リレエンクエン
「……ね、ラウス……何これ?」
俺の右腕にくっつくリミスタの質問。彼は正真のホームレスだったようだし知らなくても仕方ないか。……忘れてたけど俺も本物のホームレスだった!
「あっちの地面だけ黒くなってく穴が空いてるのわかる?」
「うん……」
「あれがサローフの痕孔って呼ばれてるやつ」
露出している地面の一部だけが、どす黒くなって沈んでいる。溶解液に溶かされて穴が空いた風に見えなくもない。穴の口は横に長い。大きさは子供がちょうどはまるくらいだ。深さは数キロある。教科書で見たときはうわってなった。生で見ると……吐きそう。
「ごめん後で話すわ。ジジイ、いったん下がろう。この子の体に悪いし普通に気分悪い」
「そうじゃの」
俺たちも他の観光客と同じくすぐに退避。警告文の書かれた看板より後ろに下がりわきの長椅子に座った。
「さっきの続きなんだけど、魔剣について何か知ってる?」
「わかんない……飛行機に乗る前におじいちゃんとラウスで話してたのは覚えてるよ」
「そうその魔剣。あの時話してたのはシエンだったかな? まあこのくぼみはリーベって魔剣で掘られたやつなんだけど」
リーベは魔剣と呼ばれているが実際は槍だ。聖剣もだが、どちらも武器の種類に問わず聖剣魔剣と剣で呼ばれる。ちなみにそのリーベはこの国の国立美術館の地下何百メートルかに展示されていて一般人でも鑑賞することが可能だ。ちなみにサローフの痕孔を展示してるこのテーマパークは国営だ。
「その魔剣で掘っただけであんな気持ち悪い感じになるんだね……」
「いや……」
ジジイに目配せをする。なにせ魔剣が絡むと残虐なことしか起きないからな。リミスタに話していいのか確認だ。俺としてはリミスタに話したいと思っている。魔剣について知る良い機会なわけだし、小さいうちから魔剣はヤバいと覚えてもらいたい。
ジジイは俺の目配せに頷きで返した。了承を得たってことだろう。
「……リーベの持ち主がフェグングっていうんだけど、そのフェグングが魔剣リーベで恋人のサローフを刺し続けたんだよ。何十回何百回って数じゃなくて、地下数キロの深さにいたるまでずーっとザクザクザクザクザクザクザクザクって」
「うへっ……」
俺の右腕を包むリミスタの手に力が入る。眉を八の字にしてサローフの痕孔のあたりを見た。膨らみのない胸板が腕に押し付けられている。理不尽さを感じた。
「フェグングと魔剣リーベが発見されたとき、フェグングの体は腰から下と左腕がなかったらしい。つまりフェグングは、恋人のサローフの体の原型がなくなった後に自分の体も命尽きるまで刺し続けたんだよ」
「うぅ……」
このリーベに関する事で特徴的なのは、持ち主のフェグングも恋人のサローフも女だったという点だろう。なんか……すごい。女の子怖い……。
「ちょっと離れたとこにアグモスの断山っていう魔剣シエンで真っ二つに斬られた山があるけど……行く時間あるか?」
途中でリミスタから視線を外しジジイに問いかけた。ジジイはなぜかしばしの間答えなかった。
「……もう帰るべきじゃな。その意思がないなら観光を続けよう」
「……」
そうだ。なんで忘れているふりをしているんだ。俺はもっと強くならなくちゃいけない。観光をしている暇があったらずっと剣を振ってないといけないんだ。
「そうだな。今日帰れるか」
「夜の便の席なら取れるじゃろう。それに乗るのならすぐに戻ろう。ここからじゃと近場の空港でも時間がかかる」
「わかった。リミスタ、もう帰るけどいいか?」
「……うん」
日常に戻る。前と同じく見栄えという概念を黙殺した服を着て剣を振る。左手も右手も問題なく稼働している。スレンセノスから帰った日、寝て次の日起きると完治されていた。当初は元どおり? になった左手に違和感を覚えていた。それまでの俺の腕とは異なるのだから、生やした腕に違和感があるのは当たり前だ。
この森に帰ってきてから大きな変化があった。リミスタだ。彼がコミニュケーションを取れるようになったことで、繰り返しの日々が変わり始めた。
まず、彼は剣技を学びたいとジジイに言い出した。俺はそれを止めたりはしなかった。俺はリミスタよりも小さい頃から冒険者になるため頑張ってたいたし、止める理由がない。ジジイの方はリミスタの願いを快諾した。
なんであんな嬉しそうに引き受けたのかがいまだにわからん。……あれか、リミスタがおじいちゃんおじいちゃんと呼んでいるからか? 老人ってそんなので喜ぶの? ……考えてみればリミスタみたいな子に懐かれればなんでも聞いてしまうな。俺もお兄ちゃんとか呼ばれて何かお願いされたら絶対聞いちゃうもん。「死ね」とか言われてもキ◯ア並みに実行する。
そんなわけでリミスタも現在修行中だ。三日に一回ほど間隔で俺もリミスタと手合わせをしている。勉強もそうだが、一度覚えたことを誰かに教えるとその知識への理解が深まる。だから俺は、リミスタと剣を交えることを無駄だとは思わない。むしろ俺の成長をうながすとすら考えている。
夜明け前、俺はこれまでと変わらずあの断層を削る。リミスタはジジイと走ったり筋トレしたりして基礎体力づくりにはげむ。朝飯を食べ、俺はジジイと真剣で斬り合う。その間リミスタは畑仕事をしている。午後は俺とリミスタ対ジジイで戦う。二対一だというのにジジイは余裕でそれぞれを同時に相手取っている。俺の攻撃を受けながら、リミスタにどう動けとかここの動きが悪いとか言っている。リミスタは畑仕事で疲れて長い間戦えないので、すぐに俺とジジイの一対一になる。リミスタは俺たちの戦いを見ながら色々勉強しているようだ。
俺もジジイもリミスタとだいぶ打ち解けてきた。食卓はいつも賑やかで笑顔が溢れている。毎日が楽しい。このふたりがいれば、死ぬほどきつい修行だって乗り越えられると本気で思える。
リミスタが喋り始めて半年が経った。時間が流れるのが早すぎる。俺も年取ったな。俺とジジイはリミスタを寝かせて晩酌していた。
「ジジイ」
「なんじゃ」
「果ての地へ行った魂ってさ、どのくらいそこに留まってるんだよ」
「わからぬ」
魔物の領地の方にあるんだもんな。検証するのは難しいか。
「ジジイが果ての地に行った時に誰かと会ったか?」
「ああ……会った。その時はそいつが死んでから半年後じゃったかの」
「…………そうか」
俺の聞きたいことを察したのか、ジジイは勝手に話してくれた。半年か。シーンが死んでとっくに一年経った。今は晩春。秋を迎えた時にシーンが死んで二年目となる。
「急ぎたい気持ちはわかるが今のお前ではまだ足りておらぬ。お主自身わかっておるはずじゃ」
「……わかってる……けどさ」
「もし、魂は半年で消えて無くなると言われたとして、お主は諦めるのか」
諦めないだろう。どれだけの証拠を俺の前に提示されて説得されようがこの目で見るまでは、決して断念することはない。……なんだ。何を気にしていたんだ。
「今は立ち止まるな。道半ばで歩みを止めて出た結果に、己が納得できるはずがない。本気で挑んで実らなかったならそれはそれでよい。しかし本気で挑まずに後から引きずることには意味も価値もないのじゃ」
「辛辣だな」
きっと戒めとか自分に対する嘲笑なのだろう。ジジイは道半ばで歩みを止め、後悔したのだ。もしかすると今でも後悔しているのかもしれない。だから俺の背中を押すのだ。自分と同じような思いを抱かぬように。
「やるのなら最後までじゃ」
たとえ向かう先に何もなくても、そこにたどり着くために本気でいることに価値があり意味がある。
人生に意味も価値も求めてない。でも、また今までみたいに後悔したくない。
「どうしても折れそうな時が来る。その時は誰かに話せ。ワシでもリミスタでも、そこらにある壁でもよい」
「……そうだな。……え、壁? 壁に話しかけるとか絶対手遅れだろ。すでに心折れてるよそれ」
「じゃあ空気ならよいのか?」
「虚ろな目でぶつぶつ空気と会話しろって? それ病院行かせないといけないレベルだから。あんた俺をどんだけ病ませたいんだ」
「ストレスで髪の毛が白くなって、事あるごとに第二関節をポキポキ鳴らすくらいかの」
「耳にムカデ入れたりして拷問でもする気かよ」
しばらく駄弁を交わした。灯りを消して俺たちも寝る。酒で温まった体はじきに深い眠りに落ちた。
◇
「ワシはリレエンクエンにいく。ふたりで留守番をしておくんじゃ」
「唐突すぎるだろなんで昨日酒飲んでる時に言わないの?」
ジジイが街に行ったので俺とリミスタで剣を交えていた。そしてジジイは昼に帰り、俺たちは昼飯を食べるべく家に入った。昼飯を待っている俺とリミスタに、ジジイは告知もなくそう言ったのだ。
「なんで?」
リミスタが首を傾げてジジイを見る。この孫的オーラをまとった精神攻撃ですべて吐くだろう。ジジイはリミスタに甘いからな。
「呼ばれてな」
「誰にだよ。死んだ仲間とかか?」
「死のしらせではない。いろいろあるのじゃ」
「ぼかすなよ」
「いろいろあるのじゃよ……」
なに隠してんだ。納得できるかよ。
リミスタに視線を送ると、リミスタは俺の視線に反応しちらと視線を合わせ、ジジイに顔を向けた。
「いろいろ……?」
もうリミスタくんよしよししてあげたい。なんとなくでやったアイコンタクトにちゃんと応えてくれるなんて嬉しすぎる。ズッ友だよ!
ジジイがうつむいて顔を手を当てる。言いたくないけど言いたいという相反する思いに結論を出そうとしているのだろうたぶん。リミスタのかわいさにやられただけかもしれないが。
「………………近いうちに天災が起こる。それについて助力願いたいと招集された」
「その天災ってなんだよ。……それは言えないか」
「すまぬ」
「連盟に呼ばれたのか?」
「…………そうじゃ」
現役を引退しているがジジイはクソ強いし何かあれば呼ばれるわな。けっこう歳いってるよぼよぼの老人をこき使おうとか連盟さん無慈悲すぎるだろ。
「ねえ、リレエンクエンに僕も行きたいんだけど……ダメかな?」
「よいぞ」
「待てよ何即答してんだよ。さっきの話の感じからあんたの招集って機密なんじゃねえの? 絶対連れてったらダメだろ」
「子どもひとりどうにかなるじゃろ」
「いや……」
リミスタはまだ幼いといってもそろそろ成人するぐらいの年だぞ。さすがに無理があるように思う。
「大丈夫。あちらもワシがお前たちと居ることを知っておる。招集場所にお前たちが近づかなければいいだけの話じゃ」
「そんなもんかなあ」
連盟としてはジジイを呼んでいるという立場もあって、厳しく制限はしないだろう。年齢からもジジイは重鎮であろうし少しの無理は通しても良さそうだ。
「やった! じゃラウスも行こう!」
「……俺?」
嬉しそうに俺を見るリミスタへの視線を切り、ジジイに確認をとるように視線を向けた。ジジイは少し動きを止めて、静かに答えた。
「お主の自由じゃ。ここしばらくの停滞を解消するための気分転換にはうってつけかもしれないぞ」
停滞を解消、か。
俺は近頃伸び悩んでいる。ふた月ほど前から成長している実感がない。それに、停滞というよりもわずかに後退しているとさえ感じる。前にできたことができなくなって、新しいことは何もできない。
対してリミスタは、凄まじい速度で成長している。俺がこのままだと、リミスタは三か月も経たないうちに俺と並び追い越すだろう。彼はそのくらい吸収が早い。転生モノで幼少期から魔法を練習すればすごい実力になるという流れがあるが、おそらくリミスタはそれだ。飲み込みの早い子供の時期に、集中できる環境と確かな実力のある人間に師事することで脅威的な伸びを見せている。
俺はまだ二十数歳で、若い。だがいくら若いといえども十数歳のリミスタの若さと成長ぶりには敵わない。
リミスタに追い越されるのは嫌だ。この感情はプライドとかそういうくだらないものなのだろう。破壊的で消極的な、生産性のないくだらないものだ。でも、なんだ。このまま燻ったまま、横から通り過ぎていくリミスタを眺めてるだけなんてごめんだ。
リレエンクエンに行くことで現状を変えることができるなら、行かないわけがないだろう。
「リレエンクエンに行こう。三人で」
◇
「窓遠いなー」
「フエリオの時は行きも帰りも窓際だったっけ」
「うん。また窓のある席座りたかったなあ」
隣でリミスタがしょんぼりする。なんだか俺にもそのしょんぼりがうつり暗い気持ちになった。前回は飛行機に乗り込む前にジジイと魔剣の話をした。その時のエピソードが連鎖的に思い出され吐き気をもよおす。気分が落ち込み体調が悪くなる。
リレエンクエンに行くにあたり、ジジイがまた不正をして俺たちを出国できるように手を回してくれた。権利の濫用あざす! そして実行犯であるジジイは前回と同じく隣ですでに寝ている。周りがうるさいのによく寝れるなと、感心と呆れで口元が緩んだ。
服は三人ともにまた新調したものを着ている。リミスタは子供らしい服を、俺は大人らしい服を、ジジイは老人らしい服をそれぞれ身にまとっている。
リレエンクエンは経済大国というのもあってか観光客は非常に多い。そのなかに修学旅行生らしき集団があり後ろの方固まって座っている。そいつらがめちゃくちゃうるさい。〈噴放〉を当てて黙らせたいが、飛行機の内部で魔法や魔術を使うと警鐘がなるらしく下手にそういうことはできない。
事故ることなく無事リレエンクエンに入国し、高そうな高層の宿屋で手続きを済ませる。フエリオの前線でも人が多い多いと嘆かわしく思っていたがここはその数倍の人混みがうごめいている。平日なんだけどな。人多くないか。連休ではないはずだがこんなもんなのか。
二十階という高さの窓から街を見る。背の高いビルが多い。離れたところに大規模な遊園地を見つけた。世界の各所に作られている名の知れた遊園地だ。魔剣の痕跡を展示するようなアホなことはしていないだろう。あの遊園地は私営じゃなくて国営だからなあ……公式が頭おかしい。
「ワシは明後日まで帰って来れぬ。お金はラウスに預けるからふたりで観光するんじゃ」
「了解」
これって実質リミスタと観光しに来たようなものだな。とりあえず遊園地に行くか。子供はみんな遊園地好きだし。




