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失われた魔術とか興奮するに決まってる

 ジジイは二日酔いで伸びている。戦い方を教えてやろうとかドヤ顔で言ってたのに……。注いでくれる奴がいるからって飲みすぎなんだよ。

 そんな事情から、ジジイは今剣を振ることもままならない状態だ。なので今日は休みをもらった。とは言ってもここは森。何もねえよ。

 ジジイは週に一度、半日だけこの森から出る。近場の街に向かいそこで日用品や新聞を買って来るためだ。そのときは、俺はあの断層をちまちま削る自主練状態だ。なので「休み」をもらうのは今日が初めてだったりする。

 ……そうだ。あそこに行こう。

 思い立ち、記憶を辿りながら歩き出した。


 歩いていると立ち並ぶ幹の向こうに空間が見えた。しばらくして木々に囲まれた空間に出る。


「ここだっけ……」


 俺が初めてこの森に入った時、この場所で何かに出会った。意識がはっきりしてなかったから記憶は曖昧だ。それでも、断片的でおぼろな記憶と照らし合わせるとここで間違いないと確信があった。


 あてもなくさまよう。ふらふらと歩いて、茂みに当たれば少し入り、跳ね返るように向きを変えてまた歩く。そうしているうちに件の場所からいくらか離れてしまった。……何も見つからない。探しているものすらないのだから何かが見つかるわけないか。


 不意に右手首が疼いた。


「……」


 腕輪が熱くなっていく。

 その感覚が幻覚かどうかの判別はつかない。


「クソ……こんなことしてる暇なかったな」


 いつものあの場所へ歩き出す。足はだんだんと回転数を上げてついには全力でかけていた。転ばないよう次に足を置く位置を選んで駆ける。何も手に持っていないため身軽だった。小屋に着くなり玄関の土間に立てかけてある剣を取る。ジジイがその様子を見ていたが何かを言うことはなかった。いつもの場所に向かってまた走る。毎朝通っているあの場所へ。


 鞘から剣を抜き放つ。構え、斬り上げる。袈裟懸け斬る。横に左足を軸に右足を広げ水平に斬る。剣が振るわれるたびに岩壁が砕けて小石が散る。礫が身に降りかかる。まだ遅い。

 意識を深いところまで引きずり込む。体の感覚は徐々に俺の手から離れていく。意識的で無意識的な感覚。集中してきている。必死に、足を運んで流れを作り、体重を乗せて深く切り裂く。足元の邪魔な岩を踏み砕いて足を取られる事はない。

 豪雨のようにひたすら叩き続ける。心地の良い金属音があたりにこだましていた。音に耳を傾けているうちに意識がさらに深い場所に落ちていく。


 強くなりたい。早く、強くなりたい。

 俺は今生きている。そして、生きたからこそ色んな人に出会え彼らと楽しく過ごせた。幸せだった。

 けれど、守れなかった。立ち向かえなかった。逃げてきた。

 俺が弱いから。


 何が休みだ。一瞬でも無駄にできないだろうが。


 もう何も戻らない。でも、戻らないからこそ、終わらせないといけない。感謝と謝罪を伝えなければならない。


 彼女がいつまで待ってくれているかわからない。

 彼女が待ってくれているかもわからない。

 それでも行かなくてはならない。俺が。

 力が必要だ。魔物の闊歩する地を突き抜けられるだけの力が。


 霧の中を走っているような感覚だ。現在地もわからないまま手当たり次第に進んでいるんだ。方法も道も誤っていたとしても、霧の中じゃ見当がつかない。だけど焦燥にかられるまま足を運ぶ。剣を振る。


「──ス! ラウス!」


「!」


 抉れた岩壁に突き刺した剣を抜く。刃が白く輝いた。周囲の暗さに驚き視線を空に向けた。見上げた空には雲を侍らせた月が浮いている。夜になっていた。


「……帰るぞ」


「ああ……」


 月明かりだけを頼りに暗闇の中の森を行く。ジジイはそれから何も言わない。俺も何も言わず背中を追って歩いた。

 両手に違和感を感じ月明かりに晒してみる。血まみれだった。剣を振りすぎて切れたんだろう。……何してんだ。



 その日を境に俺は変わった。寝る時間こそ削らなかったが、起きている時は一秒たりとも研鑽を怠らなかった。たるみ気味だった俺の体は、日を追うごとに硬くしなやかになった。

 陽が登れば、岩の壁をひたすら斬りつける。

 朝飯を食べ、ジジイに剣を教えてもらう。

 昼食を食べ、午前で学んだことを戦術に組み込んだ実践。

 晩飯を食べ、陽が沈むまで小屋のかたわらで斬り合う。

 時には、最寄りの街までジジイと出向き買い物をした。定期的に風呂も入った。それなりに人らしい生活はしている。日を追うごとに俺の自身に対する要求値は高くなり続けた。心が磨耗していくのが自分でも痛いほどわかる。でも止まることはない。


 もうすぐ春がやってくる。捨てられてから一年が経とうとしていた。




 ◇




「今日からここで暮らすことになる。仲良くの」


「……」


 昼前、小屋の前の木が生えていない空間で剣を振っていた俺に、街から帰ってきたジジイがそんなことを言った。ジジイがみすぼらしい格好をした男の子を誘拐してきたようだ。俺の胸ほどの身長もないショタは黙っている。


「待てよ誰だよそのショタ」


「死にかけておったのじゃ。飯をやって連れてきた」


「おいジジイあんたそれ誘拐って言うんだよ知らないの? 豚箱行きだぞ」


「宿無しのようだったしの……。それについて来いと言って付いてきたのはこいつ自身じゃぞ」


「いや……でもなあ……」


 ジジイ╳ショタって誰得だクソ。一部では喜ばれるだろうが少なくとも俺の許容範囲ではない。普通はおっさん╳ショタで、ベストは大学生╳甥だろ出直して来い。といっても俺はショタすら許容範囲外だからどうしようもない。


 視線をジジイの隣に立つショタに向けた。手入れのされていない薄汚れた栗色の髪。使い古した雑巾みたいな服。やつれた頬。死んだ目。うーん。いかにもストリートチルドレンって感じの子供だな。歳は十一、十二ぐらいか。……これ言い逃れできないぐらい思いっきり犯罪だろ。関わりたくねえ。


「俺はその子にノータッチで行くわ。修行は……」


 そうだ修行。どうしよう。ジジイ的にこいつ面倒を見てやりたいんだろう。そうすると俺はジジイと剣を交える時間が減ってしまう。強くなる速度が鈍化する。それは避けたい。


「ジジイ。悪いけどその子返して来てくれねえか」


「なぜじゃ」


「俺は早く強くなりたい」


 ジジイが黙る。しばらくしてジジイは、ショタの手を引いて小屋に向かった。


「おい!」


「ラウス」


 呼び止めると名を呼ばれた。小屋を向いていたジジイがこちらに首を回す。


「お主が今口にした言葉の意味、自分で深く考えるといい。今日の修行はなしじゃ」


「待てよ!」


 再び歩き出すジジイの肩を左手で掴んだ。左手が手首のあたりから途切れて飛舞った。俺の体から切り離された左手を目で追う。傷口から血の線を引きながら岩の地面に落ちた。


 ジジイが下半身を右回転させ、足を十分に開くと右足で踏みとどまった。上体を留めていたため体が捻られている。そして捻りを解き、放つ。何かを握る形のジジイの右手が、俺の右半身を少し外れたところを向く。ぼと、と何かが落ちた。見ると俺の右手が落ちていた。傷口から流れ出す血が落ちた手にぼたぼたとかかる。


「ああああああっ!!」


 思い出したように痛みが走る。電撃のように傷口から身体中に痛みが伝播する。激痛を堪えるように全身の関節を曲げて力む。無意識のうちに膝をついていた。

 右手首にシーンの腕輪を帯びていたことを思い出す。落ちた右手を見るがそれらしきものは見当たらない。右の前腕を持ち上げると、血が流れ出す断面が目に入る。胃から這い上がる感覚を飲み込んだ。目的の物は傷口より指の幅ほど離れたところに巻き付いていた。良かった落ちてない。

 それよりも……!


「いき……なり……!」


「──────」


 ジジイが小さくつぶやく。聞き取れなかったが、語りかけるやうな口調だ。俺の言葉への返事ではないだろう。

 突如、地面からふたつの芽が萌えた。ひゅるひゅると伸びる。蔓のようだ。それらふたつはそれぞれ俺の手に近づき、切断された手首のあたりに強く巻き付いた。折り重なって巻きつく蔓の隙間から血が垂れる。すぐに出血は収まっていった。


「はあ……はあ……はあ……。なんだ…………」


 顔をゆっくり上げる。ショタの目元を左手で覆ったジジイが見下ろしていた。


「どういうつもりだ!」


「ワシは今、無手だったじゃった。しかし、お主の手を斬り落とした。理解できておるか?」


「答えろ!」


「答えるのはお主じゃ」


 殺される──。


「………………」


 ……これは殺気か。呼吸すら許されない。全身が震え動悸が早まる。視界が小刻みに揺れる。顎が細かく上下し歯がかちかちと音を鳴らす。視界が端から黒く染まっていく。


「ラウス、答えろ」


 ジジイが殺気を引っ込めたようだ。全身を支配していた恐怖が消えた。脱力しその場にへたり込む。本気で殺されるかと思った。やっぱこのジジイはヤバいわ。


「…………理解、できてる。今の、どうやった」


 のっそりと体を起こしながら答えた。


「魔力は人の意思だけでその姿や性質を変える。ワシが剣を持っていると念じたゆえに、魔力の剣がお主を斬り裂いたのじゃ」


「はあ? んなの聞いたことねえぞ」


 足を使い立ち上がる。生えていた蔓は引っ張ると千切れた。脆くね? 大丈夫かな。


「何百年も前に廃れた魔術じゃ。昔はこれを得意とした流派があったが魔物に飲まれてしまったからの。継ぐものがいなかったんじゃ」


 古代魔術!??!!!??????

 いや待てよ。本当なら超嬉しいんだがおかしな点があるよな。


「なんであんたがその廃れた技術を持ってんだ?」


「これが習得できたときに話してやる」


「お預けか……。まあいいや。わかった。しばらくはこの魔術習得のために自主練になるのか?」


「そうじゃの。ひと月は自分だけで挑め。それで無理ならワシが助力する」


「……おう。コツとかあったら教えてくれ」


「そうじゃの……」


 だいたいの魔術の習得は、始めに理論から入る。起こす事象を具体的に想像し再現できるようにするためだ。まあ理論が半端でもコツとかあれば案外できるものも多いらしい。


「あれじゃの。〈魔功〉を使う感覚に近いかもしれぬ」


「〈魔功〉ね……」


 考え込むジジイに手を伸ばす。持ち上げた腕が案外軽く気持ち悪い。手があった頃の重さを意識し、〈魔功〉の習得時に学んだ骨や筋肉を想像する。走る血管とそれらを覆う皮。指酒に生える爪など。思い出せるだけ思い出し、そこにあるのだと強く思う。

 俺の手はある。

 ジジイの白い髭に触れた。


「おっ!」


 だが、触れたと思った瞬間には手は軽くなってしまった。何も捉えられなかった腕が空を切る。


「……やはり〈魔功〉が使えると習得は難しくないか」


 感心したようにジジイが言った。


「これでクリアになる?」


「まだじゃ。腕だけではなく剣まで作り上げ、葉っぱていどの物を切れるぐらいには精度を上げるんじゃ」


「マジかあ……まあやってみる。……それよりその子、風呂に入れてやったら?」


 直接言う気はないが少々臭う。風呂に入ってないのかな。

 森の近くに大きな湖があり、俺とジジイはそこでいつも体を洗っている。気温と水温が高いと問題はないが、冬はそのまま入ると死ぬ。だから、水で満たしたドラム缶の底を、燃やした薪木で温めたりした。今は春で気温は暖かいが水は冷たい。俺とジジイは全然耐えられるんだが子供には辛いだろう。


「飯をあげてからじゃな」


「もう飯はやったじゃなかったか」


「まだ足りないようなのでな。そろそろ昼飯時じゃ。お主も一緒に食べよう」


 というわけで三人で昼飯を食べることになった。小屋に向かおうとするとジジイがピタッと止まって進行方向を変えた。地面に落ちている俺の手を拾う。すっかり忘れてたわ……。回収した左右の手をどうするのか見ていると、ジジイはそれらをひょいと森の方に投げた。


「いやいや、そのまま捨てていいのそれ」


「捨てたわけではない。日陰の方へやっただけじゃ」


 腐敗しないようにか……切り落としたあれってくっ付けんの?

 そういえばと思いショタを見る。俺の手……があった場所を大きな目を見開いて凝視していた。ビクつきながらジジイが俺の手を捨てたあたりと交互に見てる。

 今のって子供に見せたらダメなんじゃ……。映画なら十五禁に指定されるぐらいのグロテスクさだろう。うわ地面に血とか思いっきり付いてるし血の臭いもする。どうしようこれ。

 俺はショタがパニックを起こさぬように、優しく声をかけた。


「えーっと……。俺の手ってすぐ切れて落ちるんだよ。トカゲの尻尾的な。こういう体質なの。だから怖がらなくていいよ」


 頭を撫でようと手を出して動かす。手首から先がないため触れられなかった。手がないの忘れてたわ。手があるつもりで動かしていた腕がショタの目の前を左右に揺れ、ショタはそれを猫じゃらしを見る猫のように頭ごと目で追っていた。恐怖で顔が歪んでいる。余計に怖がらせてしまった。


「何やっとる。イジメるのはやめるんじゃ」


「いや前置きなしに人の手を切断する方がイジメだろ」


「お主がふざけたことを言うから仕置と修行ついでにやっただけじゃ」


「俺は今この子を安心させようとやったんだよ!」


「大きい声を出すな怖がっとる」


 ショタは俺から隠れるようにジジイを盾にしている。


「……いいや。それより飯」


 小屋に上がり、居間の卓の前の定位置に座る。ショタは斜め前に座った。正面を避けたかったのだろう。俺は子供の相手は得意だが、両手が手がない状況と、貧窮の彼の身の上を考えると打ち解けるのは困難だと思う。これから一緒に生活する中で折り合いは良くなるのだろうか。


 言葉の発せられない空気に耐えながら、魔力で手を作る練習をしているとジジイが皿の乗ったお膳を運んできた。ジジイが二往復するうちにショタとジジイの分の料理は揃う。


「あれ俺のは?」


「これじゃ」


 平たい皿が出された。そこには、一口サイズに切られた肉とパン。細く伸びた芽で結ばれた野菜。ん? ふたりとメニューの内容としては変わらないが……なんだか犬の餌っぽい。


「手がなくては食べづらいと思ってな」


「なるほど気遣いってやつだったんだな。その気遣いで告知なしに手を切り落とすって自体を回避できなかったの?」


 言葉を黙殺され、そのまま三人食べ始めた。ショタは獣のように飯をむさぼり、俺は比喩というより絵面的に獣っぽく飯を食べた。飯の途中、ジジイがふっと鼻から息を漏らしていた。たぶん笑ったんだろう。自分で人の手を欠損させておいて、俺が食べづらくて困ってるのにそれ見て笑うってサイコパス以外の何者でもないだろ。絶対に犯罪係数カンストしてるわ。


 口の周りを汚しながら食事を食べ終わった。口はジジイに拭いてもらう。介護されてるみたいだ……。そしてして、ジジイはショタを風呂に入れるため湖に向かった。俺は適当に小屋の前に居た。

 抱えていた鞘に収まった剣を、ゆっくり腕を広げながら地面に落とす。手がないと繊細な動きができず雑になってしまう。


 なぜ剣を用意したのかというと、どうせ手と剣を同時に魔力で作り出すのは無理だと考えたからだ。初めに手を作れるようになり、次に剣も作れるようにする。何事も段階は必要なのだ。今回はこんな感じの流れでいいだろう。


 地面に座る。横たえた剣の柄に腕を伸ばし、魔力で作り上げた手で掴む。掴めた。握ろうと力を込めると途端に手が空気に溶けた。もう一度だ。

 もう一度、同じように〈魔功〉の要領で手を想像し掴む。こんどは触れたと思った時には手は消滅していた。


 仮想の手を差し伸べ、柄に触れようとすると手は掻き消えた。


「あああああああああああ!! クソ! 舐めんな!」


 三百回ほど同じことを繰り返した。成果はほぼない。剣をほんのわずかも持ち上げることすらできなかった。

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