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牧師いい人

 見覚えのある整った容姿。尖った耳。俺を集団暴行した連中の仲間で間違いない。その少年が俺と同じ制服に身を包んでいる。長耳の少年は俺の姿を認めると目を見開いた。俺のことを覚えているようだ。俺もお前のことをはっきり覚えてる。俺を直接蹴ったやつらではないからか怒りは湧かない。

 彼を取り囲むふたりも俺に気づく。ふたりののうちのひとりが口を開いた。


「あの……いま取り込み中なので、すみませんが……」


「あ、ああ……」


 そのふたりには見覚えがなかった。あの夜の不良たちの一味ではないようだ。とりあえず俺の闖入で困っているようなので、すぐに立ち去ることにする。いや、ドゥーキアのことを聞いてみようか。知っているかもしれない。


「すぐに消えるからひとつ聞いていいか?」


 俺が確認を取る。ふたりは顔を見合わせ、長耳は硬い表情を俺に向けていた。


「ああ」


 承諾された。


「ドゥーキアって知ってるか?」


「隣のクラスですね」


「ああ、あの」


 どうやらドゥーキアのことは知っているらしい。もうひとりの男も心当たりがあるようだ。


「ドゥーキアをいじめているやつらの主犯格いるだろ? そいつの名前と容姿を教えて欲しい」


 ふまりはまた顔を見合わせ、話すべきかどうかを目で確認し合っている。そもそもいじめ自体が存在せず、こいつはなにを言っているんだろうって思いあってるのかもしれない。俺としては後者の方が嬉しい。目の前のふたりとは異なる方向から答えが出た。


「主犯格はいないです。クラス全体がそういう雰囲気になってるみたいですよ。とりあえずで誰かをいじめる空気ってあるじゃないですか。彼はその空気の中で標的にされてしまってます」


 男ふたりを見ると俺に首肯した。事実のようだ。


「……そうか。助かった。時間をとってすまない」


 一礼して足早に来た道をたどった。体育館の表に出ると、先ほど覚えた地図を脳内に書き出す。一番近い生徒棟の方へ向かった。


「あの」


 後ろから呼び声が聞こえる。振り向くとこちらに駆けてくる長耳だった。


「なんだ」


「ドゥーキアなら裏庭にいると思います」


 特別棟とかなんとかの裏手にあったな。そこも立ち寄る予定の場所のひとつだ。


「なぜ?」


「同じクラスの男子に呼び出されているのを見ました」


「そうか。助かる」


 礼を言って特別棟に足を向ける。この情報がガセかどうかは知らないが、どのみちしらみ潰しにまわるつもりだ。どこから向かおうが、リンチなどがされてないならそれでいい。それが今日だけだとしてもだ。

 俺が走りだすと並走する影があった。長耳だ。


「ドゥーキアをいたぶるクラスメイトを病院送りにするんですか?」


「いや、そのつもりはない」


 ドゥーキアが原因で誰かが大怪我をしてしまうと、ドゥーキアが退学する羽目になってしまう可能性がある。俺がドゥーキアと無関係であると主張しても、大事に発展すれば俺の身元が浮き彫りになるのは時間の問題だ。そういうことで、怪我をさせるつもりはない。


「なあ、お前のお仲間はどうした」


「まだ入院中です。あなたのあの一件とは別で、他校の生徒と喧嘩したので」


「まだホームレス狩りとかはしてんのか」


「あの後からは一度もしてません。自分たちも、またあのようなことになるのではないかと危惧する頭はあります」


「その頭で喧嘩は避けられなかったのかよ」


「……」


 前方に横一列に並んだ女子生徒がいて道をふさいでいた。おしゃべりをしながら汚い笑い声をあげてだらだらと歩いている。彼女たちのせいで道を急げない。うぜぇ……マジで校則とか条例とかで禁止してほしい。


「その件で自分はあなたに謝罪したいんです。本当に申し訳ない」


 彼が隣で立ち止まり、頭を下げていた。俺はいちいち立ち止まらず横目で見るだけにとどめた。相変わらず前の女子生徒は歩くのが遅い。縦に並べ。


「俺に謝るのはいいが、俺以外に何人も迷惑をかけた人がいるだろ? そいつらにも謝らないのか」


「自分自身の判断で謝るべきひとには謝っています」


「そうか。用は済んだろ。早く帰れ」


「いえ。ついて行きます」


「迷惑だ」


「あなたはここの生徒ではないですよね」


 うわそれはずるいわ。


「……」


「自分は本当に申し訳なく思っています。あなたが困っているのでしたら手伝いたいんです」


 なら毎日飯くれよ。そんなことを口の中だけでぼやきながら、いつの間にか女子生徒がはけた道を走る。


「そういえばさっきの男たちはお前に何の用があったんだ?」


「交際を申し込まれました」


 え、あいつらどっちも男だったけど……。こいつも男だよな。……マジかぁ。


「それで?」


「断りました。自分の恋愛対象は女性ですので」


「なんかごめん」


 男にモテる男というわけか。中性的で整った顔だしわからんでもないが……。ホームレスをボコる集団のひとりだからな。ないわ。



 裏庭は三方を後者に囲まれていた。残った一方からは住宅街が見える。そして裏庭の中央あたりにドゥーキアがいた。地面に散った教科書をしゃがんで拾い集めている。それを囲んで笑っている五人の生徒。〈噴放〉を使い、全身から勢いのついた魔力を吐き出した。

 いい機会だし親父に向けられたような殺気ってものを再現してみよう。俺が学生の時に俺をいじめていたやつらの顔を思い浮かべ、怒りの感情と確かな殺意を魔力に乗せた。


 この場にいた俺を除く全員がたじろいだ。こちらに怯えた視線を向ける。俺はなるべく冷淡な表情を浮かべて、ドゥーキアを笑う彼らに歩み寄った。


「なにやってんの?」


「え……あ」


 もっとも俺から近い場所にいた男に問いかけた。俺が近づくにつれて目を見開き、怯えを増した。一向に答えが返ってこないのですぐそばの別の男にも問いかける。


「なにをやってんのか聞いてるんだけど、答えてくれないの?」


「いや……あの……」


 これめちゃくちゃ効果あるじゃん……。どんどん使っていこう。〈噴放〉に使っている魔力量をさらに増やした。


「まさか……いじめとか?」


「ひっ」


「まさかなぁ? ほら、そいつの教科書を落ちちゃってるじゃん。拾うの手伝ってあげろよ」


〈噴放〉の使用をやめて彼らに冷たい視線を送り続ける。彼らはドゥーキアと同じように地面にかがんで教科書を拾い、ドゥーキアのカバンに入れる。作業を終えると、全員が俺に見られるなかゆっくりと立ち上がった。


「はやく帰れ」


 おもしろいぐらいに俺の言葉に従事して、五人はそそくさと自分のカバンをとって逃げるように帰った。


「ラウスさん……」


 ドゥーキアはキレるだろうか。余計なのとをするな! とか言われちゃうんだろうと思った、が。


「ありがとう……ありがとうございます……ラウスさん…………」


 泣きながら感謝をされた。ドゥーキアの肩に手を置き、歩き出す。長耳は隣をついてくる。三人で学校から出た。


 ふたりを引き連れてシーンが待機しているところに行った。ひとだかりができていないか心配だったが、誰も溜まっていない。約束通り誰にもついていかなかったようでシーンはちゃんといた。


「ドゥーキアくん……。ラウスさん、そちらの方は……」


「いじめの現場に案内してくれた。とりあえず場所を移そう」


 孤児院には行くべきではないだろうと判断し、俺がいつも使っている公園に行くことにした。公園に向かっている道中、シーンはドゥーキアに語りかけていた。叱るでも励ますでもなく、孤児院でするようなたわいもない話をしていた。そうこうしているうちに公園に着いた。ひとつしかない長椅子にドゥーキアとシーンを座らせ、俺と長耳は立ったままだ。


「ドゥーキア、服を脱げ」


「はい……」


 ドゥーキアが制服を脱ぐ。身体中に赤や青のあざがあった。彼がいつも長袖を着ている理由を察した。彼は心配をかけまいと隠していんだろう。

 シーンはドゥーキアの体を見て悲しそうな表情を浮かべる。そっと、手をドゥーキアの体に当てた。その瞬間から、ドゥーキアの体の変色した箇所がみるみるうちに肌色に戻っていく。孤児院で遊んでいた子供達が怪我をするたびにシーンが回復魔法を使っているところを見た。しかしこうも多くの怪我が一瞬で治っていく様を見ると、回復魔法のすごさを改めて実感できる。


 シーンがドゥーキアの体から手を離すのを見てから、俺が学舎で見た光景を話した。


「そうでしたか。ドゥーキア、ごめんなさいね……」


「僕も……ごめんなさい……」


 シーンが謝ることではない。なぜならドゥーキア自信がまわりに悟られないように過ごしてきたからだ。そしてドゥーキアが謝る必要もない。心配をかけないために隠してきたのだ。その行為はなにも悪いことではない。悪いのはいじめたやつらだ。いじめられる方も悪いなんて身勝手なことをいう人間がいるが、決してそんなことはない。いじめる人間がいなければいじめられる人間は出てこない。どんな理由があったにしろ、ひとりの人間を集団で迫害することが正当化されてはいけない。


「長耳、お前の名前は?」


「アクスです」


「アクス。困らせた俺のために何かしたいんだろ? それなら学舎にいる間ドゥーキアの様子を見ててほしい。おまえがなにか行動する必要はない。なにかあれば俺かそこのシーンに伝えてくれ」


「……はい」


 このアクスという少年は、不良グループのひとりだ。こいつに関わられるといらぬ問題が起きてしまう。それに、アクスだってアクス自身の人間関係がある。あまりそれに影響を与えたくない。


「とりあえず、いじめを完全になくそう」


 いじめというのはあんな風に数人を脅かしただけじゃ収まらない。弱者をつくってそいつを足蹴にしないと自分を保てないようなゴミもいる。それは一部だが、大半のやつは周囲に合わせないと気が済まない人間と、調子に乗りまくり引き際を見極められないガキだ。やるなら徹底的にやらないといつまでも続く。


「でも……僕はそんなに強くないし……」


「腕っ節はすぐにどうこうできるものじゃないからな。それ以外の方法を考えよう」


「うん……」


「それとシーンさん。今回の件に関しては誰にも告げないでください」


「はい。わかっております」


 ドゥーキアはいじめられている事実を隠そうとした。無理に広められて嬉しいはずがない。


「日も落ちてきたし今日は解散だ。またここに集めるかもしれない。それじゃ解散」


 ドゥーキアとシーンはともに孤児院のある方に歩いて行った。アクスは俺に「それでは」と頭を下げ、別の方に歩いていく。俺は長椅子に座る。街灯が音を立てて灯った。今日は疲れた。俺はしばらく休んだ。いじめられていたときの記憶を思い出しては顔を歪めていた。

 空から完全に陽が消えた。体を洗って寝よう。立ち上がって便所に向かう。そこでふと気づく。ドゥーキアの制服を着たままだ。てへぺろ。


「返さないとだよな……」


 汗で汚れないようにと走らず歩いて孤児院に向かう。歩き慣れた道ははじめのころより短くなったように感じる。


 孤児院の前に来た。そのまま入ろうか。なんでお前がドゥーキアの服を着てるんだ! ってなったらどうしよう……。でもそうか、ぱっと見でドゥーキアの物かどうかなんてわからないのだ。俺の物と言い張るか? ホームレスがどうしていまさらブレザーなんか着てるんだと言われたらどうしようか。悪いんですか! とか逆ギレしてみようかな。……印象が悪くなるから却下で。ほかには……高学に行ったことがないから一度制服を着てみたかった、とか。切ないな……。実際は高学はしっかり卒業してるから嘘になるが、これは仕方ないよな。


「君」


 突然肩に手を置かれ体がびくりと跳ねた。振り返ると、そこには白い神官服に身を包んだ若い男が立っていた。三十代あたりに見える。言い表しがたいが、その神官はからとても神聖なオーラが発せられている気がした。表情は深い優しさのようなものを感じる。ザ神官という感じだ。てか誰だこいつ。教会で見た覚えがないぞ。


「もう遅い時間だが、こんなところでどうしたんだい? ここの子かな」


「いえ……」


 なに言おう。なにを言えばいい。ヤバい急げ。怪しまれる前に早く何か言わなくては。


「ゆ、友人のドゥーキアに用がありまして。院の前に来たものの、いま訪ねて良いものかどうか思案しておりました」


「そうなのか。わたしが呼んでこようか」


 親切な人だな……。もう全部正直に話したほうがいい気がしてくる。きっとこのひとなら大丈夫だと思う。でもまあ初対面のだしな……やめておこう。


「お気遣いなく。彼にはまた明日合うでしょうからその時に」


「君が来ていたことは伝えておくよ。それじゃ、気をつけて」


「はい。ありがとうございます。それでは」


 一礼して心持ち早足になりながらその場から去る。流れ的に名前を聞かれそうなのだ。名前バレは避けたい。偽名も後々面倒なので使いたくはない。ここは逃げるのがもっとも賢い選択だろう。後ろを一切見ないで、街灯を頼りに夜のとばりが下りた街を歩く。

 教会の前を通りかかろうとしたとき、前からレンガ色の髪を揺らしてイラが歩いてきた。いつも通り微笑みを浮かべている。


「あれラウスさんではないですか。なぜいまコスチュームプレイをしていらっしゃるので? 使用後はドゥーキアに返すのでは?」


 潜入の話はイラにも協力してもらったのでもちろん彼女も概要を知っている。結果を後で話さなきゃな。


「別にプレイじゃないですよっていうか今日やる内容全部聞いてるでしょ。……この制服をドゥーキアに返し忘れたので孤児院に行ったんですけど、知らない神官に声をかけられたので逃げ帰ってきました」


「その格好でなければ通報ものですよ」


「わかってますよ。イラさんはどうして教会の外に? 修道女たちはこの時間寝室にいるのでは」


「あなたに声をかけたという男を探すためにです。ひとりで勝手に出て行ってしまったので」


 あの人イラと知り合いだったんだ。もしかして、まだ一度も目にしたことがないここの教会の神官長だったのかな。


「それよりローシウム牧師に合われたのですね」


「あの神官の名前ですか?」


 あの男の神官はローシウムというらしい。神官長とは別人だったようだ。


「はい。彼のことどのように思いました?」


「どのようにって……」


 質問の理由をはかりかねるが、思ったままのことをそのまま伝えた。


「……そうですね、ものすごく優しそうでした。それと、神の加護でも受けてるのかってくらい神聖な感じがしましたよ」


「そうですか。こちらに」


 イラは笑みを浮かべながらも神妙な顔つきをして俺を手招いた。イラに続き、教会の建物の陰にはいる。内緒話か。


「なんですか」


「……ローシウム牧師はこの教会に左遷されたようなのです。伏せられていて明確ではないですが、なにか問題を起こしたのは間違いないです」


「そんな風には見えなかったんですけどね……」


「……ラウスさんは魔法や魔術に耐性はありますか?」


「ほとんどないっぽいです」


 耐性というのは、魔法や魔術を生身で受けたときにどれほど威力を軽減できるかというものだ。初学、中学、高学で計測があったのだが、俺は平均を大きく下回っていた。〈魔功〉を使えば生身に届く前に防げ、〈噴放〉なら近づけば散らせられる。威力の弱い魔法や魔術ならどうにでもなるが、一定以上の威力だと紙同然だが。


「こちらに届いたあの男の情報では、あの男の使える魔法は火、魔術は〈噴放〉となっています。しかし」


 イラはさらに顔を寄せ声をひそめた。笑顔が消えている。


「常時、精神魔術を使っています。ラウスさんはおそらく彼の魔術の影響を受けていると思われます」


 精神に干渉する魔術か。なんでまた。


「確かな証拠はあるんですか? あんな気の良さそうな方なのに」


「彼から不審な魔力の流れを感じたので神官長に確認しましたが、確かに精神魔術が使われているそうです」


 神官長に合ったことないんですけど……。教会の人たち全員から厚い信頼を得ているらしいが、本当に一度も見た事がない。そういうキャラなのだろう。


「どんな効果の魔術を使っているかはわかりますか?」


「わかりません。神官長がおっしゃるにはシーンならわかるかもしれないと」


 神官長でもわからないことがシーンにわかるのだろうか。そういえばシーンって出入国を制限されるくらいの魔法の使い手だったっけ。


「わかりました。彼には気をつけます」


「ええ。お願いしますよ」


 イラは微笑む。やはりこの表情じゃないと落ち着かない。


 ローシウム牧師か……いい人にしか見えないんだけどなぁ……。左遷と言っていたが、誰かの罪をかぶって飛ばされたとかではないのか。もやもやする。「それでは」と俺が公園に戻ろうとすると、イラに腕を掴んで引き止められた。


「その制服は私が預かります。ひと晩も着られると宿無し臭がこびりついてしまいます」


「着替えが孤児院に置いてあるんですが……」


「こちらから一着貸し出しますよ。あなたが下着ひとつで街中を歩くことに快感を覚えるのなら、無理に貸しませんがどうしましょうか」


 いつもの笑顔だ。ほんと相変わらずである。


「普通に服貸してください……」


「仕方ないですね」


 イラの後ろに続いて教会の礼拝堂へと入る。入り際、孤児院のある方角を見た。シーンや他の修道女たちが怪しい男と居るのか。街灯の光が届かない闇の向こう側。なにが起こってもこちらからは見えない。不安で仕方なかった。

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