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別れとチート武器

 ジジイとリミスタが帰った。その頃には空はほんのりと赤に染まり始めていた。空色と反するような肌寒さに小さく震える。冬が近い。

 ふたりが料理をするのでその間俺は暇となる。起きてからずっと暇じゃん。しかも昼前に起きたのにまだ飯も食ってねえよ。


「よし……」


 俺は今、いつものあの場所に来ている。目の前にそびえる断層を、これまでと同じように見上げる。いつもと違うのは、右隣にガラジオス、左隣にニーヴァイアがいるところだ。ちなみにどちらも実体はない。俺専用の拡張現実って感じか? ……それだと幻覚じゃん。


「……いくぞ」


「まあそんな緊張すんな」


「ゲーム? とやらと思えばいい。好きなんだろ?」


「なんでお前が知ってんの」


 ニーヴァイアにゲームが好きだとか話した覚えないけど。え、なに……普通に怖い。


「リミスタから聞いたのだ」


「なんでお前勝手にリミスタと会話してんの?」


「なんだお前……」


「ラウス、無駄話してねえでさっさとしろ」


「おう……」


 ガラジオスに注意されてどうでもいい会話を断つ。そして持って来ていた木剣を両手で強く握りしめる。


 ──名を呼べ。


 ああ。わかってる。


「ガラジオス」


 大気がうねる。森の梢が激しく揺れ、幹が湾曲し、魔力の奔流が俺を中心に駆け巡る。病み上がりの体ではどうにも膝を折りそうになったが、なんとか耐え抜く。いつの間にやら隣にいたガラジオスとニーヴァイアは姿を消していた。


 手から離れぬよう、しっかりと握った木剣を体の右側面に構えた。あたりの木が渦を巻いて束となり、波のようにうねる。それは徐々に大きさと長さを増し、俺の見覚えのある形へと変化を遂げる。木目や葉の青が混じるガラジオスが、俺の隣に佇んでいた。

 それの生成に費やされた近間の木たちは姿を消し、俺を中心に半径十数メートルの地面があっさり見える。


 俺は構えていた剣を、力強く横に薙いだ。


「らああああああっ!」


「ギガァァアアアアアアアアア!!」


 轟音、そして爆風。飛び散る小石から顔を守るために、腕を上げて顔を隠した。

 塞いだ視界のなか、激しく何かを削る音や破裂音などが遠くの方から迫ってきて、目の前を通り過ぎ彼方へ向かう。その間大量の木片や岩を一身に受けた。肌をいくらか切ってしまっただろうな。


 ──もう目を開けてよいだろう。


 ニーヴァイアの声に促されて腕を下ろしてゆっくりと瞼を開けた。


「ヤッベ……」


 目の前にあった壁のような断層は消えて、そこには大小様々な岩の塊が落ちているだけだった。えぐれて緩やかな坂となったそれの向こうには、地面から根の覗く木がいくつも見られた。


 その光景に思わず身震いする。

 俺はどうやらとんでもないチート武器を手に入れてしまったらしい。

 これからはやれやれ系でいこう!




 空はすっかり赤くなり、俺が歩くたびにカツンカツンと硬質な音がして空に溶けた。近づく小屋からは、唾液の分泌が促成させられる匂いが漂う。


「あの小屋マジで元どおりになってるよな。いちから作り直したとは思えないぜ……」


 俺は徐々に近づいてくる小屋を眺めながら呟いた。


「ったく、誰かさんが重すぎるせいで家具とか粉々だったからな。それで終われば良いものを小屋も周囲の地面も木もぜんぶ金属に作り変えちまうし……」


 俺の言葉に便乗してガラジオスが愚痴っぽく言う。愚痴っぽくというか完全な愚痴だ。


「重くて悪かったな。というか私の鉄はそこらのものとは違うぞ。どれほどの火魔法を受けても溶けず、どれほどの衝撃を受けても変形しない自負がある。むしろ住処を頑丈にしたのだから感謝されても良いと思うが」


「誰が感謝するかよクソ。半壊した状態でバカみたいに頑丈にされてもどうしようもないだろうが」


 ニーヴァイアは最期に、地面から大量の鉄柱を生やす魔法を使ったのだが、今ではその痕跡は見当たらない。ニーヴァイア曰く、ジジイに邪魔だと言われリミスタが撤去したらしい。その作業は、リミスタのニーヴァイアから継いだ力の練習も兼ねていたそうだ。

 地表の金属はどうにもならなかったとかで、あたりの地面は小屋を中心に黒光りする金属が広がっている。タールの池みたいだ。いちおう本物の金属であるため靴を履いて歩くとカツンカツンとうるさい。


「あっ、そういえば、ガラジオスって死んだ時に死体から森ができたって話あるけどあれ本当なの?」


「ああ。事実だ」


「ならニーヴァイアも死んだ時に何かなかったのか? 同じ聖獣だろ?」


「そうだな。すでに話したように、私が絶命したあたりの物質および、地下深くまで変質している」


「変質ね……ぜーんぶ金属になったと?」


「そうだ」


 岩石地帯を森林にしたり地面を金属にしたり聖獣ってほんと意味わかんねえ……。


「これって貴重な金属だよな? 国外に売りさばけばかなり儲かりそうだよな……」


「そこらの金属と違い特殊な魔力が常に流れ続けているからな。耐性がない者だと体には良くないだろう」


 アクセサリーとかにして売り出したら健康被害で訴えられてめんどくさいことになりそう……。やめとくか。それに、ここまで特殊で貴重なものなら独占欲が湧くしやっぱ売るのはダメだな。


 でも、連盟に冒険者専用の装備として武器とか防具とかとして売るって手もあるよな。人類の安寧も守られるし金も手に入るし良いことしかないんじゃん。頭の隅にでも置いておくか。


 二頭と話しているうちに小屋にたどり着いた。戸を開く。


「ただいまー」


「おかえり!」


「うむ」


 若人と老人の声に迎え入れられ、俺は居間に向かう。足の低い机には、はみ出すくらいに様々な料理が置かれていた。これ絶対に食いきれないから……少年漫画の主人公じゃねえぞ俺は。胃袋には物理的限界があるって知らねえのかお前ら。


「ラウスのためにいっぱい作ったからいっぱい食べて元気になって!」


「お、おう。ありがとう」


 リミスタの無邪気な笑顔にくらくらする。胃袋に限界なんてないんだと、心の底から思える。

 そうだ。何事にも限界などない。ピンチなれば覚醒するのがお約束だ。俺の胃袋だって追い詰められればホ◻︎ウ化くらいするしセ◻︎も撃つ。やってやろうじゃないか。


「……」


 なぜかリミスタに違和感を覚えた。なんだ……。


「?」


 黙って見つめてると、リミスタはくてっと首をかしげる。その後も数秒ほどリミスタを見つめたが違和感の正体はわからず。


「体調でも悪いの?」


 眉を寄せ心配そうな表情のリミスタが俺の顔を近くで覗き見る。相変わらず整った顔だ。リミスタには失礼だが、「異世界に転生してビジュアルは重視せずに女の子の奴隷を買ったら実は美少女でした!」的なのを感じる。まあリミスタは男なんだけれども……。


「あっ、いや……なんでもないよ。……それよりご飯食べよう」


「そうだね! 早く早く!」


 リミスタに手を引かれ卓の前へ導かれる。そしていつもの定位置に座らせられた。なぜかリミスタはいつもの場所には座らずに俺の隣に座った。

 少しだけ触れたリミスタの手は、俺の知らぬ間に硬くなっていた。剣を振っていれば自然とこうなるか。俺の手もパソコンのキーボードを叩いてばかりいた頃に比べるとかなり硬く、筋肉がついてすこし大きくなったように感じる。


「うむ。それでは、ラウスの快気祝いといくか。ほれ」


 ジジイは高価そうな酒の瓶を手にすると俺の前にあったグラスに注いだ。続いてリミスタの正面のグラスにも同じように注ごうとする。


「待て待て待て待て。なんでリミスタにも酒飲まそうとしてんだおい。まだ子供だろうが」


 俺が戒めると、ジジイはぼそぼそと俺やリミスタに聞こえない小さな声で何かを言った。


「あ?」


 ジジイが何をしたいのかわからず聞き返すと、予想していないところから返事があった。


 ──てめえが寝てる間にリミスタと酒を飲み交わしてたんだが、その時のリミスタがふにゃふにゃしててかなり可愛かったと言ってるぜ。


 ──そういえば数度酒を飲んでいたな。確かにいつもの様子と違って可愛らしかったかもしれない。


 マジか!


 ──マジだ。


 ──マジだとも。


 ガラジオスとニーヴァイアの言葉を聞いた俺は、ジジイの顔を羨望の眼差しで射抜く。

 その視線を受けたジジイは深く頷いた。


「よしリミスタ! 祝い酒だしどんどん飲もう!」


「んっ? あ、そうだね。ありがと」


 ジジイから酒瓶を取り、俺がリミスタに注ぐ。すまねえリミスタ。恨むならジジイとジジイの言葉をわざわざ伝達した聖獣どもを恨んでくれ。


「それでは、ラウスの快気を祝い……乾杯じゃ!」


「乾杯!」


「乾杯!」


 こうして、目覚めてから初めての食事がようやく訪れた。




 夜がふける時間帯には、居間には俺とジジイの姿しかなかった。料理の乗っていないお皿は残らず片付けられ、テーブルの上には晩餐の残りが並べられている。飲み進めていた酒が尽きたのでジジイが替えを持ってきた。


「まだ飲む気かよ」


「いいじゃろ。こんな時くらいは」


「よくねえよ。歳を考えろ」


「まあそう言うな」


 それ以上は言い返さず、勝手に注がれた酒を礼を言ってから飲む。


「リミスタのことじゃが……」


「なんだ」


 リミスタといえば俺と読者を期待させるだけ期待させて、けっきょく泣きまくった挙句寝てしまった。別に泣き上戸というやけじゃないらしいが、なぜか今回はずっと「ラウス〜!」って泣いていた。いや可愛いんだけどもちょっと……ね? 俺たちの期待していた展開ではないんだよね。


「近々冒険者になる」


「 試験受けんのか」


「いや、別口でな」


「なに別口って……裏金でも積んだのか? バレるとまずそうだけど」


「そんなやましいものではない。いわゆる引き抜きじゃな。これはずいぶんと前から行われておったし、正式な手続きの後記録されるものじゃからな」


「へえ。俺が倒れた後、あの場所に彩騎士と三騎士のうちの何名か来てたんだろ? リミスタと面識あるならなにかしらのコネとして機能すんのか?」


「ああ。じゃが、まず顔を合わせることがないだろうからどうにもならんじゃろうな」


「そっか」


 あわよくば次期の彩騎士にでも……とか思ったが。


「てか、それリミスタだけの話? 俺は?」


「お主には特になんの話もない」


「いやいやいやイミワカンナイ! そんなわけねえだろ!」


 ニーヴァイアを殺すということは俺が想像しているよりも大きな功績なんだと思う。カロンがガラジオスを殺した時だって、カロンは教科書に載るほどの英雄だと讃えられた。

 連盟にとって、俺やリミスタがニーヴァイアを始末するということは、良かれ悪かれ無視できない事柄だ。リミスタを取り込むことは事態の収束を図る手段のひとつであるのだろう。


 連盟に入るということはリミスタの身の安全を守ることにもつながる。連盟職員は国ではなく人類を守る者たちだ。その連盟に入ればマンションの一室を与えられるのともあるし、高給で今よりもっと良いものが食べられる。それに連盟の施設内に置いてもらえたならば、ここよりもはるかに物理的にも政治的にも安全だと言える。


 だからこそ俺は? って話なのだ。連盟に何かを求めるのは間違っているだろうか。間違ってないだろ!


「……お主には悪いが、ニーヴァイアはリミスタひとりで下したことになった」


「は……?」


「お主も助力したことにはなっておる」


「いや、そういう話じゃねえよ……」


 不快感を隠さずジジイに強めの口調で問いただす。ジジイは中身のないグラスに酒を自分でついで一度仰ぐ。そして話し始めた。


「正直なところ、主戦力がお主であったのはあの時ひと目でわかった。他の騎士どもも、リミスタが泣きながら顛末を語っておったからの。少なくともあの場に居合わせた人間なら真実を知っている」


「じゃあなんで……」


「聖獣を下した英雄なんぞの扱いを受ければ、お主の身の自由はほぼない」


「……っ」


 あ、そうか……。そうだな。なぜ気づかなかった。


「栄誉も厄介ごともすべてリミスタに押し付けてしまった形になるの」


「リミスタは……そのことをわかってんのか」


「ああ。大掴みにではあるが理解しているようじゃ」


 リミスタは一般的な常識が知識が欠如している。俺はメディアや情報に溢れた生活を送って居たし、社会に触れていたのでそれらを自然と理解できているがリミスタは違う。

 俗世の動きに気をとられるほどの余裕などは、リミスタにはなかった。今日食いつなぐものを求めて廃棄物を漁る日々には、世の中の仕組みを知る機会などなかっただろう。


 だから俺らの常識をリミスタの常識として話せば、リミスタは半分も解することはできなかったと思う。ジジイはそれはわかっているだろうから、いたって噛み砕いた内容でリミスタに伝えたのは自明だ。

 それでもやはり、リミスタに「押し付けた」という印象を拭えない。


「それならジジイの手柄にでもすりゃよかったのに。俺もリミスタも文句はなかったぞ」


「どのみちこのことは公開される。そのときにはニーヴァイアに打ち勝った証が必要になるじゃろう。それに、そもそもとして連盟は人類を欺いてはならない」


「欺いてんじゃん……」


「明かしたのが真実の一部というだけで偽りではない」


「グレーすぎだぞそれ」


「そうじゃな」


 これでいいのかと問われれば、よくないと断言できる。しかし、代替案は俺には出せそうにない。俺は否を唱えられない。


 味の悪くなった酒を飲み干し、酒瓶を手に取り中身をグラスに注ぐ。特に会話もなく夜は静かに更ける。


「お主、今日ガラジオスを使ったの」


「ああ。うん。あれめちゃくちゃ気持ちよかったわ。マジで無双できそう」


 あの木剣さえあれば俺TUEEEEEEEEも夢じゃない。どうしよう胸の高鳴りが抑えられない。一刻も早く無双したい……。


「これから酷なことを言うが、真摯に受け止めるんじゃぞ」


 俺とは対照的に冷めた様子のジジイが、初めにそう忠告した。なにを言われるのかおよそ推測ができない。


「……了解」


「…………ガラジオスの力もニーヴァイアの力も、お主にな過ぎたものじゃ。お主は彼らの力を振るうだけの資格はあるが、耐えうる資質はない。お主の精神あるいは魂は、力を使うたびに磨耗するじゃろう」


「え……」


「この森は別じゃがな。ここの木々はガラジオスの体の一片じゃ。それに今では大地もニーヴァイアの一片じゃろう。ここならば、森の魔力が尽きるまでお主は好きなように彼らの力を使える。しかし森の外となると話は変わる。この森ならばすべて彼らが独断で魔力の流れを決定できるが、森の外ならばお主の体を介してではないと力は使えぬ。必然的にお主の精神は刻まれる」


 どういうことだってばよ……。俺には過ぎた力だから、使えば命を削るぞってことでいいのか? 夕方に調子乗ってぶちかましたガラジオスのあれは、ガラジオスが俺を傷つけないように上手くやってくれたからノーリスクでやれたのか。


「おいガラジオス。お前、俺をそそのかしたときになにも言ってなかったじゃねえか」


 ──あんなに嬉しそうにしてるやつに伝えられるかよ……。


「……」


 子どもにマスコットの中身が人間だなんて言えないからな。彼なりの慈悲か。


「ラウス。だからといって落ち込むことはない。つまりは使い方次第なのじゃ。時と場合をしっかり見極めてその剣を振るえばよい」


「……そうだな。ああ。ハイリスクだったとしてもチート武器に変わりはねえからな」


 大いなる力には大きな犠牲が必要だ。大きな見返りがある代わりに、大きな危険が伴う。それが当たり前のことなのだ。こればっかりは仕方がないものなので異論はない。

 ままならないなあと思わずにはいられなかった。


「……それと最後にひとつ」


「なんだよ」


「一週間後にはもうリミスタとは会えなくなる」

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