魔物に会うために飛行機に乗って出国するってなんだかな
初日は日が沈むまで続けたが進展はなかった。俺が剣と向き合っている間、体を洗われまあまあ綺麗になったショタが遠目から俺のことをじっと見ていた。地面に置いた剣に腕を向け続ける画ってヤバくね。もうあの子にはただの変人としか思われてないだろ。
一週間が経った。陽が昇って沈むまで延々と同じことの繰り返し。そのおかげでちょっとだけ剣を持ち上げられるようになった。ちょっとを具体的に表現すると、紙を五十枚とか重ねたぐらいの高さだ。思うようにいかず苛立つばかりだ。同じことの反復はかなり精神を摩するらしく、時折気が触れそうになる。
体が鈍らないよう半日は激しめの運動をしている。ストレスの発散にもなりけっこう助かる。ジジイが何度か手合わせをしてくれ、戦いの中の動きなどの衰えを最小限にとどめていた。
俺が剣と向き合っている間、ジジイは買ってきた本をショタ読み聞かせたりしていた。本以外に服も買ってもらったようでショタの見た目は大きく改善されている。
「そこで男は『オイル塗ろっか』と提案したのじゃ。それに対し後輩は」
「おいジジイそこまでだやめろ! 子供になにくっさいの読み聞かせてんの!? 童話とか寓話を読み聞かせろ!」
室内に響くのは雨音とジジイの声のみ。今日は雨が降ったので室内で修行していた。すると隣からふざけた声が聞こえてきたのだ。
「冗談じゃよ。お主が疲れているようじゃったから精神的なオアシス与えてやろうと思っての」
「オアシスってよりくっさい肥溜めだろが! 気を遣ってくれるのはありがたいけどそういうのはいいよ!」
今ので集中力が切れた。しばらく瞑想しもう一度取り掛かる。床に置いた剣に意識を向ける。
掴む。持ち上げる。消えた。
掴む。消えた。
掴む。持ち上げる。消えた。
掴む前に消えた。
視線を感じ顔を上げた。ショタと目があった。ショタはびくんと跳ねてジジイの体に隠れる。そこまで警戒しなくてもいいだろう。
ショタはいつも俺がこうやっているのを遠目からうかがっている。何をしているのか気になっているんだろう。
「別に見ててもいいよ。面白いもんじゃないけど」
かなり心理的な距離が開いているので、気持ち優しめの言葉を選んだ。効果があるかないかはこのさい考えない。
再開する。
失敗。失敗。失敗。
ちなみに俺が設定した成功は、剣を完全に持ち上げることだ。ジジイ曰く、今使っている剣ほどなら魔力の手で簡単に持ち上げられるそうなので、この条件に問題はない。だが、思うように剣を動かせない。
憤懣や焦燥がたびたび膨れ上がる。そのつど手を止め呼吸を整えた。それをずっと繰り返す。
永遠に続くと思っていた時間は終わりを告げた。ついに一か月が経ったのだ。俺は剣を持ち上げることすらできなかった。ジジイが俺に課した条件は、魔力で造形した剣で葉を切ること。手があれば剣を創造するだけだったが手は切断されてしまった。だから途切れてしまった手と剣を合わせて作らないといけないが、手すらろくに作れなかった。
俺の手はもう治すことになった。ジジイとしては、戦闘中に欠損することは少なくないので、その対処としてあの魔術で肢体を補えるようにと考えていたらしい。良い成果が得られず本当に申し訳ない。
「ひと月経ったら助力すると言ってたけどどうすんだ。あの子の面倒も見ながらなんだろ?」
早朝の陽の登らない時間帯。小屋の前に俺とジジイは並んで立っていた。
「今まで通りとはいかないが実践形式でやってこうと思っとる。あの子はここの暮らしに少しはな慣れ始めとるからお主の相手をしている間は畑仕事でもやってもらうつもりじゃ」
「畑仕事のやり方はもう教えてあるのか?」
「もちろんじゃ」
用意がいいな。この調子であの子もひとりで色々できるように教えられていって最後は自立するんだろうか。もし社会復帰させるつもりならば教えないといけないことはたくさんあるぞ。
彼はまだまだ子供だから、今のうちに人間関係の構築の仕方とかを学ばせておかないと、後に大きなしくじりを犯すだろう。その人間関係の知識が得られる場所は限られる。会社、学校などの集団が一同に生活する場所だ。こんな森の奥でホームレスのおっさんと老爺二人だけでは社会性は身につかない。そこら辺ジジイはどうするつもりだろう。
最低でも、読み書き、算術、世界史、道徳心などは教えなければならないだろう。
「とりあえず手を戻すかの」
ジジイの左手には、俺の両手が握られている。一か月放置されていたとは思えないほど保存状態がいい。ショタがこれを見たら面白い反応するだろうがトラウマになりそうだ。
「左手から行くかの。ほれ、出せ」
言われるまま左手を出した。ジジイが右手に俺の左手を持ち、手首の傷口を俺の腕の傷口に近づける。いまだ枯れずに傷口に巻き付いている蔦に、ジジイがなにか小さく呟く。蔦はそれに反応し、ゆっくり解けて腕と手にまとめて巻き付いた。ジジイが自分の手を離す。左手が落ちることはない。左腕は傷口のあたりに蔓を纏ったまま安定している。
「これもう治ったの?」
「まだじゃ。しばしかかる。右手も出せ」
「はい」
右手も同じようにして、手首に蔦が巻き付いた状態で安定した。普通に回復魔法を使えばいいのに何してるんだろ。
そんなことを思っていると、ジジイが両手を出しそれぞれ俺の手首を掴んだ。再びジジイが聞き取れない声でなにやら発するとじんわり暖かくなってきた。ぐちゃりぐちゃりと生々しい音が静かな森に波紋する。ややあってジジイが手を離した。巻き付いていた蔦は朽ちて落ちる。
「もう元どおりではないか?」
手を裏表に返し、握り開く。数度繰り返して調子の確認を終えた。手ってそういえばこんな感じの感触だったな。たいして時間は経っていないがそんなことをしみじみ思った。
「とくに支障はないな」
「ほれ」
剣を手渡される。ああ。この剣を掴む感じ久しぶりだ。
「じゃ行ってくるわ」
いつもと変わらない道を通ってひと月ぶりに岩壁の前に立つ。半年かけて穴は大きく広がった。ふた月かけて貫通させ、四か月で五メートルすこしの幅に広げた。破片は一箇所に集めてある。そこには小石が積まれてできた小山になっている。全体の一割も壊せていないがこう見える成果があるのはやはりモチベーションの維持につながる。俺はさっそく、目の前の岩の壁に剣を叩きつけた。
朝食になる。ショタはすでに起きていて、卓の前に座っていた。俺が近づいて座る動作を目で追っている。座った瞬間に距離を置くなんてことはない。何日か前から露骨に俺を避けることはなくなった。俺に対する警戒が緩み始めたのだと受け取ろう。
ジジイが飯を運んできた。俺もふたりと同じ食器に盛り付けられている。それに気づいたのかショタが頻繁に視線を向けてくる。俺が自分の手でフォークを使い出すと俺をためらいなく凝視してきた。
「手はジジイに治してもらったんだよ。そこのふさふさは回復魔法使えるんだぞ」
ジジイに目を遣るとつられてショタの目もジジイに向けられた。
「まあそんなところじゃ。お主も怪我をしたら遠慮なく申し出るんじゃぞ。ワシが治してやる」
飯を口に運びながらジジイは適当に言った。ショタは驚いたのか目を見開く。回復魔法を使える人間なんてごくわずかだしその反応も頷ける。それより、なんで喋らないんだこいつ。こいつと顔合わせてから一切声を聞いてないんだが。おかげで名前も知らない。
声を発さない理由はいくつか考えられる。俺はただこの子が警戒してるだけだと思っている。声帯を病んでいる可能性もなくはない。もしそういった病の場合だと回復魔法でも完治は難しいだろう。病気が事由でなければいいが。
捨てられて、もう一年経った。数か月前に誕生日は迎えている。今は二十一歳だ。同輩たちはどうしているだろう。
◇
ジジイがショタを連れてきてからはやくも半年と一か月が過ぎた。この森に来て一年だ。
俺は着実に強くなっている。ジジイから伝授された魔術は完全には会得できていないが、手がある状態で剣を作り葉を裂くくらいはできるようになった。その魔術を戦術にも組み込むことで攻撃の幅は大きく広がった。
これでもまだ、魔物の領地を突っ切ることはできないという。魔物どんだけ強いんだよ。ゲームの中だったら魔物相手に無双できるんだけどな。
「魔物と直接戦ってもらう」
夜明け前の日課を済ませて帰ると、ジジイがこう切り出した。
「ええええ!? マジで? ……でもヘルブトムヌって前線じゃないよな? それに島国だしどうやって前線まで行くつもりだよ」
「飛行機で」
「旅券とかどうすんの? あの子と俺って身分証明できるもの持ってないだろ」
俺はまあ家に帰ればいろいろまだ残ってそうだけどな。親が俺についてどういう処置をとったかは知らないが、遺体がない以上死亡届は出せないだろう。おそらく戸籍もまだ残ってる。すでに帰るつもりはないが。
「ワシは元冒険者じゃぞ。融通は利くのじゃ」
「マジ元連盟所属の人間が権利の濫用してんのクソすぎない?」
「うるさいの。魔物との戦いに慣れなければならないのはお主自身が一番わかっとるじゃろ。さまつごとは気にするな」
「……納得しきれねえ」
「もしバレて全国に頭を下げなければならぬような事態になれば、会見で号泣しておけばどうにかなるじゃろ」
「地方公務員と国際連盟の人間を同じ土俵で語るのやめろよ。あれより大問題になるからな」
魔物の侵食から人類を守るために作られた組織が国際連盟だ。そしてその連盟専属の騎士がいわゆる冒険者と呼ばれるものたちだ。地方の生活と世界の命と、地方公務員と冒険者は守っている対象が大きく違う。
連盟は世界の命運を左右する大きな組織なのだ。汚職などはあって欲しくないと誰もが思うだろう。実際のところ、外部に漏れていないだけでいろいろ問題は出ているだろうがな。
「一週間後には出るつもりじゃ。そのつもりでいておれ」
「ああ」
その日から一週間、俺はこれまで以上に慎重に貪欲に技を磨き続けた。オーバーワークで倒れるということもなく、ついに出発の日がやってきた。
俺たちは今空港そばの喫茶店に居る。
三日ほど前に、ジジイが俺とショタの寸法を測ってそれに合った服を買ってきた。今日の朝にそれを着て、森のそばの街でタクシーを拾いここに到着。時間があるのとショタの腹が鳴ったのとで、近くに見えた喫茶店に入った。
俺とショタは、ジジイの用意してくれた服を着ている。一般的な服装だ。俺は厚手の綿布の長ズボンと、薄手だが保温性の高い長袖の下着と黒いジャケット。それと革靴も買ってもらった。
ショタは、半ズボンに、フードにもふもふのついた赤のパーカーだ。パーカーの下には俺と同じ長袖の下着を着ている。靴はブーツだ。かわいいな。
ショタは当初に比べ、とても健康的な外見になっている。あの時はわからなかったが、こいつ顔は整ってる。女性人気がすごく高そう。目元がキリッとしているので、将来クール系イケメンになるだろう。今は幼いために可愛さが優っているが、成長期に入れば一気にイケメンになってしまうはずだ。
とうの本人は、店の雰囲気や服装に慣れて居ないからか俺の隣でずーっとキョロキョロしている。ジジイは用を足しに手洗いに向かったので俺とショタのふたりだけて席についている。
「おい、落ち着け」
ショタは上目で俺を見ると、きゅっと身をすぼめてテーブルの上だけを見るようになった。
いかにも老人といった服装のジジイがテーブルを挟んだ向かいの席につき、いくつかの料理と飲み物を注文した。俺は麺料理を、ジジイは魚料理を頼んだ。ショタはお子様セットだ。喫茶店にお子様セットとか置いてるんだな。
「そういやフエリオってなんか観光地とかあったっけ」
今から向かうのがフエリオという国だ。そこには一般的に前線と呼ばれる魔物との衝突のある戦線がある。俺たちの目的はその前線から出て、魔物と直接対決をすること。
危険と隣り合わせの地域なので、連盟の協力のもと国が責任を持って防衛している。だから簡単には前線から先へは行けないだろう。しかしジジイは打開策を用意しているようだ。
「観光地かの……。まあ前線あたりでいえば水路橋くらいじゃの。他に城もけっこう残っていたような。そういえばサローフの痕孔と……少し離れたところにあるアグモスの断山があったの。このふたつはかなり有名じゃな」
「アグモスの断山ってコルタが魔剣でぶった斬った山だったっけ。見て見たいわ」
コルタが持ってた剣の名前は魔剣シエンだったか。コルタの単語を聞いていろいろ思い出す。
魔剣を用いて前線を押し返したコルタの最期は悲惨だ。コルタはまず、気が狂い会話がままならなくなった。しばらくして、最後の戦地でその場にいる敵味方を関係なく殺す。三万を超える魔物と人間の死体の爪を剥ぎ、髪と舌を斬り取り、眼球をえぐって一箇所に集め、その上に横たわり自らの心臓に魔剣を突き刺して死んだ。そして彼の亡骸は他の屍と同じ状態だったそうだ。
実はこの時、生き残りが三人いた。彼のパーティメンバーたちだ。彼らは精神を病んでいた。断片的にだが彼らは壊れたコルタがどのようなことをしたのか語った。その話からことの全容が判明したのだった。パーティメンバーたちは数年と経たないうちに全員が自殺している。
……魔剣がどういうものかを教えてくれる有名な話だ。俺の時は中学三年の時に習った。その授業では女子が数人体調不良を訴えていたな。俺も気分が悪くなった。
魔剣シエンは現在封印されているらしい。どこにあるのかは公開されていないので一般人の知るところではない。連盟の上の人間たちなら知ってそうだ。
「なあ、シエンがどこにあるか知ってる?」
思い出したついでにジジイに聞いてみた。
「ああ知っとる」
「マジか……」
聞いたのはいいけど、場所はあんまり教えて欲しくないな。それと食事中にする話でもなかっただろこれ。
時間が来るまでだらだら喫茶店で過ごし、俺たちは空港へ向かった。




