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前線

 ショタがさっきからずっと、窓の外の動かぬ滑走路を見下ろしている。飛行機に乗るのは初めてのようだ。俺は中等学舎と高等学舎の修学旅行以来、一度も乗ったことがない。そのため少しテンションが上がってる。


 機内にアナウンスが流れる。飛行中の注意事項などをモニターに映し出しながら紹介していく。基本的なことばかりなので気にするような内容はなかった。ショタはそれを興味深く見つめている。


 飛行機が動き出す。機内がほんの少しだけざわめき出した。乗客の中の子供が、ショタ同様に気持ちが高ぶっているようだ。数か所から母親の注意する声が聞こえてくる。

 感傷的な気分におちいりかけたが、窓に張り付くショタを見ると気分は晴れていった。


 機体が走り出し地から飛び立つ。わっとかきゃっとかの声が聞こえる。ショタは肩が上がった格好で固まっていた。ショタとは俺を挟んで逆側に座るジジイを見る。寝息を立てて微動だにしない。寝るの早すぎないか。


 数時間後。安定した機体からの景色にも飽きた。ショタも同じようでぼーっとしている。ジジイは寝ている。雑誌などがあるが俺の興味があるものではない。そもそもショタは字が読めるのだろうか。子供の宿無しなら学校も行けず読み書きを習っていないかもな。


「字は読める?」


 ショタは俺の方を向き間を置いて小さく頷いた。

 出会い始めは何を言ってもシカトされていたが、今はこんな風ちゃんと反応してくれるようになった。


「書くことはできる?」


 再び小さく首肯した。

 いったいどこで習ったのか気になる。


「学校で教わったの?」


 首を横に降る。

 ならどこで習ったのか。聞きたいのだが、彼は肯定と否定の意思を首で示すだけで、複雑な質問には答えない。どう答えないのかというと、彼はただ黙る。無視されているわけではないが答えてくれない。その時とてもむなしくなるので、これ以上の質問はよそう。


 ショタをトイレに案内したり、機内サービスの飲み物を与えたりして時間は過ぎた。ショタは退屈すぎて疲れたのか今はもう寝ている。


「なあジジイ」


「なんじゃ」


 窓の外の海と雲を見ながらジジイに話しかける。すでに起きているのは気配でわかっていた。


「最近新聞でさ、スレンセノスが怪しい動きをしてるらしいってのが載ってたんだよ」


 スレンセノスとは国名である。魔術の解析や研究の進んでいる国で、魔術製品の業界シェアは四割を占めている。近年では他国の魔術の研究も進んでいるので今の状態は長く続かないと言われている。


「そういえばそんなのがあったの」


「ジジイはなんか知らないのか」


 振り返りながら問いかけた。ジジイは肘掛に肘をついて手に顎を乗せている。


「知らぬ。ただ今のスレンセノスの国家元首はあまりよい噂を聞かぬの」


 今の国家元首……。ああ、名前は忘れたが数年前に就任してたな。


「やっぱなんかあんのかな」


「あるじゃろう。だが事を起こさない限りワシらのような庶民にその情報は伝わらないじゃろうがの」


「だよなあ。……でもあんたなら調べればわかるだろ?」


「そんなの知ったところで得にはならないじゃろ。新聞で公開されておる情報で十分。わざわざ調べぬわ」


「ええ〜。俺の知識欲を満たすために頼むよ」


「嫌じゃ」


 何が嫌じゃだこの野郎。幼女でもねえくせにのじゃのじゃ言いやがって。


「そうだ、なら情報の等価交換しようぜ。俺は同輩でおっぱい大きくてかわいいやつがいるからそいつをあんたに紹介するよ」


「同輩? ラウス、お主今自分がいくつかわかっとるか? 容姿が優れておるのならとうに結婚しとるじゃろ」


「結婚!?」


 結婚……そうかこの世界には結婚なんてクソシステムがあったんだ。うわマジか。俺引きこもってから時間経ってるし、その期間で結婚しててもおかしくないんだ。

 学舎に通っていた頃にいつも一緒にいたふたり。あいつらも結婚してるのかな。……まあいいや。考えないでおこう。これ以上考えたところでいい気分にはならない。


「それと、こんな年寄りを紹介するとかお主クズ過ぎるじゃろ。信用を失うぞ」


「どうせ紹介したところでお互い気まずくて何も発展しないだろうし紹介するだけなら問題ないだろ?」


「その思考がクズじゃと気づけ!」


 他に思いつかないんだから仕方ないじゃん。


「それじゃ近場で聖剣とか魔剣がある場所教えてくれない? 対価はその剣で殺した魔物の報酬八割!」


「聖剣も魔剣もおのずと持ち主の手に渡るものじゃ。お主がどれかの剣に選ばれたなら自ら行かずとも手に入る」


「そんなの知ってるよ。でもほら、確かめてみなくちゃわからないじゃん? もし俺が剣に選ばれたらジジイも金持ちだよ?」


「金はいらぬ」


「何か欲しいものとかないの?」


「今持っている分で足りておる」


「はあ……」


 それからジジイと話しているとアナウンスが流れた。もうすぐ着陸だ。




 宿屋に入る。空港から直通のバスが出ていたので道で迷うことはなかった。シャンデリアや絨毯、壁に掛けられた絵画など、内装は城のような印象を受ける。最上階は二十階で、今回俺たちが泊まる部屋は一五階だ。

 無音のエレベーターに乗って上る。部屋の鍵の部分には横に伸びた穴が開いていて、ジジイがそこにカードを差し込む。すると、ピーッと鳴り、鍵についていた緑の小さな照明が赤に変わる。鍵が開いたようだ。すげえなにこの先端技術。

 発生する魔力パターンに反応して目的のカードかどうか判別してるのか? だとするとこのカードは持ち主の魔力を吸収し魔術回路を介してパターン化した後、類型の魔力発しているのだろうか。それともあの穴はただのスキャナーで、カードの表面の文様類型を読み取ってるとか。専門じゃないから俺にはわからない。とりあえずこれらの機器に魔法か魔術をぶつけたら故障するだろうなとは思った。


「戦闘用の服とか買うの?」


「ああ。注文は済ませておるから後は受け取りに行こう」


「用意周到だな。こいつはどうする?」


 ふかふかの寝具の上を跳ねるショタ。枕をぎゅーと抱いたりしている。


「ここに置いてくのか?」


「そうじゃの……」


 子供ひとりをここに残すとおそらく勝手にどっかへ行ってしまう。俺たちがこれから向かうのは前線だ。そこへ連れて行くのも危険だしどうしたものか。


「連れて行くかの」


 こうして三人仲良く宿屋を出た。人通りの多い道を十数分ほど歩く。前線って観光地化するからやたら人が多い。風邪とか感染されそうだ。


「そういや前線って緊急時じゃなくても鎧着けてもいいんだったな」


 目の前を歩いて行く兜だけを被った観光客三人。彼らを目で追いながら呟いた。


「だからといってファッション感覚で身につけるのはアレじゃがの」


「ここでしかできないことをしたいんだよ。てか鎧レンタルの店とかあるじゃん。これで観光客から金取ってるんだからお互い都合が良いよな」


「そういうものか」


「そういうもんだよ」


 ショタは珍しそうに行き交う人を目で追っていた。はぐれそうだったので手を引こうと手を掴むと、ショタが思い切りびくんと跳ねた。そんなビビるなよ……。


 道に鎧を着た人形が数体がならんでいるのが見えた。女性用と男性用とがそれぞれ用意されているようだ。その人形たちが並ぶ道のわきには、盾と兜をモチーフにした看板が掲げられている。防具店だろう。


 前線のある街などでは、一般人でも防具の販売が可能だ。前線と住宅区とでは適当な距離が置かれているが、万が一にも街にまで魔物のが侵入してきたさいに自己防衛の手段が必要となる。そのため、前線のある地域では、通常規制されている民間での武具の販売が解放されている。もちろん販売するにあたって様々な申請をおこない認可されなけらばならない。


 一般的に、武具生産者は連盟の受注を請けて武具を生産し、買い取ってもらう。そのさい作る武具は部品ごとに受注者が異なる。従ってひとつの鍛冶屋で鎧の全部品を作ることはほとんどない。

 連盟の発注とは関係なく防具を作るのは問題ないが、それが販売目的に生産されたものである場合には罰せられる。

 また武器においては、連盟の発注の元に生産された武器だけを合法、それ以外の武器は非合法とみなして生産、所持は罰せられる。俺とジジイが森で振ってる剣はたぶん高確率で非合法のものだ。


 例外として前線地域の場合はそれらの規制が緩む。強度や機能性が連盟の定める基準に達するのであれば、防具のデザインは自由。そんなことから前線には鍛冶屋と武具デザイナーが集まる。けれど防具の生産の規制はかなり緩むが、武器の生産にここまでの自由度はない。武器は、連盟の発注する通りの型を作るだけで、前線だからといって斬◯刀みたいなのは作っちゃダメなのだ。


 ……とまあこんな感じで武具には規制がある。高学で習っただけでこれだけあるんだから最学では何倍もの量を暗記するんだろうな……。


 店の中へ入るとけっこう人がいて賑わっていた。会話から察するに観光客がお土産を買いに来ているようだった。鎧ってクソ高いんだがわかってんのか。それに前線以外じゃ、非常時を除いて装着するのはモラルに反する。


 ジジイは受付に行くと、大柄な店員の男と短く言葉を交わす。店員の男は店の奥に行き、すこしすると箱を抱えて戻ってきた。


「商品はこちらになります。奥に試着室がありますので一度そこで試着をして、問題なければ代金と交換いたします。武器の方はこちらの店舗では取り扱いができませんので、お手数ですが直接鍛冶屋の方までいらしてください」


「丁寧にどうも。ラウス」


「はいはい」


 ショタと繋いだ手をほどいて受付まで行き、店員から箱を受け取る。重い。〈魔功〉使えばそこまで動きは鈍くならないかな……。試さないとどうなるか知れない。鎧を着ての動作に慣れるまで時間がいるな。


「お主はその鎧を試着してくるんじゃ。ワシはこの子の防具を選んでおく」


「わかった」


 人混みを縫って進み店の奥にたどり着く。試着室が男女で左右に道が分かれていたので男性用の試着室に向かう。ここで女性用の試着室に向かうバカではない。あと五歳若ければ面白いイベントが発生しただろうが今だとイベントじゃなくて事件が発生してしまう。

 進んだ先には左側の壁に扉が五つ並んでいた。反対側の壁には大きな鏡がある。俺は空いている部屋に入り、箱を下ろした。部屋には高さ二メートル半ほどの姿見と、着ていた衣類を置く小型の机が設置されている。

 箱から中身を取り出す。箱にまとめられるだけの小型の鎧だ。胸や膝などを守る面積の広い鎧と、肩や肘などを守る湾曲した鎧。それと、鎧の下から着る皮の衣類。これどうやって着るんだ……。

 店員を呼ぼうかと振り返ったとき、壁にある張り紙が目に止まった。


「鎧の……装着方法……」


 簡略化された絵で鎧を着る手順が記されていた。多言語でその絵図の解説が書かれていて、観光客が多く訪れる地だというのがわかる。助かったわ……。




「それじゃあ鍛冶屋へ行こう」


「荷物どうする?」


「お主の箱に詰めておけ」


 すでに箱には俺の着ていた服が入っている。ショタは俺の前まで来ると自分の服を両手で持ち上げた。それを受け取って箱に入れる。

 ショタはすでに着替え済みだ。全身鎧で俺と違い兜も買ってもらっている。ショタは今兜は着けていない。なぜかジジイが持っている。


 俺たちは鍛冶屋を目指して再び歩き出した。すれ違う人間は俺に手を引かれて歩くショタを見てはかわいいーとか言ってくる。ちっちゃい子が全身に鎧着けてるとか普通にかわいいよね。わかるよ。でもこいつ怯えちゃうからやめてくれ。ショタは大衆の目から自分の身を守るように俺にくっついてきた。かわいいなおい……。

 適当に〈噴放〉とかを周りにまいて追い払いてえ。でも大きな理由なく魔法と魔術を使用するのは犯罪だからできない。これを俺が言うのもあれなんだけどな。これまで普通に街中で魔術使ってきたし。反省はしてます。


「あの、その子と写真撮っても良いですか?」


 いかにも人生エンジョイしてますって面の化粧濃い女四人組が、俺たち……ジジイに声をかけてきた。香水のにおいキッツ。ショタの顔を見下ろす。めちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。香水が臭いからかな。


「すみません、こいつ人見知りなんで無理です」


 申し訳なさそうな声で俺が答えた。「難しいです」じゃなくて「無理です」とはっきり断った。お前らに食い下がる余地はないぞ。


「えー! 残念……。ごめんねー」


「じゃあねー」


「あはは。またねー」


「さよならー」


 それぞれ笑顔で手を振って去っていく。ショタは俺を壁にして彼女たちの視線から身を守っていた。四人組のやつら変に突っかかってこなかったし別に悪い人たちではなかったな。強く言わなくても良かったか。

 でも女子の会話って大抵陰口で成り立ってるようなもんだし「あの男感じ悪かったわー」とか「あの男クッサ」とか言われてるんだろうな。

 その後、何度か写真を撮らせて欲しいと声をかけられたが丁寧に断った。リミスタ大人気だなおい。


「今更なんだけどさ、なんでこいつに鎧着せてるの? 後ででも良かったんじゃね」


「ワシも今それ思った」


「もうここまで来たしそのままでいいか」


 現在歩いている地区は鍛冶屋が集中しているらしく、何軒かそれらしい建物の前を通り過ぎた。


「ここじゃな」


 汚れた石積みの壁。ほかに比べるとややこじんまりとした印象を受ける。

 ジジイの後ろについて入り口の扉をくぐった。


「こりゃ……かなりお強い人がいらしたようだ」


 橙色の光を放つ裸魔球に照らされない暗がりから、しわがれた低い声が発された。かつかつと足音をならして近寄って来たのは背の低い老人だった。全身の筋肉が隆起している。純粋な筋力だけで腕相撲をしたならこちらは折られて終わりそうだ。そして、深くシワの刻まれた目元の奥から、鋭い眼光がこちらを見上げる。変なこと言ってたけどどういうキャラ設定なんだこいつ……。

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