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遭遇

「俺のことか?」


「ワシじゃろ」


「おい、防具屋から引き取り書類は受け取ったか?」


 俺らの会話を無視して鍛冶屋のおっさんは話しかけてきた。


「これじゃ」


 ジジイが紙を手渡す。おっさんはその紙を見ながら灯りの届かないところに歩いて行った。


「お主、鍛冶屋は初めてだったか」


「鍛冶屋もだけど防具屋も初めてだよ。もっと荒々しい感じだと思ってたけど普通の店と変わんないな」


「サービス業も兼ねておるしの。客に気に入られなければ売れるものも売れなくなる」


「まあな」


 そんな会話をしているうちに、おっさんが戻ってくる。その手には剣が一本。差し出されたそれを俺は受け取った。


「注文通り刃は潰してない」


 おっさんの言葉を確かめるため、鞘からわずかに剣を抜く。刃の部分が線のように鋭く燐光を放っていた。確かに刃は潰されていないようだ。潰されていたとしても、見た目に影響がないていどなら力技で切れちゃうんだけどな。


「良い旅を」


 おっさんはそう言って影に戻って行った。

 代金は? と思ったがすでに先の店に支払っていたのだろうと勝手に納得する。


「行くかの」


 タクシーを拾って観光地から離れ住宅街へ着く。一気に鎧を着ている人間が減った。というか居ない。タクシーを降り、ジジイについて行く。ジジイは時々立ち止まりながら路地を進む。


「ここじゃな」


 ジジイが歩みを止めた。住宅地の奥へ奥へ進んだ先にあるただの一本道。そこのわきに遊具の置いて居ない空き地があった。手入れがほとんどされていないようで、背の高い雑草が鬱蒼と茂っている。ジジイがためらうことなく足を踏み入れた。俺は左手に箱を抱え右手でショタの手を引いてその背中に続く。

 俺たちが近づくと葉に留まっていたであろう虫が飛び交った。ショタは虫に対して恐怖を抱いていないのか、自分の服や鎧に虫がついても反応がなかった。人に対してもそうであってくれないかな。


 ジジイが止まる。足元には、下水を覗ける金網らしきものが取り付けられている。そうとう古いものに見えた。


「なにそれ」


「地下水路への入り口じゃ。古代の住民たちが作り上げたものじゃな。百年近く放置されておる」


「……まさか、その地下水路が前線につながってんのか」


 ジジイが振り返る。そして良く出来ましたと言わんばかりの明るい声を出した。


「その通り」




 ジジイの持った懐中魔灯で内部を照らしながら行く。俺は〈噴放〉をつかい、周囲の虫や小動物を追い払いながら歩いていた。非常に少量の魔力しか使っていないので、人間の子供でもほとんど影響はないだろう。


「気分は大丈夫か?」


 ショタはこくっと頷く。すでに干からびた地下水路では暗く表情がはっきりと見えない。本当に大丈夫か不安だ。


 地下水路には数え切れないくらいの分かれ道があった。ジジイは、上部にある標識代わりの文字の掘られた岩を確認しながら先へ向かう。標識の役割を持つ岩は、分かれ道とまっすぐの道の中腹にそれぞれはめられている。そういえば標識より低い位置に謎の金具が等間隔に並んでいる。松明でも立てておくものなのだろう。


 代わり映えのしない景色を延々と見続けた。ショタの体力が心配だったが、休もうかと声をかけるたびにショタは首を横に振った。存外体力はあるようだ。


「あとどのくらい歩けばいいんだ」


「数分ほどじゃの。もうすぐじゃ」


「けっこう歩いたけどこれどこに出るんだ?」


「警戒区域をすこし超えたところじゃの」


 警戒区域は冒険者が巡回してる範囲だよな。まあ見つかったらまずいし連盟の目が届かないと場所に居ないとな。


「うむ……」


 ジジイが立ち止まる。


「どうした」


「何かおるの」


 ジジイは壁に体を向けて壁に光を当てた。壁は他の箇所よりも崩壊が進んでいる。地面には土や壁を形作る岩の一部が落下していた。今更だけどここって何百年とか前に作られてた施設。……崩壊しそうで怖い。


「蛇とか出ないよな……」


「出るかもしれぬな。行こうか」


 ジジイが正面に光を向けた。


「ラウス走れ!」


 殺気が爆散し空間に広がった。手に持っていた箱を放り、ショタを抱える。〈魔功〉〈噴放〉を共に発動し、地面を砕くほど踏み込む。ジジイの背後を通過するのと同時に壁からそれは飛び出した。迅速にその場から退避する。


 壁が崩壊。土煙でジジイのいた場所の様子が不明瞭だ。壁からかなり巨大な何者かが這い出る。煙を越えてこちら側にその体の一部を見せた。黒く鋭利な岩を思わせる鱗が全身に生えている。地中を削って進むためにこのような形状の体表なったのだろう。


「ジジイ! こいつ……」


「魔物じゃ!」


 魔物は人間と動物を食らう。理由は、捕食したそれらから魔力を得るためだ。自然界に存在する魔力と、人間や動物が保有する魔力は形式が異なる。それゆえに彼ら魔物は人間と動物を襲い、食らって、獲物に含まれる魔力を養分としてその身に蓄える。


「まっすぐ進めば入ってきた穴と同じような穴がある! そこから出て警戒区域へ向かうんじゃ!」


 ジジイの声に呼応したのか、煙の中のそいつが動いた。大きな衝撃が起こり水路全体が揺れた。再び粉塵が舞う。

 俺はこのままこの子を連れて逃げるべきなのだろうか。ジジイの元へ行ってこいつをこの剣で切り裂くべきではないのか。


「早くするんじゃ!」


「俺も……戦う」


「その子を誰が守る!」


「……」


 そうだ。この子だけを行かせては危険だ。かといってここに残すのは論外。


「クソ。さっさとそいつ殺して戻ってこいよ!」


 鎧を装備し何倍にも重くなったショタを抱えて走った。十数秒でそれらしき穴を発見した。


「なんだこの音」


 重低音が絶え間なく響き渡っている。まさかこんなところに窓全開で悪趣味な曲を垂れ流してる車は走ってないよな……。


 気にしていられず近くの梯子を登る。重さに耐えきれなかった何本かを足で踏み折った。天井までたどり着き、上部の蓋を殴り飛ばす。まずはショタを持ち上げて外に出し、すぐに俺も出た。


 街の跡地といった感じだ。崩壊した石造りの家々と石畳の道がそこら中にあった。どれも黒く焦げた跡がある。火事の跡という風ではない。焦げ跡は一方にしかない。視界をさえぎる雑草を、警戒区域側から魔法で焼いたのだろう。


「これ……どうしようかな……」


 唸り声があたりから聞こえてくる。そして鳴り響いていた振動は収まるどころか音と揺れを増しているようだった。


 左腕でショタを抱き寄せる。右手で掴んでいた鞘を手から離して、柄を素早く持つ。剣を振って柄を放り捨てた。刀身が陽にさらされて白く煌めいた。


「……一匹残らず殺してやる」




 ◇




 六本の足を動かし迫ってくる犬のような魔物。茶色と紫のまだら模様をした毛並みが気持ち悪い。その魔物の顔面を蹴って砕く。背後から飛びかかって来るのは、前傾姿勢で二足歩行の蜥蜴に似た魔物。そいつを振り払った剣で斬る。胸に入った剣が骨に阻まれ止まった。〈噴放〉で押し込み内臓まで刃が届く。

 魔物を初めて殺したとき、罪悪感のようなものを感じた。だが殺さねば殺される状況でそんな甘えたことは言っていられなかった。だから何体も殺した。心は麻痺することなく、相手の命を奪うたびに苦しくなる。


 ショタを庇いながら、次々と姿を見せる魔物を斬り伏せていく。警戒区域に行こうにも魔物に攻撃を受けながらがらではなかなか進めない。


「クソ!」


 殴って斬って蹴って殺す。

 あまりの物量に、さばききれず攻撃を食らってしまう。俺もショタも鎧を身につけているため急所への被害はまだないが、鎧に守られていない部分にはいくつもの怪我がある。魔物は容赦がない。しかし、俺に傷を与えられるだけの個体は少ないため今のところ大きく劣勢には立たされていない。

 地面に数十を超える魔物の屍が転がっている。二度、足を取られ態勢が崩れた。このまま足場の悪い状態で動き続けるのは危険だ。移動をしなくては。


「おい! 場所を変えるぞ!」


 ショタに怒鳴るつけるように言った。なにせ魔物の雄叫びや絶叫が飛び交い、普段の声量では到底届かない。ゲーセンの音ゲーコーナーにいるような状態だ。

 休む暇なく首を回し、敵を認めて殺す。右腕が疲れてきた。動きが鈍い。犬もどきの魔獣の前足を二本とも斬り飛ばす。わずかに生まれた隙に、剣を持ち変え、左側から躍り出た魔物を視界の端で捉え斬りつける。足元にある犬もどきの魔獣の頭部をかかとで潰す。

 襲撃が止んだ。ショタを抱え生き絶えた魔物を避けて走る。死体の分布が半分ほどの場所まで来た。ショタ目掛け、足の発達した猿のような魔物が両手を広げて飛びかかる。ショタを抱えていた右腕を解いて、魔物の下顎に拳を叩き込む。


「あぐっ」


 俺の右の前腕に、その魔物の蹴りが入った。〈魔功〉が砕け、骨が折れる。俺の拳の威力はそこで消えた。魔物が空中にいるうちに、身を出して右肘を打ち出す。魔物の脇腹に入り、骨を砕く音と内臓の潰れる感触がした。魔物の体は家の壁だったであろう石に当たり死んだ。


「クソ!」


 右手が使えない。肘から下あたりから感覚がない。さっきの魔物を下した時のように肘を使う攻撃はできなくもないが、リーチが短すぎる。使えるのは左手の両足。この子を守りながらはなかなか難しいぞ。


 地面が小刻みに揺れた。さっきから起こっている振動とは別物だろう。発生源が限定的すぎる。てかこれ下に何か居る。

 ショタを……だめだこの手じゃ抱えられない。剣は手放せられない。クソ。


「怪我すんなよ!」


「わぁっ!」


 変声期前なのか女の子のような声を出すショタ。俺が蹴り飛ばしたショタは先の方へ落ちて転がった。ショタが落下した地点へ走り出す。

 左足が地面を捉えたのと同時に、地面が盛り上がり体が前にかしいだ。地面から黒い塊が空に向けて飛び出す。立っていた地面が細かく割れて前に転げた。顔を上げ後方を確認した。そいつはジジイと交戦中であるはずのあの魔物だった。全身が金属のように光を反射している。大樹がそのまま魔獣になったと言われても納得できるぐらいの巨大さだ。こいつから発せられる圧力に後ずさる。


 鱗から蛇っぽい魔物かと思っていたが、陽の下で見るとそうではないのがわかった。多分ミミズだろう。顔があるであろう箇所の先端は丸っこくなっている。ただしそこの鱗は他のどの場所よりも分厚そうだ。掘り進めるうえで体の先端が一番頑丈でなければならないからだろうか。


 その魔物の顔面が割れた。六つに分かれて広がる。口なのかそれ。口腔には無数の触覚らしきものがうごめいている。きっも。

 てかなんでこいつがここに居る。もしかしてジジイから逃げて来たのか? ならばすぐにジジイの応戦があるな。もう少しだけ持ちこたえよう。

 頭を持ち上げこちらに口を見せてくる魔物。にらみながら後方にいくどか跳躍した。横たわり魔物を見上げるショタの隣で止まった。


 左後方からの気配を感じ、剣を横薙ぎに振る。あの魔物から目が離せないので視線は動かさない。斬りつけた手応えと絶叫からそいつが死んだことはわかった。


「早くしろジジイ……」


 ジジイは現れない。こちらから仕掛けたいがショタをひとり残すことはできない。だから待機だ。

 再び地鳴り。今見上げて居る魔物が出現した時と同じような音と振動。


「嘘だろ……」


 再び地面から突き出す黒い影。同じ種類の個体がゆっくり俺たちを睥睨する。


 どうする。どう動く。

 ショタをここに置いて俺から仕掛けるか。

 あいつらが俺らに向かってくるのを待つか。

 

 ……どちらの選択も避けたいな。ここにひとりショタを残せば、そこら中にいる魔物に襲われる。あの魔物に先制を与えたとしても、回避を試みれば動きについてこられないこの子はやられる。

 わかんねえ……。この状況、俺だけが助かるのも難しいだろう。さっきまで襲い来る魔物にばかり気を取られていたが、視線を広げると魔物はずっと向こうにも数え切れないほどいる。そして魔物たちはどの個体も前線に向けて走っている。ずっと続いていた振動は彼らの進行の足音だったのだ。

 俺らを襲っているのは、行く手を俺たちに最接近した個体だけだ。つまり現在地から少し離れたくらいで戦場から逃れたことにはならない。地下に進んだとしてもミミズの魔物が何匹もいるんじゃ生き埋めになる可能性が高い。二進も三進も行かないどん詰まりの事態。ジジイさえ戻れば立て直すことは容易なはずだ。


「おい、これ持て」


 ショタに剣の柄を差し出す。ショタは戸惑いながらも受け取った。後方から迫る二足の蜥蜴の顎を掴んで引きちぎり側頭部を殴って砕く。

 戦いの空白に、俺は鎧を脱ぎ捨てた。着脱が容易にできるよう設計されているので数秒もかからずに全ての鎧を外す。ショタから剣を返してもらう。


「鎧の脱ぎ方わかるな? 一秒でも早く脱げ」


 がしゃんと大きな音が鳴る。ショタがいっぺんに鎧を外したため重なって落ちた鎧が音を立てたのだ。それに反応して過ぎ去りかけた遠方の魔物たちの気を引いてしまう。ミミズの魔物二匹も反応し、持ち上げていた頭を下げた。


「背中に乗れ」


 かがんで背をショタに向ける。俺の首に手を回し、俺の腰を足でしっかり挟む。すぐに立ち上がり、猿もどきの魔獣を斬り伏せた。


「もっと強くしがみ付いとけ。落ちれば死ぬからな」


 俺の背から回された手足にぎっと力が入り、体を固定した。それを確認し駆け出す。目指すは、正面から地面を這いずって迫る二体の魔物。どちらの魔物も地面に広がる他の魔物の死骸をすり潰しながらやって進んで来る。鋭利な鱗に刻まれる魔物の亡骸はなかなか悲惨な状態だ。


「らっ!」


「ィ〜〜〜〜!!!!」


 片方の魔物の口の中を突き刺す。甲高い悲鳴が上がった。

 そこそこの深さまで刀身は入ったが、体表まで届くと硬質な感触とともにそれ以上奥に刺さらなかった。魔物の口の中の触手が暴れうごめいて吐き気を誘う。気分を害しながらも剣を抜き離脱した。


 離れた先で上から滑空してきた、羽の先端に手が生えた梟っぽい魔物に襲われる。剣を二度ひらめかせ腹と首を切断し仕留めた。

 空を仰ぐ。昼を過ぎた青空。まだ離れているが飛行する大量の魔物が接近していた。これってあれだな大進行って呼ばれてるやつ。不定期に起こる現象なのだが……折り悪しく俺たちが来訪した日と重なってしまったのか。


 ジジイ……! 早く!


 このままじゃ多勢に無勢で確実に押し切られる。俺もこの子も……死ぬ。

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