ジジイが死んで
「シャ──────!!」
俺が攻撃した方のミミズの個体が、大雑把な動きで這いずって肉薄する。動きは危険視するほど機敏ではないが、重量とあの鱗だと一撃貰えば俺の〈魔功〉は破られ痛手は必至。
大きく弧をえがきながら後方へ回り込む。そうするともう一体のミミズもどきの魔物が反応した。頭を持ち上げ体をたわませる。ぴょーんって感じで攻撃するのだろう。二体の魔物の間に駆け込む。俺に口を斬られた方のミミズは尾を高く上げて叩きつけ。横に跳んで避けた。少し遅れてもう一体が頭部から突っ込んで来る。その攻撃が先ほど振り下ろされた尾に直撃するよう位置どり、すんでのところで飛び上がって回避した。
「キィアアァ〜〜〜!!」
ンギモッヂイィィィ!! 俺を襲った攻撃が、後方の魔物に直撃した。攻撃を受けた方の魔物は鱗が砕けて肉片がのぞいている。攻撃を加えた方は無傷だ。予想通り口周辺の鱗の方が強靭だということか。
敵同士でも攻撃判定が出るゲームで、敵を壁にして攻撃をやり過ごす時のあの快感。まさか現実でも味わえるとはな。ッシャッ! この調子で行くか!
跳んで、駆けて、攻撃をかわしていく。魔物の鱗の上を走ったり、蹴った反動で距離を離したり、好き放題やった。地下水路のような狭い空間でなかったのが幸いし、思う存分動き回れる。
「クソが!」
飛行型の魔物十数羽が、滑り降りてくる。標的は俺たち。空からの魔物を剣で払い、数匹を屠る。ミミズの魔物たちのチームキルを誘いつつ、陸と空それぞれからの来襲を刻んで殺した。
大きな揺れが体を襲う。震源に視線をやると砂煙が上がり、かなり広い範囲が陥没していた。
「お……おいおい……」
まさかジジイが生き埋めに……?
「クソ!」
魔物たちはそんなことお構いなし俺たちの命を刈り取ろうと牙や爪を向けてくる。
気づけば、体が勝手に動いていた。意識と無意識のはざまにある感覚が、敵を見つけて斬りつけ、必死の手からしりぞかせた。ひたすらに殺して走って傷つける。いつ終わるのかわからない戦場を、殺すことで生き延びる。
背中におぶさるショタが俺に抱きつく力は徐々に弱まっていた。
もう疲れていたんだ。自分でも驚くような集中力が発揮されていたが、持続時間はそう長くない。一瞬だけ、警戒する範囲にほころびが生まれた。対処すべき猛攻のせいでそのほころびに俺は気づけなかった。
俺はまぬがれたはずのミミズの攻撃を受けてしまった。
「あぐっ……」
先鋭なる黒き鱗が、右のふくらはぎをたやすく裂いた。終わることのない魔物たちの攻撃。踏ん張りのきかない足で踏み込んで振るう剣の威力は、いうまでもなく弱かった。急所を狙わずとも一太刀で殺せていた魔物は五回斬りつけても死なない。急所を狙おうとするが、大型のミミズの魔物が繰り出す重撃を避けるので精一杯だ。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
明らかな劣勢。増え続ける魔物を処理しきれない。意図せずミミズの魔物がたまに殺してくれるのは助かる。しかしこのペースで魔物が増えると邪魔で行動範囲がなくなる。
「クソ! ダメだダメだダメだクソ! クソ!」
窮地に立たされ、集中力が欠け始めた。〈魔功〉や〈噴放〉の発動が不安定になる。負担のかかる左手と左足の悲鳴。極限状態で痙攣しだした背中のショタ。
勝てない。死ぬ。
不安な思いが剣を鈍らせ、足が回らなくなる。意識に霧がかかったようだった。眼前の出来事の対処方法が浮かばない。この先の戦いの流れを設計できない。
「あああああっ!!」
犬のような魔物が俺の肘に噛みついていて、振りほどこうとした時には噛みちぎられた。激痛で思考を空白が支配する。
もう戦えない。逃げなきゃ。脱出口を探るべく周囲を見回す。
「クソ……」
逃げ道なんてどこにもなかった。大型の飛行する魔物が近づいていた。俺が戦っている個体とは別の黒ミミズの魔物が、六体ほど近辺に居た。
首に回されていた手と腰を掴んでいた足が解けて、背中に乗っていた重みが消えた。即座に振り返り確認する。足元に、目を見開いて全身を痙攣させるショタの姿。ショタの顔は恐怖のせいか青ざめていた。
「……。俺が守る……だから落ち着け。踏まれないように気をつけろよ」
〈魔功〉の発動をやめる。けっきょく習得には至らなかったあの魔術を使うしかない。頼むぞ俺。あんなに血眼でジジイと修行したんだ。こんな時に役に立たなくてどうする。大丈夫。
混濁した意識の中無心に剣を振った。剣を握る手も剣もない。斬れているのか、ただ殴っているのか、もうわからなくなっていた。ずっと揺れて、轟音が鳴り響いている。それが錯覚なのか現実なのかもわからない。
動いているものすべてに反応して殺した。立てているのか倒れたのかわからない。けれどまだ俺は死んでいない。戦えているのだろう。魔物は俺の抵抗を嘲るように次々と襲い来る。あまねく相手をする。終わりはこない。
魔物の骸から流れ出る魔力であたりの魔力濃度が高まっていた。意識が定まらないのはそのせいなのだろうか。体力はすでに限界を迎えている。肺が呼吸をするたびに痺れるように痛む。体は数え切れない傷をもらっていた。体のどこが痛いのか、その箇所は欠損せずに動けているのか、何もわからなかった。
世界がぐるぐる回っているように見える。天も地も右も左も把握しきれない。
いつまでこうしていられるのだろう。魔力が尽きたらぱったり倒れてしまうんだろうか。ショタはまだ生きてるかな。俺が誤って踏み殺したりしてないよな。
いつまでもいつまでも殺した、と思う。もしかすると俺が今見ている景色は死ぬ前に見るおぼろげな幻なのかもしれない。現実かどうかなど確かめようがないのだ。
「───!」
終わりは来るのだろうか。永遠に続くのかもしれないと思わされてしまう。永遠に続くのならそれも良いかもしれない。終わりはきっと、俺の死と連れ添って訪れる。俺が死ねばショタも死ぬ。嫌だ。もう目の前にいる親しい人を失いたくない。
「ラ──!」
もう潮時なのではないかと思ってしまう。俺が出会ってきた人たちの中でもっとも優れた剣士の下、俺は研鑽を積んだ。同輩たちと比べれば、白兵戦で俺に勝てる奴はいないだろう。そのくらいには強くなった自信がある。それでも勝てなかったのだ。己の持てる力の限界はとうに超えた力で勝てない。誰が俺を責められる。
「─ウス!」
って、何考えてんだ。諦めるな。諦めるなら死んでからだ。あとすこし、俺の灯火が消えるぐらいまでは頑張ってみようか。
「ラウス!」
ラウス……? ああ、俺か。俺の名前だったな。しかし誰の声だ。誰が俺を呼んでる。
「ラウス! しっかりして!」
悲痛な高い声。シーンなのか?
「ねえもう魔物いないよ! 敵はいないから!」
シーンよりもっと幼い。誰かはわからないが答えてやらないと。……でもどうやって。俺は今、自分の体の制御の仕方がわからない。
「ぅ……あ…………」
声の主に揺さぶられて、段々と意識が鮮明になっていく。轟音と揺れがいまだ続いていた。幻聴や幻覚のたぐいではないことを祈る。
「はあ…………はあ…………」
俺は立っていた。満身に傷がある。なぜかあまり痛みは感じなかった。興奮すると分泌される生理的物質のおかげだろう。嗅覚が思い出したように臭いを拾い始めた。そこら中から魔物の死臭がする。言いようのないいとわしさで、つい吐いてしまう。
「うっ……おぅえ…………」
「大丈夫!?」
声の主が俺を支えている。声の方を見た。
「………………お前……」
「……とりあえず、座ろ。これ以上動いたら体が保たないよ……」
「……そうだな」
俺は肩を借りながら、ゆっくりゆっくり魔物の山を越えて地面が見える場所にまで移動した。元々は囲炉裏だったらしい四角く積まれた石に背を預けて、ふたり並んで座る。警戒するだけの余裕がなかったため呆けていたが襲われなかった。魔物は近くにはいないみたいだ。
とにかく気分が優れない。吐き気が消えることなく、ずっと喉のところに居座っていた。ぼろぼろの足と肩が小刻みに震えている。
どちらも言葉を発さない。暗くなり始めた秋空。陽のある方角は部分的に七色に染まっていて綺麗だ。遠くの空が滅多に明るくなった。前線あたりで冒険者が魔法でもぶっ放しているんだろう。魔物との戦いは終わっていないということだ。
「…………なあ」
「…………何?」
「ここでくたばってる魔物って全部俺がやったのか」
「半分くらいはおじいちゃんが」
「……ジジイが? そっか……」
俺が先ほどまでいた場所をみる。あのミミズもどきが十体近く転がっている。他に、数え切れないほど魔物が死んでいた。あれの半分も倒したかな。はっきり覚えていない。
「ジジイはどこにいんの?」
「地下水路に戻って行った……」
「年寄りなのにまだやる気か」
魔物ってこんなに強いんだな……。果ての地まで行くとするとひとりでは厳しい。俺と同じかそれ以上に強いやつらを何名も連れていないと魔物の領地を超えられる自信がない。冒険者になれば俺より強い人材はいくらでもいるだろうから仲良くなって協力してもらおう。魔物から領地を奪還する任務とかあればいいんだけど。
大進行はまだ続いている。いたる方角から叫び声や咆哮、破壊音が空気を揺らしている。ふたり間には、周囲と反比例するような静寂があった。
「……俺、ラウスっていうんだ。よろしく」
何十分かして、再び朦朧とし始めた頭で名乗った。
「……うん。僕はリミスタ。よろしくね」
砂や土で汚れた顔で、俺ににっこりと笑いかけ名乗った。どうやら俺が脳内でショタショタと呼び続けていた少年の名前はリミスタというらしい。半年以上の付き合いでようやく判明した。
◇
「もう一週間経ったな……。ジジイ向こうで元気にしてるかな」
「……あの人なら元気にやってるよきっと」
あの日から七日過ぎた。俺とリミスタは前線のあるフエリオから離れ、ブルグィスという街を訪れている。現在そのブルグィスにあるテーマパークに俺たちは居た。俺とリミスタは木陰に入った長椅子に座っている。リミスタが左隣でさっき買ったアイスを左手に持ちぺろぺろしている。俺はリミスタが右手に持ったアイスをぺろぺろさせてもらっていた。なぜそんなことになっているのかというと、まだ左手は再生させていないのでちぎれたまま無いし、右手も動かないからだ。
服は俺もリミスタも新調した。俺はまあこのスレンセノスに入国したときとほとんど変わらない組み合わせだ。リミスタは上に白の長袖に黒の袖なしジャケットを、下は体にピッタリ合う濃い灰色ジーンズだ。モノトーンでまとめているせいか見た目年齢が一気に上がった。リミスタよ、若いうちは若い服装をした方がいいぞ。若いのは今だけなんだから若いときにできる格好を若いうちにしよう……。
「いや目の前におるしな。まるで死んだみたいに言いよって」
チョロスを持ったジジイが前から歩いてくる。ジジイの服も新しいものだが……なんだ、いかにも老人といった服装だ。もっさもっさの髪と髭でただの小綺麗なホームレスみたいになってるが。
「生き埋めにされたとか実質死んだようなもんだろ」
「なんじゃ実質死ぬって。生きとるから」
ジジイはリミスタとは反対側の俺の隣に腰かけた。さっそくチョロスをかじり始める。
リミスタが初めて名乗った後、俺たちはしばらくその場に止まっていた。すると、地面からジジイが這い出てきたのだ。マジでビビった。前触れなしに出てきたもんだから、俺はビビリすぎて傷が開いたしリミスタが俺に抱きついてきてさらに傷口が開いた。
話を聞くと、ジジイは地下深くで、超巨大なミミズもどきのボス的なのと戦っていたらしい。本当に何やってんのって感じだ。
そんでどうにか生きてた俺たち三人は、ジジイに誘導されて別口から地下水路に入った。ミミズもどきのせいで所々崩壊していてかなり時間がかかったがどうにか街へ出た。街は魔物の進行で大混乱におちいっていた。鳴き声とか叫び声とかすごくてひどくうるさかったのを覚えている。
ジジイも酷い怪我を負っていて、俺も重体だったのですぐ病院へ。たくさんの負傷した冒険者たちも運び込まれていた。俺たちは長時間待たされるのを覚悟したがそんなことはなかった。病院には、連盟から前線に派遣されていた回復魔法を使える数名が来ていた。俺らも回復魔法で傷を塞いでもらった。体の欠損部分の再生には大量の魔力が不可欠というので、俺の左腕を治すのは後日となった。右腕より足を優先して治してもらったので右腕は不能のまま。足は問題なく使える。
ジジイは欠損がなかったため、完治とまではいかないがほとんどの傷が癒えている。
「チョロスって値段と量が割に合ってないと思わない?」
「金には困ってないからのお。気にしたことなかったわい」
「その発言マジでクソすぎるからな人前ですんなよ」
「ふふ」
リミスタが笑う。数日前の表情からは想像ができないほど明るい顔だ。ああ……胸がきゅんきゅんする。リミスタマジ可愛い……。リミスタは言葉を話し始めてから喜怒哀楽の表現が顕著になってきている。昨日だったかな、怒ったとき「もう!」って言って片方の頬膨らませたんだぜ……あざとい……あざと可愛い……。容姿は女に見えなくもない中性的なつくりだし、仕草とかも俺的にグッとくることが多くて最高なんだけど……男なんだよなあ……。この顔で俺やジジイと同じあれが股にぶら下がってるって不条理すぎないか。
「そろそろあれ見に行こう」
「そうじゃの」
長椅子から立ち上がって、パンフレットを持つジジイを先頭に歩き出す。リミスタが俺の腕を抱えた。こっちに来てからずっと手を引いていたのでそれの名残だ。ああっもうああああああ男なんだよなああああ。
目的の場所にはすぐについた。このテーマパークの目玉のひとつでもあるのでわかりやすい場所にそれ設置されていた。設置されていたというのは語弊があるな。これを中心としてこのテーマパークが作られたのだから。
「ここじゃな」
めちゃくちゃ大きなドーム型の施設のの中心に、手すりで囲まれた小さい空間がある。そこだけ道が整備されておらず、岩肌が見えていた。客はその囲われた場所を数秒も直視することなくすぐにその場から立ち去って行く。目玉の見世物なのにお客の回転が異常なほど早い。そばに立っている看板を見れば「お子様や魔法や魔術に対する抵抗が低い方はこれ以上近づかないでください」と書かれている。
「お前も見るか?」
「ラウスが行くなら……行く」
何この子超可愛い。リミスタは俺より背が低いからリミスタが俺を見ると自然と上目遣いになるんだよなあ……ああ……これまでは特に何も思わなかったけど今はヤバいわ。
というわけで三人でその囲われているところまで歩いた。
「うっわ狂気しかねえだろこれ……」
「異様な魔力じゃの……長い時間直視できぬわ」
なんといえばいいのか……。これぞ狂気! みたいなものがそこにあった。




