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出発

 時間というのはあっという間で、気づくと一週間が過ぎようとしていた。途端に冷え込みが増し、厚着をする日がたびたびあった。

 その一週間、俺は剣を使っての修行はせずに筋トレのみをしていた。病み上がりなので激しい運動はよせと言われたのを渋々受け入れた結果だ。


 俺は筋トレしているさなか、リミスタとジジイの打ち合いをいくども見た。

 ふたりの剣戟をひと言で表すなら、「次元が違う」だろうか。別にお前らの嫁に関する次元ではない。呼吸も、足さばきも、剣さばきも、反応速度も、あらゆる要素が俺をはるかに上回っていると言う意味だ。


 リミスタに完全に追い抜かれている。俺は何度もこの瞬間が訪れることを思い描き、そして恐れた。だがその時が訪れてみると、思っていたような感情は湧かなかった。

 芸術品のようなふたりの舞は、俺の心をどこまでも癒して高ぶらせる。ふたりの戦いぶりを眺めながら頭の中でシミュレーションする。どう動き、どう返すのかを。


 そんなのをぼーっと眺めながら筋トレする時間が、一日の大半を占める。筋トレ時はガラジオスとニーヴァイアとおしゃべり、食事の時はジジイとリミスタとおしゃべり。ずっと賑やかで飽きることはない。


 夜にはリミスタと一緒に寝た。旅立つ前の思い出作りのひとつなのだろう。寝る前にふたりでたくさん話をして、必ずリミスタが先に寝てしまう。

 俺はリミスタが隣に寝ているとあれがアレなので、日が経つごとに目の下のくまが濃くなって朝起きられなくなっていった。

 なぜかって? いや……まあ、うん。正直に言うと寝てるリミスタのお尻とか太ももとかお腹触ったり首元の匂いを嗅いだりしました……はい……。太ももに手を挟まれるあの感覚を知ってしまったらもう後戻りはできなかった……。俺はもう犯罪者だ。ブタ箱にぶち込まれる覚悟はできてる。俺、遊びじゃないから! 本気だから!


 はあ……夢のような日々も今日で終わり。明日の朝リミスタは発つ。あまりに早い一週間だった。マジで時間経つの早すぎなんだよ。ジジイの老いがうつったかなあ……。最悪だ。




「ほれ。これで最後じゃ」


「俺が長い眠りから目覚めた時より豪華だな……」


「かっこいい感じに言うな。ただ死にかけて寝てただけじゃからな。そもそもお主とリミスタとでは祝い事でも種類が違うじゃろ」


 ジジイが運んできた皿で卓が埋まった。今回はジジイが手がけた料理が並ぶ。リミスタは祝われる側なので俺と待機していた。

 てかこのクソジジイが。前回俺の快気祝いとかした時にかなり余って全部俺に食わせたくせに、前より量が増してるってどういうことだよ。俺を殺す気かよ……。まさかな(フラグ)。


 乾杯から晩餐が始まる。

 ジジイはリミスタにあまり食べないように指示している。ケーキを用意してるからな。そのしわ寄せが俺のところに来るんだがわかってんのか。

 そんなことを知るはずもないリミスタは、俺の隣でもそもそと食べ進めている。俺は卓上の料理の多さに絶望しながらハイペースで食べる。


 楽しく飲んで食べてを繰り返しているうちに夜が深まる。今回は酒を飲んでおらず眠気はなかった。

 そろそろ吐きそうだな……とか思いながら隣に座るリミスタに視線を投げる。リミスタは分けられたケーキを前に、手をつけずフォークを握るばかりだった。眠いのだろうか。俺もリミスタも普段はこんな遅くまで起きないからなあ。


「……んっ…………ぐっ……」


 するとリミスタは、小刻みに震えながら嗚咽を漏らし始めた。数瞬状況の把握が遅れる。


「…………」


 大丈夫かと声をかけようかと思ったが、どうにもそれは違う気がした。大丈夫じゃないから泣いているのだ。大丈夫なら泣くはずがない。

 どう対応すべきか……。


 ──キスしろキス。


 ──いや、頭をなでる方が良いだろう。


 お前らなんなんだよ。俺の脳内選択肢として違和感なくモノローグに参加すんな!


 ──ここは無難になでろ。


 ニーヴァイアの案を採用。俺はリミスタの頭をそっと、何度もなでつけた。目覚めたばかりの時は体の感覚がなかったが今は完全に回復している。手入れのされたサラサラの髪が手のひらにこすれる感触はなかなか心地よいものだった。


「ラウス……」


 俯いたリミスタが俺の名を口にする。唐突だったので頭をなでる手が止まってしまう。


「なんだ」


「…………僕も、本当はラウスと一緒に行きたかった」


「……」


 俺はリミスタに対し、とっくにシーンのことを話している。俺が果ての地を目指していることも知っている。だから俺とともに魔物の領地へ行きたいと、そう言っているのだ。

 しかし、俺としてはリミスタをそんな場所へ連れてはいけない。たとえ、彼が俺よりはるかに強かったとしても。


「ごめん」


「…………別に謝ってほしいわけじゃないんだ。……僕こそごめんね」


 答えのない会話だ。どう折り合いをつけても誰の心にも違和感が残ってしまう。こんな時は話題を変えるのが先決で、この話題を続けることは愚策だ。

 まあ空気というものは一度落ちて仕しまえば、場を改めない限り落ち続ける。


 そうして、気まずい晩餐は気まずいまま進み、気まずいままで終わる。




 ◇




 なんで声をかければいいのかわからない。

 俺は今までみんなにどうやって別れを告げてきたんだろう。


 本当の別れじゃないってのは知ってる。

 でも、数年の期間は会えないかもしれない。

 事によっては誰かが命を落とすことも考えられる。

 少なくとも俺は死地に赴くのだから、ただの可能性の話じゃない。


 落ち着いた雰囲気の私服に身を包むリミスタが、黙ってしまった俺を注視する。その腰には二本の銀剣が下げられ、背中にはけっこう大きなカバンが背負われている。


 そうガン見されてもな。

 ガラジオスの森のすぐそば。最寄りの街へ続く丘の麓。森を背後に俺とジジイが立ち、その正面にリミスタが立つ。

 そしてリミスタの後方にはふたりの冒険者。正装の鎧を装備している。

 なんやかんやで、俺は全員の視線を集めていた。


「あーっと……うん…………」


 とりあえず声を出して見たものの、続かずに途切れた。気まずっ……。


「……どうせまた会えるだろうし、こんな重い空気にしなくてもいいだろ」


 誰も俺の言葉に反応しない。俺が何か間違ったことをした雰囲気になっている。

 ふざけんな誰か便乗しろよ。空気最悪だろ。


 ガラジオス、ニーヴァイア、助けて。


 ………………。


 返ってきたのは無言だった。俺ひとりでどうにかしろということなんだろうな。マジでそういうのいいから。おい!


 ──キエエエエェェェェェェエエエエエエエエエエエ!!!


 ──グルゥオオオオオオオオオオオオ!!!


 うるせえええええ!! 俺の脳内で騒ぐな! ガラジオス出てこい。てめえは一発殴らせろ。ニーヴァイアはいちいちガラジオスに倣わなくていいから。


 ………………。


 またも無言。

 ……はいはい。わかってるよ。


「リミスタ」


「……うん」


「また…………また、ジジイと俺とお前で、飯食って修行して笑って寝ておしゃべりしよう」


「…………うん」


 リミスタが若干、視線を下げる。


「ジジイはまだピンピンしてるし、お前はまあ死なないだろ。俺も死なないように頑張るよ」


「………………」


 下がったリミスタの視線はみるみるその高度を下げて、今では地面を捉えている。


 あれれえ……欲しい言葉はこれじゃなかった的な? ……まあいいか。相手の欲しい言葉を与えることが最善なのかもしれないけど、俺には無理だ。せめて俺の伝えたいことは伝えよう。


「新しい環境は怖いかもしれないけど、大丈夫。俺なんて気づいたら所持品なしで公園に捨てられてたけどどうにかなったわけだし、案外どうにでもなるよ」


 俺が「捨てられてた」と言ったあたりでリミスタの後ろに立つふたりが反応を示すが無視。


「俺の心配はいいよ。今からめちゃくちゃ強くなるから問題ない。マジで」


 ──ほーん。


 ──へえ。


「ほう」


 無視。


「それと、ありがとうな」


「…………うん」


 これは及第点の解答だっただろうか。でもまあ……ね? 今生の別れじゃねえんだからさ。……たぶん。


「ね、ラウス」


 面を上げ、視線を横に向けたリミスタが俺を呼ぶ。

 頰と耳に朱色が差しているように見える。


「なんだ」


 わずかな間を置いて、リミスタが口を開く。


「ラウスは……僕が居ないと寂しかったりする?」


「? 当たり前だろ」


「…………あ、じゃ、じゃあ、僕のこと……あの…………す、好き?」


「ああ」


 逆に嫌いとかあるわけないだろ。


「そ……そっか……」


 リミスタが俺の目を正面から見る。こいつと出会って数年だが、ずいぶんとデカくなったな。

 今じゃ俺の目の高さあたりまでの身長だ。当初は俺の胸あたりまでの身長だったってのにな。


 え、ちょ、育ち過ぎじゃない? なかなかのイケメンになってるし……。今の状態でもかなりモテるだろうが、あと少し背が伸びればもっとモテるだろうな。……複雑な気分だ。


 つい先日までリミスタの匂いを嗅いだりさわさわしたりしてたけど絵面が完全にアウトだな……うん。でも俺は◯付けおじさんじゃないからセーフでしょ。お金も渡してないし。うん。ギリセーフ。


「ありがとっ」


 リミスタは短く告げると、さっと俺の顔に自分の顔を近づけた。


「うおっ」


 とっさに避けようと身を引く。しかしリミスタの応対は早く、俺の首元に手を回して引き寄せた。そして頬に触れる。


「え……」


 恥じらいながらリミスタは笑い、俺から離れる。

 俺は一連の出来事がいまいち飲み込めずにフリーズ。完全な処理落ち状態。


「ごめんね! それじゃ、また会おうね。……必ず」


「……あ、ああ。また会おう」


 謝罪と、力強い願望めいた言葉を残し、リミスタは足早に駆け去る。ふたりの冒険者はその後を歩いて追った。


 リミスタの背中が丘の向こうに消え、数十秒後に鎧姿の背中が丘のへりに沈む。


 時間という冷却材で冷静さを取り戻した俺はビクッと体を跳ねさせる。


「え、なにさっきの」


「キスじゃな」


「おおおぉ。ちゅーしてんじゃん」


「尊い……」


 ジジイといつからか実体化(可視化?)していたガラジオスとニーヴァイアが、簡潔に事実を述べる。

 ん? ニーヴァイアは事実言ってねえわ。意味不明なこと言ってる。


「そうだ」


 思い出したのでガラジオスを殴る。俺の拳はすり抜けることなくガラジオスの凶悪な横顔を突く。


「いてっ」


 今の状態でも物理技は効くんだな。俺もしくはジジイ限定か? ならニーヴァイアの方は俺とリミスタだけが触れそうだな。


「いやそんなことより、あの……あれなの? もしかしてリミスタって女の子だった的な展開だったりしちゃうの? 中性的っちゃ中性的だし……。そういや俺直接リミスタの性別を断定できるもの見てねえわ! ああ、なるほどね! 叙述トリックね! ははーん。なるほどね!」


「リミスタは男だ。私なら直接見ずともわかる。そもそもリミスタが女ならお前との関係は見ててなにも面白くないだろうが」


「え……は? なに言ってんのお前」


「ラウスよ。リミスタは男じゃ」


「……は」


 ジジイがため息をつき、再度俺に語りかける。


「なにやら取り乱している風じゃが、お主、リミスタが男だと認知していた頃からリミスタに色々しておったじゃろ。いまさら男だと聞いてどうにもならんじゃろ」


「いやいや何の話ですか。証拠は? 免罪だ免罪。弁護士呼べよ!」


「必死だなあおい。……てめえは近くに居る相手が視界の外だとしても、どういう動作してるか気配でわかるだろ? こいつはてめえのそれよりも性能が上だ。つまりは筒抜けだったってことだな」


「いやあ……なんなのそれ……プライバシーって言葉知らねえのか……」


「寝てる相手の匂いを嗅ぐなどする男が何を言うんだ」


 最後のニーヴァイアの言葉に敗れる。


「くっ! 殺せ」


 返す言葉もない。死を覚悟で陵辱されるしかない。


「ならなんで俺にキスとかするんだよ……」


「まあ……」


 ニーヴァイアはそれだけ言って明後日の方を向き、ジジイやガラジオスは口を開く気配がない。


「……あ、家族間でキスし合う風習とかあるしそう言うやつか。なんだ……焦った」


 ふう……妙に舞い上がっちゃってバカみたいだ。

 俺を除く三者はなんともいえない表情で俺を見る。なんなんだ。


「次はいつ会えんのかな」


「わからぬ」


「だよな」


 リミスタは当分、連盟で過ごすのだろうがそれがいかほどなのかは聞かされていない。

 そして俺は、いつ帰ってこられるか見当もつかない。

 ジジイにどれくらいの時間がかかったが聞いたが、ずいぶんと若い頃の話で正確な期間は不明らしい。


「帰るか」


「だな」


 ジジイの言葉に返事をすると、ガラジオスもニーヴァイアも引っ込んだ。

 後ろが気になって仕方がない。だが振り返らない。冬も近いと言うのに相変わらず青々と茂る森へ歩を進める。


 会話がないまま、俺たちは小屋にたどり着く。




 ◇




 春風が走り抜けて、俺の前髪をなでる。朽葉色の髪が視界のへりでそよいだ。

 眠気を誘うような冷たさを含む空気は澄んでいた。

 小鳥のさえずりも、虫の音色もない。葉や枝の擦れる潮騒のような音が、これまでと変わらず耳朶に触れる。


 それぞれ用意した物を床に並べ、隣には口を広げた大きめのバッグを置く。物の不足はないか、何度も確かめる。


「よし。これでいいかな」


 確認の終わったバッグを担ぎ上げた。

 次は、足元に置かれた、上部が蓋で閉じられた黒い直方体の筒を拾い上げて蓋を開ける。白く短い紐で繋がれた蓋は落ちることなく本体にカンカンとぶつかった。

 筒の中は黒い金属で満たされ、それに縦長の穴が間隔を開けて横に並列していた。


 そこに木製の剣を鞘ごと差し、続いて白銀の剣も鞘ごと差し込む。穴と剣との空間は、一瞬でふさがる。

 蓋を閉じ、筒に取り付けられた白い帯を肩に下げて準備は万端。


「おいジジイ」


 小屋を出ると、ジジイと可視化されたガラジオスが木陰で会話していた。


「うむ」


「おうよ」


 ガラジオスが姿を消す。


「行ってくるわ」


「ああ」


「死ぬなよ」


「つとめる」


「それじゃ。また会おう。礼は帰ったらする」


 ジジイから視線を外し、別れの挨拶に片手を上げた。そして、小屋周辺の木の生えていない地帯から木々の立ち並ぶ方へ歩く。


「ラウス」


 呼び止められたので律儀に立ち止まって振り向く。


「ワシは……いや」


 ジジイはふるふると首を振ると、顔を上げ再び視線を合わせる。


「俺は、お前を信じてる。だからラウス。お前も自分のことを信じろ」


 老いぼれたようすのない若い声質。聞き慣れない声で覚えのある口調。

 これが本来のしゃべり方なのだろう。


「老人の声真似でもしてたってのか」


「まあそんな感じだな。……二年もやってるとどっちが自分の声だかわからなくなっちまって困る」


「そうか。そっちの方がかっこいいぞ」


「まっ、だろうな」


 ジジイは普段のような重心の落ちた動作はせず、俺と同じように身軽に動く。


「もう行け。俺の伝えたいことは伝えた。名残惜しくなる前に立ち去りな」


 ジジイの野良犬でも払うような手の動作に、思わず苦笑いを浮かべる。


「はいはい」


 いい加減な返しをしてその場から退く。

 俺の背中にジジイの声がかけられた。


「達者でな。ラウス」


「あんたもな。……カロン」


 歩き出す。振り返ることはない。

 ジジイも俺を呼び止めない。


 ──てめえいつから気づいてたんだ。


 知るかよ。なんとなくそんな気がしてただけだ。

 確認したいんだが、ジジイは不老不死か?


 ──老いはしないが死にはする。だがそれもつい最近にそうじゃなくなったがなあ。


 お前の力か。


 ──そうだ。


 五百年も前の英雄だってのに、今日この時代までよく狂わずにいれたもんだ。


 ──それこそが英雄の器ということなのだろう。


 ニーヴァイアがしみじみと呟いた。


 俺は二体と絶え間なく言葉を交わし続ける。そうでもしないと足が止まりそうだった。

 リミスタのときだって今だって、淡白に済ませてはいた。しかしそれは己を紛らわせるために他ならない。


 俺はもう行かなくてはいけない。

 ガラジオスの森で過ごした日々はそのためにあったのだ。


「まだ居てくれよ……」


 親に捨てられて、早くも三年。

 シーンが亡くなって、約二年半。

 長いようで、短かった。


 西の向こう側にあるという、果ての地。

 少しばかり長い旅路になりそうだが、なぜか不安はない。


 森を抜けた。ここで初めて立ち止まり、振り返る。

 見慣れた青い葉が風に揺れていた。

 前に向き直り歩き出す。もう立ち止まることはなかった。




 第一章 了




 くぅ〜疲れました!w 以下、ラウスたちの伝言をどうぞ。


ラウス「みんな、見てくれて(垢BAN)」


 ここまで読んでくださりありがとうございます!

 第二章はいつお届けできるのかわからないですが、なるべく急ぎます!

 では!

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