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もっとも会いたくなかった男

「な、なあリミスタ。ちょっとあの店寄って良い?」


 ジジイから金を受け取りった俺は、リミスタと遊園地に向かっていた。うっとおしいほど人が多く、歩いているだけで気分が悪くなる。そんな人の波の中、建物をキョロキョロと見ていた俺はある店を発見。手を引いていたリミスタに許可を求めた。


「いいけど……なんのお店?」


「ゲーム関連の商品をあつかってるお店だよ」


「ゲーム……」


 リミスタの表情が明るくなる。ふと、彼はゲームが好きなのかと思ったが、そんなことはないはずだ。前に直接リミスタから、ジジイに拾われる前の話を聞いたことがあった。彼は、彼の面倒を見ていたホームレスの老婆と一般大衆が想像するような普通のホームレス生活を送っていたようだ。缶や古紙を拾い集め買い取ってもらって小銭を稼ぎ、ごみ箱をあさって衣食を手に入れていたという。そんな生活をしていたリミスタがゲームに触れる機会などないように思う。

 ならば、リミスタはどうしてゲームという単語をつぶやいて表情を明るくさせたのだろう。ゲームの存在自体は知っていて、以前から具体的にどういうものなのか気になっていたのだろうか。俺が尋ねる前にリミスタが答えた。


「何年も前にね、捨てれたゲーム機を拾ったことがあったんだ。変な線が画面に入って、ボタンも反応があったりなかったりのやつ」


「へえ。ソフトは何だったの?」


「灰色の剣士っていうタイトルだったよ」


 灰の剣士。王道のアクションRPGで、シリーズ化している。シリーズの七割は主人公が灰の称号を得るべく冒険するストーリーとなっている。

 灰の称号は、連盟の騎士団の中でもっとも優れた者に与えられる、実在する称号だ。つまりは冒険者最強を目指して冒険しよう! という流れだ。

 アニメ化されると人気に火がつき、アニメ映画を上映するまでにいたった。映画は賛否がはっきりと分かれる内容だったな。終盤はすごく興奮する展開だったんだが俺はそれが受け付けなかった。灰色の剣士を存分に楽しめなくて本当に悔しい。


「灰色の剣士か。無印?」


「むじるし?」


 あまり多くのゲームに触れていないようだし、無印と言っても伝わらないか。というか無印かどうかを聞いたところでどうなるんだって話だ。


「いや、いい。どうする灰色の剣士置いてたら買おうか? 金あるし」


「えっ、いいの!?」


「置いてたらな」


「やったー!」


 まだ買ってないのにぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。なんなの。なんでこんな可愛いの。 誘拐とかされないかな。とても心配。


 ガラスの自動ドアが開き、店内の空気が俺たちを包む。うわあすごい。平日だってのに働いてなさそうなおっさんがちらほら。もしもの未来の俺の姿だ……。入ってすぐの場所には、新作であろう商品がずらりと並んでいる。知らないタイトルばっかだ。


「……マジかよ…………!」


 パソコンも携帯も触れていないので、ゲームなどに関する知識を仕入れる媒体がなかった。二年以上も前に家から追い出されちゃったからね、仕方ないね。

 だから俺はそれを見つけてしまい、興奮が隠せなかった。そう、次世代機である。店舗の入り口そばに設置されたテレビに、接続されたそれぞれのテレビゲームのハード。テレビは四台あり、すべてが違うゲーム機と繋がれている。俺はそのどれも使用したことがないし見たことがなかった。

 一番左のハード。ひとつ前の物との相違点は本体が小型化されている点だろうか。デザイン自体はさほど大きく変わっていない。コントローラーの方も大きな変更点はないようだが、流線的で凹凸が減らされかっこよくなっている。これ以外のハードウエアはどれも新たに開発されたものらしい。記憶にあるどの本体とも似ても似つかない形容だ。とりあえず全部プレイしてえ……。

 テレビのディスプレイには、待機状態に流れるゲームのプロモーション映像が流れていた。おそらくかたわらに置かれたコントローラーのボタンをどれか押せば、この映像は切れて体験版が始まる。俺は映像が見たいのでコントローラーには触れずにその場に立ち続けた。


 グラフィックが綺麗だなと感心していると、はしゃいだ声が俺を呼ぶ。


「ね、ねラウス……ね!」


 袖を引かれ意識が現実に引き戻される。俺の袖をつまむ者の方を向く。


「…………ん? どうした」


 リミスタが後方を指差していた。振り向く。そこにはさきほどざっと目を通した、ソフトの並ぶ棚がいくつも連なっている。


「来て来て」


 袖を引かれるままついていく。リミスタが指をさす列をみると、一角になにやら見覚えのあるロゴを見つけた。


「お、これ灰色の剣士の新作か」


 パッケージを手に取る。表紙に真っ黒な背景に、怪しく照り返す黒い鎧を着た主人公らしきやつがセンターにいる。頭の装備から覗く眼はやや下を向いていた。主人公らしき黒い鎧の横に、白い文字で「──すべての謎が紐解かれる」と書かれている。つまりはこれまでのシリーズでの意味深なフレーバーテキストとか、意味深なキャラとかについて色々と判明するっていうのか。ていうのか!


 灰色の剣士シリーズの第四段にサディと呼ばれる謎のキャラ? がいた。そのサディは、セリフやキャラ名など一切のテキストが存在していうえに、ひとつもイベントはない(サディという名前はネット民が勝手につけた)。この説明を聞けば「超モブのノンプレイヤーキャラかな?」と大多数の人間が思うだろう。しかしこいつそういった類の存在ではない。

 まず、身長が主人公の三倍以上はある。見た目はデフォルトの人間キャラを引き延ばしただけらしく、身長に見合わず幅がクソ細い。そして目はやたらと見開かれて、口がめちゃくちゃ吊り上っている。もろホラゲーからやってきましたって容姿だ。

 まあサディに関わるイベントはないが、こいつが関わるミニイベント的なものはある。森を歩いていると奥から走ってきたり、建物の二階にいると窓からこちらを見ていたりとか。どの場面でもサディは出現するとすぐに消えるし、イベントのあつかいではないため何かをドロップすることもないし称号ももらえない。存在自体が謎のキャラなのだ。

 この新作を買えばあのサディのことが何か判明するのだろうか……。


 ……欲しい。

 パッケージを裏返し対応のハードの欄を見る。携帯ゲームと家庭用ゲームのどちらにも対応している。どちらも新型のハードらしく聞き覚えがない。

 ハードごと買わなきゃだよなあ……。もしハードもソフトも買うとなるとジジイから預かった金が七割以上消える。どうしよ……。


「リミスタ」


「なに?」


 リミスタが期待をはらんだ声をあげて俺の顔を覗き込む。うう……。子どものこういう表情ってずるい。悲しませたくないがために何でも言うこと聞いちゃいたくなる。


「これ買っても良いんだけど、ここで遊ぶお金がなくなっちゃうんだよ。どうする?」


「えっと……」


 俺の言葉を受けてリミスタは眉を寄せてうつむく。


「ゲームは後で買ってもいいぞ。別に今じゃなくても」


 そう。別に今買わなければいけないと言うわけではない。ただそうすると俺はプレイできなくなる。息抜きはこの旅行の期間だけど決めているからな。リミスタにそんな制限はないので帰ってからもゲームをしたって問題ない。

 だからといってこの地でゲーム三昧だと新たな問題が発生する。この大国にわざわざやって来て観光せずに帰るってどうよと言う話だ。ジジイ的には俺の息抜きと同時に、リミスタの思い出づくりとかも考えていただろう。俺の知るところではないが、子どもに思い出を与えやりたいと思うのは自然だと思う。


「どっちもはダメ?」


「そうだな……」


 そうしたいが金がな。……あれ、この新作でなければ、前のシリーズの中古とか買えばどうにでもなりそうだな。


「リミスタ、新作じゃなくてもいい?」


「うん!」


 なんでもないと言う風に笑って応える。俺は中古品はマジできついのだがこの子はマジもののホームレスだったから気にならないのだろう。中古品とかもとも持ち主がなに触った手で遊んだかわからないんだぜ。

 中学の時の友達(高学で俺をイジメたゴミカス)は携帯ゲーム機でおかずを収集してたらしい。もしそいつのゲーム機を触れたなら間接的にそいつのナニに触れたも同然だ。気持ち悪っ。俺もまあパソコンとかアレだし絶対パソコンだけは中古で買わないと決めている。キーボードもディスプレイもだ。常識的に考えて普通そうだよな!


 中古品を買ったらハードもソフトも十分に消毒してリミスタには触らせよう。

 そう心に決めて店の奥に進む。前の代のゲーム機と灰色の剣士を探すが、初めて入る店なのでどこになにが置かれているのかよくわからない。ユニバーサルデザインという概念を知ってほしい。新作を入り口に置く以外にも統一性を出してくれ本当に。


「いっぱいあるね……」


「そうだな……」


 無駄に広い店はいくぶん客に不親切だ。ゲーム機ごとにソフトも並べられているが、数が多く探すのが億劫になる。特にコミュ障の多いオタクとか店員にも声がかけられないし可哀想。店頭販売限定でついてくる特典とかあるしな。転売ヤーという人間以下のゴキブリの糞ほども価値がないむしろ人間社会に必要がなく害でしかないやつらがオークションに出したりするからコミュ障はそれを買ってるっぽい。あとは母親に買わせたりとかしてるって聞いたな……。引きこもりのためにゲーム店に向かうお母さんとか想像するだけで泣ける。


 並んでいる棚の間を歩き、首を左右に巡らせながら歩く。リミスタは時々立ち止まり広告のチラシや映像を凝視しては、開いた俺との距離を小走りで詰めてくる。可愛い。

 そうしていると、ちょうど棚から視線を外した客のひとりと目が合った。手入れされた金髪に空色の瞳。端麗な顔立ちの男だ。


「えっ」


「うわ……」


 その相手と俺は突然の出来事に体を硬直させる。ここは「似ている人」を装って乗り切ろう。そう思いその場から退こうとした俺の元に、後ろからリミスタが駆け寄ってきた。


「どうしたのラウスー。見つけた?」


 名前言っちゃった。


「ちょっと外に出よう」


「?」


 小首をかしげたリミスタの手を取り早々に立ち去る。


「ちょっ、待て!」


「クソ!」


「おい! ラウス!」


「待てって言われて待つやついないから! お前何百本もアニメ見てるのにまだ学習してねえの?」


 このままリミスタの手を引いていてはすぐに追いつかれてしまう。


「ごめん!」


「あわっ!」


 掴んでいたリミスタの手を思い切り引き上げ、その小柄な体を両腕で抱える。お姫様抱っこだ。リミスタは突然のことに抵抗できず、ただ羞恥と混乱で顔を赤く染めた。


 店の出入り口に近づくと、ちょうど来店者があり自動ドアが開いた。その来店者は三人で、ひとりはオタクっぽい背の高い眼鏡の男、もうひとりは前髪で目元の隠れたオタクっぽい小柄な男、最後のひとりは胸元が大きく開いて谷間を臨めるちゃらい女だ。……こいつらどんな関係なの!? えっえっ超気になる。一体この後この三人はどんなイベントを迎えるんだよ。どうせエ◻︎同人誌みたいなことするんでしょ!

 追われている状況で見届けることは叶わず、俺は三人を迂回して店外に出た。


「先輩! その男捕まえて!」


 背後から俺を追う男の声がする。あの三人組はあいつの知り合いだったか。めんどくせえな……。


 往来の人ごみはいまだ減っておらず、リミスタを抱っこしていては進みづらいのでリミスタを下ろす。リミスタの手を掴み宿屋へ向けて急ぐ。


「ラウス、あの人誰?」


 喧騒の中、リミスタの声がなんとか俺の耳に届いた。


「知り合いだよ。一番会いたくなかったやつ」


 人が多すぎてキレそうになりながらどうにか進んでいく。人混みの中でもあいつに居場所は筒抜けだ。何よりもまず距離を取る必要がある。


「あそこです!」


 振り返ると人の波の向こうでこちらを指差すあいつと目が合った。クソ。無駄に優秀な男だからな……。


 必死になって人と人の間を走るが距離が開かない。街中で魔術を使用することは原則禁止だ。人目があまりないなら通報されないのだが、観光客が多すぎる。誰かが通報してもおかしくない。だから魔術なしの地力だけで切り抜ける必要がある。


「うおっ」


 黒髪で黄色いフレームの眼鏡をかけた女性にぶつかった。彼女が手に持っていたクレープが落ち、雑踏に潰された。

 さすがに立ち去るわけにはいかず、即座に立ち止まる。


「す、すみません!」


「あっいえ。大丈夫ですよ。それよりこれどうしましょう……」


 彼女の視線の先には踏み潰されて靴裏の跡が押されたクレープ。中身は飛び出てぐちゃぐちゃになってしまっている。それを避けるように流れる人混みは割れて進む。


「本当にすみません! 今ちょっと時間がないのでこれで……」


 観光地で売られている商品はぼったくりを疑う値のつけられたものがほとんどだ。ぼったくられたであろうクレープ代のおよそ五倍くらいの金を彼女に握らせた。


「えっ!? これは困ります!」


 だが、それは拒否され押し返される。


「いや受け取ってください!」


「いやいや無理ですよ! 高額すぎます!」


「良いですよ!」


「私は良くないです!」


 金を押し返しあっている様子を周囲は面白そうに眺めている。


「ああもう!」


 このままでは終わらないので押し付けあっていた金を奪う。女性が着ている服の襟をわずかに開いて金を入れた。


「ひやっ!?!?」


「マジすみません! いつかお詫びします!」


 言いながらリミスタを引っ張って駆け出す。が、リミスタの手を引いた俺の左手の手首を、何者かにがしっと掴まれた。


「うちの友達に何してんのあんた」


 声の主を見る。ゲーム店に入って着た三人組の中のひとり。ビッチ臭の凄まじいあの女だった。


「チ、チル! 乱暴はダメだよ……」


「何言ってんの。先に手を出したのはこの男でしょ?」


「俺が出したのは手じゃなくて金だからな!」


「はあ?」


 ビッチは蔑みの目で俺を威圧する。学校社会で弱い立場だった俺にこうかはばつぐんだ!

 てか黒髪眼鏡とビッチってものすごい組み合わせだな……。


「俺得です本当にありがとうございます」


 ビッチの手を振りほどいて頭を下げた。誠意のこもった俺のお辞儀にふたりがそれぞれ反応を示す。


「きっも……」


「あはは……ワーリス君と同じこと言ってる……」


 ビッチは見てわかるほどに俺に対して引き、黒髪の方は疲れた感じで笑っている。


 今だ! 瞬時にリミスタへ視線を送り同時に駆け出す。が、正面を塞ぐように人混みからひとりの男が現れた。噂のワーリス君。俺を追う金髪イケメンだ。


「残念だな。もう囲んでるよ。いやちょっ……うえっ!」


 ドヤ顔がムカつくので一発腹を殴った。

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