冒険者になろう!
「なんでまた……」
冒険者になれだと? 無理に決まってんだろ。筆記は少し頑張れば合格点を優に超える自信がある。対して実技の方は絶望的だ。要求値があまりに高く今の俺じゃ手も足も出ない。
「冒険者になればその腕輪の持ち主と会えるやもしれぬ。時間が経てばそれだけ可能性は下がっていくがの」
「……本当か?」
「うむ。お主を騙して得る利益などないじゃろ」
「そうだけど……」
俺は……。
「俺は……冒険者になれるのか」
あらゆる感情が静まる。俺はただ純粋に問いかけた。悪意も善意も含まないまっすぐな問い。白の髪と眉と髭を伸ばした老爺が言葉を紡ぐ。
「なれる」
白い髭で隠れた口元を動かし端的に言った。偽りの言葉じゃないとなぜだかわかる。魔術による錯覚などではない。確信を持って彼は答えたのだ。
押し黙る。自分でもなにかを考えているのか考えていないのかわからない。激流のごとく流転する思考を、すぐにはまとめきれなかった。長らくの間、部屋を静寂が支配した。
「じゃあ……」
それは、俺の中で燃え続けていた。世界を知ればそれはくすぶり、苦い臭いと息苦しさを立ちのぼらせるだけの存在になってしまった。その存在が邪魔で不愉快で、忘れてなくしてしまおうとした。差し伸べられた手をすべて払い、見たいものだけを見て過ごした。けれどまだ、どうしても諦めがつかないようだ。
あんなにも遠ざけようとしたのに、近くにあるとわかるとすがろうとしてしまう。
あの人にまた会えるのなら、魂でさえ供物にして強くなれる気がする。
本当に、何度も何度も折れたんだ。
今回はきっと立ち直るのがすこし遅かっただけ。
こんどこそ、なってやる。そして、あの人のもとに行くんだ。
「……俺を、冒険者にしてくれ。会って謝りたい人が居るんだ」
「ああ。必ずや冒険者にさせてみせる。そして……お主の望む相手に会わせてやる」
この日、俺はジジイの弟子になった。
◇
「……師匠! まずなにをすればいいですか!」
「師匠と呼ぶのはやめてくれぬかの。首のあたりがかゆくて仕方ない」
「じゃあ……なんとお呼びすればよろしいですか?」
「今まで通りジジイでよい」
「わかったよジジイ」
「敬語までやめろとは言ってないんじゃがな……」
俺は元々、初対面の相手に対して敬語が使える人間だ。シーンのことで頭がいつも通り働かなかったから、そこまで配慮がまわらなかった。ジジイには不快な思いをさせたと思う。
「態度デカくて悪い……」
「気にするな。その謝罪で十分じゃ」
これだけで許すとは心が広い。人は老いると優しくなるかすぐキレるか二極化するからな。ジジイは前者のようだ。よかったよかった。
「それで、修行的なことするんだろ? いつから始めるんだ」
「いつでもよい。早いに越したことはないがの」
そうか、それならば。
「今から……って言ったら困るか」
「かまわん」
「マジか! じゃ、しゃあ、よろしくお願いします……」
バッと頭を下げた。ジジイについて来いと言われたので従う。部屋を出ると広間がある。俺の部屋の隣には扉があり、ふたつの部屋が並んでいるようだ。ほかに扉はなく、部屋数は広間を含めて三部屋しかない。何人がここで住んでいるのかはわからないが、ひとりで住むにはすこしだけ広い気がした。ひとり暮らしなんてしたことないからわからないが、なんとなくそう感じた。
広間からは土間の厨につながっていた。そこには外に通じているとおぼしき白木の扉。 ジジイはその扉の中腹にある縦長のくぼみに指をかけて横に引く。開いた先に、青々と茂る森の立木が構えていた。天頂に近い陽の光を浴びて鮮やかな色を風になびかせている。
今秋なのに全然木が枯れていない。なぜだろう。
室内に入り込んできた冷気とその青葉がどうにもちぐはぐな感じがして変な気分になった。
「外で待っておれ」
「わかった」
ここに来て初めて野外に出た。地面は灰色の岩が見えていて、ところどころの隙間に根が這っている。うわ地面冷たっ……あれ、靴履いてないじゃん。ジジイが脱がせたのか。血でぐちゃぐちゃになってたし、そのままにしてはおかなかったのだろう。
てかこれ……ヤベ……キモティイイイイイ!! 裸足で歩くの超気持ちいい……このままでいいな。
振り返る。草葺き屋根が印象的な質素な小屋があった。外から見ると案外小さいんだな。小屋の外観に対する興味を失い周りを歩き回る。すぐにジジイが小屋から出てきた。
「なにをはしゃいどるんじゃ。ほれ」
投げられた物を受け取る。鞘に収められた剣だった。柄を握って引き抜くと、しゃんと軽快な音を鳴らして刀身が震えた。クソ重い。装飾などは一切ないが、柄から剣先にかけてなにひとつ無駄がなく美しい。手入れも周到にされているようで刀身の表面は空の色を映して鮮やかなスカイブルーだ。初期装備にはふさわしくない気がするんだけど……。もっと安っぽい「鉄の剣」みたいなのでもいいんだけどな。
「高そうな剣だな」
「まあの」
ジジイも俺と同じようにして剣を鞘から放つ。そのまま鞘を地面に置いたので俺も倣う。
「そういえば槍とか剣とか武器の売買って規制されてなかったか? これどこで買ったんだ」
「冒険者だった頃に買ったものじゃ。なかなかの年代ものじゃよ」
「へー」
長持ちするもんなんだな。ちなみに武器って正当な理由なく所持するのって犯罪なんだぜ!
というか元冒険者だったんだ。英雄の孫あたりだろうし持ち上げられまくって無双もしたんだろう。ずるい。
「これで腕試しするんだろ? でもなんで槍じゃねえんだ?」
戦場で使われる武器でもっとも使われているのは斧槍だ。斧槍とは槍の穂のすぐ下に斧の刃が付いているやつのことを言う。リーチ、破壊力、攻撃の多様性などで重宝されているらしい。次に使われているのが槍。こちらはリーチと扱いやすさから。
そしてみんな大好き片手剣……こいつは正直メインウェポンとしてはあまり使われない。ゲームで剣ばっか使ってるからなんだかなあという感じだ。聖杯戦争のあれとはまるで逆だな。
しかし、槍は剣より強しという考え方は実は今は昔の話だったりする。
こんなことが言われていたのは、人間同士の争いがあった時代。そして魔術という技術も確立されていない時代の話だ。ほんとに何千年前かぐらいの。
今じゃ魔法か魔術に秀でていれば武器とかどうでもいいのだ。火魔法で焼いたり、土魔法で囲って水魔法で満たせば大体の相手を殺せる。相手が大剣で自分が小刀でも、〈噴放〉の実力が高ければリーチの差なんて簡単にくつがえして勝てる。もうそういう時代だ。
それでも武術は槍より剣が優れているという考えはいまだ残っている。なんでだろう。その理由はよくわからない。実力が拮抗していればリーチ的に槍の方が有利だからだろうか。
ちなみに俺の親父は、槍よりちょっとリーチが短いくらいの大剣を振ってる。槍ぐらい長いと、やっぱりそれだけ重い。〈魔功〉とかで動きの補助は行っているが、やはり基礎筋力は必要なので鍛えまくっている。そのため上半身ガチムチだ。
……まあそういうわけで、ジジイが槍ではなく剣をよこしたことに疑問を持った。槍の方がいいんじゃね? ということだ。親父に対してはいつもこれ思ってる。
「ワシは剣しか使えんからの」
「マジかよ……」
俺の親父でも斧槍使えるのに……。ジジイが前線でちゃんと戦えていたのか不安になる。そういえばジジイって元冒険者だとは言ってたけど活躍してたとはひと言も言ってない……。
「まあいいか。よし、やろう」
「お主は魔法も魔法も使ってよい。ワシは使用せん。それと戦闘開始の合図はなしじゃ。お主の好きなときに始めてくれ」
俺に有利すぎないか。
「わかった。こけて骨折しても俺のせいにするなよ」
「そのていどで怪我はせんよ」
俺のひいおじいちゃんは段差でつまづいて足の骨折ったけどな。あんなんで数週間入院したんだぞ。
ジジイ本人が怪我しないと言っているし遠慮はしないぞ。
剣の構え方なんて知らないので適当に構える。左足をやや前に出し、正面に剣を持った。こんな感じでいいのかな。
対してジジイは左足を前に半身で腰を落とす。剣を握っていない左手を前に出し、剣を握る右手は顔の横に持ち上げた。剣先は俺を向いている。動作の年季も風格もちげえな。今お互い向かい合い構えた時点で後の勝敗がわかってしまう。
言葉を発することなくにらみ合う。耳には葉のこすれあう音だけが聞こえた。
集中しろ。集中。この戦闘で俺の全力を見せて、どう指南するか決めるのだろう。これは俺の基礎的な身のこなしや、魔術の実力を見るための模擬戦だ。本気でいこう。今は勝つか負けるかは関係ない。とにかく全力でやるんだ。
ジジイは俺よりはるかに強いから遠慮なくやる。難しいだろうが一撃でも入れば嬉しいな。動悸がする。緊張している。剣を握り直した。
……風がやんだ瞬間に始めようと思ったのだがやむ気配がない。はあ……もう始めよ。
地を蹴る。息を押し殺す。五歩で最接近し、右下から斬り上げ。ジジイの左脇に銀の煌めきが迫る。ヤベ、このまま斬れば致命傷になってしまう。剣を引こうと力んだそのとき。
なにかが視界の中で霞み、剣を握る手のひらに強い衝撃があった。
「い……っ!」
ジジイの剣が振り下ろされていた。俺の攻撃を弾いたのか。……嘘だろ。なにも見えなかったぞ。すぐさま剣を翻してジジイの剣の腹を狙う。が、手に剣の重みがなかった。
「剣ならあそこじゃ」
ジジイは剣を下ろして明後日の方向を指差す。目を向ける。森を形作る葉の緑と幹の茶色の中に、白く光るものがあった。木に突き刺さった俺の剣だった。
「すぐに取ってくるんじゃ。まだできるじゃろ?」
化け物か……。なんだあのふざけた剣速は。戦慄が隠しきれない。
「……ああ」
剣の刺さった木のもとに走る。剣の刃は三割ほどが木の中に埋まっていた。それほどの力で飛ばされたのだ。あの攻撃が俺の手に当たっていたら……粉砕骨折じゃすまなかっただろう。背中にどうしようもないくらいの痒みが広がった。
ビビってんじゃねえ俺。このままで強くなれるわけがないだろ。
地面に平行に突き立つ剣。それをジッと見つめて柄を両手で握った。木に片足をつけて全身を使い引くとあっさり抜けた。剣を右手で持ち、手首をぐりぐりと回す。左手も同じようにして回す。剣を両手で持ち、体の左側に構えて駆け出した。
〈噴放〉と〈魔功〉をうまく使い、今出せるもっとも早い走りで肉薄。瞬きをするほどの時間で景色が後方へ流れた。踏み込み景色が止まる。左側から体重を乗せた剣を捻りを加えて叩きつける。遅れて左手の握力を弱める。
再びジジイの手が霞む。……来た!
だが、剣は弾かれない。腹に激痛が走る。ジジイの拳が俺の〈魔功〉を破り、体に直接痛手食らう。後方に吹き飛ばされた。ヤバいと思ったときにはもう手遅れで、左肩に立木がめり込み肩の骨が外れる。
「い……てっ……!」
息を殺した声が耳に聞こえる。地面に横たわっていたが、すぐに四足になり立ち上がった。左肩から電流のように痛みが激しく流れてくる。右手には剣があった。どうにか離さなかったようだ。
俺は今、ジジイが先ほどと同じように俺の攻撃に剣を叩きつける前提で斬りかかった。ジジイが剣を攻撃するとその方向に強い力がかかる。片手だけで剣を持った状態でその場で踏ん張ると、体は剣が飛ぶ方向に捻られるだろう。その力の手綱を俺が握り、俺が無理やり体を捻ることで俺にかかった力はすべて回転力へ転換される……はずだ。俺はその回転に剣を乗せてそのままジジイを斬りつけるつもりだった。
まあ考えてみればできるかどうか微妙な作戦なわけだが、俺なりに頑張ったのだ。おそらくあのジジイは俺のその作戦には気づいていなかっただろう。斬りつけるときに片手の力を緩めたから、何かあると判断したのかもしれない。
それか、同じ技を出してくれるほど優しくはないだけか。そっちだと厄介だな。そっちだとってか、ゲームじゃあるまいし、同じ技を連発するわけない。これだから現実は……。
対策をしようにも、ゲームキャラじゃないから攻撃パターンのリスト化のしようもないし……。人間もいちおう一定の行動パターンは持っている。ゲームほど限られたパターンではなく数え切れないほどだ。
「癖」や「習慣」と呼ばれる、顕著に表に出るパターンが見いたしたいところだが難しいだろう。さっきのような一撃をまた食らえば確実に戦闘の続行は不可能だ。次また攻撃を受けてしまえばゲームオーバーというこのジジイとの手合わせ。癖などを見つけるだけの情報収集する時間がない。
「もう少し加減しろよ。そんな力んでちゃ俺の実力の図りようがないだろ?」
次の攻撃で命を落とすかもしれない。そんな緊張と恐怖を表に出さないように軽口をたたく。
「確かにそうじゃの……。まだ動けるか? ならば次じゃ」
「おうよ」
クソ。指先が冷たい。次の一撃を体が恐れてる。これまで色々バカやってきて、命に関わる大きな怪我もしてきた。けど、こんな風に怖いと思うことはなかった。この違いはなんだろう。……わからない。
今その理由を考えも仕方ないな。……次だ。次。
ふぅと息を吐き、前方をにらむ。
こんどは加減してくれる。だから震えるな。そう自分に言い聞かせ、一歩踏み出す。ジジイが動いた、と思ったときには目の前にジジイがいた。今度はあっちから来やがった。さすがにビビり体がすくみあがる。
ジジイがするりと身をひるがえし俺の右横に移動した。わざわざ緩慢な動きで行っているのか、俺の目でもその動作は追えた。
「……らあ!」
視界の端でジジイを認めている。その状態で右手の剣で切り上る、と見せかけて剣を宙に投げ放った。
その動作に隠れるように、最大威力の〈噴放〉で右脚の予備動作なしの蹴り上げ。指先にかすかな感触。瞬時に頭をずらして確認するとジジイの膝に当たったようだった。
ジジイは俺に喜ぶ暇を与えず、俺の右脚の足首を左手で叩き落とす。流れる動作で剣を両手で持ち、横に振り払う。避け……られねえ。
だが、まだ諦めない。剣を投げたまま上に掲げている右手。そいつを〈噴放〉で無理やり剣の腹にぶち当てる。運良く狙った通りに攻撃は当たったが、剣は止まらない。まるで妨害する攻撃がなかったかのように、俺の右手を撥ねながら脇腹に迫った。心臓まで裂かれる様を幻視した。
冷や汗が顎からしたたった。現実の剣はもうすでに動きを止めて、刃は俺に触れてすらいない。心音が聞こえてくるほどの緊張。体温は熱すぎるくらいに高まっていた。
「…………クソ。あんた強すぎだろ……」
ジジイは俺の言葉が終わってから剣を下ろした。
「まあの」
なんでもないという風に答える。嫌味やおごりなど感じられない声なのだがうぜえ。
ジジイは突然剣を持っていない左手を振り上げた。同時に空から降ってくる白銀の輝き。ジジイの裏拳が降ってきた剣を弾き、ギィンという音が響いた。空中でくるくると回転する剣の柄を、ジジイの手が横から掴む。剣はその場で動きを止め固定された。
「マジかよ……」
視線向けてなかったぞ……。てか上に投げたの忘れてた……。
「お主の評価じゃが」
突然の言葉に俺は居住まいを正す。左肩の痛みや恐怖を忘れ、次の言葉を待った。心臓の音がうるさく耳の奥がやたら痛い。
「脚さばきは無駄ばかり、攻撃が安直、相手の動きは末端しか見ていない、〈噴放〉を使っているとき以外の動作すべてが遅い」
「う……」
「じゃが、悪くはない。基礎の基礎は出来ているようじゃの」
「ま、マジ?」
「……とりあえず、お主に必要なのはもう一段上の基礎じゃ」
ジジイは俺に背を向け歩き出す。
そっか。やっぱり基礎がなってないか。
でも、基礎さえ押さえれば俺は伸びるかもしれない。こんなに強いジジイが「悪はくない」と言ったんだ。その言葉を信じて血反吐を吐いてでも頑張ってやる。ジジイの指摘に従い、余すことなく正す。成長の鈍化を一瞬も許さず強くなる。一年でも一日でも一刻でも早く。
「なあ」
「なんじゃ」
立ち去る背中を呼び止める。足を止めたジジイは振り返った。
「これから……よろしくお願いします」
頭を下げた。
「……ああ」
ジジイは意思のこもった声で応えてくれた。
本当に修行が始まる。
そう思うと胸が高鳴った。同時に、残された時間を思い焦りを感じた。




