颯爽転生!
目がさめると知らない天井が──っと危ない。この界隈じゃこの「知らない天井」という表現は溢れるほど常用され嫌われている。別の表現にしなくては。仕切り直しだ。
目がさめると馴染みのない部屋にいた。俺はベッドに横になっているようだ。部屋の壁や床や天井はすべて深い色の白木張り。視界の左方から白い朝日が差し込んでいた。そこは窓がある。窓からは木々が見えた。枝葉かま風に揺らされて白い光を不規則に散らしている。窓の反対側にはさほど広くない空間と扉。どこだよここ。
あ、これ転生したな。登録必須キーワードはそのまんまで大丈夫なのだろうか……。
声を発しようとするがなかなか出ない。赤ん坊だからいつものように動けないのか? ……体が動かない。全身が麻痺しているような感じがする。しばらく格闘していると、体の中心からじくじくと感覚が戻ってきた。手足がまだ十分に感覚が戻っていないが上体を起こす。うわ、体の感覚的に俺のままだ。全然生まれたての赤ちゃんではない。ならば転生じゃなくて召喚だろう。つまり異世界転移か……。どちらにしろ直さなくちゃな。
それはどうでもいい。俺は静かに初イベントを待つ。おそらくすぐにタイミングよくこの家の主が現れるはずだ。だいたいそういうものだよな。
「……クソ」
一時間は待ったがついぞ誰もこなかった。知ってるよ。木こりのおっさんなんだろ。倒れている俺を発見して甲斐甲斐しい家のベッドに寝かせて様子を見ててくれたんだろ? 早く来いよ。キレるぞ。俺今チート能力を持ってるだろうからな。
「おい神様ー! それか頭に響く謎の声ー! はやく説明頼むぞー」
待つが、返答はない。
「そういうのはない感じか」
扉が開かれる。
「お主クスリをやっておるのか……」
「やってねえよ」
なにか白くてふさふさしたのが入ってきた。口調と白ふさからティッ○○かと思ったわ。けどこいつ兎じゃない。白い髭と髪で頭から肩あたりまでふっさふさになった、ただのジジイだ。白髪とか白い眉毛で顔が隠れていて、白のフサフサの中から鼻だけが飛び出している。口元は白い髭が覆い、顔は鼻以外のパーツの一切が白い毛に遮られて見えない。
服は麻で、肌触りの悪そうなのを着てる。ガタイがいい。ガチムチってわけではないが俺より筋肉が付いていそう。魔法と魔術を禁じて素手で戦えば負けそうだ。そのジジイは俺の乗っている寝具に近寄るとかたわらにあった丸椅子を引いて座った。
「お主名前は」
「……ラウス。ラウス・ティリッカだ。なんかこういう名前言ってから名前と名字言うやついるよね。主に主人公。つまり逆算的に俺が主人公だ」
「中等学舎に通っている割には体の育ちがいいの」
「なに? 俺が中二病とでも言いたいの?」
中二病でも召喚されたい! このジジイ……チュートリアル役にしてはよくしゃべるな。とりあえずこのジジイの孫娘と良い感じになる展開まで予想できた。早く可愛い孫を出せ。
「ここはどこだ?」
「ガラジオスの森じゃ」
じゃ? ……のじゃキャラなのか。心がぴょんびょんするんじゃ〜。
「ガラジオスの森って……ここヘルブトムヌか。ぜんぜん異世界じゃないんですけど……」
ヘルブトムヌは……どこにあったっけなあ。俺が元居た国よりやや離れた位置にある島国の名前だったはずだ。
文献によれば今では緑の生い茂るこのガラジオスの森は、もともと岩肌がむき出しの荒れた土地だったそうだ。
カロンが殺した空を駆ける蛇の亡骸からひとつの緑が芽吹き、緑は一息に広がり森となった。
カロンが殺したその蛇こそ、この森の名前となったガラジオスだ。
今はパワースポットとして観光地化している。毎年けっこうな観光客が訪れるらしく、カロン一行とそのガラジオスにまつわる観光産業によりヘルブトムヌは豊かになったそうだ。
あれ、ガラジオスの森って遺産登録されてるし住めないだろ。このジジイ……勝手に家作って住みついてんのか。
てか俺が居たのヘルブトムヌだったんだな。島国なんだけど……。行くには飛行機か船が必要なんだけど……。親父マジなんなの。なんで島国。もっと他にあったろ。せめて隣国に捨ててくれよ。……って、俺は家に帰るつもりなのか。
しかしどうなんだ。俺は家に帰りたいのだろうか。パソコンやスマホのない生活には慣れたし、別に現代生活への執着はもうない。いままでみたいにシーンたちとほのぼのした日常を過ごせればそれで……。
……そうか。
右手を持ち上げてその手首に巻かれた物を見る。灰色で、角度によっては金に煌めく編まれた髪の毛。猛烈に胸が痛んだ。心臓が痛くてたまらず胸を左手で押さえつける。歯を食いしばり感情の奔流に耐える。頭が鈍く痛む。
ひとしきりそうしていると痛みは去った。放心しながら窓を開けて外の森を眺めた。この建物の周りは木がなく岩肌が見えている。そばの岩肌と森の境目がはっきりとしていた。この家は木が生えていない場所に建てられたのではなく、木を取り除いた場所に建てられたようだ。
「ほれ」
チュートリアル村人から恩人にジョブチェンジしたジジイが扉を開けて部屋に入る。木製の茶碗を手にしている。椀のなかから白い湯気が立っていた。いい匂いもする。ジジイはまた隣の椅子に腰掛けた。
「ありがとう」
受け取った器はとても暖かかった。中にはとろみのある黄色い液体に、木の実、葉っぱ、謎肉が入っている。椀の縁に立てかけられた木の匙でそれらをすくって口に運ぶ。どれもよく煮込まれていて口に入れるとすぐ崩れた。濃い味が口内いっぱいに広がり、熱気とともに香りが鼻から抜けていく。うまい。
「パンくれ」
パンを要求する。
「厚かましいの」
「助けてくれたのはありがたいんだけどさ、好きに助けたのはあんたじゃん? ついでにパンくらい恵んで」
「偉そうになにを言っとるんじゃ……」
パンを頼まれてしまったジジイは渋々承諾を決意した。呆れ気味に息を吐いて部屋から立ち去る。俺老人に対してクソみたいなことしてるのだが、全然罪悪感がない。あのジジイ腰は曲がってないし苦なく歩いてるし、別に気を使わなくていいんじゃないかと思ってしまう。
「ほれパンじゃ」
「悪い」
「悪いと感じるなら初めから頼んでくれるな」
「良い」
「何様じゃ」
ジジイは特に声音を変えることなく淡々と話す。キレやすい老人じゃなくてよかった。
固いがっさがさで味の薄いパンをかじりながら、残りのスープを飲み干した。体が芯から温まった。秋を迎えたというのに暑いとさえ感じる。服を脱ごうと腰のあたりに手をまわすと指は服の裾に触れなかった。疑問に思い体を見下ろす。俺は服を身に着けていなかった。ズボンはジジイの物とは異なる素材で、何に使うんだってくらい厚手。俺のものではない。
「……俺の服はどうしたんだ?」
「洗っておいたぞ」
続いてジジイは、わずかに言いにくそうに告げた。
「……ただ、傷が多くて、もう着けられそうにないがの」
「そうか……」
イラからの借り物だったんだけどな。服が無傷だったとしてもいつ返しに行くんだって話だが。謝りにくらい行かなきゃな。
いつ、だろう。俺はいつあの街に戻ればいい。ローシウムはどうなった。ブタ箱にぶち込まれただろうか。それとも魔術でどうにかしたのか。あいつは相当魔術を使える。火魔法だけでも並の実力ではなかった。あの男ならどんな状況になっても切り抜けられそうだ。まあなにがなんでも俺の手で殺すがな。
「ラウスと言ったか」
「なんだ」
「その右手に巻いておるのは……」
眉毛とか髪の毛でまったく目がどこにあるのかわからないが、ジジイの視線が俺の右手を注視ているのがわかった。
「これか?」
「近くで見てよいか」
「ああ」
右手を顔のそばまで持ち上げる。それが目に入るとどうしてもいろいろ思い出してしまう。あまり深く考えないようにしながらそれをジジイの方に近づける。この腕輪は俺の手を切り落とさない限り取れないらしい。盗られる心配はないので用心はしなかった。
「……うむ。やはりの」
「なんだよ……」
ジジイはこの腕輪のことを知っている様子だ。まさかこのジジイ……シーンの祖父とか……。
「お主……フィクスの家の者か」
「……誰?」
フィクスさん知らないんだけど。もしかしてシーンの姓だったりするのだろうか。フルネームを聞いてないからわからねえ。つまりシーンはシーン・フィクスだった可能性があると?
「……これ大切な人からの貰い物なんだよ。その人の姓がフィクスかどうかはわからないけど、これはその人のご先祖様のものらしい」
「なるほどの……。その先祖の名前は聞いたか?」
「いや、聞いてない」
「そうか。まあそれはよい。ラウスだったか、お主これからどうするのじゃ? 数日はここで見てやろうと思っとるのじゃが」
「どうするって……」
どうしよう……。ローシウムを殺しに街に戻ろうか。……あいつが魔術を使う前に殺せれば周囲の人間に被害を出さずに済むはずだ。しかし俺は肩に穴が開けられてるしそんな状態じゃ……。つらぬかれた左肩に触れる。包帯など巻かれておらず、穴がなかった。全身を見る。さっきは気づかなかったが身体中の傷がない。
「おっ、おい。俺、めちゃくちゃ怪我してなかったか?」
「治したぞ」
「回復魔法か?」
「……まあそんなところじゃ」
このジジイ回復魔法使えるのか。なんだか含みのある返答だったが、実際に傷はなくなっているし嘘ではないだろう。てことは魔法の腕は相当あるな……。俺じゃマジでこのジジイに勝てなさそうだ。
「それで、どうするのじゃ」
「ああ……」
傷がないならすぐ街に戻ろう。待ってろローシウム。すぐに殺してやる。
「……ラウス。ひと月はここにおれ」
「それは無理だ。ちょっと行くとこがあるんだよ。それにあんたにこれ以上迷惑はかけられない」
俺が寝具から立ちあがり、部屋の扉にの前まで来て扉の取っ手を掴んだ時だった。
「人を殺すのはやめておけ。誰も救われんぞ」
ジジイは俺の考えを見透かしたように静かに言った。その声は俺の手を止める。
「せめて一週間でよい。ここにおれ」
「ありがとな。だが断──」
呼吸が止まる。時間が止まる。
俺は……死んだのか?
…………いや、生きている。心臓の音が俺の生を報せている。冷や汗が額から顎までを滑った。
俺は扉の取っ手に手をかけたまま俺は動けない。背後のそれに体どころか魂が怯え、本能が動くことを許さない。動けば死ぬ。この場から逃げなければ死ぬ。背後のそれがそう思わせるのだ。
ジジイが後ろで立ち上がり俺に近づいてくる。床の軋む音がするたびに心臓が強く脈打つ。考えることができない。どうにか口を開けられたが声が出ない。
「お前にはすこし、時間が必要だ」
肩に手が置かれる。はあーっと息を吐けた。空間を支配していた緊迫感は消え失せて、俺の呼吸音だけがある。
「まだ横になっておれ。体力も魔力もまだ回復しきっておらんぞ」
「……わかった」
俺は言われた通り寝具に横になって休む。ジジイは部屋を出た。
さっきのあれなんなんだよ……。魔力感じなかったぞ。〈噴放〉とかではなく殺気か? でも殺気とはまた別なような気がする。殺される! って思ったわけじゃなくて死ぬ! たったからな。ならば純粋な威圧、とかだろうか。でもそんなもので人を「死んだ」と思わせられるのか。
……確実に普通の老人ではないだろうな。ガラジオスの森に住んでるし、もしかしてカロンだったりして。うーん……カロンは英雄だが普通の人間だしそれは考えにくいか。それなら……カロンの子孫だな! ……すごくありそう。
まあ回復魔法も使えるし英雄の血を引いてる可能性もあるし、絶対的に俺に勝ち目はない。下手に動くことはやめよう。それに、頼んじゃいないが救ってもらった恩もある。恩返しはできるうちにしておきたい。
右手首を見た。そこには、シーンからもらった腕輪が今も変わらずある。
「シーンさん……俺は……」
俺は、どうやって報いれば、どうやって償えばいいのだろうか。シーンを殺したのは俺だ。ローシウムじゃない。俺が救えなかったから彼女は死んだんだ。俺はどうやって背負えばいいんだ。
「……クソ」
俺がやらなければならないことは、きっとたくさんある。でもなにをすればいいのかわからない。行き場のない思考を延々と繰り返しているうちに俺は寝てしまった。
夜になるとジジイは帰ってきた。土臭いので畑仕事でもしてきたのだろう。こんな森の中だし、食い物は自分で生産できるし収穫もできるんだろうな。
「晩飯じゃ」
裸の魔灯が白く発光して部屋を照らす。明るい部屋に、ジジイがお膳に食事を乗せて持っくる。腹が鳴った。昼飯は一度起きた時にそばの机に食事があったのでそれを食べた。だが、体がまだ栄養を欲しているようで空腹を感じる。
三回連続で同じスープとパンを食べる。朝、昼と異なるのは、ポテトサラダくらいだ。マヨネーズなどは入っていないようでパサパサしたが、採れたてなのかそんなの気にならないくらいにうまい。犬のように勢いよく食べた。お盆の上の食べ物をすべて腹に納め終える。まだ食い足りない。お代わりをもらうのもなんだかなあ。
「ごちそうさま」
「うむ」
ジジイはとくになにも話さずに、お膳に食器を乗せて立ち去った。
「……」
寝具の上で伸びながら天井を見上げる。怒りも悲しみもいまだ収まらない。あの街に向かいたい。ローシウムをぶち殺して街のみんなの誤解を解きたい。過去に戻ってやり直したい。
「死ねば戻るかな……」
死に戻りの力に目覚めたことを信じて死のうか。俺がループモノの主人公のように過去をやり直せたら、俺は何度だってやり直せる。何千回でも何万回でも、永遠に終わりが来なくても、何度でもやり直してやる。そんな力が俺にあるならな。
無力だ。無能だ。
生きてる意味……あんのかよ。
◇
食って寝てジジイと話してを繰り返すうちに、ついに一週間の時間が過ぎ去った。ホームレスしてたころより暇だった。いや、今でもホームレスか。まあとにかく、行動範囲はこの部屋のみで外を歩きもしないし、これといった運動もしてない。飯をもらってただ生かされてるだけの状態だ。
一週間も考える時間があった。あれほど荒ぶっていた心はだいぶ落ち着きを取り戻している。落ち着いたといっても、あの光景を思い出せば押さえつけられないぐらいに殺意は高まる。そして気づけば泣いている。情緒不安定キャラかよ。
朝飯をもらってしばらく放心していると、ジジイが部屋に来た。もう昼飯の時間か。最近は時間が経つのが早く感じる。老人かっての。椅子に座った本物の老人であるジジイは、その手になにも持っていなかった。昼飯は?
「どうしたんだ。飯じゃないの」
「話がある」
いつになく厳かな声に、俺は茶化すことができなかった。
「……もう一週間経ったし出てけってだろ?」
まあ仕方ないよな。
「違う」
じゃあなんだよ……。宿代と飯代はお前のは内臓で払え! って殺されて内臓売りさばかれるんだろうか。別に俺はそれでもいい。シーンに謝る機会なんて死んで果ての地で再開する時くらいだろうしな。
ジジイは白い髭で隠れた口を、ゆっくり開いた。
「お主はこれからどうするつもりじゃ」
「そりゃ……」
ローシウムを殺す。それ以外にはない。しかしここでそれを言っちゃダメだろう。なにかいい感じに誤魔化せる言い訳は……。
「……」
一週間も考える時間があったというのに、なにも考えていなかった。
「……その腕輪をくれた者のために焦っているのだろう」
ジジイは俺の右腕を見ながら言った。そう、シーンの腕輪を見ながらだ。そこから視線を上げ俺の顔を見つめる。目は見えないが、眼光で見られている箇所の皮膚焼かれるように感じるのですぐにわかる。
「冒険者になろうと思わんか?」




