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猛獣

 俺たちはいくつか保存のきく食料を買い、新たに購入した袋にそれらを詰めた。そしてさっきの場所に戻る。リミスタはその袋を持って、先ほどの路地裏を進んだ。

 俺は表の道で荷物を持ったままその様子を眺めた。リミスタが近づいていることに気づくと、ふたりは身を寄せ合いリミスタを見つめた。


「久しぶりだね。だいぶ痩せたみたいだけど大丈夫?」


「………………だれ」


 女の子の方がリミスタに言葉を返した。知り合いなのか? しかし相手の反応はそのようには見えない。


「僕けっこう変わっちゃったからわからないか……。はいこれ」


「…………」


 リミスタが袋を差し出すがどちらも警戒して受け取らない。俺があの立場なら喜んで受け取るんだけどなあ……。これまでに善意を装った悪意の被害にでもあったのだろうか。それとも「私私! 覚えてない? 中学の時に同じクラスだった!」という感じのリミスタの声のかけ方が、彼らを警戒させているのかもしれない。


「受け取って」


 リミスタが女の子の方に袋を押し付けた。そして「じゃね」と手を振って戻ってくる。

 ストリートチルドレンのふたりは袋には目もくれず、立ち去るリミスタの背中を凝視していた。


「行こ」


「……いいのか」


「うん」


 にこっと笑い俺の手を引いて歩き出す。

 色々といいのかと問いたくなる。まあ本人がこれでいいと思ってるようだし食い下がる必要はない。


 俺もつい最近まで公園で生活する身だった。今更ながらに、俺は本当に恵まれていたんだなと思い知らされる。ヴァチルフェ教の教会が近くになければ俺は早々に餓死していたはずだ。

 それか、善悪を考えないような人間に成り下がり、法を犯してたくさんの人に迷惑をかけていたかもしれない。……けっきょく教会の彼女たちに迷惑をかけまくったから、後からこんなこと言ってもだけどなあ。


 ふいに、ストリートチルドレンに食料を与えるリミスタの姿とシーンやリピの影が脳内で重なる。シーンの慈愛が、リピの底なしの気遣いが、リミスタの優しさが、俺の胸を締め付ける。


「………………」


「……どうしたの?」


 意識を戻すと、あたりに並んでいた家はずいぶん数を減らし遠くに大きな丘が見えた。リミスタが横から俺の顔を見上げ覗き込んでいる。


「あ、ああ。いやなんでもない」


「そっか。なんか僕とっても気分が悪いからラウスもなのかなーって思って」


「……」


 ようやく異変に気付く。

 虚無感や不安感、倦怠感などが体を支配していた。それらを総合して俺は今「気分が悪い」と感じている。

 俺は即座に周囲に目を向けた。玄関先の花に水をやるおばさん、犬を散歩するおっさん、向かいから道を歩いてるウォーキングしてる男性。犬を含めた全員の顔色がすぐれない。

 明らかにおかしいだろ。商店街で活気がなかったのもこれか。


「あの、すみません」


「なんでしょう」


 接近していたウォーキングしている男性に声をかける。


「今日めちゃくちゃ気分悪くないですか?」


「……勧誘ですか? すみません私すでに入信しておりますので」


「いや、あの……ちょっと…………」


 男性はものすごく怪訝な顔をしながら立ち去ってしまった。


「……何がしたかったの?」


 不審がるリミスタ。目が細められている。


「……最近の体調不良って何かおかしいと思わない? 街にも活気がなかったし、今見た限りみんな顔色が超悪い」


「…………確かに」


 リミスタは周囲を見て今日あったことを思い返したようで、俺の言葉を肯定した。


「めっちゃ嫌な予感がする。今すぐ森に戻ろう」




「こんなに急ぐほどのことなの?」


「……わからない」


 俺たちは全力で森をかけていた。俺は〈噴放〉をちょいちょい使いながら走り、リミスタは魔術を一切使わずに俺と並走している。クソ! マジかよこんなにスピードに差があったのか……。俺が荷物持ってるとかそんなの些細なハンデだ。無手で魔術を使わずに足の速さを競ったならば俺は確実に負ける。


 俺が思ってた以上にリミスタは俊敏性にすぐれているんだろうな。なんかもう……なんなんだ。嬉しいような悔しいような。これが恋なのか(違う)。

 なら、父親の身長を息子が抜いた時の、父親の心境だろうか。それが一番近い気がする。……って、なんでリミスタの父親ズラしてるズラァ! 性癖が未来ズラァ!


 小屋の姿はすぐに見えた。すぐに室内に入り、少々乱暴に荷物を置く。買った肉とかすぐに干し肉にしなくちゃいけないけど今は後回しだ。とりあえず武装して……。


「ラウス……。……僕……行かなきゃ……」


「……ん? どこに?」


「わかんない……けど……。行かなきゃ」


 気分の悪そうなリミスタが頭を抑えながら必死に言葉を紡ぐ。不安定な足音を立てながら、玄関そばに立てかけられている剣を取った。俺はリミスタの正面に回り、小さな両肩を掴んで正面から顔を見た。

 焦燥感漂う表情のリミスタ。彼は沈黙して大きな瞳で俺の瞳をまっすぐ射抜く。


「……」


 何を問うべきかわからない。ゆえに言葉が出ない。

 リミスタの行動は異常だ。しかし止めるべきなのかがわからない。どういう事態なのか飲み込めない。


「なぜ、どこに行くんだ」


「わかんない……けど、場所はなんとなくわかる……かも」


 こんな時……どうすればいいんだ。思考を巡らせて答えを導こうとするが、これといったものは思い浮かばない。


「……はあ。クソ」


 そうだ。悩むなんてただのは徒労だ。

 リミスタの言動が病に当てられての行動だとしても関係ない。


「俺もついてく。いいか」


「……うん」


 頭で考えたってわからないものはわからない。とりあえずリミスタについて行く。なにもないに越したことはないが、リミスタのこの状態に外的要因が欲しいではある。


「剣の帯刀は法的にアウトだから、持ち運ぶときは何かで隠そう。……たしか鞘ごと入る入れ物あったよな……」


「おじいちゃんの部屋……」


「ああ」


 ジジイの自室の扉を開けて室内に入る。扉のすぐわきに戸棚があり、ひとつの引き出しを引く。目当ての入れ物を取り出した。それは剣を入れても長さに余りある袋の入れ物で、俺は自分とリミスタの剣をそれぞれ袋に納めた。

 剣を見慣れている人間ならひと目で剣が入っているとわかってしまうな……。まあ一般人は実物の剣を見る機会は少ないし大丈夫か。そう己に言い聞かせて、ふたりで小屋を出る。顔を上げた。日は傾き空は赤みを帯び始めていた。


「お前……大丈夫か? 気分悪そうだけど」


「大丈夫……だと思う」


「あんまり無理するなよ」


「うん……」


 走り出す。剣を下げる帯がないためお互い左手に剣を持って、前に傾いた姿勢で森を駆け抜けた。リミスタは相変わらず魔術を用いずに、魔術使っている俺に引けを取らない速度で俺の先を進む。

 リミスタの目指す方向は、俺がほとんど寄らない区域だ。木が密集した地帯が続き、その向こうにはデカイ木があったな。

 この向きをずーっと行く海があるとかなんとかジジイが言っていた気がする。どうだったかな。


 どちらも口を開かない。一心に地面や幹を蹴りつけて前へ進む。

 しっかし……このさっきからする変な感じを、前もどこかで体験したんだよなあ。ジジイのあの剣……じゃないな。あの得体の知れない感じじゃない。これはもっと直接的なんだよ……。うーん……わかんねえ……。


 思い出しそうで思い出せない。めちゃくちゃもどかしい。走りに集中しながらも、覚えのある感覚の正体を突き止めようと考えをめぐらせた。残念ながら森を抜けるまでには疑問は解けなかった。


「塩くせ。マジで海あったんだな」


 岩や幹で成された地面が、白い砂と流木やゴミが見られる浜に変わった。漂流物は波に打ち上げられたために波状になって並んでいる。

 四面から見下ろしていた木々は後方へ過ぎ去り、視界が大きく開ける。眼前にはそこそこ綺麗な海が赤みがかる空を映して煌めいている。


「……! ぼ、僕、初めてこんな近くで海見た……」


 生気の感じられなかったリミスタの目に、驚きと興奮の色が垣間見える。リミスタの年相応の反応に口元がにやける。


「またこんど来よう。今は優先することがあるだろ?」


「そうだね。うん。こんど来ようね! 絶対だよ?」


「ああ。約束する」


 なにこの死亡フラグ。死なないよね……まさかね……。


「急ご。近い気がする」


「そうだな」


 再び走り出した。海に沿って進んでいく。つい数分前と全く異なる地面の感触に足を取られそうになる。十数分も走ると森の姿は消えて、濃い灰色の岸壁とくすんだ色の浜辺だけが広がっていた。遠くの方に人工物が見える。街と海水浴場があるらしい。


「海水浴場だな」


「なにそれ?」


「海っていろんな生き物がいて危険だから、網とかつかって生き物が入らないように区切るんだよ。そこの区切られた海と付近の浜をまとめて海水浴場って呼ぶんだ。ここなら安全に泳げるんだ」


「へえ……」


「……こんど来ようか?」


「うん!」


 リミスタが無邪気に首肯した。まずいですぞ〜。リミスタの水着姿拝めちゃうんじゃないのこれ〜。生きねば。

 よくよく考えてみればガラジオスの森に湖あるんだけどね。限られた範囲に満ちる湖と無限に広がる海とは別物か。


 海水浴場に着いた。水着姿の利用客はほとんど見られない。秋だしあたりまえか。

 海と反対側にはコンクリの壁がある。その上に街が広がっているのが見えた。遠くから賑やかな声が聞こえてくる。祭りとかやってるっぽい。


 海から遠ざかり、コンクリの壁を広くくり抜いて作られた階段を登る。上には宿屋や飲食店が立ち並んでいる。観光客が主な客層だと思う。この時期は売り上げ少なそうだ。


 舗装された道に出る。片手に街並み、反対に日没の近い真っ赤な空と陽を反射する海。それなりに綺麗な光景だと思う。


 全速力で駆けていく俺たちはそこそこ通行人の目を引く。俺たちみたいに毎日走って体鍛えてないとこの早さで走れないからそりゃ目立つ。おまけに謎の棒状のもの持ってるから怪しさがカンストしてる。


「────」


 進むにつれて騒がしさが増していく。その中で、切り裂くような声が響いていた。


「……今」


「……俺も聞こえた」


 悲鳴だ。俺たちの向かう先には賑やかさなどない。悲鳴や叫び声のこだまするむごたらしさしかないことになっているのだ。その思いが進めば進むほど確信的になっていく。

 たびたび必死の形相を浮かべた人々が、俺たちの前方から後方へと逃げていく。


 おそらく、人が死んでいる。

 声の質からそう感じ取った。


「…………クソ」


 リミスタは不調のためにたわごとを発したわけではなかったのだ。間違いなく、リミスタは導かれてここへ来た。人と建物の向こう側に何があるのかわからないが、ここまで来たんだからやるしかないよな。


 さらに数人の人間が走り去った時、向こう側にそれが見えた。艶やかでなめらかな白。高さ四メートルはくだらない巨大な図体。


「なんだよ……あれ……」


 悠々と歩み寄るのは白き四足の猛獣。

 この形容をどう表せばいいのか。例えるなら猫をどこまでも厳しく、凛々しく、凶悪で優雅にした存在とでも言えばよいのか。

 俺の体よりひと回りもふた回りも大きな足が踏み出されるたび、白き体毛が水面のように夕陽を照り返す。白い体毛に走る黒の模様は、神聖にも邪悪にも見えた。

 そいつが歩くたびに踏まれた地面は砕けて沈んだ。ひたいから顎にかけて、すっと冷や汗が流れた。


 周りの街並みを見る。破壊された建造物や血痕。血のりに濡れ倒れる人の姿。そこらじゅうに、爪で裂かれたと思われる並んだ切り傷。これらの被害はこいつによるものなのか。


「────グルァァァアアアアアアアアア!!」


 白き猛獣の哮りが周辺の建造物を揺らすほどに唸る。悲鳴も怒声もかき消されてあらゆる音が猛獣の声に支配される。


「クソッ」


「うっ」


 とっさに剣を手放し両手で耳殻を抑える。前方からの猛獣の轟は、防いだはずの耳朶に届く。全身が前から押されて、体を前に傾けないと倒れてしまいそうだった。まわりにの逃げ遅れた人間が数名倒れるのが視界に入る。

 声が収まった。俺とリミスタは間をおかずに地面に落ちた剣を拾い上げ地面を蹴る。袋に手を突っ込んで抜刀。鞘が収まったままの袋をわきに投げて両手で構えた。

〈魔功〉も〈噴放〉も惜しまずに使う。左を走るリミスタの方は〈魔功〉を発動させたようだ。


 身魂を戦いの意識が支配する。

 一直線に疾走。渾身の力で走る俺をリミスタが抜き去る。リミスタは先に猛獣の右前足へと斬りかかる。

 俺はわずかばかり遅れて、猛獣の左脇腹へ向けて剣を水平に薙いだ。


 剣が猛獣の体に滑り込んでいく感触が手に伝わる。よく研がれ熱された包丁で牛酪を切るような、あまりにも清々しい感覚。

 剣を振り抜き、猛獣の少し後ろで踏み込んで慣性に耐えて止まる。


「リミスタヤベェ! すっげぇ簡単に斬れ……」


 からんからん。


 やけに静まり返ったその場で、硬質な音はよく響いた。それはしゅるしゅると地面を滑って回りながら接近。そして止まった。視線を音のした左の方に向ける。


 俺とリミスタの中間あたりに白く輝くものがあった。手のひらほどの長さの切っ先から下しかない、一本の刀身。刀身が途切れている部分の切断面は恐ろしく直線的だった。


 思わず絶句する。そしてすぐさま違和感に気づく。

 握っている剣が軽すぎる。鞘から抜き放ったあの時には、たしかに重量を手に感じていた。最悪の状況を思い浮かべながら握った剣を見た。


「…………マジ……か……」


 刀身が根元の数センチだけを残して消失していた。

 向かいのリミスタも同じく剣が途中で消えていて、同様に驚愕している。

 一体何が起きた。あの体を苦なく、むしろ楽に斬り裂いた感覚があった。だというのに、振り向いて確認した猛獣の体には裂かれた跡がない。


 まさか溶解液で体毛が覆われているのか。

 柄とわずかな刀身が残った剣を投げつける。投擲された銀色の剣は、猛獣に当たって落下などせず、白い毛に抵抗なく飲み込まれていった。


「リミスタ! こいつに触れるなよ!」


「……う、うん。わかった!」


 刹那、猛獣が動く。身を翻してリミスタに向けて大口を開け飛び込んだ。


「剣捨てて避けろ!」


「んっ!」


 すんでのところで巨体をかわすリミスタ。猛獣の爪がその体に触れそうで冷ややかな感覚が背筋を這ったが、爪も牙もリミスタに触れることはなかった。

 ずんと重々しい地鳴りを起こして猛獣が着地した。地面には亀裂が広がるように走り、所々ではめくれている。


「リミスタ! 海まで引くぞ!」


「わかった!」


 とりあえずこの猛獣を人の少ない場所に移すべきだ。この街に来たのが初めてで土地勘がない。今日通った場所だけを候補にして鑑みると、さっき通った海への退避が最善だと考えた。リミスタに直接伝えていないが察してくれていると信じる。

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