俺も親父のように世界のために戦いたかった。だから毎日頑張った。魔法の才能はなかったが、魔術でふたつだけ使えるものがあり、それを誰よりも使いこなせるようにと毎日勉強して実践した。そのほかに、器である体を鍛えることもした。毎日毎日、死ぬ気で鍛えた。

 通っていた初等学舎のやつらで、俺に喧嘩で勝てる者はひとりもおらず、俺は、きっと父親のような立派な冒険者になれるんだと信じて疑わなかった。


 中等学舎に上がったとき、ふたりの人物と親しくなった。偶然にも、ふたりは俺と同じく冒険者になるという夢を持っていた。俺は彼らの存在もあって、研鑽を積むことにさらに力を入れた。競争相手がいるというのはやはり技術の向上には良かったらしく、三人が三人ともすごい速さで成長した。


 でも俺はあるとき気付いてしまった。ふたりと自分との才能の差に。どれだけ必死に走っても、彼らには追いつけず、でもひたすら走りに走った。彼らと過ごす日々は楽しかったし刺激的で彩りがあった。だからどれだけ彼らに劣等感を抱こうが頑張れた。そんな俺をふたりは励ましてくれたし、いつでも俺の前にいて目標であり続けた。


 高等学舎に上がった。そこには俺たち三人よりもすごいやつが何人もいた。俺たちは挫けないように、励ましあいながら高い壁を越えるためにずっと三人で進み続けていた。

 名前は忘れてしまったが、魔法や魔術の使用が許された競技大会があった。全国の高学生たちの姿を目の前で見た。すごかった。現役の冒険者にも引けを取らないような技術を持ったやつらがいた。同い年で俺よりはるかに魔術が仕えるやつがいて、年下で俺が見たこともないような魔法を使うやつがいた。俺は自信を失い、数日間ろくに食事に手をつけず家からも出なかった。それでも一緒に駆けてきたふたりが、俺を家から引きづり出して立ち直らせてくれた。

 何度つまずいても、何度折られそうになろうとも三人でその先を目指した。


 高等学舎の三年生のころに、ひとりが家の都合で遠くに越すことが決まり、ふたり泣きながら見送った。見送られていたあいつがはじめて涙を見せたのを今でも鮮明に覚えている。そして残ったふたりで国立の最高学府に受かり、通い始めた。冒険者になるための最短の道のりを俺たちは進んでいた。

 ちょうど一年が経ったとき、唐突に心が折れてしまった。挫折や絶望は何度か経験して耐え抜いた。しかし全部耐えてきたつもりだっただけで、心はひどくたわんでしまっていたんだと今になって思う。些細なきっかけでも一息で終わるほどに心は弱っていたんだろう。退学した。


 そうして俺は、十九のときに引きこもった。おおくのひとが手を差しのべてくれた。俺はその手をすべて払い、ひとり自分の世界にこもったのだ。負の感情が渦巻くるつぼの部屋で、心を麻痺させながらひたすらゲームやらラノベやらの娯楽に浸った。俺の部屋は退屈で希望もなくて真っ暗だった。


 俺が引きこもりのニートになってから一年。美少女がドレス風の戦闘服に身を包んで鉄拳や蹴りで悪をこらしめるプリティでキュアキュアなアニメを見ていたとき。突如父親が部屋に乱入し、仕事で使っている大剣を振り回して俺がコレクションしたいたフィギュアやグッズ、ラノベや教科書参考書を並べた本棚を切り刻んだ。もちろん俺の人生であるゲームのハードもソフトもあまねくぶった切られた。天井や壁に貼っていたポスターも家が壊れることもかまわず切り捨てられた。思い出すだけで吐きそうになる記憶だ。


 そのあと、魔物用の眠気を催す作用があるらしい麻酔針を肩にぶっ刺され、身動きが取れなくなったところを捕縛されて気付いたら眠っていた。


 眠りから目覚めたときに俺が見たのは、見知らぬ土地の見知らぬ公園だった。




「まあこんな感じです」


 自分語りは辛い。痛々しいだけじゃない。過去の傷を開く行為は、イタいのとはまた別種の痛みが生じるものだ。


「……」


 話し終えた。シーンの反応を待つが彼女は黙ったままだ。


「あの……どうしまっ!」


 シーンは俺の頭を抱え込むようにぎゅーっと抱きついてきた。もちろん柔らかい豊満なそれが顔に当たり、むにゅうと形を変えている。至近距離からシーンの匂いがする。あ、あぁ……脳がしびれる……。永遠にこのままでいて欲しい……。

 自分の顔が赤熱しているのがわかる。シーンはいまどんな顔をしているのだろう。


「きっとラウスさんのお父様は、とても不器用な方なんでしょうね。あなたを立ち直らせる方法でこんなことしか思いつかないなんて……」


 俺を立ち直らせようと? それはないんじゃないかな……。


「ラウスさんは……ずっとずっと頑張ってきたんですね」


「……はい」


 ああ。ずっと頑張ってきたよ。みんなに胸を張って言える。いまはこんな風に落ちぶれてしまったが。目頭に熱が溜まっていく。ああだめだ。女子の前では泣きたくなかったんだけどな。


「やりなおすことができず、つぐなうこともできず、悔しいんですね……」


「悔しいですよ……めちゃくちゃ、悔しいです……」


 そっと抱擁が解かれる。名残惜しい。

 シーンが俺の肩を押して彼我の距離をすこし開き、視線を合わせる。涙を見られたくなくて顔を背けたかったのだが、シーンの潤んだ瞳と赤くなった顔がどうしようもないくらいいじらしくて、それは叶わなかった。


「ラウスさん、いつでもわたくしを頼っていただいてかまいません。たくさん頼ってください。わたくしはラウスさんの力になりたいです」


「シーン、さん……」


 俺は自分の身の上をこんな風に誰かに話したことはなかった。部屋に引きこもっていたのだ。話す相手すらいなかった。だけど、今はどうだろうか。親父に俺の生きる意味をすべて壊され、着の身着のままで見知らぬ土地へ。そこでシーンに出会い、今までの自分を打ち明けることができた。俺があのままだらだらと引きこもり続けていたらどうなっていただろう。二十年経ってから捨てられていたらどうなっていただろう。

 本当に乱暴で後先を考えていない行動であるが、親父は確かに俺を助けてくれたのかもしれない。逃げ道をすべて経つことで、前にしか進めないようにしてくれたのかもしれない。シーンの言う通り、ただ不器用なだけだったのだろうか。気になろうと、もう確かめる手段はない。


「…………ありがとう」


 わなわなと震える口から絞り出した。両手で顔を覆ってしまう。どれだけぬぐっても涙はこぼれてきて、鼻水もすするのが追いつかず垂れ流しだ。


「ごめんなさい…………ありがとう、ございます…………」


 誰に言ったのか自分でもわからなくなる。隣に座るシーンなのか。俺を捨てたオヤジなのか。俺のことで気を病んだ母なのか。それともずっと隣を歩いてくれたふたりか。


 顔を覆っていた両腕をシーンに掴まれ引かれた。開かれた俺の胴をシーンが抱く。背中に腕の跡がつくんじゃないかってくらい強く抱かれる。質の良い修道服越しに胸が押し付けられる。俺の服は使い古されているためよれよれで、顔ほどではないが十分に感触が伝わってくる。シーンの首筋が俺の顔のすぐ横にあり、先ほどとはまたすこし異なる甘い匂いがする。そろそろ理性がヤバい。……てかこれどういう状況なんだ。


「あっ……」


 いつまでも続けと思っていたがシーンは俺の背中に回していた手を静かに解いた。ああ……あともうすこし……具体的にあと二時間ぐらいこうしていたかった。いや死ぬまででもいい。


「そう残念そうな顔をしないでください」


 いやするよ……。


「…………今のような抱擁が気に入っていただけたのでしたら、好きなときにぎゅーっとされてよろしいですよ」


「いま言いましたね? 神官に二言はないですよね?」


 悪いが俺はガチだぞ。シーンは俺の反応に一瞬戸惑うも、しっかりと返した。


「はい。……そうですね、人の目があまりないところでなら、ラウスさんのお好きなように。こんなことでもラウスさんの助けになれるのでしたら喜んで」


 シーンは朗らかに笑う。そして何か気づいたようにどこからかハンカチを取り出して、自分の目の端を拭い、俺の顔も拭いてくれる。

 これは非常にまずいな……。俺はいま、シーンのせいで新たな性癖の扉に手をかけている……。マッ…………マッ…………。俺の心がシーンのことをママって呼びたがっているんだ……!!




 シーンを教会まで送ってまた戻ってきた。そのあと俺はすぐに、公衆便所で全てを悟った大賢者になったということは言うまでもない。英雄オナマスクロサワーのごとくである。

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